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地籍調査の推進に向けたアプローチ――地籍アドバイザーの経験から
写真提供:Getty Images

地籍調査の推進に向けたアプローチ――地籍アドバイザーの経験から

August 26, 2019

荻田匡嗣
三重県名張市都市整備部用地対策室 用地対策係長

1.はじめに ~地籍調査とは~

昨今、所有者の所在がわからないことにより土地の有効活用が阻害される、いわゆる「所有者不明土地問題」がクローズアップされている。2018(平成30)年6月には所有者不明土地の利用の円滑化等に関する特別措置法が成立・公布され、今後は行政が中心となってこれらの課題に取り組んでいくこととなると考えられるが、この法律の成立の陰に、地籍調査が大きく関わっていることは、実は意外に知られていない。

この法律の成立に先駆けて「所有者不明の土地が現状で九州の面積に匹敵する」という民間研究会の試算が示されたが、この試算は、全国で実施されている地籍調査の実態から推測されたものである。地籍調査では、調査に当たり土地所有者の所在確認や相続調査を必ず行うため、所有者不明土地の把握や対策を進めるうえでも、効果的な施策の一つといえる。

ここで、地籍調査とはどういうものかについて少し説明したい。地籍調査という言葉を耳にする機会は、実際に地籍調査に携わっている関係者や、土地所有者として調査に協力いただいた人以外ではあまりなく、一体何の調査をするのかよくわからないという人は多いと思われる。

「地籍」とは、文字通り「土地の戸籍」のことで、その土地がどこにどれだけの面積があり、どのような形で、どのように使われているか、といったことを指している。

現在、地籍に関する情報は登記所に登記簿や公図などとして備え付けられている。これらの多くは明治時代の地租改正に伴う土地調査により作成されたもので、当時の測量技術に基づき行われており、土地の境界が不明確であったり、現況にそぐわない箇所が多くあることがわかっている。

地籍調査とは、国土調査法に基づき、土地所有者の協力のもと、一筆ごとの土地について、土地境界をはじめとした土地情報を調査・確認し、現代の精密な技術により測量することで、地籍の明確化を図るために実施されるものである(図1を参照)。その調査結果は地図として登記所に備え付けられ、登記内容に変更があれば登記されることとなっている。すなわち、土地の境界を調査・測量し、現況と一致しない場合は登記の内容を修正し、現地復元性を有する精度の高い地図を整備することにより境界情報を保全することを目的として行われるものであり、実施により以下のような効果があるといわれている。

  1. 土地境界が不明確なために発生する境界紛争などのトラブルの未然防止に役立つ。
  2. 土地境界が明確であり、面積も実測面積となっていることで、土地取引が円滑に行える。
  3. 境界確認が完了していることにより、公共事業が円滑に進められる。
  4. 災害発生時にも土地境界が明確なため、迅速な復旧・復興に役立つ。
  5. 登記上の不正確な面積でなく、実測面積に基づき税が計算されるので、固定資産税の適正な課税が行える。 


図1 地籍調査のながれ

 

2.地域から見た地籍調査の重要性と課題

地籍調査は公共事業として実施され、その費用は原則としてすべて公費によって賄われる。つまり、土地所有者は費用負担なくこれらの効果を受けられるということであり、土地所有者にとっては“お得な”事業であるといえる。また、地籍調査が実施されれば境界確認や測量の負担が軽減されることから、実施済みの地域には民間投資の誘因効果も期待でき、地方創生にも一定の役割を果たしていると考えられる。また、激甚化する豪雨災害や近い将来発生が見込まれる大規模地震に思いをはせれば、発災後の復旧・復興時において地籍調査の成果が果たす役割は極めて大きいことは明らかである。

近年地域課題としても注目されつつある空家問題や所有者不明土地問題とも相まって、土地所有者のみならず、地域や企業、さらには行政にとり、これほどの効果を生み出す地籍調査は、重要性の高い事業であるといえるだろう。

だが、このようにさまざまな効果が見込まれる地籍調査であるにもかかわらず、決して順調に進んでいるとはいえない状況にある。2019(平成31)年3月末現在の全国平均の進捗率は52%であり、全国にある土地のうち、半分近くが未調査の状況にある(図2を参照)。中でも三大都市圏や都市の中心部、いわゆるDID(人口集中地区)において特に進捗率が低くなっている。これは、土地利用が盛んで土地の価値が高い地域ほど、土地の権利関係が複雑になり、地籍調査に着手しにくいことを表していると考えられる。

また一方で、人口が比較的希薄な山間地域についても、地籍調査が進んでいないという傾向が見受けられる。その原因としては、単純に人里から距離が離れていることによる物理的な調査の困難さに加え、土地自体の価値が低く、主な実施主体である市町村にとって、優先的に調査を実施するうえでのコンセンサスが得られにくい側面があるのだろう。

図2 都道府県別の地籍調査進捗率(国土交通省「地籍調査WEBサイト」より)

 

さらには、近年の地方自治体の厳しい財政状況や行政ニーズの多様化などによる人材確保の困難さなどを原因として、地籍調査に着手しない市町村もいまだ多くあり、このことも地籍調査が進捗しない理由の一つであるといえる。

