X-2025-045
第27回参議院議員通常選挙が2025年7月に行われます。今回の選挙の注目ポイントはどこにあるのでしょうか。東京財団の研究員とシニア政策オフィサーが、各専門分野における争点について論じます。
人口減少の予測と現実 |
人口減少の予測と現実
やがて国民が存在しなくなる人口減少が、我が国始まって以来の最大の危機であることは論をまたないだろう。
本来ならば、すでに国家の総力を結集して社会へのつくり直しに邁進していなければならないところである。だが、多くの人は過去の成功体験にしがみつき、現状維持に走っている。影響の深刻さを理解していても見て見ぬふりだ。
こうした姿勢は政府や国会も同じだ。人口減少が正面から取り上げられることはない。危機を口にする議員がいないわけではないが、関心の多くは社会保障や少子化対策に向いて本質論まで発展しない。
日本の人口減少は凄まじい勢いで進行している。厚生労働省の人口動態統計月報年計(概数)によれば、2024年の日本人の出生数は68万6061人となり、初めて70万人を割り込んだ。合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子供の推定数)は1.15と過去最低を更新した。2014年の出生数は100万3609人だったので、わずか10年間で31.6%も減った。
厚生労働省「令和6年(2024)人口動態統計月報年計(概数)の概況)」より事務局作成
とりわけこの数年の出生数の減り方は激しい。2019年に対前年増減率がマイナス5.8%もの大幅減となったのを皮切りに5%台のマイナスが目立つようになっているのだ。2024年はマイナス5.7%である。このようなペースで減り続けたならば2040年の年間出生数は30万人を下回る。
これに対して、政府の見通しは非常に甘い。国立社会保障・人口問題研究所(社人研)が2023年に公表した「日本の将来推計人口」の出生中位・死亡中位推計(最も現実的な見通し)によれば、2024年の出生数は前年より1万6000人増えて75万5000人に回復するとしていた。同推計で出生数が68万人程度となるのは、2039年(68万4000人)のはずだった。
同推計は2025年以降の出生数の見通しについても、2030年代初頭まではほぼ横ばいで推移するとしている。だが、これは願望に近い。総務省の人口推計(2024年10月1日現在)で25~39歳の出産期にある女性と、25年後にこの年齢に達する0~14歳の女性の人口を比較すると後者のほうが26.5%も少ないからだ。短期間でここまで減るのでは、子育て支援を強化するぐらいでは焼け石に水であろう。
こうした点を織り込まず、2030年代初頭まで出生数がほぼ横ばいで推移するとの見通しを示されても鵜呑みに出来ない。政府は「こども未来戦略」で「若年人口が急激に減少する2030年代に入るまでが少子化傾向を反転できるかどうかのラストチャンス」と説明しているが、これも説得力に欠く。
政府の見通しの甘さは出生数だけでない。2024年の人口動態統計月報年計においてもう1つ注目すべきは、死亡数が160万5298人となったことだ。社人研の出生中位・死亡中位推計は2024年の死亡数について149万9000人と予測していたから、その差は10万人以上だ。出生数の減少と同じく、死亡数の増加もかなり勢いづいてきたということである。
厚生労働省「令和6年(2024)人口動態統計月報年計(概数)の概況)」より事務局作成
出生数と死亡数の同時悪化は、日本社会が急速に縮小していくことを意味する。2024年の日本人人口の自然減少は91万9237人だったが、前年より減少数は7万509人も拡大した。今後、100万人前後の減少が続くとみられる。
ちなみに、社人研は出生および死亡を「低位推計」、「中位推計」、「高位推計」の3パターンに分けて合計9通りの推計を示しているが、人口動態統計月報年計の出生数は「低位推計」、死亡数は「高位推計」が一番近い。現実の人口動態は社人研の9つの推計のうち最も厳しい見通しである出生低位・死亡高位推計と同じようなカーブをたどり始めている。
社人研の出生低位・死亡高位推計は日本人人口が2044年に1億人を下回るとしている。これは、出生中位・死亡中位推計の2048年より4年早い。
2070年には6981万5000人と見立てている。総務省の人口推計(2024年10月1日現在)によれば日本人人口は1億2029万6000人なので、45年間で4割も減るということだ。
人口減少が社会に与える影響
ここ数年の出生数の落ち込みぶりを加味して独自に試算してみると、2070年までのわずか45年間で日本人人口が半減する。しかも若い年齢層ほど大きく数を減らすとなれば、多くの企業活動が経営難に陥ることはもとより社会全体が機能不全に陥るだろう。
政府の見通しの甘さの影響は深刻である。政府や地方自治体が出生中位・死亡中位推計に基づいて各分野の政策を立案しているためだ。国会議員や官僚の中で人口減少に耐え得る社会へのつくり直しの機運が高まらないのも、見通しの甘さを前提としているからであろう。
