国際捕鯨取締条約脱退と日本の進路(上)

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小松正之

上席研究員

 

 菅内閣官房長官は2018年12月26日、日本の国際捕鯨取締条約(ICRW)からの脱退を表明した。脱退の理由については、「IWCが商業捕鯨のモラトリアムの見直しを行わず、我が国が努力してきたが、その努力に報いず、遅くとも1990年までに行うと約束していた見直しを行わなかったことである」などと説明している。また、本年7月以降の商業捕鯨は日本の「領海と排他的経済水危機に限定して、南極海・南半球では行わない。」という。

 今回の決定は単なる国際捕鯨委員会(IWC)からの脱退ではなく国際捕鯨取締条約(ICRW)からの脱退であり、日本に権利と利益を及ぼしてきた条約上の根拠をすべて失うことになり、大局的な視点に鑑みデメリットが大きい。IWCが1982年に採択し、いまだに放置したままの商業捕鯨モラトリアム(一時停止)からは一見逃れられる。だが条約第8条に基づき現在実施中の南氷洋だけでなく、北西太平洋調査捕鯨の2つの調査捕鯨の実施の根拠を失うことになる。また、ICRWの他条項の権利・義務もすべて失い、国連海洋法条約の違反の危険も生まれる。

 南氷洋は世界で最も鯨類の資源量が豊富であるが、その海域で捕鯨をやめ、北西太平洋でも大幅に縮小する。将来の食糧不足対応と水産資源の悪化と海洋酸性化が進行する海洋生態系解明の重要性に鑑み、疑問が残る決定である。

 本稿では、二回にわたり捕鯨論争における歴史を振り返りつつ、国際捕鯨取締条約(ICRW)からの脱退の影響について分析する。

捕鯨論争と国際管理の歴史

戦前の国際捕鯨協定は鯨油生産の調整

 かつて、シロナガスクジラ1頭からは110バレル(1バレルは159リットル。すなわち17490リットル)の鯨油が採取されていた時代があり、鯨油は人類にとっても長い間とても利用価値があった。石油の採掘と植物油の生産量の増加で西洋社会ではその利用価値はなくなったものの、鯨油は灯油、食用に利用され、クジラのひげや骨もコルセットや建築の補強材として重宝され、独立前後の米国や、豪とニュージーランドでの主要な輸出品として植民地の経済を支えた。

 西洋は石油などが発見されると、そちらに投資と労働が移行したが、日本の場合は食用としての利用であったので、需要はいつまでも継続した。しかし経済的な価値がなくなった西洋諸国には鯨類資源はもはや産業材としては必要ではなく、産業開発が引きおこす環境汚染のシンボルとしての経済的、政治的な価値を持つものに変質していった。 

 戦前、南氷洋捕鯨が最大であったが、その海域での2大捕鯨国がノルウェーと英国であった。彼らは鯨油価格が大幅に下落するのではないかとの不安を抱き、鯨油生産の抑制目的のためのカルテル行為を行うことを目的に、両国の捕鯨業界が民間協定を1932年に締結した。これはBWU(110バレルの鯨油を生産するシロナガスクジラを1頭として、ナガスクジラ2頭、ザトウクジラ2.5頭、イワシクジラなら6頭と換算したもの)を設定した鯨油の生産カルテルであった。

 日本は1934年から、ドイツは1936年から南氷洋に船団を派遣した。これに脅威を感じたノルウェーと英国は12か国に呼び掛けて捕鯨国会議を招集した。この結果、1937年に9か国が参加して国際捕鯨取締協定が締結された。この協定では、南氷洋における操業の開始日と終了日、セミクジラとコククジラの捕獲禁止が決定された。本協定にドイツは参加したが規制を嫌った日本は参加しなかった。

戦後の国際捕鯨取締条約(ICRW)の締結

 国際捕鯨取締条約(ICRW)は南氷洋における鯨類の保存と管理を目的に締結された条約である。戦後すぐに南氷洋捕鯨は、再び活発となった。食用の油脂は不足し鯨油の増産が緊急の課題であった。そこで米国主導により、国際捕鯨取締条約(ICRW)が締結された。1946年12月にワシントンDCに15か国が参加し条約策定交渉がもたれ、締結されたが、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の管理下にあった日本は招待されなかった。本条約は1948年に発効し、1949年に第1回の総会がロンドンで開催された。日本の参加はサンフランシスコ講和条約締結後の1951年からである。この条約は戦前の国際捕鯨取締協定の理念を受け継いだものとなったが、科学的根拠に基づく持続的利用の原則が色濃く反映された。

 また、同条約は「捕鯨産業の健全な発展」を意図した条約であった。また条約第5条には科学的根拠に基づく捕鯨を定めて、同条第3項では異議申し立て権を締約国の権利として認めている。第8条は科学調査捕鯨を実施する締約国の権利を規定している。この条項は商業捕鯨の行き過ぎを防止するために、捕獲したクジラから十分な科学データを収集することを目的に設定された。

