「疫学」と「マクロ経済学」の視点から ―最新論文に見る感染症対策と経済活動維持の最適解とは―

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「疫学」と「マクロ経済学」の視点から ―最新論文に見る感染症対策と経済活動維持の最適解とは―

昨今の新型コロナウイルスの流行に伴い、日本でも緊急事態宣言が出され(2020525日全面解除)、感染流行を止めるために飲食店や娯楽業などの営業自粛が求められるなど、経済への影響が大きい政策が取られています。感染症の流行を止めることは急務である一方、経済に対しあまりに大きな影響を及ぼす政策が取られてしまえば人々は生活できなくなってしまうため、感染症と経済の両者の観点から政策を考える必要性があります。

このような問題を受け、経済学者により、感染症と経済との関係についての多くの研究がここ数か月の間に行われてきました。本稿では、マクロ経済学の観点から新型コロナウイルスに関して論じている文献のレビューを行います。

SIRモデル

Atkeson (2020) [1]では感染症のモデルとしてSEIRモデルを紹介しています。SEIRモデルはSIRモデルという感染症の基礎的なモデルを拡張したもので、SIRモデルの名前はこのモデルに感受性保持者(Susceptible)、感染者(Infected)、免疫保持者(Recovered)が登場することに由来しています。

SIRモデルにおいて、感染症の拡大は以下のように説明されています。

感染症は、感染者と免疫を持たない感受性保持者が接触することで伝染します。具体的には、初期に感染者が登場し、βの確率で他人と接触します。このとき、既に免疫を保持している人と接触しても感染症は伝播しないため、新規感染者数は β ×(免疫非保持者数)×(感染者数)となります。一方で、既に感染している人はγの確率で回復(あるいは死亡・隔離)し、再び感染症に罹らない免疫保持者となります。

β ×(免疫非保持者数)がγより大きければ、言い換えればβ ×(免疫非保持者数)が新規感染者数より大きければ、新規感染者数が回復者数を上回り感染者数は拡大していきます。新規感染者数が免疫非保持者数に依存していることから、十分大きな人数が免疫保持者となった時点で感染症は収束に向かっていくことになります。なお、β ×(免疫非保持者数)の値はある感染者が平均的に何人にウイルスを感染させるかを示した値となり、基本再生産数と呼ばれます。これに更に社会的距離政策などの感染防止策を考慮したものを実行再生産数と言います。

Atkeson (2020) で紹介されているモデルは、S/I/Rの他に、SIと接触した際に一旦潜伏期間中(Exposed)になり、その後発症するSEIRモデルとなっています。この論文では様々な基本再生産数のもとで感染者数がどのような経路を辿るかを検討しており、その中で、数か月に渡り基本再生産数が1を下回るような政策を取ったとしても、その政策を緩めた後で再度感染拡大が起こるような結果が導かれています。

Berger et al. (2020)[2] ではSEIRモデルに検査と隔離を導入しています。通常のSEIRモデルでは感染症に感染した人々は隔離されることなく行動し感受性保持者と接触することで感染症を伝染させます。この論文では、検査がなくロックダウンのような形で全人口を隔離する政策と、検査により陰性者を一定の率で外していく政策を比較しています。彼らの計算によると、検査と隔離政策により死亡者数を増やすことなく陰性者数の隔離率を20%削減できると結論付けています。ただし、この論文では検査により確実に感染状態が確定できるとしており、偽陰性・偽陽性の問題を排除しているため、その点について留意が必要です。

経済モデルと感染症

前節で取り上げたSIRモデルはあくまで疫学のモデルであり、感染症の伝播が感染者の数または健康な人の数の増加に比例して速度を上げるという想定が置かれています。しかし現実には、人々は社会の感染拡大状況によって自身の行動をコントロールするはずです。例えば、感染者が非常に多い状況の中では外出を控えたり、逆に感染者が少なければ外出時間を長くしたりするでしょう。従って、単純なSIRモデルが示唆するメカニカルな感染者数の推移は、現実に起こる感染状況を十分に描写しているとは言えません。事実、後述のFarboodi et al. (2020)[3]では単純なSIRモデルでは実際のデータで示される数百倍の速さで感染が拡大しうるとの結果を導いてしまうことが確認されています。従って、人々自身が社会の状況に応じて行動を変えるという経済学の視点を取り入れることが実社会の分析を行うにあたっては必要です。こうした視点はまた、感染症を防ぐためにロックダウンや自粛などの手段を取れば当然経済に対し影響を与えることからも重要と言えます。

