ワシントンD.C.の中心部に位置するナショナル・モールとワシントン記念塔(写真提供 Getty Images)

トランプ大統領と公民教育の行方

朝日新聞編集委員
山脇岳志

 

トランプ氏が勝利した2016年の大統領選を現地で取材した。大方の世論調査の予想を裏切るトランプ勝利の理由として、白人労働者層の富裕層との経済格差や移民に対する不満、白人が仕切っていた過去へのノスタルジー、エスタブリッシュメントを代表するようなヒラリー・クリントン氏への反発、ロシアによる介入、トランプ氏のメディア戦略など、さまざまな解説がなされた。どれか一つということではなく、複合的な要因であるのは間違いない。

あまり大きくは取りあげられていないが、その中で、学校教育における問題が、「トランプ当選」の一因だと話してくれた知人が何人かいた。

独立宣言の精神を受け継ぎ、1787年に制定された合衆国憲法は、「三権分立」の原則を定めている。4年後には「言論の自由」などの修正も加えられた。

それらは、米国政治や歴史の基本であるが、学校現場の「公民教育」などでそれらをきちんと教えていれば、トランプ氏のような、独裁的な手法を好み、報道の自由を軽視する大統領は生まれなかっただろう、と。

民主主義国の「三権」といえば、立法、行政、そして司法である。米国の大人で、「三権」の名前を、三つ正しく挙げられる割合は26%にすぎない。2016年と2017年のペンシルベニア大学アネンバーグ公共政策センターの調査である。[1]  

民主主義はどう教えられているか

米国の学校教育の場で、民主主義の基本はどう教えられているのか。

ジョージタウン大学のダイアナ・オーウェン教授は、「全米統一のカリキュラムはなく、各州が定める形で、高校などで『公民教育』が行われている。『公民』や『米国政府』という科目のケースもあるし、社会科や歴史の授業の一部だったりもする。ただ、数学や英文読解、科学などが優先され、全体的に『公民』は後回しにされている」と話す。オーウェン教授の専門は政治学だが、自ら「公民教育」のテキストなどを発行しているNPOである「Center for Civic Education」と協力し、「公民教育」の普及にも努めている。同団体のルーツは1965年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)内に公民教育のプログラムを作るためにできた委員会で、1981年に独立したNPOとなった。同団体によって運営されている「Project Citizen」は、中高生のみならず、成人も対象とした公民教育のためのプログラムとしてよく知られている。

「公民」軽視の大きなきっかけになったのは、2002年にブッシュ政権下で施行された「どの子も置き去りにしない法(No Child Left Behind Act)」だという。諸外国に比べて学力が低いことが問題視され、米国全体の学力向上や学力格差の是正を目的に定められた。同法のもとで学校は、数学や読解、科学といった主要科目の州統一テスト結果によって評価されるようになった。テスト結果が悪いと罰則があるため、主要科目の試験対策が優先され、「公民」や芸術系科目などは脇に追いやられた。[2]

ジョージタウン大は米国でトップクラスの大学である。だが、オーウェン教授が新入生の講義を担当した際には、米国議会が二院制(上院と下院)だと知らない学生も少なくなかったという。

アメリカ進歩センター(Center for American Progress: CAP)は、2018年2月「公民教育の現状」というレポートを出し、州ごとの高校における公民教育制度をまとめている。[3]

それによると、米国では、教育制度は州ごとに異なっているが、「公民」についても、全米で統一されておらず、州によって「公民」が必修科目かどうかも異なれば、コースの長さなども半年なのか1年なのかなど、違いがあることがわかる。

8年生(中学2年生)で、全米学力調査(The National Assessment of Educational Progress: NAEP)という全米の習熟度テストの「公民」科目で、十分なレベルだと認定された生徒は23%しかおらず、1998年以来、その数字はほとんど上昇していない。そうした現状に対する解決策としては、高校卒業の条件として、「公民」のテストで合格点を取ることを義務づけることだという。

CAPの調査によれば、17州が、その制度を取り入れているが、生徒が高校卒業をしにくくなるとの反対論も根強いという。

別の方法としては、「公民」の習熟度をテストではかるのではなく、「公民」科目や、地域社会での奉仕活動(community service)を、高校卒業のための必修の科目としたり、詳細な「公民カリキュラム」を高校教師に提供したりすることだという。

調査結果によれば、「公民」あるいは「米国政府」というタイトルで「公民教育」を行っている州のうち、1年間のコースを採択しているのは、9州とワシントンDCだけだった。31州は「半年間」のコースであり、10州は「公民教育」は必修科目ではなかった。

また、地域での奉仕活動を高校での単位に認める州は半数近くあったが、高校卒業のための必修科目としているのは、メリーランド州とワシントンDCだけだった。

若い世代がボランティアをしている参加率が高い10州をみると、いずれも「公民教育」が必修化しているか、「米国政府」の試験で全米平均よりも良い点数を上げていた。また、若者の投票率が高い10州のうち7州は、「米国政府」の試験の点数が全米平均以上だった。

