2014年名誉研究員が語るアベノミクス | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

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年始早々のアフリカ歴訪につづき、1月下旬には世界経済人会議(ダボス会議)に、日本の総理大臣として初めて出席、自ら「アベノミクス」について講演するなど、安倍総理は積極的な外交を展開している一方、突然の靖国参拝では、中国、韓国のみならず、米国が「失望」と表明するなど、歴史認識が経済復興を上回るほどの注目と懸念を呼んでいる。
そのように滑り出した今年の日本について、東京財団の名誉研究員である 川口順子 北岡伸一 八田達夫 の三氏が展望する。(鼎談は1月7日に実施)

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アベノミクスとは何か
安全保障戦略
エネルギー、女性の活用
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アベノミクスとは何か


秋山昌廣・理事長(司会) :池田首相の「所得倍増計画」という有名な言葉のように、戦後日本では、政権とそれが打ち出す新しい政策とが密接に結びついたことがあった。安倍政権では久々に、「アベノミクス」「国家安全保障会議」、「国家再興」「経済再建」など多くのキーワードが出ている。この「アベノミクス」とは何か。

八田達夫・名誉研究員 :過去20年間、日本経済は「500兆円のGDP」というフレーズ一つさえ覚えておけば大体それで済むほど、長い低迷が続いていた。アベノミクスは、まずここから脱却しようというのが一番の目的。

リーマンショック以降、先進各国の貨幣供給量は増加されたのに日本は増加量が例外的に少なかったためデフレが起き、円高をもたらされたことが不景気が続いた一因だ。そこで金融政策を変えてほしいという要望があった。それが第1の矢の狙いで、少なくとも短期的には景気を回復した。

それを追い掛けるような好循環を作るために実施した財政政策が第2の矢。これを善意に解釈すると、多額の国債の累積はあるけれども、将来どうしても必要な社会資本の整備分野については、前倒ししたのだと見ることが出来る。確かに今やれば、国債を発行しなければならないが、将来はその分支出を減らせるから、国債を返済できる。今の景気回復に役に立つのだから、それを今やろうではないかというわけだ。

矢の的は「デフレ脱却」


八田 :第3の矢である規制改革は長期的な課題を解決するためだ。戦後日本の経済成長は、戦争によって戦前の既得権が潰れて、そこにいろいろな新規参入者が入ってきたというところから起きた。本田宗一郎さんも松下幸之助さんも、みな一介の技術者としてスタートして一つの産業を作り上げたし、ソニーだって財閥でも何でもないところから出てきた。

ところが戦後長い期間を経て、すべての業界で多くの既得権が積み重なり、新規参入を認めない規制をつくり出してしまった。特にそれが顕著なのが農業、医療、教育などの分野。労働組合も同様に新しい労働者の参入を規制する法制をつくってきた。長期的に日本の成長を妨げているこれらの既得権を打ち破っていこうというのが第3の矢である。今は、その効果がこれからどうなるか注目していきましょうという状況だ。

3つの矢を背景とするアベノミクスの目的は要するにデフレ脱却。デフレの弊害の最たるものは企業の倒産だ。デフレの下でも借金の名目額は変化ないが、返済の原資になる収益は名目的に下がっていく。これは非可逆的で、後で景気が良くなっても潰れた会社は元には戻らないという粘着性がある。一方、インフレ的な状況にしておけば、どこかがつぶれてしまっても、労働者はまた別のところへ雇われていき、全体としてグルグル回っていく。

しかもデフレが長期化すると、経済状況に対する人々の期待がなくなり、「将来はよくなっていく」と思わなくなってしまう。そこで、「みんなこれから景気よくなっていくんだから投資もしてちょうだい、雇用もしてちょうだい」というような期待を、何とかして国民に持ってもらおうというのが全体的な構図であり、それが3つ矢の中には込められている。ただし、決め手はやはり最後の「構造改革」であり、最終的にはこのことが外国からの投資を呼び、日本の投資、つまり新規事業をも促すだろう。

