イギリスの新型コロナウイルス対応に影を落とす対EU、対中国関係 ~ Brexitカウントダウン番外編 

2020年4月28日、コロナウイルス感染症による死者へ黙とうを捧げるジョンソン首相 (写真提供 Getty Images)

イギリスの新型コロナウイルス対応に影を落とす対EU、対中国関係~Brexitカウントダウン番外編 

鶴岡路人
主任研究員

 

新型コロナウイルスへのイギリスの対応は、さまざまな点で特徴的であり、そのため諸外国でも詳しく報じられてきた。ジョンソン政権は当初、「集団免疫」戦略を打ち出し、外出制限などの厳しい措置をとることを回避しようとした。しかし、それでは死者数が多くなり過ぎ、集団免疫を獲得する前に医療が崩壊するとの懸念が高まったために、方針転換に追い込まれた。加えて、ジョンソン首相自身が新型コロナウイルスに感染し、一時は集中治療室に運ばれたことも、注目を集める原因となった。

ここでは若干視点を変え、イギリスの新型コロナウイルス対応を、対外関係の影響という観点から考えてみたい。取り上げるのは、2020年1月末に離脱したEUとの関係、そして、今回のウイルスの発生源となった中国との関係である。いずれも、ジョンソン政権のコロナウイルス対策に大きな影を落としている。 

「呼吸よりもBrexit優先」 

現在、イギリスとEUは2020年末までの「移行期間」に入っている。イギリスはEU加盟国ではなくなったが、環境の激変を緩和するために事実上の加盟国という状態が続き、その間に将来の関係構築を行う想定で、交渉が進行中である。欧州全体がパンデミックに襲われているときにこの交渉を継続していること自体「現実離れ[1]」(バルニエEU首席交渉官)しているとの指摘もあるが、ジョンソン政権にとっては、移行期間を期日通りに終わらせることが何よりも重要なアジェンダである。 

コロナウイルスへの英国の初期対応が遅かったとすれば、その背景の一つに、EUとの交渉を進め、移行期間を延長しないという公約を実現することを優先したかったという政治的意向が存在したと考えて不思議ではない。1月末にEUを離脱するにあたり、ジョンソン首相は国民向けの演説で、「夜が明けて幕が開く、我々の国のドラマにおける新たな劇の始まりのとき」であり、「希望と機会をイギリス全土に広める[2]」と高らかに宣言していた。 

その直後に新たな問題として浮上したのがコロナウイルス感染の拡大である。ジョンソン政権としては、新たな問題に邪魔されたくなかったであろう。これは、オリンピック・パラリンピックの開催を控えた日本と似たような状況だったといえるかもしれない。大事な外出や旅行を目前に、それを台無しにしかねない台風が迫っているような状況を想像すれば分かりやすい。「大したことない」、「直撃はしない」などと、台風の威力を低く見積もろうとするバイアスがかかるのは人間の性だろう。それでもどこかで優先順位を変更せざるを得なくなる。 

感染症問題へのジョンソン政権の取り組みは、当初、危機意識が低く、政府上層部での関心が低いままに推移することになった。その結果、初動が遅れ、犠牲者数の増大を含め、大きな代償を払うことになったとの批判が国内ではすでに噴出している[3]。 

さらに、コロナウイルス対策でEUと協力する必要があるかが問われ、より具体的には、人工呼吸器や個人防護具といった医療物資についてのEUによる共同調達計画への参加の有無が政治的争点になった。移行期間中のイギリスは、これに参加する権利があるが、ジョンソン政権は参加を見送った。これに関しては、「イギリスはEU加盟国ではない」、「参加の情報が届かなかった」、「これに関する電子メールが見落とされた」、「不参加は政治的決定だった」、「本件に関して閣僚が説明を受けたことはなかった」などと、関係者の説明が二転三転した[4]。議会への証言で、「政治的決定」だったと説明したのは外務省のマクドナルド事務次官だったが、その日のうちに、「不正確だった」として同発言を書簡で撤回する異例の展開になった[5]。 

実際に何が起こっていたのかについては、不明な点も少なくないが、EUから離脱した以上、EUの助けを受けるような姿を見せたくないといった政治的考慮が働いたことを否定することは難しそうである。外務次官の「政治的決定」発言も、それが対象としたものについては議論があり得たとしても、一連のプロセスに政治的要素があったという印象を外務次官が有していた事実自体を消し去ることはできない。こうした政権の姿勢は、「呼吸よりもBrexit優先(Brexit over breathing)」だと批判されることになった[6]。 

与党保守党や政府は、EUの共同調達による入札はすでに行われたが、納品にはまだ至っておらず、不参加だったことによる実害は発生していないとの主張も行っている。事実関係としては正しいが、この問題がここまでの政治的争点になってしまったことは、ジョンソン政権にとっても誤算だったかもしれない。EU離脱が実現しても、EUとの関係がイギリス政治の発火点になる状況には変化がないのである。 

