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【論考】骨太方針2026と債務残高(対GDP比)引き下げ目標
August 5, 2026
■4月10日に、小黒上席フェローは、森信シニア政策オフィサー、佐藤上席フェロー、土居上席フェローとともに、政策提言「『給付付き税額控除』の導入に向けた具体的な制度設計」を発表いたしました。詳細はこちらをご覧ください。
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「税・社会保障研究 レビュー・論考・コラム」 令和7年10月より、「税」や「社会保障」をテーマとしたコラム(Review)を、以下の執筆者が交代で執筆してまいります。掲載されたコラムは「まとめページ」からご覧いただけます。小黒一正(東京財団上席フェロー/法政大学経済学部教授)、佐藤主光(東京財団上席フェロー/一橋大学国際・公共政策研究部教授)、土居丈朗(東京財団上席フェロー/慶應義塾大学経済学部教授)、森信茂樹(東京財団シニア政策オフィサー) |
2026年7月21日、政府は「経済財政運営と改革の基本方針2026」、いわゆる「骨太方針2026」を閣議決定した。今回の骨太における最も大きな転換の一つは、財政運営目標のフローとストックの順序が変わったことである。従来は、ストックの目標である、債務残高(対GDP比)の安定的な引き下げも掲げられていたが、具体的な達成時期を伴うフローの目標として、国・地方のプライマリーバランス(PB)の黒字化が財政健全化の中心的な管理目標として運用されてきた。骨太2026では、この構造が変わり、債務残高(対GDP比)の安定的な引き下げを財政運営の中核に据えつつ、PBをその達成状況を確認するための複数年の管理指標へと再整理した。PB目標が廃止されたわけではないが、単年度の黒字化時期を機械的に追う従来の運用からは大きく転換したことを意味する。
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<骨太方針2026>(抜粋) |
この変更を経済学的にどう評価すべきか。まず、財政の持続可能性を最終的に左右するのは、ある年度のPBが黒字か赤字かではなく、政府債務が経済規模との対比で適切に制御されているかどうかである。加えて、PBには過去の債務に対する利払い費が含まれない。このため金利上昇局面では、PBが改善しても純利払い費の増加によって財政収支と債務残高が悪化する可能性がある。この意味で、債務残高(対GDP比)の低下を中核的な目標に据え、PBをそのための中間指標と位置付けること自体は、従来よりも包括的な財政運営の枠組みともいえる。
骨太方針はさらに、債務残高(対GDP比)を安定的に引き下げられる範囲内で可能となる財政規模を精査し、市場の信認に配慮しながら「通年の国債発行額」を具体化すると明記した。これは、筆者が最近の論考[1]で提案した、債務残高(対GDP比)の低下と整合する形で新規の国債発行額に一定の枠を設けるという考え方と方向性を共有する。論考では、名目GDP成長率が年2~3%程度で推移することを前提に、新規の国債発行額を年35兆円程度に抑える簡易試算を示した。
もっとも、骨太2026に記載がある「通年の国債発行額」が、新規の国債発行のみを指すのか、借換債などを含む市中発行総額を指すのかは明確でない。両者の意味は全く異なる。借換債は満期を迎えた既存国債を借り換えるものであり、原則として債務残高を純増させない。このため、財政赤字を賄い、債務残高の純増に直接結び付くのは主として新規国債である一方、市場の需給や金利形成にとって重要なのは借換債を含む市中発行総額である。したがって今後の予算編成では、「財政規律のための新規国債発行額」と「国債市場の安定のための市中発行総額」を明確に区別して示す必要がある。
ところで、今回、筆者が特に注目したのは、骨太2026で「PB、GDP、純利払い費、財政収支等が債務残高対GDP比に与える寄与を分析する」と明記された点である。そこで、内閣府データ(2026年1月版の中長期試算)を用いて、2002年度を基準として、2003年度から2026年度までの国・地方の公債等残高対GDP比の変化を要因分解した。2025年度と2026年度は見込みである。
要因分解の方法は単純である。債務残高(対GDP比)の分子を増加させる要因を「PB赤字」と「純利払い費」に分け、分母である名目GDPの変化を「実質GDP」と「GDPデフレーター」に分ける。これらで説明できない要因は「その他の要因」として整理する。この結果が以下の図表である。
