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印中国境の空軍バランスと日印協力

December 24, 2014

[特別投稿]長尾 賢氏/東京財団アソシエイト

今月初め、インド空軍の参謀長が、2050年までに中国は台湾、東シナ海で日本と領有権を争う島々、そしてインドのアルナチャル・プラデシュ州を吸収合併するだろうと語った。過去には、2009年に、当時のインド空軍の参謀長が、インドの空軍は中国の3分の1の戦力しか保有していないと発言している。昨今、印中国境の中国側では、空港の整備が進み、他の地域から戦闘機を素早く展開するための訓練も行われているため、インドの危機感は高まっているのだ。

しかし、インドが中国に比べ遅れているとしても、3対1ほどの戦力差があるのだろうか。そして現在800機の戦闘機を取得中のインド空軍が、2050年になっても中国と圧倒的な差をつけられたままなのだろうか、疑問がある。

そこで本稿では、インド空軍についてインドで行われている議論を整理し、それが日本にとってどのような意味をもつのか、分析を試みることとした。

図:インド空軍戦闘機7機種飛行隊の配置図
※現在配備されているものの内、もっとも古い2020年までに退役するとみられるミグ21を除き、新しく配備される計画のラファールとテジャズを加えた7機種の配備位置を報道などよりまとめたものである。実線はすでに配備されているもの、点線は計画中のものを示す。

1.インド空軍が有利とみられる要因

まずインドが有利との見方についてだ。空軍の参謀長の発言とは裏腹に、インド空軍の能力を高く評価する意見があるのだ。その根拠の一つは、印中間で戦争が起きた際を想定すると、インドの方が中国よりも多くの飛行場を保有していることに起因する。中国がチベットに保有している大きな飛行場は5つしかない。一方インドは20から30の飛行場を利用可能だ。インド空軍が中国の5つの飛行場を集中的に爆撃すれば、中国空軍を封じ込められるのではないかとの指摘である。

次に、中国との国境地帯については、インドの空軍機は中国機に比べ多くの武装、燃料を積める環境にある。中国空軍はチベットや新疆ウイグル自治区にある基地から飛び立つ。標高が高く空気が薄い。そのため浮力を得ることが難しく、武装や燃料を少なくして飛ばざるを得ない。インド空軍の飛行場はより低地にあるから、より多くの武装や燃料を積んで飛び立つことができるのだ。そうすると、インド空軍の戦闘機の燃料やミサイルが多ければ、インドの戦闘機はより多くの中国戦闘機を撃墜する可能性が出てくる。

さらに、中国がチベット方面に補給するルートが少ないとの指摘がある。特に青藏鉄道が事実上唯一の補給ルートとなるが、この鉄道にはトンネルや橋が多く、爆撃に弱い。だから、中国軍は長期の軍事作戦はできないとされる。

2.インド空軍が不利とみられる要因

それにもかかわらず、なぜインド空軍参謀長たちは危機感を表明するのだろうか。空軍の予算を獲得するために危機感をあおっているのだろうか。実は、インド空軍の危機感は、中国空軍の近代化がインド軍の近代化より早いこと、そしてインド空軍自身が非常に多くの問題を抱えているところ起因しているものとみられる。 まず、中国空軍の近代化が早いことについてであるが、中国は軍事費の約4分の1を印中国境地域に投じているとみられ、中国空軍が空港の整備を急速に進めている。その速度はインド側の整備をはるかに上回る速度であるため、近い将来、印中の軍事バランスは中国側により傾いていくことへの危機感がある。また、中国側は空港の標高が高いことによって起こる弱点を克服可能だ。空中給油機を使えば、より内陸にある低地の空港から戦闘機を飛ばすことも可能で、その場合はより多くの燃料やミサイルを搭載できる。さらに、中国側の弾道ミサイルの配備も進められ、インド空軍の飛行場を攻撃する能力がある。そして、中国軍が軍事作戦に使用するための補給ルートが限られる問題も、限定的な軍事作戦で使用する分を事前に十分集積しておけば対応可能かもしれない。つまり、中国が軍事作戦の目標をよく限定し、そのために必要な準備してからインドを奇襲した場合、インドは対応できない可能性がある。

