アメリカ大統領選挙:民主党バイデンと労働者票の展望

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アメリカ大統領選挙:民主党バイデンと労働者票の展望

杏林大学総合政策学部専任講師
松井孝太

 

サンダース上院議員が本年48日に民主党候補者指名争いからの撤退を表明したことにより、事実上、バイデン前副大統領が民主党の指名候補者となった。しかし、11月の本選挙まで半年を切った現在、深刻化するコロナ禍が大統領選挙に向けて一層の不確実性を生み出している。本論考では、トランプ対バイデンという構図がようやく明確になった大統領選挙の現時点での展望について、労働者票をめぐる動向を中心に論じたい。 

2016年大統領選挙の教訓と現状

勝利州で獲得した選挙人の合計数で競う大統領選挙では、全国の総得票数以上に、少数の接戦州の結果が最終的な勝敗を左右する。クリントン優勢と目されていた2016年大統領選挙においても、全国得票数ではクリントンが約290万票上回ったにもかかわらず、選挙人の数で上回ったトランプが勝利を収めた。その直接的な要因は、2012年に民主党オバマが獲得したミシガン、ペンシルベニア、ウィスコンシンの3州をトランプが獲得したことにある。ただし、トランプとクリントンの票差は3州合計でわずか78000票の微差に過ぎなかった。当然、どの州が接戦州となるのかは大統領選挙ごとに多少の変動があるが、今年の大統領選挙でも同3州の結果次第で大統領選挙の勝敗が変わる可能性は十分にある。

トランプは、これら中西部のラストベルト地域において、2012年大統領選挙でオバマに投票した有権者の一部を切り崩すことに成功した。その原動力となったのが、トランプの保護貿易主義や反移民の訴えに共感した白人労働者層である。そのような、オバマ-トランプ投票者(Obama-Trump voters)の支持回復が、民主党内で重要な課題となってきた。

2016年大統領選挙の出口結果と最近の世論調査を比較すると、女性や大卒白人の民主党支持率が大幅に上昇していることに加えて、トランプ当選の鍵となった大卒未満白人労働者層でもトランプの足場は揺らいでいる[1]。トランプの再選戦略にとって最も重要な柱は、10年近く続いてきた安定的な経済状況と低い失業率であった。しかし、新型コロナウイルスの影響拡大によって、その基盤が失われつつある。労働統計局の発表では、20204月に2050万人が職を失い、失業率は大恐慌以来最悪となる14.7%に達している[2]。現職候補者の得票率を決定する最重要の変数が経済状況である点は大統領選挙研究のいわば「通説」であり、1929年以降の大恐慌や2008年の世界金融危機を挙げるまでもなく、経済の危機的悪化は現職大統領とその政党にとって深刻な打撃となりうる。

労働組合の動向

労働組合は近年弱体化が進んでいるが、大統領選挙においては現在でも民主党の選挙資金及び有権者動員の重要な地盤である。2016年大統領選挙における民主党候補者指名争いでは、SEIU(サービス産業組合)AFSCME(主に州や自治体の職員を組織化する有力組合)など有力組合の多くが選挙前年秋までにクリントン支持を表明した。しかしそれに対しては、サンダースを熱狂的に支持する一部の組合員から激しい反発が起き、トップダウンの意思決定に対する批判が相次いだ。

その反省から、今回の民主党候補者指名争いの過程では、NNU(看護師組合)など以前からサンダースを強く支持してきた組合や、バイデンの出馬直後に支持を表明した消防士組合などは存在するものの、予備選挙の趨勢が決するまで態度を保留する有力組合が多かった。しかし、本年2月末のサウスカロライナ州予備選挙と3月のスーパー・チューズデイでのバイデンの圧勝によって同氏の指名獲得がほぼ確実になってからは、AFSCMEなど有力組合のバイデン支持表明が続いている。最近では、40万人以上の組合員を擁し、ミシガン州に本拠を置く有力組合のUAW(自動車組合)が4月下旬にバイデン支持を表明した[3]

もっとも、民主党の指名候補者が確定してトランプとの一騎打ちの構図が固まれば、有力労働組合の多くが指導部レベルで民主党候補者を支持することは、近年の大統領選挙の傾向から見てもほぼ確実であった。より重要な点は、投票日当日の一般組合員の離反をいかに抑えられるかである。2012年大統領選挙では労働組合員の64.8%が民主党(オバマ)、30.4%が共和党(ロムニー)に投票し、民主党の得票マージンは34.4ポイントであった[4]。それに対し、2016年大統領選挙では、民主党(クリントン)に投票した労働組合員は55.2%、共和党(トランプ)は38.4%と、得票マージンは16.7ポイントまで低下した。特に白人男性組合員では民主党得票マージンが2012年の10.5%から2016年はマイナス11.9%と逆転している。

