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南シナ海問題の鍵を握るインド

May 22, 2014

[特別投稿]長尾 賢氏/学習院大学講師(安全保障論・非常勤)

1.中国とベトナムとのにらみ合い

中国とベトナムとの間で起きた衝突に注目が集まっている。中国とベトナム、そして台湾が領有権を主張する南シナ海の西沙諸島(パラセル諸島)において、中国が石油掘削に向けた作業を開始したことを発端として起きたものだ。作業を阻止したいベトナムと、中国側、双方の海上治安当局の船がにらみ合い、断続的に衝突と放水を繰り返している。報道によれば、中国側が80隻、ベトナム側が20~35隻の船を出しているから、かなり大規模なにらみ合いとなっている。中国軍の戦闘機や艦艇も展開しているとのことで、衝突がエスカレートすることが懸念されている。

2.ベトナムの支援者としてのインド

この問題ではあまり報道に出てこないが、忘れてはならない重要な存在がある。インドだ。なぜ重要なのか。

今回の事件直後のインドの反応が重要なのではない。インドは「懸念(concern)」を表明し、国際法に基づいて平和的に解決するように求めているだけだ。しかし、インドは長年ベトナムの防衛力強化を支援してきた国である。今回のような大規模な事件が起きた後は、ベトナムがインドにより接近し、インドの南シナ海の問題に対する影響力を高めていくことが予想される。だから長期的な意味で、インドの動向は重要なのだ。

3.ベトナムの支援者としてのインド

インドとベトナムの安全保障関係は1970年代末にベトナムが、ポルポト政権下のカンボジアに侵攻し、その後、ポルポト派を支持する中国がベトナムに侵攻した時に始まる。ベトナムがカンボジアに侵攻した当時、東南アジア諸国の多くがベトナムの行動を支持しなかったのに対し、インドはベトナムを支持した。結果、東南アジアにおけるインドの友好国はベトナムだけの状態になり、両国は特別な関係になった。

冷戦後、ソ連が崩壊すると両国の関係はさらに深まった。インドもベトナムも旧ソ連製兵器の武器を使っており、ソ連からの部品の供給に依存していた。だから、ソ連が崩壊した時、両国とも部品供給に問題が生じた。そのことがきっかけになって、少しだけ余裕のあるインドがベトナム軍に部品を供給するようになったのだ。関係はさらに進み、ベトナムの陸海空軍の訓練、兵器のアップグレードなども行うようになった。 2000年代後半にベトナムで中国に対する懸念が高まると、インドとベトナムの安全保障関係の重要性は増していった。対中抑止力の要として注目されるベトナム海軍の新しい潜水艦部隊(キロ級)の訓練をインドが担当するようになり、南シナ海での資源開発ではインドとベトナムの共同開発プロジェクトが始まった。そして、2012年12月には、インド海軍参謀長が、この共同開発プロジェクトを例にとり、もしインドの国益が脅かされるような事態になれば、インド海軍の艦艇を派遣する用意があることを表明するに至った。

現在ベトナムはインドに対して、航空機発射型のブラモス対艦ミサイルの輸入について打診している。このミサイルは印露間でまだ開発中の段階だが、配備されれば南シナ海の情勢に一定の影響を与えることになるだろう。

4.インドの態度の裏にあるものは

インドはなぜベトナムを支援するのか。その背景には、中国がインド洋地域に進出しており、これに対抗するため、インドも南シナ海周辺に進出していることがある。

インド側は中国のインド洋周辺地域への進出について、主に3つの点から危機感を感じている。1つはインド洋沿岸国に対する武器輸出、2つ目はインド洋沿岸国への港湾建設、3つ目はインド洋への中国軍の展開である。

1つ目のインド洋沿岸国に対する武器輸出については、中国はパキスタン、スリランカ、バングラデシュ、ミャンマーに対して武器を輸出している。これらの国では、近代的な装備の多くを中国に依存する状態になりつつある。さらに中国は現在、モルディブに対しても軍事協力を申し出ている。

2つ目の港湾建設は、同じくパキスタンのグワダル港、スリランカのハンバントタ港、バングラデシュのチッタゴン港、ミャンマーにおいては多数の港湾建設計画が進みつつあり、それらの港湾をつなぐと、インドに首飾りをかけて包囲する形になることから「真珠の首飾り戦略」として知られている。これらの港は商業港であるが、商業港でも軍艦に補給することが可能であるため、中国海軍展開の拠点になることも懸念されつつある。

3つ目はインド洋への中国軍の展開である。2000年半ばの段階でマラッカ海峡の出口にあるミャンマーのココ諸島にも通信施設を建設してきたが、2009年以降、ソマリアの海賊対策に艦艇を派遣した。そして2011年にもインド領海ぎりぎりを航行する不審な中国漁船団の活動が確認され、カシミールのパキスタン管理地域にも中国軍が駐留し、道路建設等を実施している。モルディブに関しても、中国軍の病院船も寄港した他、海軍基地建設の報道が絶えない。2012年にはインド洋で中国原潜の活動が22回確認され、2014年には、中国海軍がインド洋で初めて本格的な軍事演習を実施した。活動は活発化しつつある。

このような傾向から、インドは中国軍のインド洋進出に対抗する措置を必要としている。その一環としてベトナムとの関係がとり上げられるようになっている。例えばインドとベトナムとの間で、南シナ海における共同資源開発計画が進み始めたとき、中国はインドに対して警告を発した。このときインドでは、もし中国軍がインド洋周辺から撤退するならば、インドも共同開発から撤退するという議論が活発に報じられた。インドでは、もし中国軍がインド洋に戦略ミサイル原潜を展開するならば、インドは南シナ海に戦略ミサイル原潜を展開すべきという意見もある。こうした議論は、インドとベトナムとの関係が、中国のインド洋における活動と深く関係していることを示している。

5.日印連携への政策的示唆

今回の事件も含め、中国の海洋進出が活発化すればするほど、インドとベトナムの関係は強化されていくだろう。それとともにインドの南シナ海情勢に対する影響力は高まっていくと予想される。日本はどうするべきだろうか。

日本は第1次安倍政権時の「自由と繁栄の孤」や、第2次安倍政権成立直前にだされた「安全保障のダイヤモンド」構想(注2)においてもユーラシアの沿岸国(地政学用語でいう「ユーラシア・リム」)との海洋連携を重視しつつある。その中には、日本、インド、ベトナムとの連携が含まれる。日印越三国戦略対話も設置して情報の収集と具体的手段の模索に入ることが一つの選択肢になる。広く長期的な観点から対応が求められよう。

(注)Shinzo Abe, “Asia’s Strategic Security Diamond”, Project Syndycate, 27 Dec 2012. (http://www.project-syndicate.org/print/a-strategic-alliance-for-japan-and-india-by-shinzo-abe ).

    • 元東京財団研究員
    • 長尾 賢
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