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【人材育成】目立たない日本の寄付文化——フィランソロピーをめぐる視察から得た気づき
増上寺にて(筆者提供)

【人材育成】目立たない日本の寄付文化——フィランソロピーをめぐる視察から得た気づき

August 13, 2026

ヤングリーダー奨学基金プログラムは、日本財団が1987年に将来の世界を担うリーダーの育成を目指して立ち上げ、1997年からは東京財団が運営を行っている、世界の大学の人文社会科学分野の大学院生を対象に奨学金を給付する奨学制度。日本を含む世界44か国の69大学・大学連合に各々100万米ドルの基金を寄贈し、17,000名を超える奨学生(Sylff「シルフ」フェロー)を輩出してきた。Sylffフェローは卒業後、外相や中央銀行総裁などを務めたり、学術研究、ビジネス、非営利セクターなど様々な分野の第一線で活躍している。

はじめに

1997年、オーストラリアのニューサウスウェールズ大学ビジネススクール(UNSW Business School)でエグゼクティブMBA課程に在籍していた際、ヤングリーダー奨学基金プログラム(Sylff)から奨学金の支援を受ける幸運に恵まれた。Sylffの支援により学業を修了でき、その後ノースウェスタン大学における非営利組織マネジメントの国際交流プログラムにも参加することができた。

この経験は、その後の私のキャリアに大きな転機をもたらした。現在、私は高等教育、医療研究、ヘルスケア、芸術文化分野を中心に、フィランソロピーや社会的投資を支援するコンサルティング会社Catalyst Managementの代表として活動しているが、その原点の一つがこの経験にある。

私は今もSylffフェローシップに深く感謝している。この支援は単に私の教育機会を広げただけでなく、富と社会的インパクト、そしてフィランソロピーの関係について考察を深めるきっかけを与えてくれた。そうした問題意識は、最近行った日本でのフィランソロピーに関する視察においても常に念頭にあった。そこで私は、日本の経済的な豊かさと、控えめながらも根強く息づく寄付文化が共存している姿を目の当たりにした。

日本の富と世界における位置づけ

今日の日本は世界でも有数の富裕国である。UBSの『Global Wealth Report』によれば、日本の成人一人当たりの平均資産は約205,000米ドル、中央値でも約102,000米ドルに達している。また、日本には270万人を超える米ドル建てミリオネア(100万ドル以上の資産保有者)がおり、さらに約40人のビリオネアが資産ピラミッドの最上層に位置している。

こうした状況は、『Forbes Japan’s 50 Richest 2025』を見るとより具体的に理解できる。首位はファーストリテイリング創業者の柳井正氏で、推定資産は約500億米ドル。これにソフトバンクグループの孫正義氏(約280億米ドル)、キーエンス創業者の滝崎武光氏(約200億米ドル)が続く。日本の富豪上位50人が保有する資産総額は2,280億米ドルを超え、小売、テクノロジー、不動産、金融、消費関連産業など幅広い分野に及んでいる。

先進諸国と比較しても、日本の家計資産水準は高い。一人当たりベースでは、ドイツ、イタリア、韓国を上回り、カナダや英国にやや及ばないものの、世界的に見れば極めて高い水準にある。

目立たない寄付文化

今回の視察で最も印象的だったのは、富の存在ではなく、大規模なフィランソロピーの存在が社会の中であまり目立たないことであった。

英国のCharities Aid Foundationが公表する『World Giving Index 2024』では、日本は142カ国中127位に位置している。この順位だけを見ると、日本の寄付文化は米国、カナダ、英国、オーストラリア、さらには多くの欧州諸国に大きく後れを取っているように映る。

これらの国々では、フィランソロピーは社会の重要な構成要素として広く認識されている。ファミリー財団、大学基金(エンダウメント)、そして巨額寄付(メガ・ギビング)が社会に定着しており、大学や病院、文化機関への大型寄付は、個人や一族の社会貢献の延長線上にあるものとして受け止められている。

一方、日本では、博物館、美術館、文化施設、病院、大学などにおいて、西洋諸国、とりわけ米国で見られるような大口寄付者の顕著な顕彰はそれほど目にしなかった。しかしその代わりに、企業、個人、地域社会、小規模事業者による長年にわたる寄付の伝統が存在しており、それらはしばしば宗教的・文化的な場に表れていた。

京都の伏見稲荷大社では、無数の奉納鳥居の裏側に寄進者の名前が記されており、山道全体が「寄付の森」とも言える景観を形成している。また祇園の八坂神社では、境内に掲げられた数百の提灯に地域の支援者や企業の名前が記されている。

これらは西洋型のネーミングライツとは異なるものの、地域社会に根差した寄付文化の可視的な表現と言えるだろう。

日本のフィランソロピーの現在

こうした伝統的な寄付文化と並行して、日本の現代フィランソロピーはより控えめで、企業主導の色彩が強い。

企業は現在も社会課題への取り組みに重要な役割を果たしている。また、日本財団や東京財団といった大規模な財団は、教育、研究、人道支援などの分野に毎年数億ドル規模の資金を提供している。さらに、地域社会では町内会や相互扶助組織などを通じた支援活動も行われている。

もちろん、日本のフィランソロピーが世界規模で展開された事例も存在する。2024年に柳井正氏がUCLAアンダーソン経営大学院に行った3億米ドルの寄付は、日本人による単独寄付として最大級のものである。また、孫正義氏による東日本大震災後の100億円の寄付(2011年当時の為替レートで約12,500万米ドル)は、被災地支援に大きな影響を与えた。

