2019年2月28日、ハノイで米朝首脳会談に臨む(左から)米国のボルトン大統領補佐官、ポンペオ国務長官、トランプ大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長 (写真提供 Kyodo News)

北を追い込めるか トランプ揺さぶり外交

白鴎大学経営学部教授

高畑昭男

トランプ政権の揺さぶり外交に北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が苦境に追い込まれているようだ。金正恩委員長は2月末に行われた2度目の米朝首脳会談が物別れに終わった後、4月25日にロシアのプーチン大統領との首脳会談を行い、国連安保理制裁の緩和に向けた後押しを求めたものの、既にトランプ政権の手が回っていたようで、プーチン氏からも米国が求める「最終的で完全に検証された非核化」(FFVD)に応じるよう、あらためて念を押されたという[1]

北朝鮮がこれまで最大の支援者としてきた習近平国家主席の中国は、米中が制裁関税をぶつけ合う貿易戦争のせっぱ詰まったさなかに置かれ、金正恩氏に助け舟を出す外交的余裕はみられない。金正恩政権が5月4日と9日の2度にわたり、日本海方向に短距離弾道ミサイルなどを発射したのは、八方ふさがりともいえる状況に対する不満と焦燥のあらわれだろう。

それでも大陸間弾道ミサイル(ICBM)級の発射再開に踏み切れば、さらなる制裁が待っているのは確実で、無理はできそうもない。短距離ミサイル発射に関してトランプ政権は「飛距離は比較的短く、米国や日韓の脅威となる類いのものではなかった」(ポンペオ国務長官)と、実質的にスルー(無視)同然の対応にとどまり、「非核化完了まで制裁は堅持する」というトランプ政権の姿勢を揺るがすほどの牽制効果はなかった。訪日したトランプ大統領自身も、この問題では「安保理決議違反かもしれないが、そんなことはどうでもいい」(日米首脳共同会見)[2]と、無視する姿勢を強調している。 

「味方なし」の包囲網

金正恩政権は2017年11月以降、核・ミサイルの実験を控えてきた。2018年4月には「核・弾道ミサイル実験を中止する」と公式に表明し、トランプ大統領がこれを評価した結果、同年6月にシンガポールで史上初の米朝首脳会談が実現した。

ところが、今年2月27日~28日にハノイで開かれた第2回首脳会談では、金正恩委員長が寧辺の核施設廃棄とひきかえに安保理制裁の実質的な全面解除を要求したのに対し、トランプ大統領側はまず〈1〉非核化プロセスとして、①北朝鮮が保有する核兵器の米国移送、②核開発計画の完全な申告と査察受け入れ、③全ての核開発計画の中止、④全ての核関連施設の廃棄、⑤核開発に携わる科学者・技術者を商業部門に配転させる――を求めたと報じられている[3]。これらの非核化5項目を履行すれば、ひきかえに、〈2〉朝鮮戦争の終戦宣言、〈3〉連絡事務所の相互設置、〈4〉対北経済支援、〈5〉米兵の遺骨発掘作業の開始――が約束される筈だった。

これらの米側提案は、ブッシュJr政権時代の2003年に国務次官(軍縮・軍備管理担当)としてリビアの核放棄に携わったジョン・ボルトン現大統領国家安全保障担当補佐官が主導したとされ、金正恩委員長が再三拒んできた「リビア方式」を土台としていたことは言うまでもない。正恩氏は顔を紅潮させて「一方的に非核化を求める米国の主張は受け入れ難い」と反発した[4]――とも報じられ、かなり剣呑な物別れであったことをうかがわせている。

だが、ハノイ会談以後の流れを客観的にみるならば、北朝鮮側の劣勢は明らかとしか言いようがない。第一に、金正恩政権が求める「段階的取引き」を後押ししてきた中国は、制裁関税をめぐる米中対決の真っただ中で当面は身動きが取れそうにない。

第二に、プーチン大統領のロシアも同様だ。両国が2月に米露中距離核戦力(INF)全廃条約を離脱したことで、ただでさえ悪化していた米露関係の対立分野は核戦略の分野に拡大した。米大統領選をめぐるロシア疑惑は沈静化の兆しが出てきたものの、ロシアにとって2014年以来続いているクリミア併合をめぐる対露制裁の負担は重く、経済再生の足かせとなっている。イラン核合意離脱、南米ベネズエラの問題などでも対立が深まっているだけに、強気のプーチン氏といえども、トランプ政権とこれ以上関係を悪化させるのは不本意に違いない。勝算の見えない北朝鮮に全面的に肩入れするよりも、米国に同調して「FFVD」を金正恩氏に勧めることでトランプ政権に恩を売ったほうが得策と考えたとしてもおかしくない。14日に行われたポンペオ国務長官とプーチン大統領の直接会談では、双方が関係改善に向けて動くことで一致した。いずれも、「中国がだめならロシアに」と接近した金正恩氏にとってはショッキングな誤算といっていいのではないか。 

