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【生命倫理サロン】番外編「移植医療はどこへ進むか~生命と身体を巡る欲望について考える夕べ」

January 11, 2012

⇒ 番外編 「移植医療はどこへ進むか~生命と身体を巡る欲望について考える夕べ」

⇒ 開催日時 :2012年1月10日(火)18:00-21:00

⇒ 開催場所 :日本財団ビル3F 東京財団内会議室

⇒ 概要説明(ねらい)

改正移植法施行後も臓器提供は期待ほど増えず、日本では依然脳死移植はあまり好まれない様相を示しています。

臓器不足は日本だけでなく世界中で深刻になっていて、安楽死ドナー(!)や、売買などの絡みやすい生体ドナーの推奨も出てきています。ES細胞などによる再生医療も、近い将来に臓器移植にとって代われるだけのめどが立っていません。

では私たちはどうしたらいいのか?
電力以上に「稀少な資源」としての生命と身体を巡る欲望を、どうコントロールすればいいのか?

関連する映画を楽しんでから、席を囲んで語り合えればと思います。
どうぞふるってご参加ください。

⇒ スピーカー紹介
ぬで島次郎(東京財団研究員)


⇒ スピーカーからのコメント
正月恒例の映画を観る夕べ、今回もたくさんの方が最後まで参加してくださり、多彩な議論ができました。人間臓器農場!というショッキングな設定でしたが、映画自体は、異様な環境に置かれながらも、普通の若者たちと同じように(もしかすると、もっと厳粛に)友情と恋愛に向き合う主人公たちを淡々と描いた作品でした。

議論された論点をいくつか紹介します:

臓器移植は、結局は弱者の犠牲の上にしか成り立たない医療なのではないか。誰かからもらうだけでは、どこまで行っても臓器は絶対に足らない。だからもらうのではなく、つくるしかない。試験管のなかでつくるのは無理ではないか。ではブタのように人に近い生き物のなかでつくればどうか。そうした再生医療の実現のために生命を操作する研究開発をする人と、直接患者を診る医師とは、役割はきっぱり分けたほうがいい。研究者はとことん開発を進めていいが、その結果を人間に応用するかどうかは、患者のいのちと健康に責任を持つ臨床医の責任で判断すべきではないか・・・。

臓器移植は、できればやらずにすむようになってほしい、過渡期の医療技術だと私は思います。移植医療が持つ一面をデフォルメした今回の映画を観て、あらためてそう思いました。もちろん、サロンでも議論したように、いまある臓器移植を否定はできません。目の前の患者のために、できることをすべてやるのが医師の務めで、私たちはそれを尊重します。しかしそこで終わってはいけません。私たちは、目の前の臨床の現場から一歩引いて、将来、未来はどうあるべきか、きちんと考え、議論していかなければならないでしょう。それが、生命倫理サロンの役割だと思います。

⇒ 参加者のコメント
・ゾッとするような映画を見た後の懇談が有意義でした。あの映画は、医療の現実を知らないからあり得ない、SFとしてみればよい、などの意見に共感。最先端の研究をされている医師から、臓器移植の限界、再生医療の生々しい現状をお聞きすることができ、改めて、倫理をはらんだ新たな技術は研究者だけの世界ではなく、医者、市民、マスコミなど幅広くオープンな場で議論を尽くすべきとの思いを強くしました。できることと、やっていいこととは違う。そのあたりの哲学がしっかりしていないと恐ろしいことになると思いました。(40代女性)

・人間の生命を犠牲にして成り立つ臓器移植、その根源的な問題点を突きつけられたように思いました。と同時に、各人各様の見方をしていたことが鑑賞後のディスカッションで分かり、視野を広げることにもつながりました。
臓器移植について法制度はある程度整備されましたが、結局雲の上の議論のみで決まっていったように思います。今回のような議論を各所で開催することなどにより、さまざまな意見の存在を認めたうえで法律に落とし込んでいってほしいと感じました。(30代男性)

    • 元東京財団研究員
    • 橳島 次郎
    • 橳島 次郎

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