好況感を呼ぶ「実行できる内閣」


秋山 :これまでのところ、アベノミクスの成果をどう見ているか。

八田 :さい先のよいスタートを切った。端的には、1年間で株価が45%上がったことに現れている。世界の平均株価の上昇が11%、米国は16%ぐらいだから、日本企業のマインドとしては状況が変わったと見てよい。ただし、心配なのは国家財政の放漫さだ。必要なものを増やすのは良いが、そのために不必要なものは減らす、何が必要なのか選別する、といったことがほとんど行われていない。

もうひとつ心配なのは、最後の「構造改革」で、本当に政治的な圧力に抗すことができるのかということだ。これまでの何年かを見ていると、小泉さんは「既得権をぶっ壊す」と言って自民党が地滑り的な勝利を収めた。けれども結局小泉政権の後、自民党はそれができなかった。次には民主党が「既得権の打破」といってまた地滑り的な勝利を挙げたが、またそれができなかった。そして今度は安倍さんになって、また同じことが期待されているという状況だ。このように選挙動向をみていると「既得権が日本の成長を抑えてしまっている」という国民の不満が非常によく表れている。けれども、政治的に既得権を打ち破るのは非常に難しい。それができるかどうかというところがこれからの課題だろう。

秋山 :アベノミクスの影響は産業活動に現れてきたか。

川口順子名誉研究員 :昨年12月の日銀短観を見ていると、業況判断DIは大企業が4四半期連続で上昇、中小企業もプラス転換した。中小の非製造業は21年ぶりのプラスで、産業部門に自信が戻ってきたと思う。設備投資がやっと下げ止まって、少し動く気配も見えているという段階だ。そうなれば景気回復も本格化してくると期待している。

何よりも企業の人々が今後の見通しについて自信を持ち始めており、これが広がりを持った動きになると思う。さらに、構造改革によって特にホワイトカラーの生産性が伸びて賃金が上がるだろう。労働分配率をもっと増やしていくことになれば本物だ。

安倍内閣でアベノミクスを語る時に重要なことは、実行ができる内閣だということ。両院で与党が過半数だから法案を通せる。そういう状況になったということが、「実行を伴う内閣」だという意味であり、企業の人々もそこを見ている。

成否のカギは既得権を打ち破る政治力


秋山 :アベノミクス、成功するか?

八田 :大成功する可能性は非常にある。だがそれにはやはり課題がある。一つは、国家財政。公務員改革も含め、無駄を切れる内閣であるかどうか。もう一つは、既得権集団に対してどう戦うか。農業も医療も労働も全部を敵には回せないから、どこかに集中して攻める必要がある。。私は特にいわゆる非正規労働者の権利を大幅に増やし、その人たちが何度でも契約更新ができるようにして社会保障も与えるべきだと思う。自民・公明による連立ならではの特色として取り組むべき問題だ。今の状況は、正規労働者による労働組合が、非正規雇用者の権利を奪って、なるべく自分たちが強い立場を保てるようにしている。もっとそのことに迫るべきだろう。これができればイノベーションも進むし、女性も仕事や復帰がしやすくなる。有期雇用者を何度でも雇えるとなれば企業は有期雇用者にちゃんと人的投資をするだろうし、さまざまなことが変わってくる。政治的には難題だがこれができるかどうかにすべてが懸かってると思う。

川口 :規制改革という第3の矢を成功させなければ、日本が今つかみかけたあらゆる未来の燭光を自らの手でつぶすことになる。それぐらい、今、上手くやることが重要だ。安倍総理が非常に上手くやっていると思うのは、大事なところへ向けて求心力を凝集している点。さらに国会で多数を押さえているから、やろうと思ったことはやれる。

もう一つ大切なのは、政治家も、企業も含めた国民も、変えることについて恐れを持たないでビジョンを共有するということだ。時間はあまりない。世界は、日本が上手くいくかどうか見ており、上手くいかないと思えば離れる。そういう意味で、この1年っていうのが勝負の年だと私は思っている。

秋山 :農業改革はできるか。

川口 :できると思うしこれは必要だ。農業人口の平均年齢は今や65歳以上で、どのみち改革しなければ成り立たない。「もうやらざるを得ない」という力が働くと思う。
秋山 :時間軸としてはどうか。例えばTPP交渉では 99年後に関税を撤廃するとの案を米国に提示したとの報道もあった。

