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データから見た「首都圏の老い」について

齊藤 誠

一橋大学大学院経済学研究科教授

はじめに

本稿では、私が研究代表者となって2012年度~17年度に進めた日本学術振興会・科学研究費の基盤研究(A)「ダウンサイジング環境における土地・住宅ストックの効率的再構築に関する研究」の成果に基づいて「都市の老い」の姿を明らかにしていきたい。

本研究プロジェクトの大きな特徴は、「都市の老い」を人口の高齢化と住宅の老朽化の2つの軸で把握し、特に都市圏の郊外部において2つの「都市の老い」が交錯する状況に着目したところにある。通常、都市経済学の文脈で少子高齢化の問題が論じられる時は、都市圏縁辺部に焦点があてられてきた。

一方、本研究プロジェクトでは、これまで人口も経済も順調に成長してきた都市圏郊外部が向こう10年間に2つの「都市の老い」で深刻な問題に直面することを実証的に明らかにしている。特に、人口高齢化や住宅老朽化が地価や家賃の形成に与える影響について、速度感や規模感をできるだけわかりやすい指標に落とし込むことを心がけてきた。

こうした研究プロジェクトの成果は、個別の学術論文とともに研究書『都市の老い――人口の高齢化と住宅の老朽化の交錯』として勁草書房から公刊した。本書で「都市」という場合、全国の政令指定都市を中核として形成された都市圏を指しているが、本稿では、とりわけ東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県(13県)の首都圏に焦点をあてた。 

人口の高齢化と住宅の老朽化の交錯

それでは、なぜ、首都圏郊外部、具体的には人口密度1万人前後の中堅都市で人口高齢化と住宅老朽化の問題が同時に進行していくのであろうか。

それは第1に、少子高齢化のトレンドが都市圏の縁辺部から中心部にかけて進行している。第2に、都市圏中心部で依然として人口流入が続いているのに対して、郊外部では、30歳代・40歳代の世帯を中心に人口流入から流出に転じている。第3に、1970年代、80年代に郊外部で建設されたマンションや団地などの共同住宅で老朽化が急速に進んでいる。

その結果、今後20年を見ると、首都圏郊外部において2つの「都市の老い」が交錯しながら進行していくことになる。たとえば、図1は首都圏(13県)の人口密度と地価変化率の関係を見たものであるが、人口密度1万人前後の地域で、地価が201015年に横ばいであったところが、2025年は低下に転じていく。 

 

1 首都圏(13県)における人口密度(人)と地価変化率(%)の関係 

 

また、築3040年を超える老朽共同住宅の比率は、都市圏中心部や縁辺部に比べて郊外部で急激に上昇する。私たちの研究によると、老朽共同住宅比率が高まるほど周辺地価が低下するので、人口高齢化と住宅老朽化はダブルパンチで地価下落要因となるわけである。 

首都圏中堅都市の住環境再生の試み

今後、首都圏の人口密度1万人前後の中堅都市において人口高齢化と住宅老朽化が同時に顕在化するという事態に対しては、それぞれの都市において住環境を再生することが試みられてきた。

たとえば、本研究プロジェクトに協力いただいた調布市は、人口が2020年以降横ばいで推移しつつ、高齢者比率が上昇することが予想されている。一方、1970年以前に建てられた大規模団地、容積率制限がなかった1973年以前や耐震基準が緩やかだった1981年以前に駅周辺に建てられたマンションをどのように更新させていくのかが都市計画の重要な課題となってきた。

特に、老朽化した大規模団地を廃止し、新たな住宅に更新してきた。大規模団地の再生に際しては、共同住宅自体の建て替えだけではなく、周辺環境、とりわけ歩行空間の整備も進められてきた。

ただし、共同住宅の建て替え後に65歳以上の住民比率が37パーセントから17パーセントに大きく減少するという問題も生じた。新しい共同住宅は、高所得の子育て世代を引き付ける魅力があったが、その半面、高齢者世代をクラウドアウト(締め出)してきた。都市部の住環境の再生で低所得の若者や高齢者がかえって住みづらくなるという側面は、都市計画の非常に難しい課題といえる。 

都市の新陳代謝の姿

本研究プロジェクトに参加した研究者の議論も振り返ってみたい。

宗健氏(リクルート住まい研究所)は、都市圏郊外部というよりも中心部の賃貸共同住宅の老朽化問題を中心に報告した。都市部の老朽賃貸共同住宅については、低所得者層を中心に根強い需要があり、総務省の住宅・土地統計調査が示すほどには空き家率が高くない。

一方、そうした老朽賃貸共同住宅は今後急増していく。図2が示すように、2027年には、東京23区のかなりの地域において築40年を超える賃貸共同住宅の比率が3割を超える。

 

2 東京23区における賃貸共同住宅(築40年以上)の老朽化率

 

