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TPP議論の誤解を解く <page1>

December 6, 2012

交渉参加にすみやかな決断を

原田泰
東京財団上席研究員・早稲田大学政治経済学部教授

浅野貴昭
東京財団研究員

はじめに

選挙戦が始まるにつれて環太平洋パートナーシップ協定(Trans-Pacific Partnership Agreement 以下、TPP)をめぐる議論が盛んになってきた。そこで本稿では、農業、労働、専門職、医療、食品安全、金融サービス、政府調達、「毒素条項」等とFTAとの関係について説明し、懸念すべきことがあるとしても、対案があることを事例別に説明する。最後に、現在のTPP交渉経過を説明し、日本は早急に交渉に参加し、一方的で不利な条件を課されることを防ぐべきである点に言及する。はじめに、TPPとは何かを簡単に解説する。(すでに概要をご存じの方は「1.TPPとは何か」を読み飛ばしていただいて結構である。 「2.農業が壊滅し、食糧の安全保障が危うくなるのではないか」

1.TPPとは何か

TPPとは、アジア太平洋地域において貿易投資等の自由化を実現するための経済協定である。現在、米国を含むアジア太平洋圏の11カ国 1 が交渉を進めており、2013年中の交渉妥結を目指している。TPPはいわゆる自由貿易協定(FTA 2 )の一つであり、その点では日本や各国がこれまで二国間・多国間で締結してきた一連のFTAの延長線上にあるといってよい 3

TPPの母体は、環太平洋の4カ国が締結した、P4協定 4 と呼ばれるFTAである。これは2005年に交渉が妥結、翌2006年に発効しているが、その後、2008年になって米国、そしてペルー、オーストラリア、ベトナムが拡大交渉への参加を表明したことで、一気にその経済的重要性が高まった。現在は、マレーシア、メキシコ、カナダをも加える形で協定締結交渉が進行中である。米州経済圏とアジア経済圏を結びつけようという壮大な試みであり、APECにおいて提唱されたアジア太平洋自由貿易圏構想(FTAAP) 5 の実現への道筋の一つとして位置づけられている。

日本政府がTPP参加検討を明らかにしたのは2010年のことである。TPPが日本において注目される理由の一つは、TPP経済圏の規模もさることながら、やはり協定が目指す市場自由化水準の高さや、広範な分野にわたる制度整備や規制の撤廃(内外無差別にするということ)・緩和が含まれている点にあろう。

しかし、これまで13の国・地域と締結してきた日本のFTAにおいても、物品・サービス貿易にとどまることなく、投資、人の移動、政府調達等々の分野についての合意が組み込まれており、その点ではTPPは決して目新しいものではない。

ただし、自由化率に関しては、日本のFTAは品目数ベースでみる限り9割を超えておらず、主要国のそれと比べると見劣りがする 6 。その点においては、日本のTPP参加が実現した場合、仮に自由化除外品目が認められるとしても、その品目数は従来よりもはるかに限られるのではないかと推測される。日本や各国がこれまで二国間・多国間で締結してきた一連のFTAの延長線上にあるTPPが日本国内でこれほど論争の対象になっているのは、そのためであろう。特に、日本は、農産品を中心に自由化除外品目を設定してきたため、TPPをめぐっては、コメをはじめとする農産品の市場開放をめぐる論争が多くなる。


2.農業が壊滅し、食糧の安全保障が危うくなるのではないか

まず認識すべきは、日本の農業はTPPに参加しなくても壊滅しかかっているということである。ただし、その内訳を見ると、関税保護、補助金、政府の過大な介入によって特徴づけられるコメでは経営の効率化が著しく遅れているが、相対的にはほとんど保護されていない野菜、果樹、畜産では経営の効率化が進み、外国輸入品により打撃を受けることなく生産活動が進んでいる。

売り上げ1000万円以上の農業経営体の売上げの全体の売上に対するシェアは、ブロイラー、採卵鶏、豚、乳用牛では97%を超えている。一方、コメでは50.5%である 7
また、日本の農業では、農産物によって関税保護率が大きく異なる。大豆、トウモロコシの関税は0%、野菜の関税率も3~9%、牛肉38.5%、オレンジ40%(みかんの出回らない時期は20%)であるが、こんにゃくいもは1700%、コメ778%、バター360%、砂糖328%である。

すなわち、一方に大規模化の進んだ農業があり、ほとんど関税に頼らない農業がある。ところが、他方では、零細で保護されなければやっていけない農業がある。保護されず自立した農業とは、むしろ保護されないから自立した農業として発展したと言えるのではないだろうか。もちろん、開放すれば生産性が高まると短絡的には言えないが、その可能性は十分ある。特に、徐々に開放すれば、その可能性は高まるだろう。

また、農業保護の理由として食糧自給率の低下を防ぐことが上げられているが、現実の農政を見ると、自ら減反政策で自給率を低下させている。減反政策を廃止すればコメの生産量が上がり、自給率は上昇するはずである。価格が下がり、経営が苦しくなり、かえって生産量が低下するというのであれば、その土地を別の農産物の生産に転換するはずである。そのような変化を妨げているのは、特定の農産物のみを不公平に保護している農業政策である。このような政策が改善されれば、規模拡大による効率の上昇と、他の農産物の生産増加によって、自給率が上昇するはずである。

