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所有者不明農地への対応の実際―土地改良事業における不在地主対策の経験―

安藤光義
東京大学大学院農学生命科学研究科教授

はじめに

土地改良事業を実施する場合、農地の権利保有者から同意を得ることが不可欠である。事業実施区域内には必ずといってよいほど相続未登記農地問題、不在地主問題が存在しており、それへの対応が求められてきた。そのため、現在、大きな問題となっている所有者不明土地問題への対策にあたるものが、土地改良事業を実施してきた団体や組織には一定程度蓄積されている。ここでは愛媛県土地改良事業団体連合会の不在地主問題に対する取り組みを紹介し、そこでの経験を共有することにしたい。

不在地主はその存在自体が直接的に何らかの問題を引き起こすものではない。利用権を設定しようとか、土地改良事業を実施しようとか、公共用地買収を行うとか、不在地主から同意を徴収しようとした場合に、問題が顕在化するという性格を有している。そうした枠組みの中で捉えないと明瞭な問題として把握するのは難しい。土地改良事業は、この潜在化している不在地主問題を浮かび上がらせる役割を果たしているのである。 

土地改良事業における相続未登記農地問題

農地の資産価値が急落していることもあり、相続未登記農地が急増している。これまでの農村においては、誰がその農地を所有しており、誰が耕作しているかは一目瞭然であり、登記によって所有権を保全する積極的な理由はなかったことも相続未登記農地を発生させる要因として作用してきた。

土地改良事業が実施された農地については、その時点の所有者名義で登記が行われるので、それほど問題は複雑にならないが、そうではない農地については先代ないしは先々代、さらにはそれより前の世代の世帯主の名義のままになっているケースが往々にしてある。

こうした相続未登記農地に利用権を設定しようとする場合、権利者全員からの承諾が必要であり、それには莫大な事務処理費用(行政コスト)がかかってしまうため、実質的には手を触れることができないというのが実情である。これは土地改良事業についても同様である。農地を耕作している実質的な相続人から同意を得たとしても、当該農地が相続未登記の場合は権利者全員からの同意徴収が必要となるからである。

愛媛県の場合、あとつぎ以外の子弟は県外へ他出するケースが多いため分家住宅用の農地を分与する必要はほとんどなく、農地の資産価値も低いので、相続による名義変更が行われているか、正式な遺産分割協議書が作成されているかはともかく、実質的にはあとつぎが一括して農地を相続し、管理しているのが一般的である。その点では相続未登記のままでも問題は生じないといってよい。

だが、土地改良事業を行う場合は、どうしても「寝た子を起こす」必要が生じ、問題が発生することになってしまう。相続未登記農地の所有権者を確定する必要があり、それに伴って不在地主からの同意徴収という問題が発生することになるからである。

相続未登記解消のための対策

この相続未登記農地に対して愛媛県土地改良事業団体連合会では3通りの対策を用意している。

1つめは、あとつぎ以外の相続人から民法第903条の特別受益者である旨の証明書をもらうことで、相続未登記農地の登記をあとつぎ名義で行う方法である。

特別受益証明書は資料①の通りだが、「文章表現に問題があるため人によっては抗議の電話がある」とのことであった。

<資料①>

文章中の「生計の資本として、すでに被相続人より、相続分を超える財産の贈与を受けており」という一文に難があるようだ。つまり、この文章だと相続放棄をする側は既に十分な財産の分与を受けていることになるが、「実際には財産を何ももらっていないので、この表現は受け入れられない」ということになるらしい。さらに、資料②のような書類が送られることになるため、市町村(事業実施主体が市町村となるため市町村の担当部署名義での文書送付となる)と土地改良区とが共謀して、あとつぎに有利なかたちで勝手に相続を進めていると解釈され、話がこじれてしまう危険性があるとのことであった。

<資料②>

また、特別受益者となってしまうと、その後に財産があったとしても相続することができず、問題が発生する可能性もある。例えば、農地についてはあとつぎが相続することで了解は得られたが、家屋敷地の相続については了解を得られない場合、特別受益証明書を提出した共同相続人が家屋敷地の一部を相続すると矛盾が生じてしまうからである。

2つめは、相続人は相続財産の遺産分割協議前に自分の相続分を他の相続人または第3者に譲渡することができる(譲渡は有償、無償のどちらでも構わない)という民法第905条を活用し、あとつぎ以外の共同相続人から相続分をあとつぎに譲渡してもらうことで、相続未登記農地の登記をあとつぎ名義で行うという方法である。ただし、部分譲渡ができない点に注意する必要がある。

これは資料③のような相続分譲渡証書を印鑑証明書と一緒に提出してもらうことになる。

<資料③>

こちらは特別受益証明書とは異なり、自分がもらった財産をあとつぎに譲渡するという表現になっているため共同相続人の心理的抵抗は小さく、円滑に進めることができるという話である。実際の活用事例も多いとのことである。

3つめは、通常の相続、すなわち、民法第907条による遺産分割協議によって相続分を確定した後、相続未登記農地の名義をあとつぎ名義で登記を行う方法である。これは遺産分割協議書を作成することになる。農地以外の財産も含めた全ての相続財産についての帰属が確定するため、分割協議がまとまれば問題は生じない。ただし、新たな相続財産が見つかったりするとやり直しが必要になる。