図表をみると、2003年度から2026年度までに債務残高(対GDP比)は累計で約73.1%ポイント上昇している。最大の押上げ要因はPB赤字で、累計約87.2%ポイントに達する。純利払い費も約32.3%ポイント押し上げた。他方、実質GDPの増加は約29.5%ポイント、GDPデフレーターの上昇は約22.6%ポイント、それぞれ債務比率を引き下げた。長期でみれば、日本の債務残高(対GDP比)膨張の主因がPB赤字の累積であったことは明らかである。
しかし、近年だけを取り出すと、全く異なる姿が浮かび上がる。2023年度から2026年度までに、債務残高(対GDP比)は累計で約16.2%ポイント低下する可能性がある。このうち実質GDP要因による低下が約5.5%ポイントであるのに対し、GDPデフレーター要因による低下は約24.8%ポイントに達する。一方でPB要因は約5.1%ポイント、純利払い費要因は約3.8%ポイント、その他の要因も約5.2%ポイント、いずれも債務残高(対GDP比)を押し上げている。
図:債務残高(対GDP比)の前年差と要因分析
(出所)内閣府「中長期試算」(2026年1月版)から筆者作成
(注)各項目は小数第3位以下を四捨五入しているため、各要因の合計が前年差と一致しない場合がある
つまり、最近の債務残高(対GDP比)の改善は、財政収支の改善によって実現したというよりも、主として物価上昇によって名目GDPという分母が拡大した結果である。2023年度~2026年度については、GDPデフレーターによる押下げ効果だけで債務残高(対GDP)全体の低下幅を上回っている。PB赤字や利払い費といった悪化要因を、物価上昇が覆い隠している構図といえる。
もちろん、GDPデフレーターの上昇がすべて悪いわけではない。賃金上昇や企業収益の拡大を伴い、実質成長率も高まるのであれば、デフレ脱却は税収基盤を強化し、債務残高(対GDP比)の低下に寄与する。しかし、実質成長を十分に伴わず、輸入物価や円安を起点とする価格上昇が国内の販売価格や賃金に波及し、主として価格要因によって名目GDPが膨らむ場合、国民の実質購買力が必ずしも改善するとは限らない。物価上昇に賃金や預金金利の上昇が追い付かなければ、家計の所得や金融資産の実質価値は低下する。この意味で、物価上昇を通じた債務負担の軽減には「インフレ税」の側面がある。インフレのみに依存した分母の拡大は、真の意味での財政再建ではない。
さらに留意すべきは、時間軸のずれである。物価や賃金の上昇は、遅れを伴って医療、介護、公共事業、公務員人件費などの政府支出を押し上げる。金利が上昇すれば、国債の借換えが進むにつれて利払い費も増加する。内閣府の「日本成長戦略の下での中長期的な経済・財政の姿に関する試算」(2026年6月24日・資料5)では、2026年度の長期金利を2.6%と想定しており、成長戦略の効果が十分に表れない場合には、債務残高(対GDP比)が2030年度頃から再び上昇に転じるシナリオも示している。分母を押し上げるインフレの効果は一時的であるのに対し、歳出と利払い費への波及は持続的である。
新たな財政ルールを実効性あるものとするためには、単に債務残高(対GDP比)が低下したか否かを見るだけでは不十分である。政府は毎年度、債務比率の変化を、PB、純利払い費、実質GDP、GDPデフレーター、その他の要因に分解して公表すべきである。そのうえで、実質成長による改善と物価上昇による改善を明確に区別しなければならない。
併せて、債務比率の中期的な目標経路、PBの改善幅、金利上昇時のストレステスト、新規国債発行額の上限を示す必要がある。「安定的低下」という表現だけでは、年間0.1%ポイントの低下でも目標達成と説明できてしまう。目標経路から外れた場合に、歳出削減、増収措置、国債発行額の抑制のうち何を実施するのかという修正ルールも不可欠である。
債務残高(対GDP比)を財政運営の中核に据える今回の変更は、理論的に否定するものではない。しかし、その低下が実質成長によるものか、PB改善によるものか、それともインフレによる一時的な分母の拡大なのかを区別しなければ、新たな目標は財政規律というよりも、財政赤字を見えにくくする装置になりかねず、注意が必要だ。「責任ある積極財政」の責任とは、債務残高(対GDP比)を低下させることだけを意味しない。その低下を、国民生活を豊かにする実質成長と、持続可能な歳入・歳出構造によって実現することであろう。
[1] 小黒一正(2026)「【論考】インフレ時代の財政運営はどうあるべきか -国債残高(対GDP)の安定的引き下げの条件は何か-」 https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4981