いずれにせよ、1951(昭和26)年の国土調査法の施行から70年近くが経過していることを踏まえると、さらなる促進が必要だといえるだろう。 

3.地籍調査促進のボトルネックは

筆者は国土交通省の地籍アドバイザーとして登録を受け、活動している。地籍アドバイザー制度とは、地方自治体などからの要請に基づいて、国土交通省を通じて市町村などに派遣され、自身の実務経験や専門的知識を活かして地籍調査の実施・促進に関わる課題解決に向けたアドバイスを行う制度である。

アドバイザー制度によって地籍調査を実施する全国の地方自治体に派遣され、さまざまな相談を受けてきた筆者としては、その重要性にもかかわらず、いまだ地籍調査の実施が全体の5割程度にとどまっている状況に強い危機感を抱いている。そこで、これまでのさまざまな相談内容や見聞きしたことを整理・類型化し、地籍調査の進捗を阻害している原因、本当のボトルネックがどこにあるのかについて考察する。

まず、地籍調査自体が長期化する最大の原因として、土地所有者を含めた一般の人々にとっての「地籍調査」に対する認知度の低さが挙げられる。地籍調査がどれほど自身にとって効果の高い、重要なものであるかがわからない人にとって、調査の過程で所有者に求められる現地立会(実際に現地で隣接土地所有者と立会を行い、境界を確認すること)への参加は恐らく負担と感じるだろうし、できれば避けたいものと考えるかもしれない。しかし、地籍調査の制度が認知され、その実施による有益性が理解されれば、現地立会への不参加や欠席が減り、円滑な事業実施が可能となるのではないだろうか。実際に、筆者が属する三重県名張市では、地籍調査事業の着手時に市民への啓発事業を実施し、周知を図っており、市外居住者を除けば概ね現地調査の出席率は高く、また実施に際して地域自治会も積極的に協力いただき、円滑な地籍調査の実施に寄与していただいている。

次に、登記所との関係性である。地籍調査が最終的にはその成果を登記所に送付することに鑑みれば、実施主体である市町村と管轄登記所とが密接な関係性を持つのは当然のこととはいえ、実際の現場の状況は、必ずしも円満な関係であるとはいえない。そもそも、国土調査法に基づく地籍調査は現地での土地の状況に即して調査を行う創設主義ではなく、修正主義で行うこととされている。修正主義とは、法務局に備え付けられている公図に描かれた土地の位置や形状が正しいものとして、この公図をもとに現地の境界がどこか、という調査を行うことを指す。つまり、公図を現地にあてはめ、違うところを探してその部分を修正していくという調査方法のことである。しかしながら、現地の状況と公図とはえてして相違することが多く、その取扱いを巡る市町村と登記所との間での見解の相違が調査の支障につながることも多いと聞く。これについては、登記官が国土調査法に習熟していないことに起因するものも少なからず存在すると思われる。国土調査法には登記手続について特別の定めが置かれているため、日頃不動産登記法に基づき登記を行っている登記官にとっては、地籍調査の手続に違和感を持つことはやむをえない部分があるとは思うが、できれば地籍調査の制度理解をよりいっそう深めていただきたいところである。

そして何より、実施主体である市町村においても、地籍調査に関する知識の習熟を求めたい。現在、地籍調査が未着手・休止となっている市町村のほとんどは、事業効果や経費負担等の地籍調査の制度を十分理解していないために着手に踏み切れないのではないかと考えている。実際にこれまでの経験から、制度についての理解を深めてもらうことで事業着手に導けた市町村も多い。制度理解を図ることにより促進効果が期待できると考えられる。また、現在実施中の市町村においても、国土調査法等の法令や制度の理解を深めることにより、未然に課題を回避したり、円滑に問題を乗り越えたりすることができると考えられる。この点については、地籍調査の複雑な法令や規程を短期間で習熟することは困難だと思われるので、地籍アドバイザーを積極的に活用していただきたい。 

4.地籍調査の促進に向けて

このように見ていくと、地籍調査の促進に向けて必要なことは、何より「地籍調査」をもっと知っていただくことだといえる。地籍調査の認知度が向上すれば、土地所有者の現地立会への参加が期待でき、地域自治会等の協力も得やすくなり、それによって事業としての円滑な実施が図れるようになる。また、実施する自治体においても、住民や地域から積極的な実施を求める声が上がることで、推進に向けた体制整備にもつなげることができる。さらには、登記所においても、精度の高い地図を作成するという思いを共有し、日ごろより円滑な関係を築くことで、成果の備え付けが迅速に行えるようになるだろう。

最後に、いっそうの地籍調査の促進に向けて、政府、とりわけ所管官庁である国土交通省には、国民に対しての積極的な啓発周知を期待したい。そして何より、本稿を読んでいいただいている読者諸兄には、これを契機として、地籍調査について関心を持っていただき、より深く知ろうとするきっかけとしていただければ幸いである。

   

参考:国土交通省「地籍調査WEBサイト」http://www.chiseki.go.jp/index.html

    

荻田匡嗣(おぎた こうじ)
1970年生まれ。1995年筑波大学第1学群自然学類卒業。1996年に名張市役所入庁。これまでに税務、道路管理、用地取得、農業行政などを担当。地籍調査業務は2002年に名張市が地籍調査事業に着手する際に担当となり、事業の立ち上げから一貫して地籍調査業務に従事、現在に至る。2013年に三重県からの推薦により国土交通省の登録を受け、地籍アドバイザーとしても活動中。

  

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