EU・イギリス交渉は批判合戦の泥仕合へ・・・ 

ただし、EUとの関係における最大の争点は、FTA(自由貿易協定)を含む、移行期間後のEUとの関係構築の交渉である。EU・イギリスの双方で外出禁止措置が長引き、渡航制限もとられるなかで、対面での交渉は不可能になった。そこでビデオ会議での会合に切り替えられたが、対面と同程度の密度で交渉を進めることは難しいだろう。 

交渉は4月20日の週に再開され、今後は5月11日の週と6月1日の週に交渉が行われる。1週間交渉して2週間間隔を開けるという流れである。これにより、6月末までの「実質的な前進[7]」が目指されている。離脱協定の規定により、移行期間は1回のみ、1年ないし2年延長することができるが、その決定は、2020年7月1日までに行う必要があり、同6月末が期限になる[8]。 

4月24日まで開かれた交渉ラウンドを終えての声明のなかでバルニエEU首席交渉官は、EU側は全分野に関する提案をすでにイギリス側に提出しているものの、英国側からは一部の分野についての返答しかない状況で、いまだに互いの立場を理解するための段階だとし、移行期間の延長を行わない場合は時間がないと強調した。そして、今回交渉が進展せずに「失望」した領域として、(1)「対等な競争条件(level playing field)」、(2)関係の全体的な枠組み、(3)刑事警察・司法協力、(4)漁業を挙げた[9]。 

他方、イギリス政府報道官は、イギリスはEUが他国と締結したようなFTAを求めており、EU側が「対等な競争条件」確保のためとして要求しているEU規則の受け入れなどを取り下げない限り、前進は見込めないとした。加えて、漁業についても漁獲割り当ての根本的な見直しが不可欠だと述べている[10]。交渉が停滞している重要分野自体の認識については一致しているが、「対等な競争条件」と漁業の問題は、今後も主要論点として残っていくのだろう。 

コロナウイルス感染拡大の影響で、イギリス経済は多大な影響を受けることが確実である。大規模な経済対策がなされる方向だが、それでも、GDPは大幅なマイナス成長になり、失業率が上昇することも避けられない。そうしたなかで、経済的には損失であることが確実な移行期間終了を、しかもEUとのFTAがそれまでに間に合わない「合意なき移行期間終了」として迎えることは無責任だとして、移行期間の延長を求める声がイギリス国内で強くなっている[11]。 

しかし、ジョンソン政権は、移行期間の延長を繰り返し否定している。もっとも、コロナウイルスがなかったとしても、包括的なFTAを1年未満で締結することは極めて難しいと考えられてきた。したがって、このタイミングで国内の移行期間延長論が拡大し、政府が防戦に追われること自体は織り込み済みだったのだろう。 

そこで当然のように考えられる次なる手は、EUへの責任転嫁である。交渉については、EUの姿勢が頑なだったために進展しなかったと主張することは簡単であるし、実際EUの姿勢は極めて硬い。また、仮にジョンソン政権が延長申請を行う場合、イギリス側に都合のよい条件を多数つけ、EU側の拒否をあえて誘うという戦術に出ることも十分に考えられる。 

どのように展開するとしても、6月末に向けてEU・イギリス関係は緊張し、イギリス政治が、再び2019年の離脱交渉時のような騒然とした状況に逆戻りすることはほぼ不可避だろう。さらに現在は、コロナウイルスへの対応と、「合意なき移行期間終了」への備えを同時進行させなければならないという困難が加わる。Brexitの苦悩は終わっていない。 

「通常通りには戻らない」対中関係 

そうした状況をさらに複雑化するのが中国との関係である。今回の新型コロナウイルスが中国発祥だったことは、イギリス人の中国に対する警戒感を真っ先に高めた。特に初期の段階で中国が積極的な情報公開を行わず、むしろ、隠蔽を試みたことが、その後の世界的大流行につながってしまったのではないかとの反発や疑念の声が急拡大している。 

英Guardian紙は、中国の新型コロナウイルスの感染者数・死亡者数が実際には中国政府の公式発表の何十倍に上るとの情報機関による指摘が、イギリス政府にも衝撃をもたらし、対中不信を高めることになったと報じた[12]。英情報機関は、コロナ後の対中関係見直しを求めているというのである。活動の主たる標的をロシアから中国に移すということでもある。ジョンソン首相の入院・療養中の首相代行を務めたラーブ外相も、事態の検証を求めるとともに、中国との関係は「この危機の後、通常通り(business as usual)に戻ることができないのは明らかだ」と述べている[13]。 

