「予備選挙の方程式」を打ち破った「不死身のバイデン」の今後

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「予備選挙の方程式」を打ち破った「不死身のバイデン」の今後

上智大学総合グローバル学部教授
前嶋和弘


サンダースが本年48日に撤退を決めたことで、バイデンが民主党の事実上の指名候補となった。ただ、バイデンのここまでの選挙戦をみると、極めて異例だ。コロナ禍の中でトランプ大統領と戦うことになる本選挙の環境や戦い方もかなり例外的なものになるかもしれない。 

あり得ない逆転

まず、ここまでのバイデンの指名候補獲得までの流れは現在の予備選制度が確立した1976年以来、過去にない異例のものだ。バイデンは序盤の苦戦のために一時は撤退寸前とまでみられたが、その段階から奇跡的に復活した。セクハラ発言があっても「バイデン親子疑惑」でもあるウクライナ疑惑があっても、バイデンの世論調査の数字は大きく変わらなかった。その動向をまとめた昨年12月の本連載コラム[1]のように、実際の予備選でも「バイデンは不死身」だった。

バイデンの勝利は、「予備選挙の方程式」を変えるというありえないものだ。

「予備選挙の方程式」とは序盤のアイオワ州党員集会、ニューハンプシャー州予備選で健闘することに他ならない。メディアの報道がこの2州に集中する。アイオワ、ニューハンプシャー両州の動向に関する報道が集中すれば集中するほど、両州の動向がさらに重要になり、両州での勝利が献金増に直結する。そこで勢い(モメンタム)が一気についていく。

76年以降、92年のクリントンを除き、双方、もしくはどちらかの州で勝利しないと党指名候補に勝ち残っていない。クリントンの場合、不倫スキャンダル発覚で揺れていたが、ニューハンプシャー州予備選で予想以上の2位についた。そこから、自らを「カムバックキッド」と呼び、一気に支持を高めていった。その意味ではニューハンプシャー州予備選の「実質的な勝者」であった。

しかし、バイデンはその重要な2つの州で全く振るわなかった。最初のアイオワ州党員集会(23日)では、比較的良かった世論調査の結果を踏まえて甘く見たのか、あまり同州での選挙戦を行わなかった。その結果、同じく中道でアイオワ州での勝利に全精力を費やしていたブーティジェッジが1位と健闘し、バイデンは4位に終わった。

アイオワ州では単に敗北しただけではなかった。アイオワ州での党員集会が終わった直後のバイデンの演説には全く覇気がなかった。演題の原稿を覗き込みながらそのまま棒読みし、いつもの早口が消えていた。画面越しでも目がうつろだったのが明らかだった。その余波を受け、続くニューハンプシャー州予備選(211日)でも5位と全く振るわなかった。まさかの体たらくだった。

続くネバダ州党員集会(222日)では2位とバイデンは生き残ったが、獲得代議員数は1位のサンダース24に対して9と圧倒的な差だった。この段階での各州の世論調査ではサンダースが大きくリードしていた。「予備選挙の方程式」に沿えば、アイオワ州党員集会で僅差2位、ニューハンプシャー州予備選で1位だったサンダースの勢いは加速し、バイデンは消えていくはずだった。

しかし、229日のサウスカロライナ州予備選で、アフリカ系の支持を大きく受けて、バイデンは初めて勝利する。ここから大きく潮目が変わっていく。ブーティジェッジとクロブチャーが撤退し、中道一本化となり、バイデンを支援する。そこからスーパーチューズデー(33日)までの数日間でバイデンの世論調査の数字は一気に好転していく。

この流れの中で33日のスーパーチューズデーでは14州中、10州でバイデンは1位となった。ニューヨークタイムズ紙の4日の社説は「死の淵からよみがえった奇跡」ともてはやした。

ただ、「奇跡」というほど、明確なバイデンへの強い支持の高まりがあったわけではない。サンダースが打ち出した教育ローンの帳消しや大学無償化などは民主党を割るリスクもあった。そもそも予備選の投票率は3割に満たない。急伸左派であるサンダースに対する危機感が民主党支持者の中で少し顕在化し、中道派でなんとなく無難なバイデンに落ち着いたのが実情だろう。

その後の310日のミシガン州などの6州の予備選、党員集会では、5州でバイデンが勝利する。この時点で、対象となった代議員数は約1,850であり、代議員総数3,979の約46%の分配が終わっただけである。野球にたとえていえば「まだ、5回の表」くらいだった。この段階での代議員獲得数はバイデンが約920、サンダースは約773となっている。差は150しかない。 

コロナ禍による「コールドゲーム」

しかし、ここでさらなる例外的な展開が生じる。新型コロナウイルス感染症という例外だ。

日米で新型コロナウイルス感染の状況が逆転したのがこの3月半ばだ。問題はアメリカの場合、初期の段階までは感染はワシントン州などの西海岸の一部の州に限られていたほか、感染者も中国への渡航歴がある人たちばかりだった。そのため感染の深刻化懸念は、日本からすればだいぶ遅れていた感もある。この状況が変化したのは、カリフォルニア州で中国への渡航歴がない感染者が確認された2月末だった。さらに、その後、感染はニューヨークなどの東海岸などでも目立っていく。

