不妊治療への新たな視点:治療中断後に注目

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不妊治療への新たな視点:治療中断後に注目

高まる不妊治療への関心
治療中断後の状況に注目
治療中断後も高い妊娠確率

高まる不妊治療への関心

コロナ対応の影に隠れてしまっている面もあるが、不妊治療への支援は現政権が打ち出した重要な施策である。政府は現在、少子化対策の一環として不妊治療への助成を拡大するとともに、20224月をめどに、不妊治療に健康保険を適用することを目指している。厚生労働省による最近の調査によると、体外受精1回にかかる費用は20万円以下~100万円近くまで、医療機関によって70万円以上の幅があることが分かっている。不妊治療への支援は子育てカップルに大きな影響を及ぼしそうだ。

不妊治療が政策的に注目されてきた背景には、不妊治療の重要性が近年急速に高まっていることが挙げられる。国立社会保障・人口問題研究所が2015年に実施した「第15回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)」によると、不妊を心配したことがある(または現在心配している)夫婦の割合は、35.0%に上っている。13年前の第12回調査(2002年)では26.1%だったので、不妊をめぐる懸念は夫婦にとってかなり高まっていると言える。子供のいない夫婦に限ると、不妊を心配したことがある比率は2002年の48.2%から2015年には55.2%に上昇している。

子供のいない夫婦に限って、不妊を現在心配している夫婦の比率を妻の年齢別に見ると、2029歳が21.9%、4049歳が14.0%であるのに対して、3039歳が42.5%とかなり大きくなっている。また、実際に不妊の検査や治療を受けたことがある(または現在受けている)夫婦は全体で18.2%(2002年では12.7%)、子供のいない夫婦では28.2%(同25.5%)となっている。検査・治療経験の割合も上昇傾向にあり、不妊治療は次第に身近なものになってきた。

このように、夫婦にとって不妊はますます重要な懸念事項となっており、実際に検査や治療を受ける人も増加している。この背景には、晩婚化(女性の平均初婚年齢は、1987年の25.3歳から2015年には29.1歳へ)が挙げられる。身体的な制約もあり、妊娠・出産への焦りが現実的な問題になっているものと思われる。

筆者は最近、一橋大学の臼井恵美子教授や大学院生の平河茉璃絵さん、国際医療福祉大学の光山奈保子准教授と一緒に、これまであまり注目されなかった観点から不妊治療の在り方について調査を行った。ここでは、その結果(注)を一部紹介しよう。

不妊治療についてのこれまでの研究を見ると、当然ながら、最大の関心は治療によってどこまで成果が上がったか、どのような治療が効果的かといった医学的な知見に集まっている。そのほか、看護学サイドからの研究も進んでいる。不妊治療は、治療を途中で断念するケースがかなりある。どのような原因が治療の中断につながったのか、要因を解明しようとする分析も少なくない。医師や医療・看護スタッフとのコミュニケーションの問題のほか、女性の年齢、働き方などが中断の重要な決定要因になっていることが分かっている。しかし、このあたりは想定内の知見と言えよう。

治療中断後の状況に注目

筆者らが注目したのは、不妊治療を中断してからのカップルの状況である。多くのカップルが不妊治療を中断しているとすれば、不妊治療を続けているカップルやその妊娠・出産状況を調査するだけでは、不妊治療の全体的なパフォーマンスや問題点を把握できない。ところが、治療を中断したカップルのその後の状況に関する情報はなかなか把握できない。医療機関から見れば、治療を中断してしまった患者を追う必要はないだろうし、そもそも中断後はカルテもレセプト(診療報酬明細書)も存在しない。したがって、分析に使える統計もない。

事情は海外でも同じようである。筆者は先行研究をいろいろ探してみたが、不妊治療中断後の出産状況を調べた論文は、一本だけしか見つけられなかった。2008年に有力国際誌に発表された、やや古いフランス発の論文だ。不妊治療の中断経験者を独自の研究プロジェクトで集め、分析を行っている。

その結果を見ると、中断後も半分近くのカップルが子供を得ている。この論文は、「不妊治療がうまくいかなくても、希望は捨てるな」と結論づけている。もっとも、子供を得たカップルの半数が養子縁組によるもので、妊娠は四分の一程度だ。

このフランスの研究は、「対外受精」を中断したカップルだけに絞ったものである。不妊治療は、基礎体温や超音波検査、ホルモン検査をしながら排卵日を予測し、受胎に効果的な性交渉のタイミングを医師が助言する「タイミング指導」からスタートする。それでうまく行かなければ、男性から採取した精子を選別し、良好な精子を子宮腔内に注入する「人工授精」に進む。その次が体外受精だ。

だとすれば、その3段階すべてについて、中断後の状況を知りたいところである。そうした分析を行うためには、不妊治療の経験者を探し出して、治療や中断の経験、現時点の出産・妊娠の状況を尋ねる必要がある。

治療中断後も高い妊娠確率

そこで、筆者らは一橋大学経済研究所でこれまで行ってきたインターネット調査に参加して下さった約2,000人の成年男女を対象にして、不妊治療の経験の有無を尋ねるという素朴な手法を採用した。その結果、全体の1割に相当する経験者199人から回答を得ることができた。表にまとめたように、このサンプルのうち、前述の3段階のどこかで妊娠できた人(回答者が男性の場合は配偶者)は、全体の45.7%だった。残りの54.3%は治療を中断している。やはり、不妊治療には中断がつきもののようだ。しかも、中断者のうち約半分は最初のタイミング指導の段階で断念している。

表:不妊治療中の妊娠と不妊治療中断後の妊娠

(注)筆者作成。

 

問題は、中断後の妊娠・出産状況である。この調査では、治療中断した108人たちのうち66人、つまり、約6割が調査時点で子宝に恵まれている。また、中断後に妊娠する確率は、体外受精まで進むとかなり低下している。これは、治療の段階が進むほど妊娠が難しいことを意味するわけだから、当然の結果である。一方、タイミング指導の段階では、中断後に妊娠する確率は7割を超える。結局、不妊治療経験者のうち、治療を中断し、その後に妊娠した人は全体の33.2%となる。治療を受けている途中で妊娠した人は、前述のように45.7%だったから、フランスの先行研究と同じく、「希望は捨てるな」というメッセージをこの結果から読み取れる。

筆者らはさらに、不妊治療を中断する要因や、不妊治療を受けて(中断する・しないに関わらず)妊娠・出産する要因についても統計的にチェックしてみた。女性が不妊治療を始める年齢が高いほど、治療を中断する確率は高まり、子供ができる確率は低くなる。この傾向は直感的にも理解しやすく、これまでの研究結果とも整合的である。

もちろん、筆者らの調査はサンプルも少なく、より大規模で詳細な分析が求められる。また、「希望は捨てるな」と言っても、中断すれば妊娠する確率は確実に低下する。カップルが不妊治療を安心して受診し続けられる仕組みを整備する必要があることは言うまでもない。不妊治療のパフォーマンスやカップルに対する政策支援の在り方を考える場合、不妊治療が中断につながる要因を調べておくことは言うまでもなく、中断後の状況も視野に入れておく必要がある。

 

(注)詳細は、Marie Hirakawa, Emiko Usui, Nahoko Mitsuyama, Takashi Oshio, “Chances of pregnancy after dropping out from infertility treatments: evidence from a social survey in Japan,” Reproductive Medicine and Biology. 2021;20:246–252.参照。

小塩隆士

小塩 隆士

  • 一橋大学経済研究所教授