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対北制裁は堅持できるか トランプ氏も日韓も正念場へ

October 23, 2018

2018年9月、国連安全保障理事会に出席したトランプ大統領。                                写真提供  Getty Images

白鴎大学経営学部教授

高畑昭男

トランプ米大統領は9月25日、ニューヨークの国連総会で行った一般討論演説で朝鮮半島の非核化の見通しに大きな自信を誇示した。北朝鮮が弾道ミサイル発射や核実験を控え、関連施設の一部解体に踏み切った事実を紹介しつつ、「正恩氏(金正恩朝鮮労働党委員長)の勇気に感謝したい」と持ち上げるなど、米中間選挙まで2カ月を切った中で米朝外交の成果を最大限にアピールする狙いがみえみえだった。だがその半面、北朝鮮の後ろ盾を務める中国やロシアを中心に「対北制裁を緩和せよ」と画策する声のトーンも高まってきた。

米国や日本は「検証可能な非核化を着実に進めるには対北制裁の堅持が不可欠」との認識で一致しているとはいえ、北朝鮮に融和的な韓国の姿勢は気がかりだ。トランプ氏自身も2度目の米朝首脳会談開催へ向けてやや前のめりの印象が目立つ。中間選挙の前後にかけては日米韓の結束と協調体制が改めて問われそうだ。 

進展乏しい非核化プロセス

6月にシンガポールで開かれた米朝首脳会談以後、北朝鮮が核や弾道ミサイル実験を一切控えていることは事実であり、小出しに核実験場の爆破処分などの手も打ってきた。国連総会をにらんで平壌で開かれた南北首脳会談(9月18~19日)では、金正恩委員長と文在寅大統領が「平壌共同宣言」を発表し、核実験場爆破に加えて、「米国が米朝共同声明の精神に基づいて相応の措置をとれば、寧辺の核施設の永久廃棄といった追加的措置を継続する用意がある」[1]と書き込まれた。いかにも南北が協調して非核化に向けた行動が着々と進んでいるような印象を国際社会に与える意図がうかがえる。

だが、北朝鮮に求められているのは、過去の核・ミサイル開発の全容と保有する核兵器・関連施設などを全て明らかにし、検証可能な手続きの下でそれらを廃棄することである。にもかかわらず、金正恩政権は米側が求める①核兵器や関連施設の全てを網羅した一覧表(核リスト)の申告、②核廃棄に向けた工程表の提出、③核爆弾・弾頭の廃棄――といった作業に応じようとせず、断片的に見せ場を設けているとしか言えない。たとえば老朽化が著しいとされる寧辺の核施設を廃棄したとしても、米情報筋が注目する新設の秘密ウラン濃縮施設「カンソン」については、その有無も含めて何の情報も開示されていないのが現状だ。

またトランプ政権側でも、米朝会談前まで非核化達成の原則として掲げられてきた「完全(Complete)かつ検証可能(Verifiable)で、不可逆的(Irreversible)な非核化(Denuclearization)=CVID」という用語がいつのまにか引っ込められ、「最終的かつ完全に検証された非核化(final, fully verified denuclearization)=FFVD」という原則に改められてしまった[2]

トランプ大統領が金正恩氏との個人的な親愛感や信頼感をことさらに強調するのは一種の「ほめ殺し」戦術と受け取れなくもないが、その一方では「非核化に期限を設けたりはしない」といった後退発言も繰り返している。それでも自らの成果を誇示するのは、北朝鮮の核・ミサイル開発に「何も手を打たなかった」とオバマ前大統領らを罵倒し、「非核化実現」の大みえを切って乗り出した米朝外交に停滞や失敗を認めることはできないからだろう。金正恩政権の断片的な行動を「成果」としてアピールし、2回目の米朝首脳会談開催へつなげようとしているように見える。 

「成果」につけ込む中露、揺れる韓国

このような情勢につけ込もうとしているのが中国とロシアだ。国連安保理で9月27日に開かれた北朝鮮問題をめぐる閣僚級会合では、ロシアのラブロフ外相が「北朝鮮が段階的措置を行った後には制裁の緩和も続くべきだ」と見返りを考慮するよう主張し、制裁緩和に向けた安保理決議案の提出にも言及した。また、中国の王毅外相も非核化の進捗に見合った緩和措置を求め、日米との温度差が明確になった。

トランプ大統領もポンペオ国務長官も共に、現状では北朝鮮が非核化を履行するまでは安保理決議に基づく経済制裁を堅持すべきとの方針で一貫している。だが、北朝鮮も「段階的かつ行動対行動」の原則に立って見返りを要求し、「われわれが一方的に核武装を解くことはあり得ない」(李容浩外相の一般討論演説)[3]との姿勢を曲げていない。中露もこれに同調している。トランプ氏が「成果」を誇れば誇るほど、周囲から「見返りを与えよ」とする要求が高まるのは成り行きともいえる。