これらの事例は、日本社会に十分な寄付能力が存在することを示している。しかし、現時点では依然として例外的な存在と言わざるを得ない。

世界に広がるフィランソロピー

世界に目を向けると、フィランソロピーはさまざまな地域で発展を続けている。

北米では、フィランソロピーは社会文化の中に深く根付いている。米国の富裕層は数億ドル規模の寄付を行い、専門スタッフを抱える財団を通じてグローバルに活動している。カナダでも、家族財団が教育、医療、文化分野で重要な役割を果たしている。

オーストラリアでは過去20年間で私的基金(Private Ancillary Funds)が急増し、資産形成や資産承継の一環としてフィランソロピーが取り入れられるようになった。英国や欧州諸国でも、米国ほど目立たないものの、多額の寄付が財団や基金を通じて行われている。

さらに非西洋諸国においてもフィランソロピーは急速に拡大している。イスラエルでは、地域社会と世界各地のユダヤ人コミュニティとの強い結びつきが寄付活動を支えている。湾岸諸国では、国家ファンドや富裕層資産が教育、医療、人道支援に活用されている。中国ではテクノロジー起業家を中心に新たな大口寄付者層が形成されている。シンガポールはアジアのフィランソロピー拠点として存在感を高め、インドでも教育やデジタル技術へのアクセス向上、社会的公正の実現に取り組む世界的な寄付者が現れている。

こうした潮流の中で見ると、日本では個人によるフィランソロピーがあまり目立たない点が際立っている。

フィランソロピーを支える基盤づくり

しかし今回の視察を通じて、変化は既に始まっていることも実感した。

日本ファンドレイジング協会は寄付動向を分析した『Giving Japan』を毎年発行している。日本フィランソロピー協会は企業・個人双方の寄付促進と啓発活動を行っている。また助成財団センターは助成活動に関する情報集約と透明性向上に貢献している。

これらの組織はファンドレイジング、寄付者との関係構築、社会的インパクト評価に関する専門文化を育むなど、幅広い活動を展開している。日本における持続可能な寄付文化を支えるインフラとして、その意義は大きい。

今後の展開

今回の経験から、今後の展開に特に重要だと思われる点が三つある。

第一に、可視性である。大規模な寄付が公に知られることで、他の人々にも刺激を与える。メガ・ギビングが定着している社会では、寄付行為そのものが社会規範として広がる好循環が生まれている。

第二に、制度的基盤である。民間財団や基金は単なる寄付の受け皿ではなく、寄付を継続的かつ世代を超えて実現する仕組みとして機能している。

第三に、専門性である。優れたファンドレイザー、強固なガバナンス、透明なデータは、フィランソロピーの信頼性と効果を高める。日本でもこうした基盤整備は進んでいるが、さらなる発展の余地がある。

個人的な経験から

私にとって、この問題は決して他人事ではない。私自身が日本のフィランソロピーの恩恵を受けた一人だからだ。

Sylffの奨学金は、MBA取得と国際交流の機会を可能にし、その後のキャリア形成を大きく後押ししてくれた。それは単なる個人への支援ではなく、国際的な学びと異文化交流が長期的な社会的価値を生み出すという理念への投資でもあった。

この経験は、明確なビジョンを持ったフィランソロピーがどれほど大きな影響力を持ち得るかを示している。フィランソロピーとは単なる善意ではなく、機会を創出し、人と人を結びつけ、未来への道筋をつくる営みなのである。

日本に広がる可能性

日本には豊かな民間資産、世界を代表する企業、そして社会的インパクトへの関心を持つ新しい世代の起業家が存在する。

求められているのは、国際的な知見を取り入れながら、日本の文化や価値観に根差した独自のフィランソロピーのモデルを発展させることである。謙虚さや共同体意識を大切にしながらも、より大きな可視性、規模、継続性を備えた仕組みを築くことは十分に可能だろう。

それが実現すれば、日本社会の活力向上にとどまらず、気候変動、高齢化、技術革新、格差拡大といった地球規模の課題への貢献にもつながるはずである。

おわりに

日本には世界有数の富がある。今後問われるのは、その力をいかに社会的価値の創出へと結び付けていくかである。

Sylffの支援を受けた自身の経験から、私はその可能性を確信している。より大きな規模で、社会の中で広く認知され、長期的な取り組みとして根付いていけば、日本は経済大国であるだけでなく、21世紀のフィランソロピーを牽引する存在にもなり得る。

東京タワー近くの増上寺を訪れた際、私は次の言葉を目にした。「善き行いは ためらわず」。その下には英訳も併記されていた:Never be shy about doing good.

この言葉は今も心に残っている。どのような形であれ、善意や支援の力は、社会に開かれ、多くの人に伝わることでより大きな意味を持つ。そのことを静かに教えてくれる言葉のように思えた。(東京財団にて和訳および編集)

Sylff Association公式ウェブサイトのオリジナル記事(英語)はこちら
Observations on Wealth and Giving in Japan: Notes from a Personal Study Visit

ヤングリーダー奨学基金プログラムSylff Association)の詳細はこちら

    • Catalyst Management代表/ニューサウスウェールズ大学ビジネススクールSylffフェロー(1997年)
    • ローレンス ジャクソン
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