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企業経営と CSR ──実践者の立場から

武田薬品工業株式会社
コーポレート・コミュニケーション部(CSR)
シニア・マネジャー 金田 晃一

企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility、以下CSR)が意味するものは、場所によって異なり、また、時代とともに変化する。さらに、同じ場所、同じ時代であったとしても、「(活動の主体である)企業が考えるCSR」と「(活動の対象となる)社会が考えるCSR」では、そのとらえ方が異なる。企業はそのギャップを具体的なCSR活動を通じて埋めようとするが、埋め終わった時には、「社会が考えるCSR」はすでに変化しており、新たなギャップが生まれている。CSR活動が「終わりなき旅(Endless Journey)」と称されるゆえんである。ただし、CSR活動を着実に進めることで、企業は「円滑にビジネスを行うためのチケット(Ticket to Operate)」を手に入れ、さらなる企業経営への統合を通じて、自社のサステナビリティをこれまで以上に高めることが可能となる。

本稿では、1999年から今日までの期間における日本のCSRの変化を、企業のCSRオフィサーとしての実体験に基づいて概観することを目的としている。具体的には、CSR活動を構成する代表的な3つの実践活動、すなわち、「製品・サービス提供活動」、「誠実な事業プロセスの維持・向上活動」、「社会貢献活動」(タケダでは「企業市民活動」と表現する)、および、「CSR情報の開示活動」に着目し、それぞれの活動が企業経営に統合されるプロセスについて紹介する(図1参照)。

図1 CSR 活動とサステナビリティの関係図(タケダのケース)

出所:同社資料

(1)製品・サービス提供活動

政府セクターでも市民社会セクターでも担えない、企業セクターだからこそ担える社会に対する責任とは何か。この問いに対する企業側の答えが、CSR活動を構成する1つ目の代表的な活動、すなわち、「製品・サービス提供活動」である。

この場合、企業側は、社会を構成する多様なステークホルダーの中でも、主に顧客・消費者に対する責任を念頭に置き、この「製品・サービス提供活動」を「本業を通じたCSR」と表現する。しかし、その一方で、この企業側のロジックに対しては、市民社会側から「通常の事業活動をもって社会に責任を果たしているというのはおかしい」「収益活動を正当化するための言い訳にすぎない」などと異議を唱えられることもある。「責任」という言葉の解釈をめぐる企業側と市民社会側のギャップを端的に示している。

「製品・サービス提供活動」はビジネスそのものであるため、本来的に企業経営に統合されているものだと考えれば、あえて本稿で統合プロセスについて言及する必要はない。しかし、近年、日本でも「製品・サービス提供活動」が“より社会性を帯びた形”で企業経営に統合される動きが見られ始めている。この動きを後押しする考え方が、米ハーバード大学経営大学院のマイケル・ポーター教授が提唱する「共有価値の創造(Creating Shared Values、以下CSV)」である。「社会課題」を「潜在市場」と読み換えることで、企業が製品・サービスを通じて、社会と企業の双方に価値を提供できることを示唆している。ただし、CSV事業と認められるためには、製品・サービスが、社会課題の軽減に対して一定以上の規模感(=ソーシャル・インパクト)をもって貢献する必要がある。

CSRに関わるマテリアルな課題を把握するため、2012年から13年にかけて、国連グローバル・コンパクト(GC)やBSRCSRヨーロッパ、CSRアジアなどが主催する主要なCSRの国際会議に参加する機会を得たが、これらの会議に共通していたキー・メッセージとは、まさに、アイディア、技術、資本をもつ企業セクターに対する「ソーシャル・インパクト創出への期待」であった(図2参照)。

図2 CSR 関連の国際会議

(2)誠実な事業プロセスの維持・向上活動

他方、「製品・サービス活動」を通じてソーシャル・インパクトを創出したとしても、その過程で社会に負荷をかけて課題をつくり出していては本末転倒である。CSR活動を代表する2つ目の活動は、CSRの基礎ともいえる、倫理的行動や法令順守を意味する「誠実な事業プロセスの維持・向上活動」である。

