アメリカ経済を考える「格差問題に関する米国の論点(2)~世代間「モビリティ」の地域格差~」(安井明彦) | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

東京財団政策研究所

詳細検索

東京財団政策研究所

アメリカ経済を考える「格差問題に関する米国の論点(2)~世代間「モビリティ」の地域格差~」(安井明彦)

May 2, 2014

前回の拙稿 *1 では、昨今の米国で政治的な争点となっている格差問題について、世代間の「モビリティ」の推移に焦点をあてた研究成果(Chetty et al(2014a)) *2 を取り上げた。本稿では、同じプロジェクトから生まれた成果として、米国内におけるモビリティの地域格差に焦点を当てた研究を紹介する。

地域に着目したモビリティの分析

モビリティとは、ある所得階層に属する家庭に生まれた子供が、大人になる過程で異なる階層(とくに上位の階層)に移動する可能性を指す。「子供の世代は親の世代よりも良い暮らしができる」という、アメリカン・ドリームの根幹となる考え方といっても良い。

格差に関しては党派による見解の違いが目立つ米国でも、モビリティの重要性については党派を超えた合意が存在する。このため、今年の議会中間選挙もさることながら、2016年の大統領選挙に向けて、モビリティは米国の政策論争の焦点のひとつになりつつある。前回の拙稿で取り上げたモビリティの推移に関する研究成果(Chetty et al(2014a))のように、データに基づいた研究の進展は、こうした政策論争の質の向上を支える役割が期待される。

今回とりあげる研究(Chetty et al(2014b)) *3 では、「米国のモビリティ」と一言でいっても、地域によって大きな差異が存在することが明らかにされている。Chetty et al(2014b)曰く、モビリティに関する米国の実態は「(様々な)社会の集合体として捉えた方が適切であり、世代間のモビリティが高い『機会に恵まれた土地(lands of opportunity)』もあれば、貧困から逃れられる子供が稀な地域もある」。政策論に引き直せば、モビリティの向上に有効な対応は、地域によって異なってくる可能性が示唆される。

Chetty et al(2014a)と同じプロジェクトから生まれたChetty et al(2014b)では、膨大な税務データを使い、全米各地域のモビリティが比較されている *4 。具体的には、まず全米が通勤パターンに基づいた741の地域(Commuting Zone)に切り分けられ、分析対象者は15歳前後に住んでいた地域に割り振られる。その上で、分析対象者が15歳前後だった当時にその親が所属していた所得階層と、対象者自身が30歳になった時点で所属する所得階層を比較することで、モビリティの水準が試算されている。なお、ここでいう所得階層は米国全体での区分であり、地域ごとの階層ではない。すなわち、分析対象者が「子供時代に育った地域」を基準として、全米規模の所得階層上でのモビリティが比較されていることになる。

モビリティの水準については、三つの指標が用いられている。第一に、「大人になる過程で所得階層がどう変化したか」を示す指標(Absolute Upward Mobility)である。ここでは、所得階層をパーセンタイル *5 に分け、子供時代に25パーセンタイルに属していた分析対象者が、大人として属したパーセンタイルとの差が示されている。第二に、これと類似した視点として、「子供時代に第5分位(所得階層を5分割した場合の最下層)に属していた分析対象者が、大人になって第1分位に移動する確率(Probability)」も示されている。

以上二つの指標は対象者自身の絶対的なモビリティを取り扱っているが、第三の指標では、対象者間の相対的なモビリティの違いに着目し、「子供時代に属した所得階層の違いによる所得階層移動の度合いの差」を示す指標(Relative Mobility Rank-Rank Slope)」が試算されている。簡単に言えば、もっとも高いパーセンタイルに属していた子供が大人になって属するパーセンタイルと、もっとも低いパーセンタイルに属していた子供が大人になって属するパーセンタイルの差である。第一、第二の指標については、数値が高いほどモビリティも高水準であることが示唆されるが、第三の指標では、数値が高いほど子供時代の格差が継続されていることになり、地域のモビリティは低くなる。

小さくないモビリティーの地域格差

図表1は、人口が多い50のCommuting Zoneについて、上記の第一の指標(Absolute Upward Mobility)を基準として、モビリティが高い上位5地域と、モビリティが低い下位5地域を示している。この図表からも推測できる通り、第二、第三の指標についても、地域別のモビリティの高低に関しては、概ね同様の順位が導き出せる。

(図表1)地域別にみたモビリティー


(注)<1>を基準とした全米で人口上位50位までのCommuting Zoneにおける順位。

<1>=Absolute Upward Mobility、<2>=Probability(Child in Q5/Parent in Q1)、<3>=Relative Mobility Rank-Rank Slope(定義は本文参照)。

(資料)Chetty, et al(2014b)により作成。

地域ごとのモビリティーの差は小さくない。たとえば子供時代に25パーセンタイルに属していた分析対象者が大人になった時点での所得階層を比較すると、ソルトレイクシティーで育った分析対象者の方が、シャーロットで育った対象者よりも約10パーセンタイル高い所得階層に到達する(図表中?)。子供時代に第5分位だった対象者を比較しても、ソルトレイクシティ育ちでは11%近くが第1分位へと移動するのに対し、シャーロット育ちは4%台前半に止まる(同?)。ソルトレイクシティで子供時代に第5分位に属していた分析対象者が大人になった時点では、同じく子供時代に第1分位だった対象者よりも26パーセンタイル高い所得階層となっているが、シャーロットでは40パーセンタイル近く高い所得階層となっている(同?)。

地域ごとのモビリティーの格差には、モビリティーの高低を決める要因を探る鍵が潜んでいる可能性がある。比較の基準となる地域が「子供時代に育った地域」であることに示唆されるように *6 、子供が成長した地域の社会環境とモビリティの関係性は、Chetty et al(2014b)の問題意識のひとつでもある。実際にChetty et al(2014b)では、本稿で取り上げた地域間のモビリティーの差を示した上で、その高低と各地域の社会環境の相関関係を分析している。この点については、稿を改めて紹介したい。

===========================================


■安井明彦:東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・メンバー、みずほ総合研究所調査本部欧米調査部長

    • みずほ総合研究所 欧米調査部長
    • 安井 明彦
    • 安井 明彦

注目コンテンツ

BY THIS AUTHOR

この研究員のコンテンツ

0%

INQUIRIES

お問合せ

取材のお申込みやお問合せは
こちらのフォームより送信してください。

お問合せフォーム