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アメリカ大統領選挙UPDATE 2:トランプ旋風の根底にある学歴格差と2016年予備選挙の展望

February 1, 2016

細野豊樹(共立女子大学国際学部教授)

共和党の予備選挙・党員集会で首位のドナルド・トランプ候補の選挙スローガンは、「アメリカを再び偉大に」である。そこには、アメリカは衰退しているとの基本認識があるわけだが、軍事力、GDPの規模、経済成長率などに照らせば、まことに的外れな主張にも聞こえる。先日の年頭の一般教書演説においてオバマ大統領は、アメリカ衰退論を全面的に否定したが、データの裏付けという点では正論だといえる。

しかし、重要なのは、大統領が一般教書演説にてアメリカ衰退論に反論する必要があるほど、多数の有権者が不安を感じていることである。不安につけ込み、国境の壁やイスラム教徒の全面的入国禁止といった単純で荒っぽい主張を掲げ、トランプはブルーカラー層を中心に支持を伸ばしてきた。大衆扇動の温床になるような何らかの不満・不安を、トランプ支持層は共有しているのだといえる。

こうした不安の根底にあると考えられるのが、経済の知識集約化トレンドが生む学歴格差である。現代のアメリカでは、大学を出ていないと所得の面で不利なだけでなく、景気後退の際の失業リスクが高くなる。2008年のリーマンショック以降の米国失業率にみられる学歴格差は、過去の論考でも強調したとおりである (1) 。リーマンショック時の大学卒の失業率はピークでも5%前後だったのに対し、高校卒のそれは10%を超えていた。これに中位所得の下落傾向、人口に占める白人比率の低下といった長期トレンドや、テロに関する最近のニュースなども相まって、白人労働者の不安が高まっているのだと考えられる。

これを踏まえて、以下では学歴別の政党支持率の推移をみたうえで、地域間の学歴ギャップを、予備選挙・党員集会の得票率と相関する諸指標と関連づけ、共和党の予備選挙・党員集会の展望を試みたい。

学歴別の大統領候補支持の変化―トランプ旋風の背景にある長期トレンド―

図1はミシガン大学全米選挙調査(ANES)にみる、高校卒および大学・大学院卒有権者の共和党支持率の変化である。大学・大学院卒の共和党支持率は、過去数十年の間に少しずつ低下してきていることがわかる。上がったり下がったりのボラティリティは小さい。これに対して、高校卒有権者の共和党支持率のそれは大きい。つまり、アメリカの政治では、ブルーカラー層が選挙の帰趨を左右する浮動票(swing voters)を構成してきた、ということである。

2000年以降のトレンドは、大学・大学院卒有権者の共和党支持の漸減およびこれと対照的な高校卒有権者の共和党シフトである。その背景たる説明変数としては、イラク戦争、初の黒人大統領誕生、先述したリーマンショックのしわ寄せの学歴格差などが思い当たる。

トランプが選挙戦での過激な発言でブルーカラー層などの支持を集める現象は、共和党のブルーカラー化のトレンドと、学歴格差や社会変動を背景とするブルーカラー層の不安・不満などが複合したものと、位置付けることが可能である。

得票率の説明変数と相関する学歴の地域格差

図2は州別の大学・大学院卒の割合(25歳以上)である。高学歴な州は北東部、西海岸および中西部の一部に集中し、それらは1992年以降の大統領選挙で民主党が優位な、いわゆる「ブルー・ステーツ」と符合する。2012年の大統領選挙における民主党オバマの得票率と、州別の大学・大学院卒の割合の相関係数は0.6である。

州別の学歴格差は、近年の共和党の中核支持基盤であるキリスト教福音派の割合とも相関する。PEW研究所による、州別のキリスト教福音派の割合および大学・大学院卒の割合の相関係数は-0.66である (2) 。また、2012年の共和党予備選挙・党員集会における入口・出口調査のデータが公表されている19の州について、白人のキリスト教福音派の割合および大学・大学院卒の割合の相関を取ると、-0.69になる。

ギャラップ社による州別の経済への信頼指標(2014年)と、州別の大学・大学院卒の割合の間には、0.7という結構高い相関がみられる (3) 。大学・大学院卒の割合が低い産業構造の州ほど、有権者は経済に不安を感じているということである。

以上を総合して、大学卒以上の割合が少ない州ほど、総じて共和党が大統領選挙において優勢で、キリスト教福音派が多く、経済への不安を感じている割合が高いという、一般的傾向がみられるといえよう。これを手掛かりに、残りの紙面で共和党の予備選挙・党員集会を展望してみたい。

