【開催報告】「バルト・北欧諸国と語る対ロ外交」シンポジウム

エストニア、ラトビア、リトアニアのバルト三国、フィンランド、ノルウェーの北欧二カ国、そして日本の政治家や官僚、研究者、有識者を集めて、経済・エネルギー、外交・安全保障をテーマとするシンポジウムを開催した。

東京財団が、笹川平和財団、エストニア外交政策研究所と共同で、6月8日、9日の2日間にわたり、実施した企画である。

その目的は、ロシアと国境を接するこれらの国々と、海を隔ててはいるものの同じくロシアと国境を接する日本が、それぞれの知恵と経験を共有しあって、政治的・経済的に存在感を増すロシアと、今後どう向き合うかを検討することであった。

簡単にこれらの国々の歴史を振り返ってみる。

エストニアは1721年、ラトビアとリトアニアは1795年にロシア領となったが、いずれも1918年に独立を宣言、1940年にはソ連に併合されたが、ソ連の崩壊によって、1991年、独立を回復した。エストニアとラトビアは国の東側でロシアと国境を接し、リトアニアは西側でロシアの飛び地カリーニングラード州と接する。

フィンランドは、1808年スウェーデン領からロシア領となったが、1917年にロシアから独立、第2次大戦終了まで2度にわたるソ連との戦争を経験した。国の東側にロシアとの長い国境線を持つ。

ノルウェーは、直接ロシアあるいはソ連の領土となった歴史はないが、北極圏に面する北東部の州でロシアと国境を接している。

日本では、周知のように、第2次大戦終戦間際にソ連によって不法占拠された北方4島を巡る返還交渉が続けられてきたが、今でも、1956年の日ソ共同宣言で、平和条約締結後の返還が合意された歯舞・色丹の2島の返還すら、めどが立っていない状況である。

このように、今回のシンポジウム参加国は、程度の差はあれ、いずれもロシアと国境問題を抱えた歴史を持ち、ロシアとは、政治的にも経済的にも大変関係の深い国々であり、この点で利害を共有している。

今回来日したのは、5カ国13名、ラトビアからはアルティス・パブリクス外相が参加、エストニアの参加者の一人は、マルト・ラール元首相であった。それぞれ、ロシアからの独立に直接関わった人々である。日本側は、東京財団研究員4名を含む10名がパネリストとして参加した。

ラール元首相は、シンポジウム初日の基調講演で、ロシアに対する不信感を露わにした。ロシアはバルト三国がEUに加盟しようとした時、経済封鎖やエネルギー供給の停止などの強硬手段を取った。さらに独立後もエネルギーを武器とする外交を展開している。ソ連崩壊後のロシアが民主主義を目指そうとする動きは支持するが、プーチン政権は、逆に帝国主義的傾向を強めており、ロシアに対して決して幻想を抱いてはならない、とラール元首相は警告した。

日本側からは、8日に町村前外相が基調講演を行ったほか、9日には河野太郎衆議院議員がパネリストとして議論に参加した。河野氏は日ソ共同宣言50周年にあたる2006年10月にモスクワを訪問、記念行事に参加した。周知のように、宣言がモスクワで署名された際、当時農相だった河野氏の祖父一郎氏は、日本側代表団の一員として参加している。

河野太郎氏は、サハリンの天然ガス開発プロジェクトや、トヨタをはじめとする自動車メーカーのロシア進出など、経済分野を中心に日本がロシアとの友好関係を促進することは、双方にとって有益である点を強調した。

しかし、領土問題が関係促進の足かせになっていると指摘、領土問題の解決策は2島と4島の間のどこかにあるとして、4島返還にこだわらず柔軟な対応を取るべきであるとの立場を明らかにした。

一方、ラトビアのパブリクス外相は、隣人を選ぶことはできないわけだから、今回の参加国はいずれも、共通の隣人ロシアとどうつき合うか、長期的な友好善隣関係を築くことを考えるべきだと述べた。

ラトビアは1994年にロシア軍が完全に撤退したあと、2007年には国境画定条約に調印、ロシア議会がすでに批准していることを明らかにした上で、パブリクス外相は、歴史から学ぶことは重要だが、歴史に囚われてはならないと忠告した。

そして、ロシアのエネルギー外交に対抗するため、EU共通のエネルギー政策を提言することを目的に、今回のシンポジウムの続編を、来年、ラトビアで開催したいと提案して、皆を驚かせた。

ノルウェーの参加者は、小国がロシアと渡り合うためには、他の国、すなわち米、英、独などの後ろ盾を得ることの必要性を強調したのに対し、フィンランドの参加者は、ロシアに対抗するために米国やEUとの同盟関係を強化する方向ではなく、ロシアをパートナーとして欧州に取り込む「北部協力構想」という新しいアプローチを提唱した。

全体を通して、今回のシンポジウムでは、エストニアの参加者がロシアに対して感情的とも取れる厳しい見方をするのに対して、ラトビアをはじめ北欧の国々は、ロシアと敵対するのではなく、ロシアとの融和路線を志向している点が興味深かった。

また質疑応答の中で、日本の領土問題は、スターリンが北方4島を日本固有の領土と認めていた点で、バルトや北欧の国とは本質的に異なり、日本国民は4島返還を望んでいる。これは日本国家の威信に関わる問題であり、国益を代表する立場にある国会議員が、4島返還をあきらめるべきだというような発言を行うべきではないとの批判があった。

河野議員は、これに対して、4島返還を叫ぶのはたやすい。しかし国民が本気で4島返還を望んでいるならば、そして可能と思っているならば行動を起こすべきだと反論、戦後60年、4島返還を主張しても何も進展がなかった点を指摘した。

この激しいやり取りにつて、ある海外参加者が、シンポジウム終了後に語った言葉が大変印象的だった。このシンポジウムに参加して本当によかった。なぜなら、はるか遠く離れた日本でも、自分の国と全く同じタイプの人間が存在するからだ。すなわち、国家の威信に関わると主張する強硬派と、実質的な利益を優先する現実派の人々だ。

最後に、今回の海外参加者を観察していて面白かったのは、バルト三国といってもそれぞれ国民性が異なるという事実だ。エストニア人は大雑把、ラトビア人はバランス感覚に富み、リトアニア人は生真面目だという特徴がある。サンプル数が少ないことを承知の上で単純化すると、そのような気質の違いが見て取れた。少なくとも、地理的に隣接しているからといって、三国を一からげにはできないということである。   

(文責:研究部 片山)

片山 正一

  • 元東京財団研究員兼政策プロデューサー