一方で、影響は各分野で顕在化してきている。公共交通機関の廃止や便数削減、医師の偏在や赤字病院の拡大、小中学校の統廃合、私立大学における入学定員割れの拡大などいずれも背景には少子高齢化を伴いながら進む人口減少がある。
国民の漠然とした不安は高まりつつあるが、甘い見通しを前提とし続ける限り政府や地方自治体の対応は遅れていく。それどころか根本解決には程遠い周回遅れの政策があたかも「人口減少対策」であるように幅を利かすことにもなる。
人口減少社会で求められる取り組み
政府や地方自治体は出生中位・死亡中位推計を前提とすることを即刻改め、出生低位・死亡高位推計を基とした政策立案に切り替えるべきであろう。
そうでなくとも、人口減少への理解不足による方向違いの取り組みが目立つ。企業活動で言えば、縮小するパイの奪い合いだ。いまだシェアの拡大を企業目標に掲げている会社は多い。
石破茂政権の目玉施策である地方創生も同じだ。人口流出に悩む首長たちは東京一極集中を批判し、移住者の促進や関係人口の獲得競争にしのぎを削っている。これに関してはメディアが、移住者が増えたり、合計特殊出生率が若干改善したりした地方自治体を〝奇跡の村〟などのように取り上げるため過熱する傾向にある。実際には転出者のほうが多かったり、出生数は減少し続けていたりするのだが取り上げられない。
こうした取り組みの底流にあるのも、現状をなるべく維持したいとの思いである。だが、現状維持策にいくら労力を費やしてみても、いずれ行き詰まる。問題の本質である人口減少が改善しないからだ。
外国人労働者の受け入れ拡大も同じ発想だ。日本人の数が少なくなる分を補おうということだが、日本人の減少数があまりにも大きく、これと同規模の労働者を毎年日本だけに送り出し続けられる国など存在しない。
人口減少問題への理解不足ゆえの方向違いの取り組みの究極は、少子化対策であろう。むろん、人口減少に歯止めをかけるには出生数が増える状況を作るしかなく、子育て支援策に代表される少子化対策が不必要などと言うつもりはない。だが、その効果が表れるにはかなりの時間を要する。かなり遠い未来に向けて体質改善を図っていく「漢方薬治療」のような取り組みなのだ。
要するに、今後何十年もの間は出生数も人口も減り続けるということであり、当面は人口減少に伴う社会の揺らぎに対応する必要がある。もはや人口減少を前提として考えなければならないのである。
繰り返すが、人口が激減していく日本に求められているのは、人口が減っても経済成長し、社会が機能し得る方策である。そのためには国を根本からつくり直す「緊急手術」をせざるを得ない。即座に着手すべき「緊急手術」と、かなり先を見越して地道に続ける「漢方薬治療」とを並行して進めなければならないのである。
「緊急手術」により得られるもの
「緊急手術」で取り掛かるべきは「集約」と「投資」だ。政府は地方創生における地方移住や関係人口、あるいは中小企業対策に代表されるような従来型の「分散と分配」を推進している。だが、こうした政策は現状を前提としたものであり、真の人口減少対策とはならない。先行きを考えれば逆効果にさえなりかねない。
人口減少に耐え得る社会へとつくり直すには、大きく2つのことをする必要がある。1つは地域ごとに人口を集約して商圏規模の縮小を少しでも遅らせることだ。ある程度の商圏規模が維持できなければ店舗は経営が悪化し撤退や廃業を余儀なくされることとなる。
もう1つは企業が高付加価値化と生産性向上によって内需の縮小に対応しつつ、海外展開できるようにすることである。各企業の「強み」をさらに引き出し、収益構造を改めるためには人的投資や設備投資が必要だ。正しい投資を促すための政策サポートが求められる。
従来型の「分散と分配」から「集約と投資」へと政府の政策を大転換するには、政治家のリーダーシップと突破力が不可欠となる。人口減少対策のような大きな政治テーマを有権者に説明するには参議院議員選挙が最もふさわしい場でもある。
だが、選挙戦が近づきつつある現在も、国会は物価高対策といった目先の政治課題に終始している。人口減少に耐え得るように日本社会をどのようにリデザインするのかを具体的なビジョンを持って説明する政党は1つもない。残念ながら、このままでは7月の参議院選挙でも大きな争点とはならずに終わるだろう。
我々に解決すべき課題
人口減少のようにじわじわと進行する危機はどうしても後回しにされがちだ。大きな改革は国民に「痛み」や負担をかけることにもなるだけに、自身の選挙への悪影響を嫌う議員は及び腰だ。このため、子育て支援のような差し障りのない政策でお茶を濁してきた。
遠い将来のことよりも、まずは国民の日々の暮らしを優先せざるを得ないという事情を理解しないわけではないが、だからといってそれを「人口減少対策に着手しない理由」にし続けていいはずがない。政治家が我が国最大の国難をこのまま放置し続けるならば、日本は取り返しがつかないこととなる。