州別の学歴構成と予備選挙の展望

共和党の予備選挙・党員集会において、現段階で最も有力なのはトランプおよびテッド・クルーズである。クルーズは、ISIL(過激組織「イスラム国」の別称)をじゅうたん爆撃で殲滅すべきと述べるなど、単純かつ過激なメッセージで支持者を扇動するトランプと政治手法が似ている野心的な政治家である。この2人の過激な候補のどちらかが、共和党の大統領候補に指名されてしまうのか、あるいは共和党本流またはこれに準じた候補が巻き返せるかを、世界が注目している。

ベン・カーソンが失速する中で、予備選挙・党員集会におけるキリスト教福音派の票は、クルーズに流れている。前述のとおりキリスト教福音派が多いのは、大学卒以上の割合が低い州であり、近年の選挙で共和党が優位に立つ「レッド・ステーツ」に概ね対応する。これらの州は、ジョン・ケーシック、マルコ・ルビオ、ジェブ・ブッシュ、クリス・クリスティーなど他の有力候補にとって、代議員獲得のハードルが高い。5-20%の得票率の足切りを設ける州が少なくないため、得票率下位の候補は獲得代議員ゼロになるためである。トランプはキリスト教福音派からも一定の支持があるので、レッド・ステーツの代議員をクルーズと分け合うこととなろう。

ただし、トランプは、以前の選挙では棄権してきた無関心層を、過激な発言で掘り起こしている面がある。このためトランプ支持層の投票率が注目される。対照的にクルーズの中核支持基盤である極めて保守的な層は、投票率が高い、固い票である。政治経験が豊富だから、予備選挙よりも参加が面倒な党員集会にも慣れている人たちである。

トランプまたはクルーズの指名を、共和党本流またはそれに近い対抗馬候補が阻止できるか否かの視点から、特に注目したいのが、序盤戦ではニューハンプシャー、マサチューセッツ、ヴァージニアなどの高学歴で宗教保守が少ない州、次いで3月半ばの投票で対抗馬候補の地元かつ大票田であるフロリダ(ルビオとブッシュの地元)およびオハイオ(ケーシックの地元)、そして終盤戦では高学歴で宗教保守が少なく、かつ大票田のカリフォルニア、ニューヨーク、ニュージャージーなどである。

予備選挙の前半は、得票率に比例して代議員を獲得できる州が多いが、上述のとおり得票率の足切りを設ける州が少なくないため、トランプとクルーズ以外の対抗馬候補は苦戦すると思われる。しかし、もしも下位候補が相次いで脱落し、共和党本流またはこれに準じた候補の集約が進むなら、高学歴な州を中心に勝機はあると考えられる。終盤戦に高学歴な大票田のカリフォルニア、ニュージャージーおよびニューヨークの予備選挙が控えていて、前二者は勝者総取りである。トランプまたはクルーズが首位を走るのを止めるのは容易でないが、獲得した代議員数が過半数に届くのを引き延ばすか阻止できる可能性が、依然残されていると筆者はみている。

ただし、現時点では乱立状態の対抗馬候補が、中盤までに脱落して1-2名に絞られることが前提である。オハイオとフロリダの予備選挙が、3月15日に勝者総取りで行われる。前述のとおりケーシック、ルビオおよびブッシュの地元なので、党本流候補一本化の試金石となろう。これらの州でもトランプが大勝し、あるいはその後も対抗馬候補が収斂せずに共倒れになれば、トランプまたはクルーズが大統領候補指名に近づくことになろう。

民主党予備選挙・党員集会で本命のヒラリー・クリントンは、基本的に現状維持型の候補である。これに対して、共和党のトランプやクルーズは、現状に不満・不安を抱く有権者を扇動してのし上がってきたわけだから、もしも大統領に当選したら、何が起きるか分からない。もっとも、トランプならオポチュニストだから、取引の余地ありとの見方があるのも事実ではあるが。

(1)「2014年アメリカ中間選挙update4:民主党のブルーカラー票問題(細野豊樹)」 東京財団現代アメリカプロジェクト
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=655

(2)Pew Research Center, “Religious Landscape Studies”のデータより算出。
http://www.pewforum.org/religious-landscape-study/religious-tradition/evangelical-protestant/

(3)The Gallup Poll, “Economic Confidence Index” in “State of the States”
http://www.gallup.com/poll/125066/State-States.aspx?g_source=ECONOMY&g_medium=topic&g_campaign=tiles

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