2019年7月4日、アイオワ州ペラで独立記念日のパレードに参加したバーニー・サンダース上院議員    写真提供 Getty Images

公的年金財政への懸念の高まりとサンダース改革案

杏林大学総合政策学部専任講師
松井孝太


アメリカには労働者の老齢・遺族・障害リスクに対応する公的年金制度として一般的にソーシャル・セキュリティ(Social Security)と呼ばれるプログラムがあり、65歳以上の約9割が同制度からの給付を受けている(正式にはOld Age, Survivors, and Disability Insurance; 以下では法律名等を除き単に公的年金と呼ぶ)。日本と同様に、アメリカでも近年ベビーブーム世代の引退に伴い高齢化が進んでおり、公的年金の財政見通しの悪化が懸念されている。本論考では、今年422日にソーシャル・セキュリティ信託基金理事会が議会に提出した2019年報告書[1]の概要および移民問題の影響を述べた後、2020年大統領選挙との関連について、民主党予備選挙に出馬しているバーニー・サンダース上院議員らの改革案を中心に紹介したい。

周知のように日本では最近、公的年金収入だけでは老後の生活資金が大幅に不足すると予測する金融庁金融審議会報告書が発表され、大きな論争を巻き起こしている。実は、国民皆保険が存在しないなど公的な社会保障制度が弱いことで知られるアメリカでも、公的年金制度が果たしている役割は小さくない。2019年現在、高齢夫婦世帯の48%と高齢単身世帯の69%が収入の半分以上を公的年金に頼っており、さらに高齢夫婦世帯の21%と高齢単身世帯の44%では、公的年金給付が収入の9割以上を占めている[2]。それだけに、公的年金制度改革は幅広い有権者層に影響を及ぼす政策争点となる。

公的年金財政の現状

2019年の信託基金理事会報告書によると、アメリカの公的年金は、2018年末時点で17600万人から給与税を徴収し、6300万人の受給者(老齢4700万人、遺族600万人、障害1000万人)に対して給付を行っている。2018年のプログラム総費用は約1兆ドル、収入は130億ドルであり、収入のうち9200億ドルが非利子収入、830億ドルが利子収入となっている。2018年末現在、基金には約28950億ドルの積立金がある。

2010年以来、公的年金の年間費用は、非利子収入を上回っている。また中位推計では、2020年から総費用が総収入を上回ることが予想される。それにより、公的年金の年間費用に対する積立金の比率は、2019年初めの273%から2028年初めには130%にまで低下する(図1)。この比率が100%を超えている限り、短期的には問題がないとみなされるが、より長期の展望では、2035年に積立金が枯渇すると報告書は予測している。2018年の障害年金給付が昨年予測を下回ったため、枯渇の予測年は昨年報告書予測の2034年よりも一年後に変更されたが、苦しい財政状況であることに変わりない。仮に積立金が枯渇したとしても、給与税収入が存在する限りプログラムが消滅することはないが、給付額が大幅に減額される蓋然性が高い。

報告書によれば、基金の完全なソルベンシーを75年間維持するためには、(1)給与税を直ちに15.1%に引き上げる(現在から2.7ポイントの増税)、(2)現在および将来の受給者への支給額を17%減額する(2019年以降に受給資格を得る者のみを対象とすると20%)、(3)前者二つの混合アプローチ、のいずれかを実行しなくてはならない。改革の実行を遅らせた場合は、増税と給付減の幅が当然より大きくなるため、報告書は議会に対して早急な対策を要請している。 

 

図 1 年間費用に対する積立金規模(中位推計) 

 

移民政策と公的年金財政

出生率、死亡率、労働参加率、経済状況など、多数の変数が公的年金財政の展望に影響を与える。その中で、最近の政治状況との関連で注目される要因が、移民数の減少である。メキシコとの国境の壁問題に象徴されるように、トランプ政権は移民流入に対して従来よりも厳しい姿勢を示している。しかし若年の移民流入の減少は、公的年金財政の健全性にとってはマイナスの要因となる。

合法的に入国し就労する移民だけではなく、不法移民の存在が公的年金財政の健全化に重要な貢献を果たしているという指摘もある。1996年不法移民改革・移民責任法及び2004年ソーシャル・セキュリティ保護法により、不法移民が公的年金の受給資格を得ることは困難になっている。しかし就労している不法移民の中には、公的年金の給与税を支払っている場合も少なくない。つまり、公的年金の恩恵を受けることなく費用を負担していることになる。

不法移民の就労実態を正確に把握することは困難だが、社会保障局による2013年の調査[3]では、2010年時点で約310万人の不法移民が給与税を支払っており、それによる基金収入が約130億ドル存在したと推計している(その一方で受給額は約10億ドルと推計されている)。また同調査は、長期的には、不法移民それ自体よりも、国内で生まれた子世代が合法的なアメリカ市民として就労することで、公的年金財政の改善により大きな寄与をすると結論付けている。公的年金制度に重大な影響を与えうるという観点からも、今後の移民政策の動向は重要である。

サンダース改革案

公的医療保険の対象者拡大によって無保険者減少を目指す「メディケア・フォー・オール」など、2020年大統領選挙の民主党候補者の多くが医療制度改革に言及している。それとは対照的に、公的年金改革を積極的に打ち出している候補者は少ない。その中で、公的年金の政策案を前面に掲げる候補者の一人が、民主党の候補者指名に出馬しているバーニー・サンダース上院議員である。サンダース議員は近年、「ソーシャル・セキュリティ拡張法案(Social Security Expansion Act)」を数度にわたり提出している。興味深いことに、サンダース法案は、支出削減ではなく、むしろ給付引き上げを提言するものである。具体的には次のような提案がなされている[4]

 