川口 :直ちに0ということはあり得ないと思う。99年はちょっとどうかと思うが、政策が出来て実行されるまでの一定期間というのは必要だ。ただ、平均年齢が65歳だとすると、何もしなければ10年間で農業は続かなくなってしまうわけで、これからの10年間が農業にとっては勝負だ。今各地で若い人たちが生産性の向上に取り組んでいるし、農地の集約を進める「農地中間管理機構」などいろいろなアイデアも出てきている。農家はやはり農地を売りたくはないから、売るのではなくて集めて圃場整備を行い、生産性が上がるような農業にしていく。北海道の生産性が高いのは規模が大きいからで、農業関係者は大規模化せざるを得ないと思っているだろう。


オールジャパンを可能にする安全保障会議


秋山 : NSC(国家安全保障会議)法案、秘密保護法案が可決した。安全保障会議構想は、アベノミクスと並んで非常に大きな課題だが、どのような背景から出てきたのか。

北岡伸一・名誉研究員 :第一次安部内閣の時に、国家安全保障会議を作ろうというので法案まで作った。集団的自衛権の問題にも着手した。しかし、両方とも次の内閣で立ち消えとなった。つまり与野党間の対立ではなく、自民党内部の対立で消えていった。

歴史家として日本の安全保障政策を見ると、縦割りの弊害がひどい。戦前の陸軍と海軍、あるいは軍部と政府の対立は、克服不可能だった。その傾向は今も残っており、日本の官僚はそれなりに優秀でしっかり頑張るが、それぞれの所属組織に対する忠誠心が強いから、日本全体のために降りるとか折れるとかいうことがとても難しい。

そこで、もっと外交や安全保障の全体・大局を見て、柔軟に変えていくことが必要ではないかということで、以前からNSCが必要だと言われていたものの、必ずしも多くの支持はなかった。

というのもNSCを作るということは、当面、各役所で持っている権限を一部、外へ出すことになるわけで、それを嫌う人が多かった。それが政府全体で調整しながらやろうという風潮に変化してきた理由として、周辺の安全保障環境の悪化が大きい。今や米国の言うことだけ聞いていればいいという時代ではないし、過去10年間で中国の軍事予算は4倍になり、北朝鮮でも10年前にミサイル問題はすでにあったが、核兵器はなかった。こういう問題にそれぞれ別々に対応するのではなく、総力を挙げて取り組んでいかなければというマインドが出てきているのだと思う。

秋山 :最近、国家安全保障戦略が策定され、防衛大綱も見直された。集団的自衛権の行使についての議論も進められているが、一連の安全保障政策の背景に流れているものは何か。

北岡 :私が座長を務めた「安全保障と防衛政策に関する懇談会」が昨年9月に始まり、12月に「国家安全保障戦略(NSS)」が出来た。「防衛計画の大綱」は数年に1回見直しが行われるが、今回は有識者が一緒に議論するという新しい方式でやった。その点でも、両方ともオールジャパンという感じはある。

これら一連の政策は、ふつうの国ならいずれも当たり前の話だ。普通のデモクラシーになるためのささやかな一歩に過ぎないという風に私は思っている。反対論にはイデオロギー的なものと、もう一つあるのは、現状維持的、官僚主義的な考え方から来るものとがある。つまり、昔からこれで大丈夫だったのだから変えなくていいだろうというマインドの人が政府には非常に多い。でも現実に10年前には、さきに指摘した点に加え、尖閣事案も発生してなかった。中国の公船が最初に入ってきたのは2008年で、その後2010年、2012年にも来ている。

本当に歴史を知っている人は分かるはずだが、今の日本が軍事大国になって周りを侵略するなどということはあり得ない。金輪際絶対ない。むしろ、そういう条件を持っているのは他国であり、それに対してしっかりした抑止力を持っていることが重要だ。また、日米安保体制を強化し、平和協力活動においても、せめて他の国並みの行動はしようではないかということを「積極的平和主義」という言葉で安倍さんが主張した。

平和への貢献の延長にある「積極的平和主義」


北岡 :「積極的平和主義」というのは、more proactive contribution to peace(平和へのより積極的な貢献)。例えば50年代から日本は政府開発援助(ODA)を提供してアジアの地域安定に協力し、1992年からは国連平和維持活動(PKO)にも加わった。さらに90年代後半からは「人間の安全保障」という概念で国際社会をけん引してきた。「積極的平和主義」は今後それをさらに発展させるものであり、つまり戦後日本の外交・安全保障の肯定の上に、さらによいところを進めようという考え方だ。

