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「ウォーレン大統領」をシミュレーションしてみると
2019年11月13日、ニューハンプシャー州コンコードで演説するエリザベス・ウォーレン候補(写真提供 Getty Images)

「ウォーレン大統領」をシミュレーションしてみると

December 5, 2019

早稲田大学社会科学総合学術院教授
中林美恵子

 

2019年10月頃から米国のビジネス界が俄かに警戒し始めている大統領選候補者がいる。民主党予備選トップランナーのジョー・バイデン副大統領を激しく追っているエリザベス・ウォーレン上院議員(元ハーバード大学教授)だ。彼女のリベラルな政策案への警戒感や攻撃の数も増していることから、今後の予備選を通し、社会主義的とも評される構想がどの程度の支持を集めるのかは、大いに注目される。

混迷中の民主党候補者たちの支持率…

今年秋口から、ウォーレン候補の支持率はアイオワ州やニューハンプシャー州など、早々に予備選が行われる重要州でトップランナーであったはずのバイデン氏を上回った。それを機に、ウォーレン氏への警戒感も急速に広がり始めた。アメリカの投資家などは、ニュースレター等を通してウォーレン氏に関する特集を組み、警戒のメッセージを発している。以下の2019年11月時点のRealClearPoliticsの世論調査をもとにしたBBC作成の図に見られるように、ウォーレン候補の支持率が向上しており、この向上が警戒感につながった模様だ。

出所:BBC News (https://www.bbc.com/news/world-us-canada-50097838)

もしもウォーレン大統領が誕生したら何が起こるかという想定は興味深い。投資家や富裕層に重税を課す政策を打ち出しているだけでなく、国民皆保険制度など、アメリカの社会経済システムの屋台骨がひっくりかえる可能性さえあるからだ。また彼女は自分の政策実現のために、フィリバスター[1]の廃止を実現すべきだと訴えている[2]。もしこれが廃止になれば、例えば民主党議員50人の賛成だけで(採決が同数ならば副大統領が投票できるため)ウォーレン氏の政策を通すことができる。今のところ、上院の多数は共和党が維持する可能性が高いとされるものの、大統領が共和党から民主党に代わるような勢いの選挙になれば、上院への影響も少なからずあると予想される。そんな状況で民主党の大統領候補がウォーレン氏だった場合には、米国の社会経済システムに絶大な変化が予想されるわけである。

行政府と上院:選挙結果の組み合わせとその影響…

共和党は上院で現在53議席を有しているが、必ずしもこの勢いを次の選挙で保てるかは分からない。まだ不確定要素が多いが、次回の選挙ではアラバマ州で勝利が期待できるものの、コロラド州、アリゾナ州、およびメイン州で熾烈な戦いにさらされる可能性が高いとされる。共和党が苦戦する州は他にもある。ノースカロライナ州、ジョージア州などである。もしも大統領選挙で民主党候補が勝つという勢いが生じれば、共和党は上院で多くの議席を失い、民主党は51議席まで獲得議席を伸ばす可能性さえある。ただ仮に民主党の大統領が誕生したとしても、共和党が上院の多数を維持できれば、大統領に対するチェック機能は格別に高まる。また逆に、もし共和党の大統領候補であるトランプ氏が勢いを得て勝つような選挙となれば、上院の多数は共和党が維持することになるだろう。

仮にウォーレン氏が大統領になった場合、司法がバランスを取る役割を果たしてくれると期待するのは早計かもしれない。それは既にトランプ大統領によって、裁判所がどの程度の行動を起こせるかという限界が試されてしまった。例えば、移民問題やメキシコとの間の壁建設費用など、大統領が既存の秩序に挑戦する姿そのものが、一定の国民に評価される傾向があると分かったのである。おそらく民主党の大統領が誕生しても、こうした傾向は継承されることになろう。民主党にだけ別の基準を求めることは、もはや不可能だからだ。

米ウォール街が警鐘を鳴らす「ウォーレン・リスク」…

前例からザックリと予想するだけでも、仮にウォーレン氏が大統領になった場合、彼女が現在提唱している政策の少なくとも3分の1程度は実行に移される可能性があるとされる。ウォーレン候補の政策は例えば、国民皆保険や、GAFAなど巨大ハイテク企業の解体・分離、超富裕層増税、学生ローン解消など、米国社会の地殻変動となり得る要素が満載である。他にも、シェールガスの採掘禁止、アグリビジネスの分割、最低賃金を2倍に引き上げることも提唱されている。もっと現実味のあるものとして、銀行と証券を分離する「グラス・スティーガル法」の復活、トランプ大統領による法人減税の見直しなどもある。

さらに、ウォーレン氏が提唱するAccountable Capitalism Act(責任ある資本主義法)の法案では、年間売上高が100億ドルを超える企業に対して、連邦政府から「コーポレート・シチズンシップ遵守認定」(経営陣は、株主だけでなく、従業員や顧客、そして地域コミュニティなど全利害関係者に配慮しなければならない)の取得を義務付けるのだという。更には、取締役会の40%は従業員による選挙で選ばれるように改革し、企業が政治献金をする場合にも、少なくとも株主の75%および役員の75%の承認を得なければならないという制限も付けることが提唱されている。

