1776年7月4日、独立宣言への署名の様子 (写真提供 GettyImages)

トランプ氏、バイデン氏と、「アメリカ建国の父」トーマス・ジェファーソン

朝日新聞編集委員
山脇岳志

 

 425日、2020年の米大統領選の民主党の「本命候補」が正式に立候補した。オバマ政権で副大統領だったジョー・バイデン氏である。民主党の候補者はすでに20人を超える混戦だが、今のところ、世論調査では、バイデン氏が他の候補を引き離して、支持率トップにある。上院議員を36年、副大統領を8年務めたそのキャリアは圧倒的だが、トランプ氏より4歳年上で76歳という年齢が弱点とも言われる。

バイデン氏が正式に立候補を表明した動画は、いわば歴史の生き証人として、トランプ氏がもう一期大統領を務めることの危険性を訴えたものだった。[1]

真っ先に引用したのは、「アメリカ建国の父」、第3代の大統領であるジェファーソンが起草した「独立宣言」(1776年)だった。

”We hold these truths to be self-evident, that all men are created equal, endowed by their Creator with certain unalienable Rights” (われわれは、以下の事実を自明のことと信じる。すなわち、すべての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって不可侵の権利を与えられている)

ジェファーソンの家は、ワシントンから車で2時間ほどのバージニア州シャーロッツビルにある。そこは、2017年夏に起きた白人至上主義者と反対派の衝突事件の現場でもあった。

バイデン氏は、独立宣言の引用のあと、死者まで出たこの事件について触れた。トランプ大統領が「中には良い人もいる」などと白人至上主義者を擁護したかのような発言をしたことを引き合いに出し、「この国への脅威は私の人生で見たことがないものだ」と批判。「もしトランプ氏が(2期)8年ホワイトハウスにいることになれば、彼はこの国のありようを根本から永遠に変えてしまう。この国の核となる価値観、世界における名声、民主主義といった、米国を米国たらしめている全てが危険にさらされる」と強調した。

興味深いのは、バイデン氏が、トランプ大統領を、米国の歴史の「逸脱」(aberrant moment in time)と位置づけた点である。これは、ニューヨーク市立大学教授のピーター・バイナート氏がアトランティックへの寄稿で指摘しているように、他の民主党有力候補の見方と根本的に異なっている。[2]

バーニー・サンダース上院議員や、エリザベス・ウォーレン上院議員などは、トランプ氏は「歴史の逸脱」ではなく、レーガン政権以降の格差拡大、超富裕層が仕掛けた「階級闘争」の発現だとみる。つまり、その階級闘争によって、経済的に不安定な状況に追い込まれた白人労働者階級がトランプ氏の人種差別的な発言に感染したのがトランプ現象であり、「逸脱」ではなく、そうなるだけの明確な理由があるのである。

2016年大統領選を現地でカバーした筆者自身も、トランプ氏が大統領にまでなったのは、偶然の要素だけでなく、あまりに大きな格差拡大やイラク戦争といった内政・外交政策の失敗の「帰結」の要素もあると考えるが、バイナート教授も指摘するように、バイデン氏は、そのような見方を打ち出すのが難しい。なぜなら、民主党でも穏健派のバイデン氏の長年の政治キャリアの中で、金融の規制緩和なども含め、格差拡大に寄与する政策に賛成したケースがあるからである。バイデン氏が上院議員時代、イラク戦争に賛成したのも、左派色が強い今の民主党の立場からすると、許しがたい過ちであろう。

つまり、バイデン氏は、民主党候補の指名を勝ち取るために、自らの豊富な政治経験をそのまま誇るわけにはいかない状況にある。それゆえ、自らがかかわった政策の是非に踏み込むことは避け、米国の歴史の大きな流れをポジティブにとらえた上で、トランプ氏を「逸脱」だと表現せざるをえなかった。出馬表明にほとんど「政策」の要素がないことは、バイデン氏のキャリアを考えると「必然」だったかもしれない。

