
ヤングリーダー奨学基金プログラムは、日本財団が1987年に将来の世界を担うリーダーの育成を目指して立ち上げ、1997年からは東京財団が運営を行っている、世界の大学の人文社会科学分野の大学院生を対象に奨学金を給付する奨学制度。日本を含む世界44か国の69大学・大学連合に各々100万米ドルの基金を寄贈し、17,000名 を超える奨学生(Sylffフェロー)を輩出してきた。Sylffフェローは卒業後、外相や中央銀行総裁などを務めたり、学術研究、ビジネス、非営利セクターなど様々な分野の第一線で活躍している |
東京財団が展開するヤングリーダー奨学基金プログラム(Sylff Association)のフェローとしてチリ大学で支援を受けたミシェル・サドラー氏が、4月15日東京財団を訪問し、事務局メンバーとの再会を喜んだ。
現在サドラー氏は、チリのアドルフォ・イバニェス大学で教鞭を執る傍ら、NGOチリ産科暴力観測所の所長として活動している。学術研究と市民社会におけるアドボカシーを融合させ、妊娠・出産を含む女性の健康と権利の向上に尽力している。
2003年にSylff fellowshipを受給した後、翌年にはSylffの「日本訪問プログラム」で来日し、日本各地の出産施設を視察した。この経験は彼女にとって大きな転機となったという。
「出産モデルに対する理解が根本的に変わったんです」と彼女は振り返る。「チリの公立病院とはまったく異なる光景で、女性の健康と権利に対する情熱が芽生えました。あれから20年以上経ちますが、この分野に深く関わり続けています」
現在はギリシャ・アテネに在住し、博士課程の学生を指導しながら、修士課程の授業をオンラインで担当し、研究活動も行っている。昨年はチリ政府のHIVに関するプロジェクトに携わり、現在は乳がんに関する課題に取り組んでいるが、彼女の関心の中心には常に出産があるという。
思いやりのあるケアの必要性
出産は人生の中でも特別な経験のひとつであり、また人類の存続にとっても欠かせないだけに、医療的な処置にとどまらず、敬意と共感をもって支えられるべきだと、サドラー氏は主張する。しかし現実には、その理想とはかけ離れた状況が多くの現場で見られる。
「多くの場合、分娩中の女性は仰向けに寝かされて、胎児モニターに繋がれて、自由に動くことを許されません。『そんなに痛くないよ』とか『文句を言わないで』と言われ、不快感や恐怖が軽視されることも多い。これは産科暴力の一形態だと言えます」
こうした状況に不満を抱いた多くの女性たちは、助産とウェルネスモデルを取り入れたバース・センターを自ら設立し、代替的な出産環境を模索してきた。サドラー氏は、これらのセンターが、自然な痛みの緩和法を含む、低介入型の出産を望む女性にとって理想的な環境であると評価する。一方で、帝王切開や硬膜外麻酔など、より多くの医療的介入を必要とする母親には、病院の方が適していると述べる。
「母親には、身体的なケアだけでなく、赤ちゃんとの絆を深めるための支援も必要です」と彼女は語る。「しかしコロナ禍では、感染防止のため、母親が何日も赤ちゃんと引き離されることがありました。また、コロンビアやベネズエラなどからの移民が増えたことで、外国人女性に対する偏見も強まりました。タトゥーがあるというだけで麻薬カルテルの一員だと疑われ、赤ちゃんの世話ができないと決めつけられた人もいました。これは明らかに人権侵害です」
チリにおける産科暴力への取り組み
サドラー氏は、学術研究に加えて「チリ産科暴力観測所」(Chilean Observatory of Obstetric Violence)をNGOとして設立した。法学、ジャーナリズム、助産学、心理学の専門家や大学院生がボランティアとして参加し、母性の健康と権利に関する課題に取り組んでいる。
「私たちは、メディアへの寄稿、公的フォーラムの開催、そして包括的な母性ケアを促進する法整備の提言を通じて、社会的認知を高めています」とサドラー氏は語る。「しかし最も重要なのは、制度に苦しむ女性たちに対して、直接的な支援を提供することなのです」
観測所では、カウンセリング、法的助言、医療専門家へのアクセスを提供し、病院で適切なケアを受けられない女性たちを支援している。「資金は限られていますが、強固なネットワークがあります」と彼女は言う。「私たちの目標は、支援を求めてきたすべての女性が、自らの課題に対する解決策を見つけられるようにすることです」
東京財団(Sylff Association事務局)は、サドラー氏が母性の健康と権利の向上に取り組む姿勢に深く共感している。その揺るぎない献身は、Sylffが理想とする学術的専門性と社会への関与がいかに結び付き、力を発揮するかを示す力強い実例と言える。(文責:河本 望)
▼Sylff Association公式ウェブサイトのオリジナル記事(英語)はこちら
Sylff@Tokyo: Advocating for a More Holistic Approach to Maternal Care
▼ヤングリーダー奨学基金プログラム(Sylff Association)の詳細はこちら