この動きはすでに英政界に波及している。下院保守党内には、トゥーゲンドハット外交委員会委員長を会長とする中国リサーチ・グループ(China Research Group: CRG)が発足した。同会長はCRGを「反中国」ではないとしているものの、中国に対してより厳しい姿勢を求めていることは否定できない[14]。これがすぐにイギリスの対中姿勢の変化につながるかは不明だが、「英中黄金時代」を謳ったキャメロン政権に深く関わった議員も参加しており、グループの今後の動向が注目される[15]。 

問われる覚悟 

政府関係者の間で対中不信拡大のきっかけとなったといわれる感染者・死者数の過少報告については、イギリスも、現時点で中国に説明を求めることには慎重姿勢も示している。生死に関するセンシティブな問題であることに加え、マスクなどの医療物資の輸入で中国に依存しているという背景も指摘されている[16]。これは、感染拡大が一段落した時点で、WHO(世界保健機関)の対応に関する検証とともに、国際的なアジェンダに上るのだろう。 

他方、すでに議論が再び始まっているのは、次世代移動通信システム・5Gにおける中国企業、特にファーウェイ社の製品の使用の是非の問題である。イギリスは2020年2月に、ファーウェイの部分的参入を認める決定を行っている。アメリカからは全面排除を求める強力な働きかけがあったものの、ジョンソン政権は独自路線を貫くことになった。中国からの働きかけ、圧力もあったと思われる。 

しかし、トランプ政権の反発は根強く、また、英議会からも、決定の見直しを求める声が一部で聞かれる。これについて、上述のGuardian紙の記事によれば、英情報機関は決定の見直しを求めていないという。2月の時点での判断のもとになった情報と今日とで変化がないということだと推測される。 

ただし、新型コロナウイルスに関する検証にしても、5Gへのファーウェイ参入問題にしても、イギリスがより強硬な姿勢をとるのであれば、中国からの抵抗や反発も大きくなるのが必至である。それには、さまざまな情報戦に加え、中国市場でのイギリス企業に対する不利な扱いなども含まれるだろう。しかも、EUを離脱したイギリスは、ヨーロッパ外の諸国との関係強化が急務であり、中国との関係強化もその一環であった。コロナウイルスの感染拡大とそれに対する外出禁止措置などによって経済状況が急激に悪化するなかで、市場としての中国を含めた中国マネーにどこまで抗うことができるか、楽観は許されない状況が続く。 

集中治療室からの文字通りの生還を果たしたジョンソンだが、直面する課題は限りなく大きい。

 


[1] “Press statement by Michel Barnier following the second round of future relationship negotiations with the United Kingdom,” STATEMENT/20/739, Brussels, 24 April 2020.

[2] “PM address to the nation,” Gov.uk, London, 31 January 2020.

[3] Helen Ward, “We scientists said lock down. But UK politicians refused to listen,” The Guardian, 15 April 2020; “Coronavirus: 38 days when Britain sleepwalked into disaster,” Sunday Times, 19 April 2020.

[4] “UK’s shifting position on (non)participation in EU coronavirus scheme,” POLITICO.eu, 23 April 2020.

[5] 同書簡に関する詳細な分析は、David Allen Green, “The extraordinary Sir Simon McDonald “clarification” – a guided tour,” The Law and Policy Blog, 22 April 2020に詳しい。

[6] “No 10 claims it missed deadline for EU ventilator scheme,” The Guardian, 26 March 2020.

[7] “Joint statement by UK and EU negotiators following the videoconference on 15 April 2020,” Gov.uk, Press Release, 15 April 2020.

[8] 鶴岡路人『EU離脱――イギリスとヨーロッパの地殻変動』(ちくま新書、2020年)、第7章参照。

[9] “Press statement by Michel Barnier,” 24 April 2020.

[10] UK Government Spokesperson, “Statement on Round Two of UK-EU negotiations,” Gov.uk, 24 April 2020.

[11] Sam Lowe, “Why the UK should extend the transition period,” Insight, Centre for European Reform, 20 April 2020; Anand Menon and Angus Armstrong, “Let's get serious: we need to extend the transition period with the EU,” The Guardian, 19 April 2020.

[12] “UK spy agencies urge China rethink once Covid-19 crisis is over,” The Guardian, 12 April 2020.

[13] “Raab fires warning shot at China over coronavirus,” Financial Times, 17 April 2020.

[14] “Coronavirus: Tory MPs to examine 'rise of China',” BBC.com, 25 April 2020.

[15] “Britain’s bid to become China’s best friend in the West is over,” The Spectator, 25 April 2020; “Senior Tories launch ERG-style group to shape policy on China,” Financial Times, 25 April 2020.

[16] “Coronavirus: Europe 'wary of confronting China over deaths',” BBC.com, 23 April 2020.


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鶴岡 路人/Michito Tsuruoka

鶴岡 路人

  • 主任研究員

研究分野・主な関心領域

  • 欧州政治
  • 国際安全保障
  • 米欧関係
  • 日欧関係

研究ユニット

対外政策ユニット