大綱について言えば、2010年までは「基盤的防衛力」と謳われ、つまり依然として冷静下のソ連の大規模侵攻に備えるという面が残っていたが、2010年に「動的防衛力」という考え方に変わり、今度は「統合的機動防衛力」となった。つまり、より大きな危険がある西南を重視するということ。その際、陸・海・空バラバラではなく、機動的に統合してやっていきましょうというコンセプトだ。

次に残っている課題が、集団的自衛権の見直しだ。世界中の国々が集団的自衛権を行使することができると言っている中で、日本だけができないと言っている状態はおかしいと思っている。これを変えても日本が軍国主義になることはあり得ない。

川口 :今後の展望として日本ができることはもっとある。例えばPKOでは日本の現地での貢献は非常に少ない。なぜかというと、日本の憲法解釈として、武力行使と間違えられるような事態の現場に入ってはいけないということがあって、PKOのかなり手前のところで線引きをしているから。だが本当にそういうことでいいのかどうか。平和維持活動にこそもっと貢献をしていかなくてはいけないのではないか。

例えばフィリピンでの台風大災害の際に、自衛隊員が1,000名派遣されたが、直ちに行けたかというとそうではなかった。自衛隊が海外へ行くには地位協定というものが必要で、それが相手国との間で締結されなければ派遣できない。そういうことについて日常ベースで、アジア・太平洋で整備ができないか。今後積極的に日本が世界に貢献していくために、もっと考えるべきことはある。

靖国神社参拝をどう見るか


秋山 :いろいろな意味でこの「積極的平和主義」を打ち出したのは、タイミング的にも非常に上手かったというか、よかったと思うが、他方で、年末に安倍首相が靖国神社を参拝した。また就任直前にも、歴史認識についていろいろ報道もされたりしている。

北岡 :安倍さんの靖国訪問は、右傾だと言って批判する中国や韓国に手を貸してしまうような意味があるので、私はもう少し慎重にされてもよかったのではないかと思っている。右傾とかナショナリズムというのは、所詮、相対的な比較の問題です。安倍さんは、日本が戦争で悪かったということは認めたうえで、「戦没者に敬意を表したい」のだということを参拝後のメッセージでも言っているが、そういうことは報道されない。これは外国のメディアの取り上げ方に問題があるが、こういう傾向がかなり強く残っているうちは、もうちょっと慎重でもよかったのかなというのが私の印象。

川口 :政治家が自分の信条のとおり行動するというのは当然のことであり、ほかの人間がいいとか悪いとか、私は言わないことにしている。

ただ非常に意外だったのは、米国の中から非常に強い批判があったということ。中国や韓国によって、日本の動き方は、ナショナリズム=右翼=戦争への道であるというふうに、連動、統合したイメージが作られてしまっており、(それぞれの国内事情と無関係ではないと思うが、)そのようにして作られた舞台の上に米国が乗ってしまって、それで米国も日本を批判をしていることが、私は一番気になった。

日本は、平和を守っていこうと戦後70年、一生懸命やってきている。それについて誰も世界中の人は疑いの目を持っていない。ところが、統合したイメージを作られてしまって、靖国神社に行くこと自体が戦争への道を歩み始めたんだというふうに世界が思っている。その人たちは日本の強靭な民主主義をどう理解しているのだろうか、戦後日本の70年の努力をどう理解しているのだろうか。

だから今日本は、こうした議論の「舞台を作る」ことについての戦いをやっているのだと思う。


日本再興の基盤:エネルギー、環境問題


秋山 :アベノミクス、経済再建、国家再興、Japan’s backの基盤には、当然エネルギーや環境、あるいは最近安倍首相が大きく打ち出している女性の活用、CSR(企業の社会的責任への取り組み)といった問題が、根っこで絡んでくるはず。