以下では経済モデルに感染症のモデルを適用した研究について取り上げます。 

外部性としての感染症

Eichenbaum et al. (2020a)[4] は、経済モデルにSIRモデルを取り入れた研究の先駆けです。彼らのモデルでは、人々は労働供給の対価として得る所得を元手に消費を行うことにより生活における幸福(効用)を得ますが、労働や消費といった経済活動はウイルスに感染するリスクを伴います。具体的には、健康な人の労働・消費の規模と感染者の労働・消費の規模に応じて感染確率が上昇します。この設定によって、人々が自分自身の幸福度を最大化するように労働供給と消費の量をコントロールする(ミクロ的基礎付けのある)マクロ経済学モデルにSIRモデルが組み込まれます。その結果、感染確率は固定的なものではなく人々自身による行動のコントロールの影響を受ける変数として記述されます。

こうしてこの論文では感染確率が人々の行動によって(内生的に)変化しうる状況を描いていますが、その意義は、人々の行動が感染状況を悪化させること(負の外部性)を指摘し、政府が適切な政策を実行することによって人々の行動が是正され、政策が無い場合と比較して人々の幸福度の総和が高められる(厚生改善の余地がある)ことを示している点にあるといえます。すなわち、このモデルでは人々は自身の経済活動をコントロールすることによって効用を最大化しますが、社会の感染状況を所与としており、自身が活動することが社会の活動規模、ひいては感染確率を高めるという効果を認識していません。その結果各人は社会的に望ましいレベルを超えて経済活動を行い、感染拡大を招いているのです。ちなみに、こうした外部性が生む経済損失は、感染者の死亡確率が感染者の増加に従って高まる、という医療崩壊を念頭に置いた設定を付け加えるとさらに増加します。そのため、経済活動をさらに抑制する必要性が生まれます。

Farboodi et al. (2020) Jones et al. (2020)[5] もこの論文と同様の設定をおいて、各人の経済活動が感染症拡大と医療崩壊に及ぼす外部性を考察しています。

Farboodi et al. (2020) は消費・労働など内容を区別しない一般的な経済活動を変数とした連続時間のモデルを構築しています。またEichenbaum et al. (2020a) が消費に課される税を政策変数としているのに対し、このモデルでは政府が経済活動のレベルを直接コントロールすることによって最適政策を実現する設定を置いています。

Jones et al. (2020) では、家計が死によって被る不効用が想定されています。そしてこの不効用が十分に大きい場合、自身が感染するリスクが高まると予見されている状況下では、将来感染するよりも現在感染したほうがましであるという刹那的なバイアスが生まれて感染リスクのある経済活動が動機づけられるとしています。この刹那的なバイアスとそこから生じる外部性は、医療崩壊が懸念される状況下ではさらに強まることが示されています。

感染症の異質性

基本的なSIRモデルでは、重症化率や死亡率がすべての人について一定であると仮定しています。しかしながら、データにおいては高齢者や基礎疾患保有者ほど重症化リスクが高いなど、新型コロナウイルスが与える影響に大きな差異があることが明らかになってきました。この事実を踏まえ、以下では感染症に対する異質性を考慮した論文を取り上げます。

Glover et al. (2020) [6]では、個々人への影響が年齢と働く部門(必需品と奢侈品〔しゃしひん〕)、健康状態により異なるような感染症における経済モデルを構築しています。このモデルでは健康状態として無症状者(asymptotic)が登場します。この人々は無症状であるがゆえに働きに出ることができますが、無意識にウイルスを拡散してしまいます。彼らのモデルでは感染症は働く場や消費の場、家庭、病院でそれぞれ起こりえるようになっており、それぞれ異なる感染率βを持つこととなっています。政府は必需品以外の部門で働く労働者のうち一定の割合を自宅待機とすることにより感染リスクを下げることができますが、そうすることで労働時間が減少し、生産量は下がってしまいます。一方で、感染症の拡大により死亡者が増加することで統計的生命価値(生命の価値を、死亡確率を減らすために支払ってもよいと人々が考える額で測ったもの)が失われることとなります。

この論文ではパラメータを現実のデータと合うよう設定した上で様々な政策のもとでの社会的厚生(人々が消費から得る幸福度〔効用〕や生命の価値をまとめた、その経済の望ましさの指標)を計算し、何もしない場合と比べて、ロックダウンが各年代の人々にどのような影響を与えたかを考察しています。その結果として、ロックダウンは老年世代の社会的厚生に正の影響を与えるものの、若年世代の社会的厚生に対しては、必需品部門で働く人々に対しては0に近いが小さな正の影響を、奢侈品部門で働く人々には負の影響をもたらすことを明らかにしました。これは、老年世代は重症化率や死亡率が高く、ロックダウンにより感染者数を抑えることで家庭内や買物による感染リスクを逓減でき、社会的厚生に正の影響を受けるためです。一方で、若年世代もロックダウンにより感染リスクや死亡リスクを下げられるものの、その影響は老年世代より小さく、奢侈品部門で働く人々はロックダウンにより働けなくなり消費が減ってしまうため、社会的厚生にも負の影響を与えています。また、このモデルの含意として、奢侈品部門を6月末まで25%程度ロックダウンし、その後2020年末までに徐々に再開していくことが最適な政策であるという結論が得られています。