この閣僚級会合では、経済制裁が北朝鮮市民にもたらす悪影響についてスウェーデンが懸念を表明したという。中露の画策に沿って、人道的見地から制裁緩和に関心を向ける動きが国際社会に出始めたりすれば、さらに厄介な事態になるかもしれない。

「制裁堅持」の方針は日本政府も共有しているものの、韓国は必ずしもそうとは言えない。文在寅大統領は26日の一般討論演説で金正恩委員長の非核化の意思表明を評価し、「次は国際社会が北朝鮮の努力に応える番だ」と呼びかけた。北朝鮮の小出しの行動に応えて制裁緩和を求める姿勢を強くにじませる内容だった。文氏は先の「平壌共同宣言」でも開城工業団地の再開など南北経済協力の推進に意欲を燃やしている。南北協力再開の前提として不可欠となる安保理制裁の緩和を早急に実現したいのが本音のようだ。 

気まぐれと「前のめり」が心配

ポンペオ国務長官は10月7日、4度目の平壌訪問を行ったが、実質的な成果は爆破ずみの核実験場を含む一部施設に対する外部の査察受け入れを約束しただけだった。金正恩委員長はポンペオ長官に対して「核リスト」の申告を拒否し、米国側に朝鮮戦争の終戦宣言と経済制裁の解除を求めていたとも報じられ[4]、米朝の立場の食い違いが一向に解消されていない様子が改めて明確になった。このため、2回目の米朝首脳会談は早くて来年年明け以降になる模様だ。

米ワシントン・ポスト紙のボブ・ウッドワード記者がトランプ政権の内幕を描いて注目されている新著『Fear(恐れ)』[5]には、2018年初春頃までの状況が描かれている。北朝鮮関連では、米朝間に対決ムードが高まっていた2017年12月、在韓米軍(2万8500人)の家族・軍属らに「韓国からの離脱・退避を発令した」とする偽りのツイートを発表してはどうかとトランプ氏が提案して、側近たちを驚愕させたエピソードが紹介されている。

開戦目前の段階で軍人の家族らを国外退避させるのは軍事の常識で、相手国からみれば宣戦布告直前の事態と判断されかねない。そんな極限の状況ではないにもかかわらず、トランプ氏は国外退避を命じるツイッターを通じて金正恩政権を恫喝し、動揺させようという狙いだった。マティス国防長官やダンフォード統合参謀本部議長らは「そんなことをしたら、米軍による進攻開始の合図と北朝鮮が誤解して本当に戦争に突入しかねない」と、総がかりで説得してトランプ氏を断念させたため、このツイートが発せられることはなかったという。

この「恫喝ツイート」騒動をみても、トランプ氏の無知と気まぐれな行動がいかに側近たちの恐怖(Fear)を日常的に招いているかがよくわかる。その後数カ月でトランプ氏は歴史的な米朝首脳会談をこなし、「金正恩氏の勇気に感謝したい」とまで様変わりしたが、基本的に気まぐれな性格が克服されたとは到底思えない。前のめりがちな韓国政府とトランプ氏の気まぐれにブレーキをかけ、圧力と制裁を堅持する役割が日本政府に一層強くのしかかっているとみるべきだろう。

 


[1] 「平壌共同宣言」(2018年9月19日)第5項「南北は朝鮮半島を核兵器と核の脅威のない平和の地としていくために必要な実質的進展を早期に成し遂げなければならないとの認識で一致した。①北朝鮮は東倉里のエンジン実験場とミサイル発射台を関係国の専門家の立ち会いの下で永久に廃棄する。②北朝鮮は米国が6月12日の米朝共同声明の精神に基づいて相応の措置をとれば、寧辺の核施設の永久廃棄といった追加的措置を継続する用意があると表明した(以下略)」。

[2] 2018年7月5日ロイター電子版「米政府、北朝鮮の非核化巡り態度軟化の兆し 国務長官の訪朝控え」によると、トランプ政権は韓国の助言を踏まえて従来のCVID要求を撤回し、FFVDを7月以降の国務省声明に記載するようになったという。https://jp.reuters.com/article/northkorea-usa-idJPKBN1JV01C

[3] 産経新聞記事「北朝鮮外相、米の対応非難 『信頼関係なければ核放棄せず』」(2018年9月30日朝刊)など。北朝鮮は一連の行動の見返りとして経済面では制裁の緩和、政治面では朝鮮戦争(1950~53年)の終結宣言を求めているとされる。

[4] 読売新聞朝刊「核リスト申告拒否…正恩氏、ポンペオ氏と会談時『まず信頼関係』 終戦宣言・制裁解除求める」(2018年10月15日)

[5] Bob Woodward, Fear: Trump in the White House, Simon & Schuster(2018/9/11), Chapter 36, pp.300-302.

 

 

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    • 高畑 昭男
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