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予算過程から見るアメリカ政治 ―CR編―

August 24, 2018

早稲田大学社会科学総合学術院教授
中林美恵子


トランプ大統領は就任初年の昨年そして中間選挙を控えた今年も、「政府閉鎖」に言及した。米国では予算編成権限および立法権限を議会が握っているため、大統領は法案や予算への拒否権発動を交渉ツールとする。歳出法の場合、もし大統領が拒否権を行使すれば「政府閉鎖」が起こる。昨今はトランプ大統領の個性に注目が集まっているが、過去の政権に比べ見過ごされがちとなっている最近の予算編成について、テーマ別に回を分けて考察することとしたい。

トランプ大統領の「政府閉鎖」発言

アメリカの会計年度は10月から始まり9月に終わる。往々にして9月末までに議会審議が終結せず、暫定のCR(Continuing Resolution、日本では暫定予算やつなぎ予算と訳される)措置によって当座をしのぐ手段が多用されている。現在議会が審議を進めているのは、2019会計年度予算であり、中間選挙前にタイムリミットがやってくる。

7月29日、トランプ大統領はツイッターで「民主党が“国境の壁”などの国境警備に協力しなければ、政府を閉鎖するつもりだ」と表明した。それは、大統領自身が選挙で公約したメキシコとの間に建設する壁の予算措置が含まれていないことへの苛立ち、および大統領の不法移民対策が議会によって立法化されないことへの反発であった。

特にメキシコ国境沿いの壁建設費用については、2018年2月12日に議会に提出された大統領の2019年度予算教書(大統領による議会への要望)で、向こう2年間で180億ドルをリクエストしていた。前年の2018会計年度の予算教書でも16億ドルの予算を希望していたが、成果が得られていない。

不法移民対策

国境の壁建設と並んでトランプ政権のシンボルとなっているのが、1,100万人以上いるとされる不法移民対策である。特に今年は中間選挙を控え、大統領は支援者へのアピールに余念がない。今年6月、行政命令によって2,000組以上の不法移民の親子が引き離されたことが報道された。政権への批判が全国に広がったため、家族を引き離す点については修正を行った。

不法移民の問題は大統領にとって強力なアピール材料だが、立法措置を必要とする施策はなかなか追いついていない。例えば昨年2018年度の予算編成の際、DACA(ドリーマーと呼称される若年移民に対する国外強制退去の延期措置)が大きな取引材料として浮上したのは記憶に新しい。トランプ大統領は、DACAに該当する180万人の不法移民に市民権獲得への道を提供する代わりに、メキシコとの壁を建設する費用として250億ドルを議会に要求した。しかし、民主党議員たちが壁建設費用の計上をかたくなに拒み、妥協点を見いだせずに終わった。またトランプ政権は、先にアメリカに移住した親類や友人を頼り、引き続いて移住者がやってくるチェーン・マイグレーション [1] や永住権を抽選で与えるプログラムの廃止を主張し、さらには拘束した不法移民を釈放する制度も撤廃すべきだとしている。

そんな中、移民政策について異なる立場をとる議会民主党の合意は取り付けられず、予算措置を必要とするメキシコとの壁建設問題は、大統領の不満材料として残った。議会が2018年度予算(歳出法)成立の大詰めを迎えた2018年3月23日にも、トランプ大統領が「メキシコとの壁建設予算が計上されなければ拒否権を発動して政府を閉鎖する」と主張した。ただ結局のところ拒否権を発動することはなく、壁建設問題で悔しい思いをしたのは大統領のほうであった。

暫定のつなぎ予算:CR

アメリカでの予算成立とは、12本の歳出法(個別あるいはグループとして)を全て成立させることを意味する。9月30日を過ぎてもこれらの歳出法が成立しない場合、成立までの間は暫定のCRでつなぐことになる。日本と違ってアメリカでは、議会が予算の中身を決め、大統領には承認するか拒否するかの選択権が与えられている。議会の歳出に関する合意形成は毎年難航を極める。このごろは議会が予算(12本の歳出法すべて)を年度内に通過させることのほうが稀である。1977年以降の歳出法成立状況を調べてみると、期限内に全てが成立したのは、1978年度、1988年度、1994年度、1996年度の4回のみであった [2] 。つまり多くの年度でCRの成立が必要となっており、政府が(歳出法の未成立部分のみだとしても)閉鎖するリスクを抱える頻度は高いのである。

日本でも、2012年と2015年に暫定予算が成立したが、行政府と与党が一体の議院内閣制であるため、政府が閉鎖したり国民生活が混乱したりする心配は通常(内閣不信任を意図する場合は別だが)想定外である。一方のアメリカでは、大統領の拒否権発動により1995~96年に21日間という最長の政府一部閉鎖があったし、2013年には16日間の閉鎖があった。また今年の2018年にも、議会の共和党と民主党が妥協点を見いだせず(短時間ではあったが)2度の政府閉鎖があった。