Acemoglu et al. (2020)[7] では同様に異質性のあるSEIRモデルを構築し、リスクの高い高齢者グループに絞ってロックダウンを行う政策が最適であると論じています。彼らのモデルでは Glover et al.(2020)同様に年齢による重症率の違いなどの異質性を考慮していますが、政策的インプリケーションの観点から大きく異なるのは年齢グループごとのロックダウン政策を考察している点です。

この論文のシミュレーションでは、全人口に同じロックダウンを行う政策では、死者数を0.2%以下に抑えるにはGDPに換算して37.3%程度の経済的コストを支払う必要がありますが、高齢者のみに対するロックダウンを行う場合には経済的コストはGDP換算で24.9%程度に抑えることができるという結果が得られています。

感染症に関する異質性を考慮した上で、政府によるロックダウンではなく自主的な隔離を取り入れたものとしてAum et al.(2020) [8]があります。このモデルでは、人々は感染症に罹患する確率が高い場合には職場で働くことにより感染症の恐怖により幸福度が減る(不効用)ことになり、感染リスクが高い場合にはテレワークによる自主隔離を行うようになります。このようなモデルでは、シミュレーションにより、経済と感染症の明確なトレードオフは存在しないという結果が得られています。そのメカニズムは、もし短期間のロックダウンのみで感染症を放置してしまうと、一時的にGDPは増加するものの、感染症が拡大することで死亡者は増加し、感染を恐れた人々は自主的に(職場と比べて生産性の低い)テレワークに移行し、結果としてGDPが下がってしまいます。十分な期間のロックダウンを行うことで、感染症拡散を防ぎつつ人々が感染リスクを感じなくなれば、職場で働くことができるようになり、GDPは上昇します。また、テレワークに移行するデメリットは生産性の低いセクターほど大きく、それゆえに感染症対策が不十分な場合には最も大きな損失を受けることになります。

最適政策

Holtemöller (2020) [9]ではマクロ経済学の基本的なモデルである、資本蓄積と技術による経済成長を記述したソローモデルにSIRモデルを統合したモデルを構築し、最適な政策について分析を行っています。このモデルでは感染症による影響は労働時間を減らすことのみであり、上記でとりあげたような経済から感染症へのフィードバック(消費や労働による感染症拡大など)がないシンプルなモデルですが、その分ロックダウンと検査・隔離政策のトレードオフを分析することが可能になっています。

ロックダウンは人々の接触を減らし感染者数を減らすことができますが、同時に働きに出ることができなくなるため労働時間の減少を通じて生産量を減らしてしまいます。検査と隔離政策では検査費用がかかり、感染してから隔離する形であるためロックダウンに比べて死者数を減らす効果は薄いですが、隔離された人以外は通常通り働くことができ経済へのダメージが少ないという利点があります。

この論文のシミュレーション結果では、全ての人に検査をする、あるいは完全に市中をロックダウンすることが不可能な場合には、180日間のロックダウンを行い、その後検査と隔離に切り替えることで死者数を0.007%に抑えつつGDPの減少幅を2.3%に留めることができると結論付けられています。

Alvalez et al. (2020)[10] では、ロックダウンにより失われる経済的価値と死者数を最小化する形での最適化問題としての定式化を行っています。初期に1%の感染者が存在するという設定のもとで、最初の約1か月間に60%程度の人々を対象にしたロックダウンを実施し、その後4か月程度段階的にロックダウンを緩めていくことが最適な政策であると論じています。

Eichenbaun et al.(2020b)[11] では、「外部性としての感染症」の節で取り上げた経済活動が感染症に影響を与えるEichenbaum et al.(2020a) のモデルを基礎に検査政策の効果を分析しています。このモデルでは、人々は自身の感染状態を完全には知ることができず、検査により感染状態を確定できると仮定しています。この論文では、隔離を伴わずに検査を実施した場合、感染していると確定した感染者はこれ以上感染するリスクがないため外出を続け普段通りに消費を行うのに対し、まだ免疫を持たない非感染者は感染者が市中に出回っているため消費を大きく減らします。この結果、消費は全体として大きく落ち込み、一方で感染者が自由に出歩いているため感染自体は増え、最終的な死者数も検査を全くしない場合に比べて大きくなります。