これらの老朽物件は耐震性も耐火性も低いので、住民たちが危険な状態に置かれていることになる。しかし、家賃は築年数への感応度がきわめて高いため、老朽物件だからこそ低所得者が住めるという側面がある。ここでも、政策的な手当てをしないままに共同住宅の更新が進められると、当該地域の低所得者をクラウドアウトしてしまう可能性もある。

山鹿久木教授(関西学院大学)は、住宅・土地統計調査の個票データから近年の地域間移動の実態を報告した。2000年代になって人口移動が停滞するとともに、高所得者層を中心に人口や経済が成長している地域に集中する傾向が認められ、地域間移動が成長地域と衰退地域の二極化現象を後押ししてきた。

ただし、近年、市町村内移動や同一県内の市町村間移動については、20歳代、30歳代を中心に活発になる傾向が認められる。こうした近距離の人口移動については、日常生活に密着した情報に基づいていることも報告された。

中川雅之教授(日本大学)は、埼玉県民に対して実施したアンケート調査に基づきながら、公共施設の将来像について県民が「総論賛成、各論反対」の反応を示すことを報告した。特に、長期的で抜本的な削減プランや地域特定的な削減プランに拒絶反応が強い。また、拒絶反応を強く示す人が必ずしも当該施設の利用者でないこと、移動が頻繁な短期居住者の方が抜本的なプランに反対することなど、興味深い点も指摘された。

一方では、同一の市町村内の住民をユニットとして都市計画の合意形成を図っていくことでかえって課題解決の障害になる可能性も議論された。特に、上下水道のようなネットワーク型の施設やごみ処理場のような負の外部性を伴う施設については、基礎自治体である市町村を越えた広域行政で推進し、個々の市町村の権限を制約することが必要になってくるかもしれない。 

新しい街づくりの未来像と合意形成

都市の将来の姿については、研究プロジェクトのメンバー間で、あるいは、研究者や行政関係者とたびたび議論する機会があった。いくつかの重要な論点を書きとどめておきたい。

1に、都市部において土地や建物を保有する人の責任が強く求められた。たとえば、固定資産税や相続税などの課税強化は、都市の有効利用を促進する側面がある。都市圏中心部の賃貸物件については、貸主が建物の耐火性や耐震性について責任を負い、その費用に公的助成を充てるという考え方も示された。将来的には、自動車や家電製品のリサイクル費用と同様に建物の滅失費用を最初の建物保有者が負担しておくことも、建物の新陳代謝を促すであろう。空き家や空き地の無責任な放置については、公共目的から所有者の権利を制限する形で自治体に対して強制収用する権限を与えている欧州の事例も紹介された。また、住宅の老朽化が移動の契機になっているケースも報告された。

2に、農地や山林丘陵の宅地化というこれまでの経緯と逆の道、すなわち、宅地の農地化や公園化が進む可能性がある。それに関連して、最近の都市行政では、市街化区域内において農地の位置付けが明確になり、宅地の農地化を法的に担保していることも指摘された。

3に、ITAIは、従来の交通システムを抜本的に変え、都市のあり方についても大きな影響を及ぼす。高齢化が進むと通勤交通が減少する一方、プライベートな交通が増えるので、コミュニティーバスの自動運転化などで高齢者はもはや交通弱者でなくなるかもしれない。通信技術の発展で人々の物理的移動の必要性が和らげられれば、これまで中心部からの物理的な距離によって決められた郊外部や縁辺部の概念が抜本的に変わる可能性もある。今後の高齢化は、健康年齢の延長で「元気な高齢者」が昼間に町に多く住むことを考えると、積極的な効果も期待できる。

きめ細やかな制度の整備を慎重に進めながらも、「都市の老い」という言葉の消極的なイメージを少しでも払拭することが、本研究プロジェクトの重要なメッセージといえる。

 

 

齊藤 誠(さいとう まこと)
一橋大学大学院経済学研究科教授。京都大学経済学部卒業、マサチューセッツ工科大学(MIT)にて Ph.D.取得 。住友信託銀行、ブリティッシュ・コロンビア大学(UBC)、京都大学、大阪大学などを経て、2001年より現職。専門分野はマクロ経済学、ファイナンス理論。2001年日経経済図書文化賞(『金融技術の使い方・考え方』[有斐閣])、2007年日本経済学会・石川賞、2008年エコノミスト賞(『資産価格とマクロ経済』[日本経済新聞出版社])、2011年全国銀行学術研究振興財団・財団賞、2012年石橋湛山賞(『原発危機の経済学』[日本評論社])を受賞。近著に、本稿で紹介する『都市の老い』のほか『危機の領域――非ゼロリスク社会における責任と納得』(勁草書房)など。

 

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齊藤 誠

  • 一橋大学大学院教授