川口 :安倍内閣の一つの大事な柱は「改革」だが、それは評価する。今は原発の問題があるので、一直線に進むということではないが、まず3段階ぐらいで広域的に電力の改革をやろうと、その第一歩の「電気事業法改正」法案はこの間の秋の臨時国会で通っている。また今まで9電力体制で地域ごとに分かれていたのをある種の危機管理ということで、地域と地域の間がつながるような電力系統にしよう。供給者が生産をし、配電もするということではなくて、発送電分離をしようということが進んでいる。


それから女性の活用も、ある意味ではCSRもそうだが、ダイバーシティー、つまり多様性を社会にどうやって持ち込むかということの一環。特に日本は、ダボス会議を主催する世界経済フォーラムが発表した「男女格差報告」で、順位がここ3年落ちてきている。2011年が98位、2012年が101位、去年の秋に出た2013年版では105位。これは日本も一生懸命やっていけれども、世界各国はもっとやっているということの現れ。

ウーマノミクスは実現するか


川口 :女性の活用がなぜ必要か。もちろん経済的に生産性を上げるとか、労働力が足りないところで女性労働力を活かすとかいったこともあるが、根本的に大事なことは、違う発想を社会に持ち込むということだ。CSRも、民間企業の能力と経験で官と民の間のこれまでの壁を変えようということが基本的にあるわけで、ある意味の多様性。新しい国政や社会のインフラストラクチャーの担い手を、民間企業としてもやっていこうということで非常に大切だ。

北岡 :外務省の佐藤地(くに)外務報道官など女性の活用が政府広報部門でも行われている。川口外務大臣のように、外交の正面に女性を持ってくるのはとても良いこと。日本の総力戦のためには何がいいか、これまでの慣例にとらわれないでやっていくべきだと思う。

秋山 :幹部登用の議論のほかに、働く女性を増やそうという議論もある。日本のようにいわゆるハウスキーパー(家事従事者)になっている女性が多い国も珍しい。

川口 :なすべきことはたくさんある。もう何年も前から日本では共働き世帯のほうが、専業主婦のいる世帯よりも数が多い。ところが税制はそれに追いついていない。いまだに専業主婦でいる方が、夫のもとでの社会保障は受けられるし、配偶者控除の条件の所得も非常に低いところに抑えられている。この103万円の壁をどうするか。だがこれも国が改革できる話。働く女性がいることが社会の標準となるように、もっと規制改革をやるべき。

賃上げは誰の社会的責任?


秋山 :とにかく企業は賃金を上げよという声がある。通常の企業の発想からすれば、先が分からないからすぐには上げられないが、この際協力しようというようなことは、企業の「社会的責任」という文脈で議論してもいいのだろうか。

八田 :私は反対です。

秋山 :政府が企業にやれとか、企業が社会的責任としてやる、というのは反対だ、と。

八田 :はい。民間の賃金は基本的に市場にまかせるべきです。しかし、政府が賃金を上げることが出来る分野もあります。例えば、いま、公共投資が増えて人手不足になっている。本当ならそろそろ賃金が上がっていくはずだが、自治体も国も、発注する時の賃金の計算単価が低いままだから、応札してくる企業がない。実際、建設業者に聞くと、中小企業も大企業も相変わらず「いやいや大変ですよ」「景気よくないですよ」という。だが、もし賃金さえ上がれば、職業訓練もできるし、多くの人がどんどん業界に入ってくるだろう。

これはやはり発注側の問題だ。金額を一定にしたいなら、数量を減らしてでも単価を上げる必要がある。似たようなことは介護ビジネスでも言える。人が足りないというが、実際は介護の資格を持った人が家庭に入ってしまって、労働市場に出てこないのが実情。これは賃金が低いからだ。必要なところは賃金を上げるべきで、それを全部、公的な負担でやる必要もない。言ってみれば、混合診療的な追加のサービスは、自前で自由に購入するということは、介護ビジネスでも原則的にはできるはず。要するに、実際の需給に応じて賃金を上げていくべきで、それを促すような規制緩和が必要だ。

働きながら育てるための規制緩和


北岡 :去年私はある研究所で「目指せ2.0」という提言を出した。少なくとも人口置換が可能な出生率2.0を達成しようというもの。これは「保守の知恵」、つまり、保守するためには変革しなければならないということ。これまでの習慣をずっと維持していたのでは、この目標は達成できない。

