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【経済論文レビュー】高スキル移民はアメリカのイノベーションにどれだけ貢献したか?
写真提供:GettyImages

【経済論文レビュー第4回】高スキル移民はアメリカのイノベーションにどれだけ貢献したか?

July 31, 2020

「経済論文レビュー」シリーズ第4回では

Bernstein, S., Diamond, R., McQuade, T., & Pousada, B. (2019). The Contribution of High-Skilled Immigrants to Innovation in the United States. https://web.stanford.edu/~diamondr/BDMP_2019_0709.pdf

を取り上げます。 コロナ禍に端を発し、トランプ大統領が高スキル移民[1]向けであるH-1Bビザも含めた外国人労働者に対するビザ発給の差し止めの大統領令を2020年6月22日に発令しました。(https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/proclamation-suspending-entry-aliens-present-risk-u-s-labor-market-following-coronavirus-outbreak ) 米国の失業率が13.3%にまで上昇したことから、国内労働者の保護のための措置である、と説明されていますが、一方で高スキル移民向けビザまで差し止めた場合に、イノベーションへ負の影響を与えることで結果として米国経済に悪影響を与えるのではないかという懸念がテスラCEOのイーロン・マスクなどにより表明されています。(https://twitter.com/elonmusk/status/1275264504725528576 ) 更に、7月6日には米移民税関捜査局(ICE)が留学生ビザで滞在している学生のうち学校の授業がオンラインのみである場合には別の学校に移るか帰国するよう通達を出す( https://www.ice.gov/news/releases/sevp-modifies-temporary-exemptions-nonimmigrant-students-taking-online-courses-during )など、移民に対する風向きが強くなっています。

高スキル移民はこれまで米国のイノベーションにどのような影響を与えてきたのでしょうか。この論文では、1976年から2012年の特許に関するデータを用いて綿密な実証分析を行うことで、高スキル移民のイノベーションへの影響を解き明かしています。本稿では、高スキル移民が米国のイノベーションへ与えた影響として、個人の生産性と、共同研究を通じた他者への影響(外部性)の観点から見ていきます。

要約

  • 高スキル移民がアメリカのイノベーションに与えた影響について、特許のデータベースを用いて実証分析
  • 米国の発明者数のうち高スキル移民の比率は16%であるが、特許件数では22%と生産性が高く、住む場所や分野を柔軟に選択でき、グローバルな発明市場と密接に関わっていることが影響
  • 高スキル移民は異なるバックグラウンドを持つことで新たな知識を他者に伝え、発明のスピルオーバーを促す

高スキル移民のイノベーションへの影響:個人の生産性

この論文では特許データと個人が移民であるかどうかのデータ[2]を用いて、移民が発明家人口の16%を占めており、この16%の発明家が全体の22%程度の特許を創出していることを明らかにしました。移民が質の低い特許を大量に生産しているのではないかとの懸念もありますが、引用件数上位10%の特許に対象を絞っても、そのうち24%の特許を創出しており、質の観点から見ても高スキル移民はイノベーションに大きな貢献をしていることがわかります。

なぜ移民発明家はその人口に対して多くの特許を創出しているのでしょうか。この論文では回帰分析を通じて、高スキル移民はシリコンバレーなどイノベーションが起きている場所に住む傾向があり、これが高スキル移民の高い生産性を説明する要因の一つだとしています。

また、高スキル移民は自国での教育を通じて米国にはない様々なアイデアを持っている可能性があり、それを米国に持ち込み適用することで新たなアイデアを生み出している可能性もあります。この可能性について、この論文では(1)移民発明家は米国人発明家に比べ海外の特許を引用する場合が多く、(2) 移民発明家は特許のうち16%を一人以上の外国人発明家と共同で取得している一方で米国人発明家の場合にはその値は9%に留まり、(3)移民発明家の特許は海外発明家に引用されやすい、という結果が導かれており、高スキル移民がグローバルな発明市場と密接に関わっていることを明らかにしています。

高スキル移民のイノベーションへの影響:外部性

高スキル移民は特許の創出において高い生産性を持つことがわかりました。こちらは個人の発明を評価したものですが、一方で特許の創出に繋がらなくとも他者の生産性を向上させることで間接的にイノベーションに寄与している可能性もあります。この実証分析には工夫が必要です。というのも、ある発明家Aが他の生産性の高い発明家Bと共同で発明を行っていた場合、AとBの両者が発明に関して高い生産性を持っていたとしても、Aが協力することを通じてBに高い生産性をもたらしたのか、それともAの生産性が高いため元々生産性の高いBと共同発明をすることになったのかがわからないためです。

この論文では、発明家が60歳未満で突然死亡した場合に、その人と共同して発明を行っていた発明家の生産性にどのような影響を与えたかを見ることで、発明の生産性との因果関係を特定しています。その分析結果によると、移民発明家が死亡した場合には共同発明家の特許件数が26%減少するものの、移民でない場合にはその影響は9%の減少に留まります。したがって、高スキル移民は個人の生産性のみならず他者へのスピルオーバーの観点からも米国のイノベーションに重要な役割を果たしていることがわかりました。その要因について、高スキル移民が米国人発明家と異なるバックグラウンドを持っていることで、新たな知識を他者に伝えシナジーが起こる可能性が高いためだ、とこの論文は分析しています。

移民政策とイノベーション

高度化した経済において、経済の発展のためにはイノベーションが欠かせません。この論文では、高スキル移民が個人の発明の生産性の高さや他者への影響の大きさを通じて米国のイノベーションに大きな影響を与えたことを示しています。最終的に、この論文では米国のイノベーションのうち高スキル移民の直接的な発明によるものが15%、他者への影響を通じた間接的な影響によるものが23%で、直接・間接を合わせ38%程度の発明が高スキル移民によるものであると計算しています。発明家人口では16%程度である高スキル移民が全体のイノベーションの38%を占めていることから、高スキル移民を受け入れることでイノベーションを通じ新規産業の創出、引いては雇用を純増させている可能性に繋がり、高スキル移民の受け入れについて考える際に重要な要素となるのではないでしょうか。

 

[1] H1-Bビザでは、専門的な職業に携わるもので、その分野において学士以上の学位を持つものが対象となります。

[2] この論文で用いているデータは主に2種類で、米国特許庁の特許データと民間企業Infutorのデータベースの個人データです。前者の特許データは特許の応募時期や認可時期、特許取得者の氏名、その特許が引用している特許などの情報を有しており、この情報からある特許が別の特許にどれだけ引用されているかを計算することができます。またInfutorのデータベースは2.36億人に及ぶ米国在住者の住所や氏名、社会保険番号の最初の5桁が収録されています。 個人が移民かどうかを特定することは一般に非常に困難ですが、この論文では社会保険番号の最初の5桁を用いて、データ上の個人が移民かどうかを判別しています。具体的には、米国生まれの人であれば多くの場合生まれたときに社会保険番号を受け取るのですが、移民は米国に移住したときに受け取ることになります。社会保険番号は最初の5桁にいつ交付されたかの情報を含んでいるため、その個人の年齢と照らし合わせ、20歳以上で社会保険番号を受け取っていることがわかればほぼ確実にその人は移民であると言えます。このような形で特許のデータを個人の住所データと移民であるかという情報と組み合わせることで、実証分析を行っています。

    • 猪野明生/Akio Ino
    • 元東京財団政策研究所リサーチアソシエイト
    • 猪野 明生
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