これら多くの政策案が、投資家や企業経営者に大きな警戒感を抱かせているのである。そして、内外からのウォーレン攻撃を激しくさせている。

巨大な増税につながるM4A[3]プラン…

2019年11月1日にウォーレン氏は、国民皆保険制度導入に関する財政プランを公表している[4]。行政府の見積もりでは52兆ドルかかる国民皆保険は、彼女の試算では20.5兆ドルとなっており、その財源として中間所得者層からは1セントも集めないとされる。したがって、富裕層や製薬会社が負担を増やすことになる。例えば、先発薬の薬価は70%カット、そして後発薬も30%カットする。大胆な改革に反対する未公開株式投資会社などにも、司法や公正取引委員会を通してプレッシャーをかけて薬価を低減させていく。また、金融取引への課税では向こう10年で8,000億ドルの歳入を見込み、さらに1,000億ドルを大銀行から納税させ、海外での収入には35%の課税で1.65兆ドルの歳入を見込む。富裕層への所得税では向こう10年で3兆ドルの歳入を見込む。その他にも多くの増税案が含まれており、11月1日の発表では、ざっと9兆ドルが税金として吸い上げられそうなことが示唆された。

民主党内からも警戒が…

加えて、ローレンス・サマーズ氏[5]が11月5日のワシントン・ポスト紙[6]に寄稿した試算では、ウォーレン候補の政策の数々を実行しようとすれば、とんでもない額の税負担が生じることが指摘された。それらのポイントは以下のとおりだ。

100万ドルまたはそれ以上の所得者の税引後調整後総収入は、前回の内国歳入庁(IRS)の所得統計で1.1兆ドル以下だが、ウォーレン候補による富裕層への増税額を全て合わせると、この額に匹敵する。その内訳は、年間3,100億ドルの新しい富裕層税、年間3,300億ドルの新しい法人税、年間2,400億ドルのキャピタルゲイン税と金融取引税、 少なくとも900億ドルの労働や投資への課税(一律14.8%)、コンプライアンス強化にともなう1,900億ドルの増税などである。これらを足すだけで、1.2兆ドル近くになる、とサマーズ氏は計算する。米国の100万ドル長者全員の(税引後の)所得以上の金額インパクトだと指摘される。また、これに心理的な不安定要素が加わり、マーケットが乱高下が起こることによって、米国から失われる富は計り知れないと、サマーズ氏は警告する。投資家の利益は3分の1に減ると指摘し、株価に対してウォーレン候補の勝利がどれほど大きな心理的インパクトを与えるかが問題だという。さらに氏は、既に金利が低い現状で、株式市場にもし大幅下落の局面がおとずれれば、もはや金利政策で窮地を乗り切るオプションが限られているため、米国経済への影響は極めて大きいという。これは、民主党経済学者のリーダー的存在であるサマーズ氏の指摘である。それが、ウォーレン候補の勝利を株価3分の1までの下落とリンクさせ、不況を招く可能性が高いとしたのだ。

もし仮にウォーレン候補が民主党の大統領候補になれば、このロジックをそのままトランプ大統領が活用することは目に見えている。よって民主党内でも、ウォーレン氏の予備選勝利はトランプ大統領に塩を送るようなものだという認識がありそうだ。

「ウォーレン大統領」のシミュレーションから見えるもの…

サマーズ氏のような経済学者に限らず、共和党寄りの投資家や経営者たちも、リベラルな政策の可能性には戦々恐々だ。保守派からの得票はより遠のくことになる。したがって民主党では現在、ウクライナ疑惑の影響もあって人気が盛り上がらないバイデン前副大統領に代わる中道派にも視線を広げている。その先には、若いピート・ブーテジェッジ(インディアナ州サウスベンド市長)候補や、富豪のマイケル・ブルームバーグ前ニューヨーク市長などもちらついている。しかし中道派の票が割れれば、ウォーレン候補等のリベラルな候補に勝ち目が見えてくる。

ウォーレン候補とて、実際に指名候補になれば中道寄りに路線変更をするだろう、という見方も存在する。ただ、米国の大統領選挙は期間が長い。数多くの集会や演説を行いながら目の前に集まった有権者らから熱狂的な支持を受け続ければ、自分の発している言葉や約束が更に強い確信となって根付くことは容易に想像がつく。

大統領選挙の行方によっては、米国の経済構造が大きく変化し、経営環境にも地殻変動が起こる可能性を秘める。2020年3月3日には、大きな州の予備選挙が集中するスーパー・チューズデーが予定されている。それまでに民主党の大統領候補が誰になるかという結果が出るかどうか分からないが、2020年の年明けとともに大統領選挙は急速に近づいてくる。

 


[1] 上院の院内ルールである。審議に反対する勢力がリレー演説を行うことによって法案等を廃案に持ち込む行為であり、これを止めるには60票(議席の5分の3)の賛成が必要になる。

[2] 2019年9月12日の民主党候補によるテレビ討論会(テキサス州ヒューストン)での発言。

[3] Medicare for All、国民皆保険

[4] “Elizabeth Warren releases plan to fund Medicare for All, pledges no middle class tax hike,” 2019年11月7日、CNN Politics

[5] クリントン政権の第71代アメリカ合衆国財務長官、オバマ政権の国家経済会議(NEC)委員長などを歴任した経済学者

[6] “Warren’s plan to finance Medicare-for-all pushes into dangerous and uncharted territory”  2019年11月5日、 ワシントン・ポスト紙

    • 早稲田大学社会科学総合学術院教授
    • 中林 美恵子
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