BWU失敗と1959年日本脱退

 IWCは当初戦前のBWUを16000頭と定めて管理をしてきたが、これは資源量に基づき設定されたものではなく、単に戦前の鯨油生産の80%レベルの数値であった。このため、規制の強化を目的に、1959年国別割当制の導入が検討された。過去の実績で捕獲枠が決まればノルウェーやオランダは有利であったが、捕獲を伸ばしつつあった日本には不利であった。

 そこで日本は、自由な操業を目指したICRW条約からの脱退を決定し、その正式な通知まで完了した。しかし、米国などに説得されたことや戦後国際社会に復帰して間もないことから脱退通告を撤回した。その後、1962年に捕鯨国は国別割当に合意したが、加盟国が決めるのではなく捕鯨国の業界が決める「業界の自由主義」がはびこった。そして、鯨類資源の悪化状況は続き1972年にはBWUは戦後直後の16000BWUからわずか15%の2300BWUに減少したためこれを廃止し、鯨種ごとの割り当てに移行した。1964年にはシロナガスクジラが、1972年にはナガスクジラが禁漁となった。

新管理方式の導入へ

 1975年には最大持続生産量(MSY)の概念を持ち込んだ新管理方式が完成した。これは、資源量がある水準を超えていれば資源を維持しながら捕獲を認めるものである。しかし、反捕鯨国が目指すものは、捕鯨の全面禁止であった。この時点で捕獲がほとんど行われていなかったミンククジラの捕獲枠が算出され、捕鯨が可能となったことが、米国など反捕鯨国が気に入らなかった。

1982年商業捕鯨のモラトリアム(一時停止)の採択

 1982年、反捕鯨国の反捕鯨国数の増加を目的に、新規加盟国を増大させる強引な多数派工作によって、IWC総会において商業捕鯨のモラトリアムが採択された。この決定は、科学的な決定ではなく、政治的な反捕鯨国の思惑を反映したものであった。

 科学的には、ミンククジラとマッコウクジラは捕獲枠が算出され、捕鯨が可能であった。反捕鯨国は鯨類資源の持続的利用ではなく、環境保護と野生生物の保護の象徴としてクジラをとらえたのであった。

国際鯨類調査10か年計画の実施

 南氷洋は鯨類資源が世界で最も豊富に存在する海域である。商業捕鯨モラトリアムも「1990年までにはゼロ以外の捕獲枠を決定することを検討する。」と明確に記述されている。そこで、日本は、IWCの科学委員会の計画の下で、1978年から目視調査船を提供して、ミンククジラなどの資源量の調査を開始した。

 南氷洋を2周して、1990年のIWCの科学委員会では76万頭と合意された。この数字は、最近では、新目視調査の下で、52.5万頭という数字に変更されたが、双方とも捕鯨の再開には十分すぎる膨大な資源量である。

改訂管理方式の開発と完成

 改訂管理方式は、新管理方式の反省を踏まえて、現在の資源量とこれまでの捕獲頭数のデータがあれば捕獲枠を算出できる方式であり、1987年から開発が始まり1992年5月に完成した。改訂管理方式により、76万頭の資源量に対しては2000~10000頭の捕獲枠が算出された。クジラの年間の繁殖率が約4%、すなわち3万頭から見れば2000頭はわずか15分の1である。改訂管理方式はそれだけ、保護に偏った管理方式であった。それでも、捕獲枠を算定させないとの反捕鯨国の思惑は外れた。

 1992年に改訂管理方式は採択されたものの、同時に反捕鯨国が中心となって、捕鯨国に監視員乗船の経費を負担させる意図が明らかであった国際監視員制度の完成(IWCではすでに1978年から導入されて、国際監視員制度は存在していた)などを条件とする「改訂管理制度」となる新たな提案を採択して、商業捕鯨の再開をさらに先送りした。

2002年下関総会と日本捕鯨の衰退の始まり

 日本の捕鯨交渉のピークは2002年5月の下関で開催された第54回国際捕鯨委員会(IWC)総会の時であった。アイスランドが商業捕鯨のモラトリアム(一時停止)に対してICRW第5条第3項に基づく異議申し立てをつけて加盟申請をしたことに対して、スウェーデン出身のIWC議長と米国他反捕鯨国が同国を正式加盟国ではなく、投票権のないオブザーバーとして扱うことを提案した。

 日本他が米国など反捕鯨国の議論に反論し、アイスランドを支持する論陣を張り論争が白熱した。これがテレビなどマスコミでも、日米論戦として取り上げられた。反捕鯨国の対応に怒ったアイスランドは2日目には本国に帰国してしまい、その後、日本の沿岸捕鯨の再開を求める裁決は20票対21票で敗れた。

 アイスランドが帰国せずに裁決に参加していれば票数が半数に初めて達したところだった。一方、日本は米国のダブルスタンダードの象徴たるアラスカの原住民生存捕鯨の採決を、太平洋島嶼国とカリブ諸国と西アフリカ諸国の結束とイニシアチブで2度も否決した。これに対して米国は強い衝撃と危機感を抱いた。

