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パキスタン新政権とインド

June 11, 2013

[特別投稿]竹内幸史氏/東京財団アソシエイト


5月に行われたパキスタン総選挙の結果、ナワーズ・シャリフ元首相が率いる新政権が発足した。3度目の首相返り咲きになったシャリフ氏はパキスタン経済の立て直しをはじめ、テロ対策など治安強化、対米関係やアフガニスタン情勢への対応など課題は山積している。その中で、隣国インドとの関係改善がどう進むのか、分析してみたい。

初の文民政権の平和的交代

5月11日にあった投開票でパキスタン・ムスリム連盟シャリフ派(PML-N)の圧勝が決まると、早速、シャリフ氏とインドのマンモハン・シン首相の間で電話会談が行われた。シン首相が祝いの言葉を贈ると、シャリフ氏がイスラマバードでの就任式にシン首相を招待した。シン首相もシャリフ氏の早期訪印を促した。2人とも印パにまたがるパンジャーブ地方の出身であり、共通するパンジャビ語で気心を通わせたようだ。(*1)

シン首相は6月5日にイスラマバードであったシャリフ氏の首相就任式には出席できなかったが、これに先立つ5月下旬、インド政府でパキスタンとの対話を担当するサティンダー・ランバー特使をシャリフ氏のもとに派遣した。2人は会談で「両国間のあらゆる問題を解決し、平和友好協力を進めるために対話プロセスを前進させる話し合いをした」という。(*2)

新政権発足のタイミングをとらえ、素早く信頼醸成措置を進めることによって、印パ間にデタント(緊張緩和)ムードが現れつつある。

インドにとって、今回のパキスタン総選挙の意義は大きい。パキスタンでは5年の任期を全うした文民政権が総選挙をへて、次の文民政権にバトンタッチするのは、初めてだ。1947年の印パ分離独立以降、インドでは軍事クーデターが一度もなく、民主的な議会選挙が続いているが、対照的にパキスタンでは文民政権の行く手に軍部が立ちはだかって来た。インドがカシミールの領土問題やテロ対策などで対話を仕掛けても、パキスタン軍部から横やりが入り、頓挫してきた。

しかし、今回は軍トップのキヤニ陸軍参謀総長も、民主選挙プロセスを支持する方針を4月末の演説で表明。選挙中には妨害のテロ事件で死者も出たが、投票率55%を達成。文民政権に対する国民の支持が示された形になった。インドのメディア各紙も歓迎のメッセージを発した。

経済対策が最大の課題

シャリフ氏は3度目の首相登板であり、一定の安定感があることも、インドに安心感を与えている。1998年5月には、インドに追随してパキスタンが核実験に踏み切った時の首相だが、実業界出身の経済政策通である。インドとの貿易拡大など関係改善を公約に掲げている。

シャリフ氏は、パンジャーブ州の州都ラホールで、実業家の家庭に生まれた。政治家になったきっかけは、鉄鋼業などのファミリー・ビジネスが国有化されるのを食い止めるためだった。

2度にわたるシャリフ政権(第1次=1990年~93年、第2次=1997~99年)では、イスラマバード―ラホール間の高速道路などインフラ建設を進め、経済界寄りの政策を進めた。今回の選挙戦では南部のカラチから北部のペシャワールまで高速道を整備する公約を掲げた。軍備の拡大より道路や鉄道などの整備を重視している、と報じられている。

シャリフ新政権にとって最大の課題は、深刻な電力不足などインフラ対策、インドに水を開けられた産業界のテコ入れ、貧困対策への対応など経済政策だ。特に、エネルギー危機は深刻で、1日20時間にも及ぶ停電が頻発している。産業が育たないばかりか、電力不足への抗議デモが暴徒化することもあり、政治不安の要因になっている。

パキスタンでは税収低迷と軍事費拡大の悪循環が続き、財政赤字が深刻だ。国際通貨基金(IMF)の指導による構造調整が続いている。このため、電力開発は先進国のODAや国際機関の支援に頼らざるを得ない。パキスタンにとって「全天候型パートナー」である中国は、李克強首相が5月下旬にパキスタンを訪問し、水力発電や再生可能エネルギー、原発の電力各分野で協力を表明した。(*3)

電力ではインドも協力

パキスタンでは電力不足の打開に、宿敵インドの力を借りる構想まで浮かんでいる。2年がかりでインド西部との間に送電網を建設し、100万kw程度の電力供給を受けるというものだ。印パ両政府の間で、電力価格の設定など事業の具体化に向けた交渉が進みつつある。