313日にはトランプ大統領が国家非常事態を宣言し、その後、感染が一気に拡がっていくのと同時に、その後の予備選は多くが延期されていく。

そうなったら、もう、選挙戦どころではない。48日の段階で、代議員数はまだ4割が決まっておらず、バイデンとサンダースの両者の獲得代議員数の差が3割であることを考えると、大逆転のチャンスがなかったわけではない。しかし未曽有の感染拡大の中では、選挙運動もできず、サンダースにとって逆転の可能性はない。このタイミングでの撤退は仕方なかったのだろう。コロナ禍による「コールドゲーム」だ。 

「例外的」であるための課題

例外的なパターンで、事実上の指名候補を勝ち取ったとしても、バイデンには課題が山積している。その課題の多くが、「例外的」に勝利した部分に起因する。大きく3つに分けてみる。

まず第1に、かなり遅れている資金集めを急がないといけない。過去の両党の指名候補の中で、バイデンほど資金集めがうまくない候補はほとんど記憶がない。

上述のようにバイデンは中道派でなんとなく無難だが、バイデンへの期待は過去の実績という「後ろ向き」のものにすぎない。「夢」を売る未来志向のサンダースや、破天荒な改革を続けるトランプには比べると、やや厳しい言い方だが「妥協の候補」であるバイデンに資金は集まりにくい。

連邦選挙委員会が公表している最新のデータである2月末現在の総献金額は、バイデンが8,615万ドルと、サンダースの17,965万ドルの半分以下である。トランプとの比較に至っては23,215万ドルと3分の1強でしかない[2]。その後のバイデンの奇跡的な復活や事実上の指名候補獲得があったため、状況は改善している可能性はあるが、そもそもコロナ禍でまともな選挙運動が続けられない中、資金も集まらないのが実情だろう。コロナ対策の共和党の顔がトランプ大統領なら、民主党側の顔はニューヨーク州知事のクオモであり、バイデンの存在感は極めて薄い。

2に政策的な斬新さをどれだけみせることができるかも課題だ。州などでの政治経験はあってもワシントンでの経験がない人物が現職大統領の「挑戦者」として好まれる傾向にあるが、バイデンは真逆だ。25歳から77歳の現在までずっとワシントンの中心で50年以上も政治に関与してきた経歴を持つような大統領候補は過去にはいない。現職のトランプが「挑戦者」にみえるほど、バイデンはエスタブリッシュメント(主流派)中のエスタブリッシュメントである。そして、経歴が長ければ長いほど、それだけ過去の判断は叩かれやすい。

トランプ大統領はパリ協定やTPP(環太平洋パートナーシップ)など、オバマ前政権が行ってきた政策を大きく否定してきた。そのオバマ政権の副大統領がバイデンであったことが大きな攻撃材料となる。オバマ前政権が許してきた中国の台頭の責任をバイデンに向けるのは必至であり、トランプ陣営は、中国とバイデンとの密接な関係をインターネット上の選挙CMなどでやり玉にし始めている。

3は、過去にない高齢候補であるというハンディをどう克服するかだ。今後の選挙戦では、大統領討論会などでの言い間違いなどもできるだけ避けたいところだろう。コロナ感染が収束した場合、全米を遊説することになるが、その体力も試される。

また、副大統領候補の人選も重要である。もしバイデンが大統領に当選した場合、2021120日の就任時点で7861日となり、70220日で就任したトランプ大統領を大きく上回る史上最高齢の大統領となる。1期目の任期を終えると82歳だ。高齢であるため、副大統領候補選びは非常に重要であり、大統領に代わって地位を即座に引き継げる人物を選ばないといけない。大統領との距離が「only a heartbeat away(心臓の鼓動一回分の距離しか離れていない。執務不能な状況になれば、その地位を即座に引き継げる)」という副大統領の役割についての形容詞がまさに現実味を帯びるような状況である。 

バイデンへの追い風

課題は多いもののバイデンにとっての強みもある。白人ブルーカラー層に訴えかける気さくさに加え、アフリカ系からの支持も厚い。特に、アフリカ系からの支持については、オバマ前大統領との緊密な関係が大きな強みだ。

オバマ前大統領はこれまで立場上、表立ってはバイデン支持を表明していなかったが、414日に公式に支持を表明した。党が割れるのを防ぐために、サンダースのバイデン支持(413日)を待ったのは明らかだった。オバマ人気はまだ民主党支持者の中で根強い。今後は要所の選挙集会などで一緒にオバマ前大統領が横に立ち、応援演説を繰り返すことが想像される。「オバマ―バイデン」という名コンビが今度は「バイデン―オバマ」という形で再現されるのは、民主党支持者にとってはたまらないだろう。

さらに、新型コロナウイルス感染症の動向がバイデンには追い風になる可能性もある。

感染が収束せず、感染者が増え続ける事態が一定期間続けば、トランプ大統領の信任が問われるためだ。トランプ大統領にとって強みだった好景気は既に過去であり、1929年の大恐慌を超えるような大失業時代を迎えつつある。バイデンにとってはトランプ再選を防ぐ大チャンスかもしれない。一方で今後、感染が収まり、景気も戻っていった場合、「新型コロナを撃退した大統領」として、トランプ大統領再選の目が大きくなるかもしれない。

 「ありえない逆転」を経験したバイデンは、コロナ禍というかつてない環境の中で「例外的な候補者」であるハンディをどう乗り越えることができるのか、大いに注目される。


[1] https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3295

[2] https://www.opensecrets.org/2020-presidential-race/

前嶋 和弘

  • 上智大学総合グローバル学部教授