  • 高所得者への課税強化による収入増加。公的年金の主要財源である給与税率は現在12.4%であるが、課税対象となる所得は年収132900ドルが上限であり、それを超える部分には課税されない[5]。つまり年収132900ドルの労働者も年収2000万ドルのCEOも、公的年金の給与税額は同じである。サンダース法案では、所得額のうち132900ドルから25万ドルまでの間は引き続き非課税とするが、25万ドルを超えるすべての所得に再び給与税を課すことで、財源を拡大する。投資所得への課税も強化する。
  • 生計費調整(COLA)方法の変更による給付引き上げ。公的年金の給付額は物価変動に合わせて調整される。その際に、現在の現役世代向けの物価指数ではなく、ヘルスケアや処方薬などの比重が高い高齢者世帯の消費行動に合わせた指数(Consumer Price Index for the Elderly; CPI-E)を採用することで、生計費調整の額を増加させる。
  • 低所得者への給付増加。低所得者への支給最低額(Special Minimum Benefit)を引き上げることで、貧困基準の125%相当額は確実に受給できるようにする。さらに低所得者に限らず、全体として給付を増加させる。
  • 1983年に廃止された学生給付(死亡したまたは障害がある労働者の22歳までの子供が大学等でフルタイムの学生をしている場合に給付される)を復活させる。

 

現時点では、高所得層への給与税引き上げによって財政強化を図るサンダース案が、共和党を含めた超党派的な合意を得られる可能性は小さいように思われる。また仮に実現したとしても、高所得者の租税回避等によって想定通りの増収を生むのか疑問視する声もある[6]。ただしこの案には、一般有権者の幅広い支持が得られるという強みもある。20162-3月に実施された意識調査では、給与税の課税所得上限を年間118000ドル(当時)から215000ドルに引き上げるという選択肢に対して、民主党支持者の92%、共和党支持者の84%が支持した。さらに回答者の59%(民主64%、共和54%)は、給与税の所得上限の完全な撤廃にも賛成であった[7]

またサンダース案は、2020年大統領選挙の民主党指名争いに出馬している他の有力候補者ら(カマラ・ハリス上院議員、コーリー・ブッカー上院議員、カーステン・ジリブランド上院議員など)からも支持を得ている。それに対し、失速が指摘されるものの現時点でなお世論調査で民主党候補者争いの首位を走るジョー・バイデン前副大統領は、公的年金改革に関してそれほど明確な態度を示していない。バイデン氏もこれまで給与税の上限引き上げ等に言及してきたことはあるが、サンダース氏らと比較して中道的と目される同氏が、支給開始年齢引き上げや資力要件の導入など「共和党的」な公的年金改革に共鳴しているのではないかと批判する向きもある[8]

他方、共和党側に目を向けると、公的年金の財源サイドの強化を掲げるサンダース氏らの案とは対照的に、生計費調整方法の見直しや支給開始年齢の引き上げによる支出削減を提言する傾向にある。しかし、有権者に幅広い人気がある公的年金への切り込みは、共和党にとっても選挙リスクを意識せざるを得ない争点である(触れるのが危険という意味で、電気が流れる「第三のレール(third rail)」であるというメタファーもしばしば用いられる)。トランプ大統領も就任以来、公的年金に足を踏み入れることを慎重に避けてきた。

しかしいずれにせよ、公的年金財政の健全化は近い将来避けて通れない政策課題である。二大政党の分極化が著しい昨今のアメリカの政治環境の中で、長期的な展望を持った社会保障改革が果たして可能なのか。日本の公的年金論議との比較の観点からも注目される。

 

 


[1] The Board of Trustees, Federal Old-Age and Survivors Insurance and Federal Disability Insurance Trust Funds. The 2019 Annual Report of the Board of Trustees of the Federal Old-Age and Survivors Insurance and Federal Disability Insurance Trust Funds. (https://www.ssa.gov/OACT/TR/2019/tr2019.pdf)

[2] “Social Security Fact Sheet” (https://www.ssa.gov/news/press/factsheets/basicfact-alt.pdf)

[3] Stephen Goss et al., “Effects of Unauthorized Imigration on the Actuarial Status of the Social Security Trust Funds,” Social Security Administration Office of the Chief Actuary Actuarial Note No 151, April 2013. (https://www.ssa.gov/oact/NOTES/pdf_notes/note151.pdf)

[4] “Social Security Expansion Act Fact Sheet” (https://www.sanders.senate.gov/download/social-security-expansion-act-2019-summary?inline=file)

[5] 日本の厚生年金保険の保険料にも類似の仕組みがあり、標準報酬月額62万円及び標準賞与額1150万円を超える部分には保険料が課されない。

[6] Sean Williams. “Bernie Sanders' Social Security Reform Will Fail -- Here's Why,” The Motley Fool, April 11, 2019. (https://www.fool.com/retirement/2019/04/11/bernie-sanders-social-security-reform-will-fail-he.aspx)

[7] ただしこの調査(Citizen Cabinet survey)は通常の世論調査とはやや異なり、ソーシャル・セキュリティの現状や様々な政策選択肢について、専門家や民主・共和両党の議会スタッフによる情報提供が回答者に与えられた上で実施された。“As Candidates Prepare to Debate Social Security, Americans Agree On a Path to Fix It,” Program for Public Consultation, University of Maryland, October 18, 2016. (https://www.publicconsultation.org/federal-budget/as-candidates-prepare-to-debate-social-security-americans-agree-on-a-path-to-fix-it/)

[8] 例えばSean Williams. “Joe Biden Has Called for Social Security Cuts 3 Times,” The Motley Fool, May 17, 2019 (https://www.fool.com/retirement/2019/05/17/joe-biden-has-called-for-social-security-cuts-3-ti.aspx)

 

 

松井 孝太

  • 杏林大学総合政策学部専任講師