バイデンとしては、トランプの政策が実際には労働者の経済状況を損なうものであり、民主党政権こそが労働者の要求により良く応えられるということを示す必要がある。本年2月の論考で紹介したように、労働組合の強化や労働者の権利拡大などの労働者政策について見ると、バイデンもサンダースら左派陣営に極めて類似した幅広い政策案を提示している。穏健派、リベラル左派を問わず、2016年に取りこぼした労働者票の奪回に向けた意志が、民主党内で幅広く共有されている現れといえる。 

白人労働者票とリベラル左派票

大卒未満の白人労働者票を獲得するバイデン自身の能力については、本年310日に実施されたミシガン州等での予備選挙結果が、民主党にある程度の安心感を与えるものであった。2016年の民主党予備選挙では、労働者票を獲得したサンダースが、大方の予想に反してミシガン州でクリントンに勝利を収めた。そのため、今年の同州の民主党予備選挙でサンダースの健闘を予期する向きも多かったが、結果はバイデンの大勝であった。民主党候補者指名争い全体を通して示されたバイデンの強みは黒人や高齢者層における支持の厚さであったが、中西部州での予備選挙においては、労働者票もバイデン勝利の重要な原動力となった。

ラストベルトの白人労働者層の支持回復を目指すのと並行して、サンダース支持者らリベラル左派の有権者の繋ぎ止めと熱意の維持も、民主党の重要な課題となっている。まず注目されるのは、バイデンの同伴者として選挙戦を戦う副大統領候補に誰が選ばれるのかという問題である。副大統領候補者の選定に当たっては、大統領候補者との相性は当然のことながら、大統領選挙における重要地域との関係性や、イデオロギー、年齢、性別等に関して、大統領候補を補完する役割が考慮される傾向にある。

既にバイデンは、女性を副大統領候補者として選ぶことを明言している。現時点では未だ多数の候補者が取りざたされているが、有力視されている候補者の中には、予備選挙でバイデンと競ったウォーレン、クロバシャー、ハリスらの上院議員に加えて、ミシガン州のウィットマー知事らの名前も挙がっている。リベラル左派有権者へのアピールという観点からはウォーレン、人種バランスという観点からはハリスを押す声が強いが、上述のラストベルト3州に力点を置くのであれば、中西部を地盤とするクロバシャーやウィットマーという選択肢もあり得る。

バイデンの政策的立場も、指名獲得がほぼ確実になる中で、左派陣営の立場を考慮した若干の修正が行われている。以前の論考で紹介したように、バイデンは、公的医療保険の大幅な拡大を目指すサンダースらの「メディケア・フォー・オール」案を批判し、民間医療保険を基本とするオバマケアの漸進的改革を労働者に訴えてきた。しかしコロナ禍の影響が深刻化する中で、高齢者向け公的医療保険のメディケアの対象年齢を現在の65歳以上から60歳以上に引き下げる案を提示するなど、サンダース案への歩み寄りを見せている[5]。通商政策に関しては、バイデンはオバマ政権下でTPP(環太平洋パートナーシップ)を推進するなど、基本的にはグローバリズムを擁護する立場を示してきた。しかし対中国関税などトランプの保護主義政策に対しては、左派や労働組合からも一定の支持がある。今後トランプとの選挙戦が本格化する中で、労働者層の関心が高い通商政策に関しても、バイデンは難しい舵取りを迫られることになろう。 

 


[1] Christine Zhang and Brooke Fox, “Demographics, economy and death tolls boost Biden in polls,” Financial Times, May 6, 2020. (https://www.ft.com/content/6395f321-1390-4d50-9607-b0c7f629925e)

[2] Bureau of Labor Statistics, May 8, 2020. (https://www.bls.gov/news.release/pdf/empsit.pdf)

[3] “UAW ENDORSES JOSEPH BIDEN FOR PRESIDENT OF THE UNITED STATES OF AMERICA”(https://uaw.org/uaw-endorses-joseph-biden-president-united-states-america/

[4] Nate Silver, “Silver Bulletpoints: The Union Vote Could Swing The Election,” FiveThirtyEight, May 2, 2019. (https://fivethirtyeight.com/features/silver-bulletpoints-the-union-vote-could-swing-the-election/)

[5] Joe Biden. “Joe Biden Outlines New Steps to Ease Economic Burden on Working People” (https://medium.com/@JoeBiden/joe-biden-outlines-new-steps-to-ease-economic-burden-on-working-people-e3e121037322)

 

松井 孝太

  • 杏林大学総合政策学部専任講師