【書評】『ナチズムは再来するのか? 民主主義をめぐるヴァイマル共和国の教訓』(慶應義塾大学出版会、2019年6月)アンドレアス・ヴィルシング、ベルトルト・コーラー、ウルリヒ・ヴィルヘルム編、板橋拓己・小野寺拓也監訳

 評者:松本佐保(名古屋市立大学人文社会学部教授)

はじめに「民主的なヴァイマル憲法がなぜナチ党の台頭を許したのか」

第一次世界大戦でドイツは敗戦、革命が起き王政が廃止され共和制となり、制定されたのがヴァイマル憲法である。その憲法がなぜナチ党の台頭を許したのかを分析すると共に、米トランプ政権の「自国ファースト」やブレグジット、欧州で台頭する右派政党、AfD(ドイツのための選択肢)等、近年世界中で見られる右派ポピュリズム政治を考察し、ナチズムが再来することへの懸念と警告を促すことが本書出版の意図である。

本書の原文はドイツのバイエルン・ラジオ放送で配信され、その後『フランクフルター・アルゲマイネ新聞』に掲載された記事に加筆が施されたものである。その章立ては第一章「政治文化」、第二章「政党システム」、第三章「メディア」、第四章「有権者」、第五章「経済」、第六章「国際環境」、第七章「外国からのまなざし」と異なる観点から成り、3人のドイツの大御所の歴史・政治史家によって執筆・編纂されたエッセイを、日本のドイツ政治・外交史研究を牽引する板橋・小野寺という2人の研究者が監訳を施した。

本書の概要を述べ、その上で本書全体の論点やそれに対する批判と考察によって本書の書評とする。評者はドイツの歴史や政治史の専門家ではないことから、他の欧州諸国や米国を含めた他国とのグローバルな比較などの観点も考慮しながら見ていく。

内容紹介

第一章<政治文化> 理性に訴える

本章では、右派ポピュリスト政党の台頭と民主主義の衰退への危惧の背景について、「ヴァイマル状況の幽霊」という言葉を用いて説明している。ここ3年ほどで、こうした「ヴァイマル状況」について語られるようになり、新たな不安や恐怖が掻き立てられているという。それは有権者と統治者の関係が疎遠になり、有権者の間での反エリート主義が跋扈したことによるものである。こうした「エスタブリッシュメントへの憎悪」からポピュリズム政治が台頭する過程が説明される。分極的な多党制から生じる中道化の傾向、大連立政権になりがちな傾向、これが「ヴァイマル状況」と現在の政治の類似点であると著者は指摘する。

第二章<政党システム> 敵と友のはざまで

1919年にドイツ労働者党が結成し、翌年1920年に国家社会主義ドイツ労働者党、すなわち改称後のナチ党が誕生した。そこから10年間は泡沫政党であり、よもや支持を集めるなど想定外であった。しかし多数の政党が乱立するなど不安定な政治・社会・経済状況こそが、ナチ党が支持を集める背景となった。

ヴァイマル憲法では大統領には首相を任命する権限があることから、ヒンデンブルグ大統領がヒットラーを首相に任命することになるが、本憲法には「議会絶対主義」を避けるために、国民投票的な諸要素が盛り込まれていた問題点が指摘される。戦後のドイツ連邦共和国基本法では、この反省を踏まえ、議会と政府の関係を強固なものとし、政党にも明確な政治責任を割り当てている。しかし代議制を抹消し全国レベルの国民投票を提案する声もあり、それは英国のブレグジッドで証明されたように、ポピュリズム政治を扇動しかねない危険なやり方だと本書は警告している。イギリス独立党(UKIP)のような極端なナショナリズムを主張する政党にとって2016年の国民投票は有利に働き、「主権回復」という大義名分で国民感情を煽り、EUからの恩恵を無視してEU離脱が多数派という結果になった。

第三章<メディア> 政治的言語とメディア

本章では戦間期の各主要新聞が支持する政党を明確化し、政党間の激しい対立が新聞の党派化、派閥化、イデオロギー分断に繋がったことが指摘されている。中立的な報道が求められるメディアのこうした偏った報道や、オフレコ情報を報道しないといった「メディアの沈黙」は、健全な民主主義の実現を阻むこととなった。メディアの批判性の制限(批判精神の抑圧?)は、陰謀論とあいまって「嘘つきメディア」と化し、21世紀の世界では、「フェイク・ニュース」やSNSに見られるような情報の強いフィルター効果「エコーチェンバー」現象が、特定の思想や価値観を増幅させる危険性を秘めている。

第四章<有権者> 抵抗の国民政党「右派政党台頭の政治的分析」

ナチ党はたった数年間で1929年の得票数を20倍以上に増やし、それは後にも先にも例がない上昇率であった。近年のAfDでも類似した得票率の上昇が見られると指摘され、ナチ党の躍進と類似していると説明されている。そしてナチ党とAfDの支持層の比較も試みられている。ナチ党の支持者は中間層の急進主義者であるとされてきたが、実は最近の研究では支持者の40%は労働者であり、特に熟練労働者であったことが判明している。つまり支持層としてもAfDと類似点がある。手工業系の企業に勤める労働者でAfDに投票した労働者はこの数値より少ないが、それは戦間期より労働者数が約四分の一に減少していることが背景として考えられ、AfD を支持する労働者は2013年から2016年にかけて20%弱から25%に増加している点で類似点があると考察されている。