1999年のダボス会議で、当時のアナン国連事務総長がグローバル企業の不誠実な事業プロセスが引き起こす人権・環境分野の負の外部性を取り上げたことが契機となり、日本でもグローバル企業を中心に、特に人権や環境面での倫理的行動が、企業価値の毀損回避の観点から経営戦略のテーマとして徐々に認識されるようになった。特に、2003年よりCSR専門組織の設置やCSR行動規範の作成に次々と着手するようになったため、この年は日本のCSR元年と呼ばれている。

近年では、ソーシャル・メディアの発達により、事業プロセスの透明性がこれまで以上に求められ、その結果、「社会が考えるCSR」の範囲が急速に拡張している。企業は自らの事業プロセスが社会に与える影響を人権や環境側面からバリューチェーンごとに分析し、予防措置、代替措置、補償措置を検討するように迫られている。さらには、自社のガバナンス外のサプライチ ェーン上の行為、すなわち、原材料の採掘者や部品製造業者、あるいは、生産/販売委託業者を含むビジネスパートナーの行為についても、当該企業の責任範疇になるという解釈が常識となりつつある。海外では、人権や環境面での自社のバリューチェーンやサプライチェーンの管理の甘さによって、ボイコット、ストライキ、訴訟などによる数百~数千億円に上る企業価値の毀損事例も出てきている。このように、企業価値の保全(=毀損の回避)の観点から、「誠実な事業プロセスの維持・向上活動」を企業経営に積極的に統合する動きが進んでいる(図3参照)。

図3 CSR のバリューチェーン/サプライチェーン管理(タケダのケース)

(3)社会貢献活動

3つ目の代表的な活動とは、寄付活動、従業員ボランティア推進活動、企業財団管理活動などの「社会貢献活動」である。

1999年当時の日本では、経営に影響しない予算規模、しかも社会からの依頼に対して受身の姿勢で活動する企業が大半を占めていた。寄付先については海外では国連関係機関、国内では政府に近い団体などが多く、情報開示についても「陰徳陽報」を基本とする企業が少なくなかった。社会貢献活動に内包される純粋性ゆえに、社会貢献活動を経営戦略に組み込むことに対するアレルギーが担当者と経営者の双方に見られた。「寄付に見返りを求めてよいのか」、「従業員ボランティアの推進を会社の施策で行う意味は何か」、「企業財団を維持することのメリット・デメリットとは」などが議論され、企業経営への統合度合いは企業によってまちまちであった。

しかし、時間とともに、社会貢献活動の株主・投資家に対する説明責任の観点などから、活動の社会価値向上と企業価値向上の両方への道筋を明示する必要性が高まってきた。この数年、CSRに関心のある企業の多くは、(活動の効率性やブランディングの観点から)「重点分野の置き方」、(活動のレバレッジや社会課題の理解の観点から)「非政府組織(NGO)/非営利組織(NPO)とのパートナーシップ」、(多様性の理解や従業員満足度の観点から)「従業員の社会参画」、(知名度や将来の顧客づくりの観点から)「マーケティング手法としての社会貢献活動」などについて議論を進めており、社会貢献活動の企業経営への統合に向けた動きが活発化している。

特に、直近では、活動の「進め方」だけではなく、活動の「評価」を重視する動きもある。行政評価や政府開発援助(ODA)評価で用いられるInput-Output-Outcome-Impact分析の手法を社会貢献活動に応用する事例(表1参照)や、活動の社会価値を金額換算して評価する社会投資収益率(Social Return on Investment, SROI)などを評価に取り入れる事例も出始めている。

表1  「タケダ-Plan保健医療アクセス・プログラム」の進捗状況

(2009年7月〜2012年6月)