八田 :問題はやはり保育園。赤ちゃんが生まれると、母親が復職するかどうかは保育園が見つかるかどうかで決まる。民間の保育園をたくさん増やし、そこにもちゃんと補助がいくようにすればよいが、実際には認可保育園には非常に手厚く補助金が出るが、民間には基本的には出ないし、株式会社だと全く出ない。そういう差別をしてると供給が出てこない。横浜市が上手くいったのは、保育園を公立から民間になるべく移行したことが大きい。しかし、それだけでは機能しないから、市が住民のニーズをくみ上げて、個別に「あなたは実は保育園行くよりは一時預かりのこっちに来たほうがいいでしょう」と振り分けた。

しかしこんなことをしなくても、価格が動けば自動的に振り分けはできる。要するに、現在は安いから認可や認証保育園にどんどん入ろうとして需要は膨らむのに供給は冷え切っている。もし市場がきちんと機能してればそんなことあり得ない。

川口 :私自身、保育園に子ども預けてやってきたが、それがなかったら、要するに私は今ここに座っていない。それぐらい重要な課題だ。

北岡 :ちょっと制度をいじれば少しよくなるのにというのはたくさんある。それは、官僚制の中にある「これまでこれでやってきたのだからこれでいい」、あるいは「こういうふうに変えると何々になる恐れがある」という感覚のせい。しかし変革すれば必ず何かの恐れはある。だからメリット、デメリットはそれぞれどれくらいあるのかをちゃんと計算して、やってみればいい。

八田 :せめて特区ではやってみるべき。

川口 :一定の期間お母さんが家にいて子育てに専念してみたいと、母親としても思うというのは自然なこと。一度やめたら仕事に戻れないということではなく、もっと柔軟に変えられるように、社会の流動性が上がればいい。

八田 :それは雇用の規制のほうにも問題がある。

アベノミクスと財政再建


秋山 :最後にアベノミクスの進捗をどう見ているか。

北岡 :安倍さんは昨年6月頃までは「私自身がドリルになって穴を開ける」と言っていた。それに比べると、最近、少しトーンダウンしているのではないか。減反廃止と言うのは良いが、激変緩和などといって飼料米についての補助金などの話が出てきている。こういうのはよくない。

安倍総理が今非常に強い立場にある理由は、自民党が3年間野党として死ぬ思いをしたあと、あんな目には二度と遭いたくないとみんなが思い、当面は全面的に安倍さんを支持してやっていくしかないという雰囲気が党内にあったから。その意味で、最近、安倍総理のリーダーシップがゆるんできているのではないか。

秋山 : 2020年ぐらいまでのスパンで見ると、プライオリティーが低いのが財政再建。だけど、2016年、17年頃に日本の経常収支は逆転するかもしれない。すると、国債の発行残高が非常に高い日本でどんなことが起こるのかということを考えると、非常に心配だ。アベノミクスでも、財政再建が重要であることを認識すべきだ。

八田 :景気をよくすれば税収が入ってくるからいいという楽観視があるのかもしれないが、それは困る。日本はこれから貿易収支でもうけていく国ではなく、対外直接投資や知的財産、観光客の吸入といった形で儲けていく国だろうから、ますます外交が重要になっていく。

秋山 :社会保障経費の見直しがなければ、財政再建は不可能だ。

川口 :それには第3の矢(成長戦略、規制緩和)と第4の矢(財政再建)のタイミングが大事。第4の矢は無駄を排するよう厳しくやる。めりはりを付けていくしかない。だから、その前に民間部門の経済成長をしっかり促し、十分増やすことを確立しておかなければ。そうなる前に締めてしまうと、またアクセルとブレーキの両方のペダルを踏むような話になりかねない。

秋山 :今日はありがとうございました。

  • 研究分野・主な関心領域
    • 外交(含核軍縮・核不拡散問題)
    • 環境(特に地球温暖化)
    • CSR
    • ジェンダー
    • 北岡 伸一/Shinichi Kitaoka
    • 名誉研究員
    • 北岡 伸一
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    • 日本政治史
    • 日本外交史
    • 国連
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    • 政党とリーダシップ
  • 研究分野・主な関心領域
    • 公共経済学
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