ナチ党とAfDは、前者は反ユダヤ主義、後者は反移民・難民の人種主義的な扇動という共通点がある。こうした傾向は、フランスやイタリア、ハンガリーの右派のポピュリスト政党にも同様に見られる。こうした右派政党が影響力を拡大して選挙で成功する危険性と、自由民主主義的な連邦共和制を脅威にさらす可能性があると結論付けている。

第五章<経済> ヴァイマル共和国の真の墓掘人

本章では、ハイリヒ・ブリューニング首相(1930年3月~32年5月)による緊縮財政が世界恐慌による危機をさらに先鋭化させたと指摘されている。これは責任あるエリートの意思の欠如による経済破綻であり、第一次世界大戦後の賠償と中央銀行の失策が、ハイパー・インフレや主要銀行の破綻などの金融パニック状況を招いたと分析されている。しかし外的な要因であるドーズ案による「債務の回転木馬」や、戦間期には米国に世界全体の金の保有量の半分が集中することで、英国による保護関税ゾーンの形成などの事態を招いていた。そして米国のヤング案が世界恐慌を引き起こしたことから、ドイツの首相による金融や財政政策の失敗だけに原因があるわけではないと説明されている。また戦間期の大恐慌と2008年リーマン・ショックとの比較は不可能であるが、ドイツはこのブリューニングの失策から学び、これを活かして、リーマン・ショックの経済的なダメージを最小限に留めたという興味深い状況があった。しかし近年、米国が展開する「自国ファースト」や保護貿易政策にはこうした恐慌の危険性が潜んでおり、国際協調による経済のグローバル化のコントロールが必要であると結論付けている。

第六章<国際環境> 番人なき秩序

本章では、戦間期の国際秩序の変容を、第一次大戦終結に伴う三大帝国の崩壊、オスマン帝国、ハプルブルグ帝国、そしてロシア革命によるロシア帝国の解体に帰して論じている。こうした国際秩序の変容が、例えばイタリアによる領土拡張を助長し、ファシスト政権の台頭を招き、またイタリアのエチオピア侵攻による国際連盟の機能不全のような「番人なき秩序」を形成したと説明されている。

これについてはオバマ政権と現在のトランプ政権が行った「米国は世界の警察ではない」という宣言が、戦間期の「番人なき秩序」と重なるのではないかと指摘されている。それは不安定な国際環境が形成されることへの懸念とも解釈出来るであろう。

第七章<外国からのまなざし> 不可解なるドイツ

本章では、歴史の連続性と非連続性の議論を通じて、2016年以降のペギーダの出現やAfDの台頭、EUの超国家化や官僚制度の肥大化によるエリート主義への反発、またハンガリーやポーランドで起きているポピュリズム政治についても言及している。そして経済大国ドイツがこれら東欧諸国から、ゲルマン民族に対する恐れの念を抱かれているかどうかが述べられている。

おわりに 警戒を怠らないということ

本章では、1929年のヤング案への国民投票と、ブレグジットをもたらした2016年の国民投票の比較を行い、ナチ党が最初から反ユダヤ主義を掲げていたわけではないように、AfDに投票する人が全て右派急進主義者ではないと述べている。だからと言って安心できるわけではなく、「エコーチェンバー」現象や「フェイク・ニュース」、著しい社会不平等がもたらす危険性を警告している。

本書の意義と批判点

(1)「ナチ党とAfD:根本的に異なるが安心できない」

ナチ党とAfDの類似点の指摘については、その支持層や政党のあり方そのものが根本的に異なるとの批判もあるだろう。しかしナチ党は最初から反ユダヤ主義や人種主義を掲げていたわけではない。そのため潜在的な危険性という点ではやはり共通点があることは否定出来ない。

(2)「本書の意義と批判点」

近年、民主主義の危機を警告する著作が他にも出版される中で、本書は多様な観点から簡潔に書かれており、ポピュリズム政治の拡大とナチズム再来の危険性を分かりやすく読むことが出来る。ナチス・ドイツが象徴的であるだけに、他国との比較も容易である。また現在のEU懐疑論やブレグジットへの目配りなど、多くの点でタイムリーな価値を有する著作であり、現在ドイツ及び欧州が直面している問題が明確に炙り出されている。

そうした上での本書の最大の欠点は、西ドイツによる東ドイツの併合、東西ドイツの統一についての言及が殆ど行われていない点にある。AfDが旧東ドイツ地域で支持を得ていることからも分かるように、明らかにこの地域は、「取り残された」ことへの不満がAfDを支持する大きな要因となっている。本書は西ドイツ中心史観で書かれているので、旧東ドイツ史観を取り入れると、また異なる分析の可能性もあると思われる。また旧共産圏である東欧へのEUの拡大、ポーランドやハンガリーでのポピュリズム政治の台頭については触れられているが、これらの諸国とドイツとの関係や歴史認識問題については、さらなる議論が必要なのではないだろうか。 

そうした批判はあるものの、現在の我々が直面しているグローバルなポピュリズム政治の台頭や民主主義の劣化、「番人なき」国際秩序などについて、改めて考察する好機を本書が提供してくれることは疑い得ない。

松本 佐保

  • 名古屋市立大学人文社会学部教授