また、ソーシャル・インパクト・ボンド(Social Impact Bond, SIB)というスキームに注目が集まっている。SIBとは、社会課題の軽減に向けてこれまで政府が実施していた事業を、民間投資家から必要な資金を募り、NPOなどが政府に代わって効率的に実施し、ソーシャル・インパクトの実現を条件に政府が民間投資家に償還を行う仕組みで、英国では、受刑者の再犯防止などの課題を軽減するために活用されている。日本の社会貢献担当者の間でも、自社への金銭的なリターンを期待せず、もっぱらより大きなソーシャル・インパクトの創出を期待するという前提で、企業の寄付金をSIBの仕組みを通じて社会投資する可能性について議論が始まっている。

(4)CSR情報の開示活動

ステークホルダーに対するCSR情報の開示に関しては、「Global Reporting InitiativeGRI)ガイドライン」(2000年)、「ISO26000規格」(2010年)、「国際統合報告フレームワーク」(2013年)といったCSRのグローバル規格の発効が大きな節目となっている。

まず、「GRIガイドライン」は、それまで、環境報告書、社会貢献報告書など分野別に報告書を発行していた日本企業に対して、CSR活動の包括的な開示、または、CSR報告書の制作を促した。また、ガイドラインに記載されている開示要請項目の「数の多さ」と「内容の多様さ」を通じて、ストレートに日本企業に新鮮な驚きを与えた。

ISO26000規格」は、CSR活動の実践に関わる規格であるが、開示に関しても大きな影響力をもっている。CSRの中核的な7つの主題(「組織統治」「人権」「労働」「環境」「公正な事業慣行」「消費者課題」「コミュニティ参画および発展」)を明示したため、日本でもCSR報告書上で、この7主題ごとにページ枠を用意して情報開示を試みる企業が現れている。その結果、これまで比較的開示に躊躇する傾向があった「人権」に関する取組みについても、物理的に開示しやすい環境を提供することになった。具体的には「従業員の人権」に加え、「顧客・消費者の人権」や「地域住民の人権」など、事業によって影響を受ける多様なステークホルダーの人権に関する活動について開示する流れをつくった。

「国際統合報告フレームワーク」は、そのコンセプト自体が、開示の観点から、CSR活動の企業経営への統合を目指したものである。具体的には、CSR活動の経営戦略への統合が企業の短期、中期、長期の企業価値創造にどのような道筋で影響を与えるかを開示するよう求めている。

以上、CSR活動が企業経営に統合されるプロセスを4つの活動別に概観してきたが、最後に、2011311日に発生した東日本大震災が、これら4つの活動のすべての側面から、統合の流れを推し進めている点について指摘したい。具体的に見てみると、「製品・サービス提供活動」については、復旧期における事業活動の早期再開や復興期における経済活動の活性化、「誠実な事業プロセスの維持・向上活動」については、復旧・復興期における健全な雇用、「社会貢献活動」については、緊急期における製品・サービスの支援システム、そして、復興期における長期支援を可能にするための予算制度の導入や従業員ボランティア活動の支援制度の整備、「CSR情報の開示活動」については、事業継続計画(BCP)情報の積極的な開示、などが統合を語る上でのポイントとして挙げられる。

このように見てみると、CSR活動と企業経営の関係は、これまでの「CSR側が企業経営に入り込む」関係から、最近では「企業経営側がCSRを取り込む」関係に相転移し始めているように感じる。なお、現在は、グローバルな社会課題リストであると同時に、潜在市場リストでもあるPOST2015(国連が定める2015年以降の国際的な開発目標)のアジェンダの行方に注目している。CSR活動と企業経営の統合ドライバーとして重要な役割を果たしていくことであろう。

『CSR白書2014 ――統合を目指すCSR その現状と課題』(東京財団、2014)pp177-183より転載

*書籍の詳細は こちら

◆英語版はこちら→ Integrating CSR into Strategic Management: A Practitioner's Perspective

金田 晃一

  • 株式会社NTTデータ 総務部
    サステナビリティ担当
    シニア・スペシャリスト