文在寅大統領も悲惨

米朝の「仲介外交」を自任してきた韓国の文在寅大統領も、ハノイ以後は惨憺たる状況だ。4月11日に訪米した文大統領は、会談前の記者懇談の席上で、トランプ大統領に「制裁解除は時期尚早」とクギをさされてしまった。会談自体も両者の夫人同伴という異例の「茶飲み話」に終わり、首脳会談らしい扱いもないまま、2分間で打ち切りになった。

また、ほぼ同じ頃に北朝鮮で開会した最高人民会議(国会)では、施政演説を行った金正恩氏から「出しゃばりな仲裁者のふるまいをするのでなく、民族の利益を擁護する当事者になるべきだ」と罵倒されている。みずからの政権の看板としてきた「仲介役」は、米朝双方からひじ鉄を食らった形で宙に浮いてしまった格好だ。国賓としてトランプ大統領夫妻を日本に招いて日米の絆を世界にアピールした安倍晋三首相との明暗の差は大きく広がった。 

注目される「ボルトン流」

トランプ大統領の胸中で大きな割合を占めているのは、来年に迫った大統領選で外交的成果を挙げることに違いない。そうした中でハノイ会談以降のトランプ外交では、地政学的に連携させた外交攻勢が目立っている。金正恩氏が突き付けられた「リビア方式」非核化案を推進してきたのがボルトン補佐官であることは知られている。イラン核合意離脱後の制裁強化とペルシャ湾海域への米軍増派作戦やベネズエラのマドゥロ政権追い落とし工作などを主導してきたのも同補佐官とされる。中国との関税戦争はライトハイザー米通商代表(USTR)やムニューシン財務長官の担当だが、南シナ海問題などの安全保障面ではボルトン氏の発言力が大きいとみられる。

トランプ大統領は最近、ボルトン氏について「強力な見解の持ち主だ。私のほうがなだめ役なんだ」と語っている[5]という。ボルトン氏からみれば、北朝鮮、ロシア、中国、ベネズエラ、イランは国際秩序の乱れを拡大する主要な元凶だ。ただ、トランプ大統領の真の狙いは、イランに軍事的圧力を加えつつも、米朝首脳会談と同じ方式でイランを米国との直接交渉の場に引き出し、トップ会談に持ち込むことにある。ボルトン氏も「力の行使」一辺倒のように見えるものの、イランに関しては「力の優位」の立場から米国との直接交渉をイラン側に呑ませたい計算もありそうだ。トランプ氏は、今後もこわもてのボルトン氏と交渉担当のポンペオ国務長官の存在を巧みに使い分ける方針とみてよいだろう。

トランプ大統領は、6月下旬に大阪で開かれる主要20カ国・地域(G20)首脳会議で安倍晋三首相や習近平・中国国家主席、ロシアのプーチン大統領と相次いで首脳会談を行うほか、韓国も訪問して文在寅大統領と首脳会談に臨む。一連の会談では、「FFVD」の実現に向けて北朝鮮に対する国際包囲網の維持と強化を話し合う予定で、金正恩政権に対する揺さぶりを一段と強めることになる。一連の攻勢がどこまで成果を挙げられるかに注目したい。

 

 


[1] 「プーチン氏、米に配慮 北に完全非核化を要求」読売新聞朝刊5月4日付など。

[2] 「日米首脳、北ミサイルで認識の溝 トランプ氏は問題視せず」産経新聞朝刊5月28日など。

[3] “The day North Korea talks collapsed, Trump passed Kim a note demanding he turn over his nukes,” CNBC News, Mar. 30, 2019. https://www.cnbc.com/2019/03/30/with-a-piece-of-paper-trump-called-on-kim-to-hand-over-nuclear-weapons.html

[4] 「米朝2月会談 5項目合意案 非核化と見返りロードマップ」読売新聞朝刊4月6日付。

[5]It’s John Bolton’s world. Trump is just living in it,” Colin H. Kahl and Jon B. Wolfsthal, LA Times, May 14, 2019

https://www.latimes.com/opinion/op-ed/la-oe-kahl-wolfsthal-john-bolton-trump-north-korea-iran-venezuela-20190514-story.html

高畑 昭男

  • 白鴎大学経営学部教授