以上のようなメリット、デメリットを考慮しながら愛媛県土地改良事業団体連合会は相続未登記農地の処理を行っている。具体的には、不在地主となっている共同相続人に対して、①当該農地の現状写真、②周辺農地の一般的な取引価格、を添付して関連書類を送付している。「不動産価値を明確に示すことが共同相続人から同意を得るためには必要不可欠」ということである。ほとんど価値がなく、相続しても維持管理の手間だけがかかり、換金性にも乏しいということがわかれば(資産価値は非常に乏しいということがわかれば)、あとつぎ以外の相続人は実質的には相続放棄することになるというのが愛媛県の状況である。あとつぎ以外の相続人のほとんどが他出し(あとつぎが残っていることが条件である)、転用地価の影響がほとんどなく農地の資産価値も低いという地域であれば、こうした対応は他でも可能ではないかと考える。

地縁による団体への法人格の付与

これは土地改良事業実施区域内の土地が多数の共有名義となっているようなケースへの対応である。広い意味での相続未登記問題に属するが、当該農地が部落有財産となっている場合にのみ適用できる手法である。具体的には、所有者が「○○○○ほか30数名」という名義となっている部落会保有の土地が土地改良事業地区内にあるような場合である。その対策が地縁による団体への法人格の付与である。

処理した事例は次のようなものである。

部落会保有の土地の登記名義人のほとんどが亡くなっており、その相続人のうちの数名は県外居住者という状況であった。そこで、この不在地主の方々を除き、残りの地域在住の相続人を構成員とする地縁団体に法人格を付与し、地縁団体名義で登記することで換地処分に対応するという方法をとることになった。地縁団体のため、地域の外に居住地を移すと団体の構成員ではなくなり、権利を失ってしまうというのがこの方法のメリットである。ただし、どのような組織でも地縁団体になれるわけではなく、実体を有した団体である必要がある。そういう意味では不在地主一般ではなく、所有権が確定していない部落有財産に限定された対策である。これまでに3つの町村でこの方法を適用した経験があるとのことであった。

地縁による団体の定義およびそれが法人格を得るための条件等は次の通りである。

地縁による団体とは、自治会、町内会等、町または字の区域、その他市町村の一定区域に住所を有する者の地縁に基づいて形成された団体である。この地縁による団体は、当該団体の名義での不動産登記はできない。この制約を除去するために地縁による団体に法律上、権利能力を付与するための措置を講ずるのが法人格の付与である。地縁による団体は、地域的な共同活動のための不動産または不動産等に関する権利を保有するため市町村長の許可を受けたときは、その規約に定める目的の範囲内において法律上の権利義務の主体となるものである。この認可の申請を行うか否かは当該団体の自主的な判断による。許可の要件は、①良好な地域社会の維持および形成に資する地域的な共同活動を行うことを目的とし、現にその活動を行っていると認められること、②その区域が住民にとって客観的に明らかなものとして定められていること、③その区域に住所を有する全ての個人は構成員となることができるものとし、その相当数が現に構成員となっていること、④所定の記載事項を記載した規約を定めていること、である。

権利関係が複雑になっている共有地の整理を行うには有効である。特に地域外に他出した場合に権利を失うという点は、他出者が出るたびに権利関係を変更する必要がなく、不在地主対策としては非常にメリットが大きい。ただし、繰り返しになるが、地縁団体が現実に存在していなければ使うことができない方法である点に注意してほしい。 

おわりに

土地改良事業の場合は地権者の確定とその同意徴収が最大の課題だが、その同意徴収も事業遂行に支障がない水準をクリアできればよく、また、土地改良事業という枠組みの下で不動産登記を行うことができるため、一般的な不在地主問題の解決に直接適用できる手法とは必ずしも限らないが、それでもかなり参考になるところがあるように思う。

相続未登記農地の処理については民法第905条による処理が注目される。実質的にはあとつぎが農地を相続しているにもかかわらず、未登記のため共同相続人がいることになっている農地については、特別受益証明書をもらうより、共同相続人の心理的抵抗を和らげるために民法第905条を使って相続分の譲渡を使った方が摩擦を少なく処理することができる点で優れているようだ。

地縁による団体への法人格付与による未登記農地への対応も、これで処理できるような共有地については有効な方策である。この方法を使えば、地域外に他出した場合に権利を失うため、他出者が出るたびに権利関係を変更する必要がなく、不在地主対策として非常にメリットが大きいと考える。

以上のように、土地改良事業の実施主体には不在地主問題を処理するためのノウハウが蓄積されている。このノウハウを共有化し、所有者不明土地対策への適用を検討してもよいのではないだろうか。

 

 

【注】本稿は、愛媛県水土里ネット・愛媛県土地改良事業団体連合会「土地改良事業における不在地主対応」(2006[平成18]年)に基づいている。

 

安藤光義(あんどう みつよし)

1966年神奈川県生まれ。1989年東京大学農学部卒業、1994年東京大学農学系研究科博士課程修了、博士(農学)。茨城大学農学部助手、助教授を経て2015年から現職。専門は農政学、農地制度論。この問題に関連する論文として、「農地問題の現局面と今後の焦点」『農林金融』2007年10月号、「農地の存在意義の再考」『都市とガバナンス』第23号(2015)、「農地・山林の不在地主問題への対策」『都市問題』2016年11月号、などがある。

 

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安藤 光義

  • 東京大学大学院農業生命科学研究科教授