TPPに参加することは、このような農業政策を根本的に転換するチャンスでもある。また、大きな改革ができないとしても、TPPに参加することが日本の農業を壊滅させることにはならない。まず、米国はカナダとのFTAで、砂糖、シロップ、チーズなど全品目の1%を除外している。日本がTPPに参加する場合も、この程度の除外品目を得られる可能性がある。TPP参加国も保護したい産業を抱えており、すべての産業で完全に関税が撤廃される訳ではない。そうすると、日本の農業においてもある程度は関税を残すことが可能である。また、関税を直ちに撤廃する訳ではなく、TPP協定が妥結する2~3年後を起点として、その後10年程度は関税も認められることになる 8

さらに、仮にすべての農業で完全に関税を撤廃することになったとしても、禁止されるのは国境での保護であり、農家戸別所得補償制度等によって、国内的に保護することは可能であり、そのコストも負担することが不可能なものではない。日本の農業総生産は4.7兆円であるが、そのうち6割余りの野菜、果樹、乳牛と豚を除く畜産では保護の程度は小さく 9 、TPPで大きな打撃を受けるのは残りの4割弱の2兆円の農業である 10 。この価格がTPPによって半分になるとすれば、農家は1.05兆円損するが、消費者は1.05兆円得をする。この消費者の利益の約1兆円を戸別所得補償で給付すれば、農家は影響を受けないことになる。もちろんこれは税制上の資源配分の問題となるが、関税引き下げを段階的に進める間に農業の効率化を図る時間は十分にあるはずだ。

すなわち、TPPに参加することは、すべての農産物の関税をゼロにするということではなくて、少数の農産物を除外することは可能である。また、ゼロにするとしてもそこまで10年以上の時間を稼ぐことができる。最後に、国境での保護ができなくても、国内的に保護することは可能であり、その財政負担は大きなものではない。もちろん、TPPへの参加を契機として農業の構造改革をすることが望ましいが、それができなくても大きな問題を引き起こすことはないということである。




1 米国、カナダ、メキシコ、ペルー、チリ、オーストラリア、ニュージーランド、マレーシア、シンガポール、ブルネイ、ベトナムの11カ国。なお、2011年11月にタイが交渉参加への関心を表明、今後、国内手続きを進めることになっている。

2 Free Trade Agreement。特定の国・地域間において、物品関税やサービス貿易の障壁を削減・撤廃するための国際協定。これに対して、EPA(Economic Partnership Agreement、経済連携協定)は、貿易の自由化に加え、投資や人の移動、知的財産の保護などに関するルールの整備を目的とする。しかし、近年では両者間に大きな相違は見られなくなっており、本稿でも厳密な使い分けは行わない。

3 日本や他国における既存のFTAから予測されるTPPの内容や制度上の国内への影響などについての詳細な見積もりは、中川淳司(2011・2012)「TPPで日本はどう変わるか?」『貿易と関税』、第1回~第13回。

4 Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement、環太平洋戦略的経済連携協定。ブルネイ、シンガポール、ニュージーランド、チリの4カ国が加盟。

5 Free Trade Area of the Asia-Pacific。APEC加盟国・地域による広域FTAの締結を目指す構想。2006年APEC首脳会合にて長期的目標と位置づけられ、2010年、横浜での首脳会合において、ASEAN+3,ASEAN+6,TPPといった取り組みをもってFTAAP実現の道筋とすることが決定された。

6 自由化率とは10年以内に関税撤廃を行う品目が全品目に占める割合を指す。なお、貿易額ベースの自由化率であれば、日本のFTAは9割を超えている。
自由化率算定に関しては、木村新・木村福成(2007)「日本の経済連携協定(EPA)における貿易自由化水準の評価:方法論的課題と部門・産業別評価」、KUMQRP Discussion Paper Series、慶應義塾大学、参照。

7 原田泰(2011)「TPPと日本農業」、東京財団ウェブサイト、図2。
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=2316

8 他国間FTAにおける長期自由化の事例として、米韓FTA(2011年発効)では、牛肉・馬鈴薯・大麦等(15年目に撤廃)、砂糖(16年目に撤廃)、朝鮮人参(18年目に撤廃)、リンゴ・ナシ(20年目に撤廃)などがある。

9 豚肉の関税は、現在1kgあたり410円まではその差額全てを関税として徴収され、410円を超えると4.3%の関税となる。国産の豚肉は、その国際価格が低ければ高関税で保護されることになる。なお、高い価格で輸入すれば、差額関税がかからないので、高い価格で輸入したことにして輸出者と利益を分け合うという脱税が横行しており、度々摘発されている。

10 農林水産省HP「農林水産基本データ集」によると農業総産出額(生産額であって付加価値ではない)は8.1兆円である。うち、保護の程度が低い野菜、果実、花き、肉用牛、鶏の産出額をのぞくと3.6兆円。4.7兆円の農業総生産のうち4.7×(3.6兆円÷8.1兆円)=2.1兆円である。

    • 元東京財団上席研究員・早稲田大学政治経済学部教授
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