大統領が歳出法への拒否権発動をちらつかせ「政府閉鎖」に言及するタイミングは、単年度予算による歳出が切れる年度末(9月末)あるいは、暫定的に歳出が許されるCRが切れる頃である。特に大統領が希望する政策予算が盛り込まれない場合、そのリスクは高まることになる。

また議会がCRに頼る回数が増えれば、大統領府と議会の不安定さが増すことを意味する。2018年度会計予算の場合、5回にわたってCRが成立した。第1回目は新会計年度開始日の2017年10月1日に成立したCR(12月9日までの10週間を有効期限とした)、第2回目は、12月9日に成立したもので(12月22日を期限とする3週間)、第3回目は12月22日に成立したもの(1月19日を期限とする4週間)、そして第4回目が1月11日に成立したもの(2月8日を期限とする2週間)だった。そして最後のCRは、第5回目の2月9日に成立したもの(3月23日を期限とした6週間)であり、それは同日に成立した2018年超党派予算法(Bipartisan Budget Act of 2018)に含まれるという形式をとった。この最後のCRが切れる3月23日には、2018会計年度予算となる歳出法(複数の歳出法をひとまとめにしたConsolidated Appropriations Act, 2018)が成立し、6回目のCRは不要になった。

短時間とはいえ政府閉鎖が生じた2018年は、CRの有効期限日までに議会が次の対策を取れなかった結果である。第3回目のCRが切れた後の69時間の政府閉鎖、そして第5回目のCR期限だった2月8日直後に9時間の予算空白が生じた。短時間で収束した2018年の場合、市民生活への甚大な被害は見られなかったものの、CR連発は不安定な政策運営を象徴していた。

2018年超党派予算法は5回目のCRのほか、シークエストレーション(歳出の一律カット)と呼ばれる措置の根拠となる歳出上限額の変更も含んでいた。シークエストレーションを強制するのは2011年予算制御法(Budget Control Act of 2011)であるが、これは歳出上限を超えると自動的に歳出削減が強制される仕組みを取り入れており、特に防衛費に大きな打撃を与えていた。政府各省に対し一律で割当予算の削減が自動的に実施される法律が有効である以上、年度ごとに合意形成を行い超党派で予算法を成立させる以外に直接的な解決策はない。その際、共和党は防衛費、民主党は防衛費以外の裁量的経費の増額を求めて争う構図となっている。

2018年超党派予算法は、2018会計年度と2019会計年度の2年間に限り、歳出上限を上積みした。それは2年合計2,960億ドルの増額となった [3] 。困難な合意が成立した背景にあったのは、テキサス、フロリダ、プエルトリコ、カリフォルニア州などで起こった自然災害への緊急対応予算900億ドルが必要という大義名分であり、両党の協力が実現した。また2018年超党派予算法は、政府の債務上限を2019年3月1日まで撤廃するという合意も含んだ。このため、この予算法は2年予算ディールとも呼ばれる。

来年度の予算編成に向けて

中間選挙を控えた今年、トランプ大統領の「政府閉鎖」発言は依然存在する。しかし、閉鎖への国民的な嫌悪と批判を考慮すると、大統領のほうが再び議会に妥協する余地はある。上院は既に夏の休会を大幅に縮小することを決めており、選挙への影響を最小限に食い止める構えだ。ただし、中間選挙向けのさらなる減税案が、大統領府と議会の両方でそれぞれ検討されており、歳出法にどこまで十分な審議時間を割けるかは不透明だ。中間選挙前までに、議会が2019会計年度の予算編成作業を終えることができるのか、そして選挙を睨んで共和・民主両党の攻防あるいは妥協がどう決着するのか、今後の展開には目が離せない。またもしCRが必要となった場合には、選挙を挟んだ有効期限をいつまでと設定するのかなどの点も注目されよう。

11月6日の中間選挙結果次第(例えば下院の多数を民主党に取られるなど)では、その後の議会とホワイトハウスの対立が先鋭化すると考えられる。そして何回組まれるかわからないCRの有効期限到来の度に、政府閉鎖の危機もこれまで以上に現実味を帯びることになろう。

[1] 連鎖移民と呼ばれ、大統領の妻メラニア夫人の両親も2018年8月9日にこの制度を利用して米国市民となった。

[2] www.congress.gov、Congressional Research Service、Senate & House Appropriations Committeeのデータを参考に筆者がカウントした(2018年8月17日)。

[3] Bipartisan Budget Act of 2018によれば、防衛費の増額は2018年度に800億ドルそして2019年度に850億ドルとなっており、防衛費以外の増額については、2018年度が630億ドルで2019年が680億ドルとなる。

    • 早稲田大学社会科学総合学術院教授
    • 中林 美恵子
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