電力問題はインドでも決して楽ではない。昨年7月にはインドの北半分で大停電が起き、6億人もの暮らしに影響が出た。

それでもパキスタンに協力しようというのは、きわめて異例だ。これは2011年後半から進んでいる印パ間の貿易拡大や、旅行客の相互訪問の増加など経済交流ブームの一環といえる。通商政策ではパキスタン政府がインド製品に最恵国待遇(MFN)を与えて輸入拡大を図る方針を示している。インドのクルシード外相が3月末に来日した際に尋ねたら、「パキスタン新政権の発足後にMFNが実現するものと期待している」と述べていた。すでに、パキスタンからインドへの輸出は2012年度(2012年4月~2013年3月)、前年度より28%増加した。

「敵に塩を贈る」ような電力供給を含め、インドの判断の背景には、南西アジア地域の先行き不透明感がある。特に2014年には、アフガニスタンに駐留する北大西洋条約機構(NATO)軍の撤退が予定され、情勢の流動化が懸念されている。もし、アフガンの治安が悪化し、パキスタン情勢の不安定化まで進むと、インドにも大きな影響がある。パキスタンにとっても、米国が南西アジアへの関与を薄め、資金支援も減少すれば、経済浮揚のためにいよいよインドとの関係改善が重要になってくる。

カギはパキスタン軍部

シャリフ氏は治安対策では、インドへの越境テロを許さないと明言し、インド側を喜ばせている。だが、イスラム過激派をコントロールすることはもちろん、パキスタン国内外のあらゆる政策を進めるうえで、軍部との関係構築がカギになるだろう。

総選挙投開票の翌12日、パキスタン陸軍のトップ、キヤニ参謀総長はシャリフ氏を表敬。協力関係を約するとともに、インドとの関係改善が必要だと進言した。(*4)

シャリフ氏も軍との良好な関係を望んでいる、と語っている。彼は前回の首相時代、陸軍幹部だったムシャラフ前大統領を陸軍参謀総長に抜擢した。ところが、1999年に彼を更迭しようとして、逆にクーデターを仕掛けられ、自らの失脚を招いた。シャリフ氏は処刑される可能性もあったが、当時の米クリントン政権の要請を受けたサウジアラビアの王室がムシャラフ氏に働きかけ、シャリフ氏を救済した(*5)。こうした苦い経験から、シャリフ氏は軍との関係構築を慎重に進めることだろう。

その一方、シャリフ氏はイスラム武装勢力のパキスタン・タリバーン運動(TTP)に懐柔的な姿勢を示しており、対話路線をとる可能性がある。これによってテロが多少は減少するかも知れないが、TTPを野放しにし、軍部の反感を買う可能性もある。また、5月末にはTTP幹部が米軍の無人爆撃機の攻撃で殺害される事件があったため、TTPはパキスタン政府に対する姿勢も硬化させている。

このようにシャリフ氏がどれだけ軍部の協力を得ながら、国内の治安を安定させ、インドとの関係を改善するか、まだ見通しにくい。

インド政府系シンクタンクの国防問題分析研究所(IDSA)は、「印パ関係は新段階に入るのか?」と題する報告書を発表(*6)。その中で、「選挙戦で見せた国民的な人気を基盤にするシャリフ氏に対し、当面は軍部も忍耐強く対応するだろう」との観測を述べ、「インドはパキスタン国内情勢の変化を織り込み、シャリフ氏のメッセージに対して前向きに対応するべきだ」と提案している。

  • (*1) The Indian Express,2013年5月15日付http://m.indianexpress.com/news/on-punjabiyat/1115964/
  • (*2) Times of India,2013年5月28日付 http://articles.timesofindia.indiatimes.com/2013-05-28/india/39579367_1_nawaz-sharif-special-envoy-pakistani-army
  • (*3) パキスタン外務省ホームページ http://www.mofa.gov.pk/pr-details.php?prID=1200
  • (*4) PTI通信2013年5月19日付 http://indiatoday.intoday.in/story/take-gradual-initiatives-kayani-tells-nawaz-on-ties-with-india/1/271943.html
  • (*5) The Brookings Institutionホームページ,“Nawaz Sharif, Pakistan’s Comeback Kid”, http://www.brookings.edu/research/opinions/2013/05/14-nawaz-sharif-pakistan-comeback-kid-riedel
  • (*6) IDSAホームページ http://www.idsa.in/idsacomments/WillitbeanewphaseinIndiaPakistanRelations_agupta_160513
    • 元東京財団アソシエイト
    • 竹内 幸史
    • 竹内 幸史

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