今年6月、ワシントンのCAPを訪ねたが、最近になって、「公民教育」への再評価の動きがあるとCAP関係者はみていた。CAP関係者は、「昨年2月のレポート発表後にも、たとえばワシントン州が、『公民』を高校卒業の必修科目にする法律を通した。また、マサチューセッツ州は、すでに必修科目にはしていたが、それを地域への奉仕活動と統合する法律を通した」と話した。 

広がりを見せる「アクション・シビックス(行動公民)」

地域社会の中で活動しながら学ぶ「公民科」も、次第に浸透している。「アクション・シビックス(行動公民)」と言われる。前出の「Center for Civic Education」もそうしたプログラムを提供しているが、より新しい団体も次々に誕生している。

たとえば、市民団体「Generation Citizen(ジェネレーション・シチズン、以下GC)」は、中学生や高校生が地域の課題解決にかかわるプログラムを、学校などと協力しながら、提供している。2010年に、ロードアイランド州のブラウン大学の学生が設立した同団体は、その後、ニューヨーク、マサチューセッツ州にオフィスを開き、2013年にカリフォルニア州に本部を移転。さらに、テキサス州とオクラホマ州にも2016年にオフィスを開設した。今では、約60人のスタッフが6つの事務所で働いている。

GCなど「行動公民」を掲げる全米の6つの団体は、2010年に「National Action Civics Collaborative(NACC)」というネットワークも立ち上げた。現在、NACCのメンバーは20団体以上にのぼる。

ニューヨークのGCの事務所を訪ね、プログラム・ディレクターのサラ・アンデス氏に話を聞いた。同団体の標語は「変化について語るな。リードせよ(Don’t talk about change. Lead it.)」となっている。

アンデス氏は、「行動することで、政府の機能への理解が深まるだけでなく、個人が政治プロセスにどう影響を与えられるかも学習できる」と話す。生徒たちは、近隣の安全、学校の資金調達、移民問題など自分に影響がある課題を調査して原因を探り、議論をして、解決策を考える。さらに、地方議員や地域のリーダーにも会い、その解決策を提案する。

同団体が中学や高校の教師や大学のボランティアなどと協力する形で提供するプログラムは、20のレッスンがあり、200頁程度のテキストを教師に提供するという。2019年度には全米で3万人の生徒が、このプログラムで学ぶという。

GCの活動は、暗記するのではなく、プロジェクトを進めることによって知識のみならず考える力を身につける「プロジェクト・ベースト・ラーニング」と位置づけることができる。さらに生徒たちが長期的に、地域社会での問題解決に関われるようになる姿を描いている。「市民参加」「市民的関与」と訳されるcivic engagementを重視している。

長期的な市民的関与をするかどうかを測る上では、①政府(自治体)の機能や構造についての基本知識を持っているか、②活動できるだけの市民的なスキルがあるか、③実際に参加する動機や意欲があるか、という3点のインディケーターがあるという。GCのプログラムを受講後は、60~75%の生徒が、この3点のすべてにおいて成長を示したという。

こうした「行動公民」には、批判もある。たとえば、ハーバード大学元教授のジョン・ムレシャノ氏は『Real Clear Education』に寄稿。「公民教育は、アクティビズムではなく、批判的思考(critical thinking)にフォーカスすべきだ」と主張している。[4]

ジョータウン大学のオーウェン教授は、こうした「行動公民」について、「保守層は学校が子供たちを強制的に指導することを望まない。また、教師が生徒たちに、民主党支持者と交流させようとするのではないかと恐れている」として、論争があることを認めている。ただ、先行研究によれば、どの政党を支持するかについて親からの影響は受けても、学校からの影響はほとんどないという。

GC自身は、自らの団体に党派性はないとしている。もともとはリベラル色が強い地域から活動をスタートさせていたが、最近は、テキサスやオクラホマといった保守が強い地域でもプログラムを提供している。地域社会への関与を促していても、それは「リベラル的」な方向に生徒を導こうとするものではないと、アンデス氏は説明した。

ところで2018年のアネンバーク公共政策センターの調査では、「三権」を言える米国民は前年に比べて6ポイントも上昇し、32%になった。[5]大統領、議会、最高裁という「三権」のニュースが多く、認知が高まったのかもしれないと、同センターは分析する。

民主主義の「チェック・アンド・バランス」機能にいらだちを隠さないトランプ大統領の誕生によって、行政だけでなく、立法や司法の役割に焦点があたり、「三権」への認知度が高まっているとしたら皮肉な話ではある。だが、それは「米国の復元力」を示す兆候ととらえることができるかもしれない。

 


[1] https://www.annenbergpublicpolicycenter.org/americans-are-poorly-informed-about-basic-constitutional-provisions/

[2] NCLB法制定の背景や、その後の変化については、東洋大学の吉良直教授の下記論考が詳しい。http://kyoiku-u.jp/assets/files/documents/Journal/02-04.pdf

[3] https://www.americanprogress.org/issues/education-k-12/reports/2018/02/21/446857/state-civics-education/

[4] https://www.realcleareducation.com/articles/2018/09/11/civics_education_should_focus_on_critical_thinkingnot_activism.html

[5] https://yubanet.com/usa/survey-only-32-percent-of-americans-able-to-correctly-name-all-3-branches-of-government/

山脇 岳志

  • 朝日新聞編集委員