これに加えインド空軍自身が多くの問題を抱えていることは無視しえない。特にインド空軍は数的に減る一方だ。例えば、1962年の印中戦争の後、インド空軍は必要数を全64個飛行隊、内45個飛行隊を戦闘機隊と計算した。その後予算的制約から1980年代に全45飛行隊、内、戦闘機39.5個飛行隊編成することとした。しかし2014年現在、インド空軍が保有している戦闘爆撃機の飛行隊は34個しかない。その34個飛行隊で、中国がチベットに配備しているとみられる21個飛行隊と、中国の他の地域から派遣されてくるであろう中国空軍の主力部隊と対峙しなければならない。もし中国がパキスタンと連携して戦う可能性を考慮に入れるとパキスタン空軍の21~25飛行隊とも同時に対応することになるし、中国がミャンマーの空域を利用してインドを攻撃する場合も想定しておかなくてはならない。中国空軍もパキスタン空軍も近代化を進めている中で、インドが十分に対応できるか不安がある。

さらに、装備が老朽化していることも深刻だ。インド空軍34個飛行隊に配備された戦闘機の内、約3分の1程度が1960年代に採用が決まったミグ21で占められている。インド空軍の参謀長は2010年の時点で50%の装備が老朽化していると述べている。このような装備の老朽化は、事故の多発につながっており、ミグ21については、インドに配備された計872機の内うち半分以上が事故で失われている状態だ。

これは戦闘機のみならず対空ミサイルやレーダー網の整備も同様で、対空ミサイルは1970~80年代にソ連が配備していたものと同じものが主力を占めており、山岳が多い印中国境部では、レーダーが監視できない地域があるといわれている。

だからインド空軍は、数でも組織的な能力においても中国空軍に比べて不利なのではないか不安がある。中国が3倍の戦力を保有しているという2009年のインド空軍の参謀長の意見は、その点で一定の説得力をもっている。

3.国際連携に活路あり

以上のようにインド空軍は、中国空軍に対して対抗し得るか不安な状態といえる。だから用心深く備えを十分にして対応を考えておくべきだろう。ではどのような対処法があるのか。日本にどう関係してくるのか。大きく2つある。

1つ目は戦力の増強である。インドは現在計800機に及ぶ戦闘機の取得計画を進めており、国産の対空ミサイルの開発・配備、レーダー網の整備、指揮系統システムの構築、飛行場とヘリパッドの創設などを進めている。しかし、遅延が著しい。例えば、昨年度の取得状況をみると、112機ライセンス生産で取得するはずだったスホーイ30戦闘機の内、81機しか取得していない。よりスピード感を持って対応することが必要で、モディ政権もそのことを強く認識しているようである。現在の計画では2022年にインド空軍は戦闘機42個飛行隊保有することになっている。

2つ目は国際連携である。中国は、日本、東南アジア、インドすべてに面している。そのため、インドに対応する場合でも、日本や東南アジア方面にも一定の戦力を残しておかなければならない。そのため、インドの空軍力が不十分な場合は、日本や東南アジアの空軍と連携することで、その不足を一定程度補うことが可能だ。インドはすでにこの政策を進めている。

インド空軍は、すでにマレーシア、ベトナムなどの各国でパイロットや地上要員の訓練を行っている。マレーシアやベトナム、インドネシアなどの空軍機の整備も行っている。これらの整備は、ロシアとの契約の関係上、これらの国の空軍機がインド国内にいったん運んで、整備してから帰国する形で行われ、各国と連携を進める重要な外交手段になっている。また、シンガポールに対しては、自国の空軍基地を長期に貸し出している。こうした努力は、東南アジア諸国の空軍力を高めることにつながり、結果として中国の空軍を一定程度東南アジア方面に拘置することにつながるだろう。

ここから、日本の対印政策の具体案が見えてくる。インドが中国空軍の近代化の速さを懸念しているように、日本も中国空軍の近代化と活動範囲の拡大は懸念事項だ。インドや東南アジア各国空軍の近代化を支援しながら連携し、中国空軍を各方面に分散させることは、日本の国益になる。

日本がインド空軍の能力向上に対して貢献できることは何か。まず日本はインドの空港やヘリパッドといったインフラ建設を支援し得る。また、事故多発に対応するために練習機を共同開発して、インド空軍のパイロットの練度向上にも貢献可能だ。

また東南アジア各国の空軍を支援する際には、インドが訓練や整備を担当するならば、日本は空港やレーダー網の整備などで協力するように役割分担しながら連携することができよう。  このような観点から、日本にとって印中国境の軍事バランスは無視しえないものといえる。日印のより緊密な連携が求められている。

    • 元東京財団研究員
    • 長尾 賢
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