日本の基本姿勢の変化

 しかし、日本は米国の要求によりその年の10月14日に開催されたIWCの事務局がある英国のケンブリッジの特別総会において、原住民生存捕鯨のコンセンサスには日本は反対しないというこれまでの科学や条約論を覆した。

 これは日本の沿岸捕鯨は認めず米国のダブルスタンダードの捕鯨は許すことを許容したことになる。5年後の2007年米国アンカレッジで開催されたIWC総会での原住民生存捕鯨の捕獲枠の採決の際も、日本は米国の日本の沿岸捕鯨の再開への支持を期待して、米国の原住民生存捕鯨を率先して支持したが、米国は日本の沿岸捕鯨を再開することを許しはしなかった。

 それで当時の日本IWC代表団は米国に裏切られたと思いを語る。しかし、米国はその捕鯨政策から判断して日本を支持するつもりはなかったと判断すべきである。そして、その米国に対して、日本はさらに譲歩し、南氷洋からの撤退とノルウェーとアイスランドの捕鯨まで削減して、自国の200カイリ内のわずか120頭のミンククジラ小規模な商業捕鯨としての再開を求める当時のIWC米国政府代表と共同歩調を取ることを提案した。

 日本の代表が米国政府代表と共同で作り上げた日米共同提案(IWCの議長提案と名称を変える)は南氷洋からの事実上の撤退、調査捕鯨の権利の放棄、10年間の商業捕鯨モラトリアムの是認と商業捕鯨モラトリアムへの異議申し立て権を放棄する内容を持った。

 日本政府は、このことから判断すると、この提案の内容が提示された2010年6月には、すでに、日本は南氷洋の捕鯨から撤退して、日本の200カイリ水域内の小規模な捕鯨に限定することを決めていたことになる。

 このように、2005/06年から開始された第2期の南極海調査捕鯨に関しても、鯨肉の在庫がたまったこともあり、シーシェパードの妨害が激しくなるとそれを南極海の捕鯨を縮小する口実とした。それにより935頭(850頭プラスマイナス10%)のミンククジラのサンプル数に対して、初年度と2年度は500頭を超えて捕獲したが、その後は100~200頭の捕獲に減少している。2011年には170頭しか捕獲せずに調査を切り上げている。

小規模な現調査計画

 国際司法裁判所(ICJ)の敗訴判決を受けて策定し2015/16年から開始した新南極海鯨類調査計画(NEWREP-A)は、改訂管理方式を適用した南極海ミンククジラの捕獲枠算出のためで、サンプル数が333頭と縮小した。1986/87年の第1期の南極海鯨類捕獲調査に逆戻りした。

 2014年3月の国際司法裁判所(ICJ)の判決では、第2期南極海鯨類調査計画(JARPAⅡ)は条約8条第1項の科学調査ではないと判決され中止に追い込まれた。ICJは計画捕獲サンプル数をはるかに下回る調査は科学調査ではないと判断した。そして、科学調査ではない本活動は、原住民生存捕鯨でもないので、説明するまでもなく商業捕鯨であると、強引に判断された。

 加えて、本裁判では日本政府は資源が豊富な鯨類資源の持続利用の主張と商業捕鯨モラトリウム(ICRW付表第10(e)項)の違法性を争っていない(ICJパラ233)。商業捕鯨モラトリウムの違法性を争い、その違法性の主張を十分にICJの判事に論述展開していれば中止判決に至っただろうか。

ナガスクジラとザトウクジラの急増

 2015年3月に約6年ぶりに南極海で鯨類目視調査が実施された。東経70度から130度で南緯60度以南の海域の調査では、ザトウクジラが837群1743頭とミンククジラの128群165頭の10倍以上も発見されている。ザトウクジラ30~100頭の群は餌の密度が濃いことの証拠であり、ナガスクジラも104群236頭と1頭群れの多いミンククジラの2倍の発見数である。主役はミンククジラではなくザトウクジラとナガスクジラに変容したことが分かったのが2015年の目視調査結果である。

 このように、変わりゆく南極海の鯨類生態系と海洋生態系の総合的な解明が急務である。本来必要とされるべき新計画には資源が増大するザトウクジラとナガスクジラの捕獲は必須である。ミンククジラの商業捕鯨の再開という狭い目的のミンククジラだけの計画は、もはや鯨類捕獲調査の目的足りえない。

脱退への布石

2018年9月ブラジル・フロリアノポリス総会

 2018年9月ブラジル総会の日本提案「過半数で捕鯨の再開」は、単純過半数での商業捕鯨の再開の提案だった。ICRWでは4分の3の多数を捕鯨再開の条件としているのに、条約の改正も提案せず、単にIWCというその権限のない委員会に持ち出した非論理的で非現実的な提案であった。総会前には捕鯨再開かとの見出しが主要一般紙に掲載された。結果は27対41で否決された。

(下)に続く

小松正之

小松 正之

  • 上席研究員

研究分野・主な関心領域

  • 水産業
  • 捕鯨
  • 海洋
  • 地球生態系及びリーダシップと交渉論

研究ユニット

資源・エネルギーユニット