もう一つ興味深いのは、バイデン氏は出馬表明の中で、独立宣言を引用しつつ、起草したジェファーソン自身も「その理想にかなっていなかった」と明言したことだ。これは、ジェファーソンが黒人奴隷を使っていたことを指しているとみられる。

ジェファーソンをも批判した形だが、保守系メディア、ワシントンイグザミナーのフィリップ・クライン氏は、ジェファーソンを1993年の就任演説に引用するなどしたビル・クリントン大統領と比較して、この四半世紀、ジェファーソンの評価がいかに変わったかを記している。[3]

ジェファーソンの評価が下がった大きな理由には、ジェファーソンと黒人奴隷だったサリー・ヘミングスとの関係が挙げられる。1998年に、ヘミングスの子孫の血液のDNAを調べた結果、ジェファーソン家とのつながりが立証され、ジェファーソンが黒人奴隷に子供を産ませたとの見方が強まったためだ。(一部に、ヘミングスに子供を産ませたのは、ジェファーソン家に出入りしていたジェファーソンの弟だという説もある)

とはいえ、バイデン氏は、ジェファーソンが起草した「独立宣言」を引き合いに、「トランプ再選阻止」を強く訴えたわけである。

一方、トランプ氏も、ジェファーソンを引き合いに出すことがある。

2017年のフロリダでの演説でトランプ氏は、「ジェファーソン、ジャクソン、リンカーンといった偉大な大統領は、メディアと戦ってきた。実際にジェファーソンは『新聞に載っていることは何も信用できない』と言った」などと述べた。

主流メディアを「アメリカ国民の敵」「フェイクニュース」などと日常的に攻撃するトランプ氏は、メディア叩きに、ジェファーソン氏の「権威」を借りたのである。

大統領とメディアの関係が緊張をはらむのは、特別なことではない。アメリカでは、マスメディアは民主主義を支える機能の一つであり、その重要な役割は「権力のチェック」だという考えが広く受け入れられてきた。「権力をチェック」するのがマスメディアならば、権力との緊張関係は歴史的な宿命でもある。

そんな中で、ジェファーソンは「新聞なき政府と、政府なき新聞の、どちらかを選べというなら 、私は躊躇(ちゅうちょ)なく後者を選ぶ」という有名な言葉を残している。言論の自由を尊重する言葉として、しばしばメディアでも引用される。[4]

ただ、この発言は大統領になる前のもので、大統領になって新聞から厳しい批判を浴びたあとには、トランプ氏が引用したように、ジェファーソンは「新聞に載っていることは何も信用できない」と個人的な書簡に記したこともある。[5]

これを「ファクトチェック」したワシントンポスト紙の記事[6]は、「人生の大半においてジェファーソンは『報道の自由』を擁護していた」とし、この書簡を書いた頃には、ヘミングスと性的関係を持ったという報道に苦々しい思いを抱いていたとも指摘している。ちなみに現在、多くの歴史家は、ジェファーソンとヘミングスには6人の子供がいた可能性が高いとみているが、ジェファーソンは認めていない。

ジェファーソンは真実をメディアから指摘されたにもかかわらず「噓だ」と怒ってみせていたのか、それともメディア報道は虚偽であり、本当にヘミングスとの関係はなかったのか。100%の真実を知るすべはない。

 


[1] https://www.youtube.com/watch?v=VbOU2fTg6cI

[2] https://www.theatlantic.com/ideas/archive/2019/04/joe-bidens-announcement-video-has-touch-trump/588001/

[3] https://www.washingtonexaminer.com/opinion/joe-bidens-handling-of-thomas-jefferson-in-announcement-video-reveals-a-lot-about-his-2020-presidential-candidacy

[4] https://founders.archives.gov/documents/Jefferson/01-11-02-0047

[5] https://founders.archives.gov/?q=Author%3A"Jefferson%2C%20Thomas"%20Recipient%3A"Norvell%2C%20John"&s=2111311111&r=1

[6] https://www.washingtonpost.com/news/fact-checker/wp/2017/02/19/fact-checking-president-trumps-rally-in-florida/?utm_term=.49879ea605e1

山脇 岳志

  • 朝日新聞編集委員