全数検査に代わるものとして、この論文では人口を毎週検査するグループとそうでないグループに分け、毎週検査をしないグループの人の2%を検査グループに移していく政策を考察しています。感染し回復した人々は検査グループから抜けていき、一年後には全人口の38%程度が毎週検査をする、というような政策になります。この政策の下では、陽性であった場合には隔離し買い物や仕事のための外出を禁止し、その間政府による補償を行います。市中に感染者が少なくなるため非感染者も消費を減らす必要が少なく、全く検査を行わない状況に比べ不況の大きさを半分程度に収めることができ、かつ感染を抑え死者数を減らすことができるようになります。

今後の研究

ここまで、経済学者によって行われた、感染症とマクロ経済学に関する研究について見てきました。それでは、今後の研究の方向性としてどのようなものが考えられるでしょうか。本稿で取り上げた数理モデルを用いた研究の結論は、当然のことながらモデルのパラメータに依存するものです。しかしながら、感染者数については無症状者も存在するなど把握が難しく、パラメータを正確に推定することは困難です(Manski and Molinari(2020)[12])。ある特定のパラメータでの最適な政策を考えるより、その政策がどれだけ広範なパラメータの元でよい結果をもたらすかを分析していくことが肝心ではないでしょうか。また、本稿でとりあげた論文では、検査により100%感染しているかどうか見分けることができるなど、強い仮定が置かれています。このような仮定を緩め、より現実に近い政策のシミュレーションを行うことで目下の新型コロナに関する政策に貢献できるのではないかと考えます。

 

■本稿で取り上げた論文リスト

[1] Atkeson, A. (2020). What will be the economic impact of covid-19 in the us? rough estimates of disease scenarios (No. w26867). National Bureau of Economic Research.

https://www.nber.org/papers/w26867

[2] Berger, D. W., Herkenhoff, K. F., & Mongey, S. (2020). An SEIR infectious disease model with testing and conditional quarantine (No. w26901). National Bureau of Economic Research https://www.nber.org/papers/w26901

[3] Farboodi, M., Jarosch, G., & Shimer, R. (2020). Internal and external effects of social distancing in a pandemic (No. w27059). National Bureau of Economic Research.

https://www.nber.org/papers/w27059

[4] Eichenbaum, M. S., Rebelo, S., & Trabandt, M. (2020a). The macroeconomics of epidemics (No. w26882). National Bureau of Economic Research.

https://www.nber.org/papers/w26882

[5] Jones, C. J., Philippon, T., & Venkateswaran, V. (2020). Optimal mitigation policies in a pandemic: Social distancing and working from home (No. w26984). National Bureau of Economic Research.

https://www.nber.org/papers/w27340

[6] Glover, A., Heathcote, J., Krueger, D., & Ríos-Rull, J. V. (2020). Health versus wealth: On the distributional effects of controlling a pandemic (No. w27046). National Bureau of Economic Research.

https://www.nber.org/papers/w27046

[7] Acemoglu, D., Chernozhukov, V., Werning, I., & Whinston, M. D. (2020). A multi-risk SIR model with optimally targeted lockdown (No. w27102). National Bureau of Economic Research.

https://www.nber.org/papers/w27102

[8] Aum, S., Lee, S. Y. T., & Shin, Y. (2020). Inequality of Fear and Self-Quarantine: Is There a Trade-off between GDP and Public Health? (No. w27100). National Bureau of Economic Research.

https://www.nber.org/papers/w27100

[9] Holtemöller, Oliver. (2020) Integrated assessment of epidemic and economic dynamics, IWH Discussion Papers 4/2020, Halle Institute for Economic Research (IWH).

https://www.econstor.eu/bitstream/10419/215895/1/1694465632.pdf

[10] Alvarez, F. E., Argente, D., & Lippi, F. (2020). A simple planning problem for covid-19 lockdown (No. w26981). National Bureau of Economic Research.

https://www.nber.org/papers/w26981

[11] Eichenbaum, M. S., Rebelo, S., & Trabandt, M. (2020b). The Macroeconomics of Testing and Quarantining (No. w27104). National Bureau of Economic Research.

https://www.nber.org/papers/w27104

[12] Manski, C. F., & Molinari, F. (2020). Estimating the COVID-19 infection rate: Anatomy of an inference problem. Journal of Econometrics.

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0304407620301676

 

猪野明生/Akio Ino

猪野 明生

  • リサーチアシスタント

研究分野・主な関心領域

  • マクロ経済学
  • 財政政策
  • 銀行論
  • 定量的マクロ経済学(異質的エージェントモデル)

研究ユニット

経済政策・経済思想ユニット

千葉 安佐子/Asako Chiba

千葉 安佐子

  • 東京財団政策研究ポスト・ドクトラル・フェロー

研究分野・主な関心領域

  • マクロ金融理論
  • 金融危機
  • ネットワークモデル

研究ユニット

経済政策・経済思想ユニット