タイプ
論考
プロジェクト
日付
2018/6/11

人口減少下にふさわしい登記制度とは?

 

 

中川雅之

日本大学経済学部教授

1.はじめに

所有者不明土地問題は、日本の人口減少、少子高齢化の進展とともに顕在化しており、その解決のためには、それを発生させている人口問題に不動産制度をどのように適合させていくかという総合的なアプローチが求められる。今般、所有者不明土地の公共的利用を促進するための法案が6月6日に国会で成立したが、そもそも所有者不明土地を発生させないという根本原因に立ち返れば、登記制度のあり方にまで遡った検討が必要だろう。

 

この問題については、政府も多くの論者も登記情報の信頼性を、より確からしいものとする方向に制度を改善すべきだと主張する。確かに、登記のような様々な取引や信用の根源となるものが表す情報は正確なものであるべきであろう。ただし、情報の正確性を向上させるためには、一定のコストがかかるはずである。

 

人口減少下でも不動産の総量は変わらない。このため、全体でみた場合には不動産の収益性は低下していく傾向にあるものと考えることができよう。その場合、上記のような制度改正の方向性は合理的だろうか。本稿では経済学の立場から、あえていくつかの疑問を提示させていただきたい。 

2.不動産登記制度の2つの種類

コネチカット大学のトーマス・ミセリ教授らの研究では、多くの先進国で用いられている登記システムを、registration systemとrecording systemに分類し、その2つのシステムの経済学的な評価を行っている。registration systemの下においては、登記を行わなければ所有権移転の効果が発生せず、登記を行う際に、国の登記官が実質的な審査を行う。その後、真実の所有者が訴訟を行っても所有権は移転しない。その代わり、登記料を財源にファンドを組成し、それを財源にした補償が真実の所有者に対して行われる。

 

一方recording systemは、米国で広範に採用されている仕組みである。所有権移転が行われた際、それを証明する不動産譲渡証(deed)を登記所に登録し、登記所にはそれが人を単位として編成され、蓄積されていく。登記所では実質的な審査が行われない。不動産の真実の所有者を知るためには、直近の売買契約が真実の所有者によって行われたものなのかを、過去に遡って確認することが求められる。このため、不動産の売買を行う者は、権原保険会社(title insurance company)を通じて、行おうとしている売買について、真実の所有権に基づいたものかに関する調査、審査を経て、明らかになった事実以外の原因によって、不動産の買い手に何らかの損失が発生した場合に備えた付保が行われる。つまりこの仕組みでは、真実の所有者が登場した場合には登記名義人には所有権がないことが確定し、登記に基づいて所有権を取得したと思っていた者は、保険によってその損失がカバーされることになる。 

3.日本の不動産登記制度

日本においては、登記は第三者対抗要件にすぎず、また公信の原則(公示を信頼して取引した者の権利を保護する)を不動産について採用していないため、登記がAが所有者であることを示していたとしても、Aが真実の所有者ではない場合、Aから所有権を取得したBが保護されることにはならない。このため、recording systemに必然的に伴う、「事後的に起こされた訴訟を通じて、所有権が真実の所有者に移転されること」は生じうる。しかし、登記に記述されている情報は、登記の際に印鑑証明を求められるなどの厳格な運用から「うそを伝えている可能性が低く」、また判例上、「(仮に真実を反映していない登記を信用して取引を行った場合であっても)登記を行った者が保護される」という点において、実態的にregistration systemに近い運用が図られているものと考えられる。ただし、以下のことは留意すべきであろう。つまり理論的にはrecording systemを採用しているのだから、登記情報に従って取引を行った場合に何らかの損失を取引当事者が被る可能性はある。しかし、米国で行われているような、取引対象の土地の権原が100%明らかではないものに、保険をつけることでリスクをヘッジする仕組みは十分に整備されていない。 

4.登記制度の経済学的分析

それではこのような登記制度は、社会全体の厚生水準にどのような影響を与えるのだろうか。ミセリ教授らの先行研究では、理論的に訴訟の確率が低い土地についてはrecording systemがより高い土地の価格をもたらし、訴訟の確率が高い土地についてはregistration systemが同様の効果をもたらすとしている。

 

しかし、これまでに見てきたように、日本の登記の仕組みは公信力がないという意味において、基本的にはrecording systemに分類されると考えられるものの、登記の情報の信頼性は高く、それを原因とした訴訟は米国ほど頻繁に起きているとは考えられない。つまり、recording systemは単一のものではなく、その中に多くのバリエーションがあることが予想される。そこで中川(2017)において、登記制度の強度という概念を導入し、登記制度の設計が地価に与える影響を分析した。登記制度の強度とは、登記を行う際に必要な証書や登記官の調査の程度を表す変数であり、登記制度の強度が上昇すれば、不動産売買、相続などの所有権移転に伴う取引費用が上昇する一方で、その不動産をめぐる訴訟のリスクが低下する変数として定義される。中川(2017)においては、土地の収益性が高いケースと低いケースに分けて、その登記の強度の費用と便益に関するシミュレーションを行った。(モデルの詳細は中川〔2017〕を参照されたい。)

 

図1 基準ケース(中程度の収益率を設定)における限界便益と限界費用

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 図2 高収益ケースにおける限界便益と限界費用

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 図3 低収益ケースにおける限界便益と限界費用

 

 

 

 

 

    

  

 

 

縦軸に限界コストと限界便益を、横軸に規制の強度を表した図を3つ並べている。図1として中程度の収益率を設定した基準ケースを示しているが、図1に示されているように、土地への投資の収益率が上がるにつれて、限界便益と限界コストが一致する最適な登記制度の強度が強くなることがわかる。土地の収益性が高い場合(図2)は、将来の取引費用の増高を勘案しても、訴訟リスクを低下させたほうがいいことを反映している。一方、土地の収益率が低いケース(図3)では、どのような強度を選択しても便益をコストが上回るため、登記制度によって所有権を保護する必要がない。 

5.まとめ

今後日本で本格的に進む人口減少、少子高齢化は、土地の収益率を低下させる可能性が高い。その場合、前節の分析で示したように社会的に最適な登記制度の強度は低いものであることが好ましいであろう。しかし、コンパクトシティ化などの対応が順調に進んだ場合は、土地の収益性は分散が大きくなる。つまり、非常に高収益な土地と収益性の低い土地の差異が拡大することになろう。この場合、選択すべき登記制度の強度は土地によって大きく異なることになる。しかし、登記制度の強度を土地によって異ならしめることは難しい。つまり、この場合であっても日本全体では登記制度の強度は低いものを採用して、それに対して取引を行う者が保険加入などのリスクヘッジの手法を選択することが求められるのではないだろうか。

 

(参考文献)

中川雅之(2017)「登記制度の効率性:経済学の視点」、『日本不動産学会誌』No.122 2017 Vol.31 No.3 pp.31-36 

 

 

 

中川雅之(なかがわ  まさゆき)

日本大学経済学部教授、東京大学公共政策大学院客員教授、政策研究大学院大学客員教授。1961年生まれ。1984年京都大学経済学部卒業、同年建設省入省後、大阪大学社会経済研究所助教授、国土交通省都市開発融資推進官などを経て、2004年から日本大学経済学部教授。専門は都市経済学と公共経済学で、主な著書等に『都市住宅政策の経済分析』(2003年度日本経済図書文化賞)、「放棄された建物:経済学的な視点」(2014年都市住宅学会賞・論文賞)がある。

 

 

<所有者不明土地問題を考える>トップへ戻る