【書評】フォルカー・ヴァイス『ドイツの新右翼』(新泉社、2019年)、『エリートたちの反撃』(新泉社、2020年)

長野 晃(慶應義塾大学法学部非常勤講師)

 

AfD(「ドイツのための選択肢」)の躍進などでドイツの右翼運動が注目を集めてから、すでに数年が経過した。にもかかわらず、このような右翼運動の思想的基盤や、それを支える知識人ネットワークに関する情報は、日本ではいまだ限られている。そのような欠乏を埋めるべく、思想史研究者フォルカー・ヴァイス(Volker Weiß, 1972-)の二つの作品、『ドイツの新右翼』と『エリートたちの反撃』が近年相次いで邦訳された。以下、原著の公刊順に両作品の骨子を紹介した上で、ヴァイスの議論がポピュリズム研究にとって有する意義を論じてみたい。

「没落文学」の系譜
新右翼の潮流
アイデンティティ・夕べの国・空間
「権威主義的ポピュリズム」の可能性

「没落文学」の系譜 

2011年に原著が公刊された『エリートたちの反撃』は、その前年に発生し、ドイツ中で議論を巻き起こした「ザラツィン論争」を導きの糸とする。元ベルリン州財務大臣にしてドイツ連邦銀行理事を務めていたティロ・ザラツィンは、2010年の著作『ドイツは自滅する』において新たなエリートの再生を求めると共に、移民への公的扶助を攻撃した。従来の福祉政策を続けるならばドイツの没落は避け難いというザラツィンの発言は、メディアに積極的に露出してタブー破りを装うその姿勢も相まって、擁護と批判の激烈な応酬を引き起こした(第1章)。

このようなザラツィンの立場に何がしかの独自性はあるのだろうか。それは過去の右翼思想の焼き直しに過ぎないのではないか。この問いに対して、ドイツの没落に警鐘を鳴らす過去の「没落文学」の思想史を辿り直すことで、ドイツ思想を貫く連続的系譜を描き出そうと試みたのが『エリートたちの反撃』である。

「没落文学」の出発点は、20世紀前半の一連の反民主主義論に求められる。「夕べの国」(西洋)の没落を文化的に論じたオスヴァルト・シュペングラーの議論は、優生学を用いて「劣等者」の支配を克服しようとしたエドガー・ユリウス・ユングを経て、戦後民主主義を批判した保守的文筆家のフリードリヒ・ジーブルクに受け継がれた。オルテガの反大衆論が流行する中、哲学者アルノルト・ゲーレンは「道徳主義」に汚染された戦後ドイツを糾弾し、自由の内に退廃の原因を見て取った(第2章)。

これらの議論を継承した保守主義者たちは、1970年代末以降急進化していく。彼らはシンクタンク「ヴァイカースハイム研究センター」を設立し、「68年世代」に対抗しつつ右派的な歴史解釈を普及させ、ドイツ国民の「精神的・道徳的再生」を求めた。このような「自覚ある国民」を求めた者たちの中には、東西ドイツ統一後に右派的なエッセイを公表した作家ボート・シュトラウスや、敗戦によって失われたドイツ人の国民的アイデンティティを映画の中で繰り返し描き出したハンス=ユルゲン・ジーバーベルクが含まれている(第3章)。そして近年では、平等主義的な大衆を生み出した近代国家を全面的に拒絶し、「人間工学」によるその克服を説く哲学者ペーター・スローターダイクの議論が、新右翼の間で人気を博している(第4章)。

本書後半部では、以上のようなエリート主義の系譜に共通して見られる特徴が浮き彫りにされる。すなわち、政治化して文明を破壊する「大衆」に対抗しうる新たな「エリート」を求める発想(第5章)、「優秀者」の人口減少と「劣等者」の人口増加を人為的に食い止めようとする志向(第6章)、「犠牲者」を演じつつ、「政治的正しさ」を振り回す「善意の人」による「言論封殺」に抗する「パルチザン」を装う姿勢(第7章)、がそれである。

このような特徴はザラツィンの議論にもそのまま受け継がれており、その意味でザラツィンの主張に新しさはない。注目すべきはむしろ、保守主義とは相容れない社会民主主義的政策を唱えるザラツィンまでもが、人種主義的優生学を利用し、「没落の予言者」として右翼から喝采を浴びている事態である。かくしてヴァイスは、伝統的な右翼の議論が社会全体に広がってきているとし、新右翼の勢力拡大に警鐘を鳴らすのである(第8章)。 

新右翼の潮流 

『エリートたちの反撃』公刊後の2013年にはAfDが結成され、さらにその翌年には反移民を掲げる「夕べの国のイスラーム化に反対する愛国的ヨーロッパ人」(Pegida)の運動が高まりを見せるなど、ドイツの右翼運動は新たな展開を見せた。このような事態に直面し、新右翼運動の思想的基盤をいっそう深く解明しようと試みたのが、2017年に原著が公刊された『ドイツの新右翼』である。

同書の冒頭では、ドイツの新右翼がイスラームに対して懐く「奇妙な連帯意識」の存在が議論の俎上に載せられる。201210月にベルリンで開催された「ツヴィッシェンターク」において、右翼イデオローグのカールハインツ・ヴァイスマンは、イスラーム嫌悪を露にするミヒャエル・シュテュルツェンベルガーに対し、「夕べの国」の没落の原因はイスラームではなく己自身の頽廃にあると言って喝采を浴びたのである。

それでは、このようにイスラームにも通ずるような「権威主義的な保守主義」を奉ずるドイツ右翼の起源はどこに求められるべきか。ヴァイスは、新右翼を「68年の運動」に対抗する右翼の近代化運動とするテーゼの限界を指摘しつつ、過去へと遡っていく(第1章)。

かくして物語は、一人のスイス出身の思想家、『ドイツにおける保守革命』の著者アルミン・モーラーから始まる。同書においてモーラーは、「保守革命」なる概念を編み出し、国民社会主義(ナチズム)から区別されるべきドイツ右翼の「伝統」を作り出した。その後のモーラーは、様々な右翼知識人団体と関わりを持ち、体制に順応した保守主義を攻撃し続けた(第2章)。

この流れを汲む右翼たちは、80年代においては体制派の保守主義勢力とも共闘していたが、次第にそこから離れ、反体制派右翼の結集に向かう。その際に大きな役割を果たしたのが、ディーター・シュタインを編集長とする新聞『若き自由』や、前述のヴァイスマンやゲッツ・クビチェクが創設した「国家政治研究所」とその雑誌『独立』、さらにはアンタイオス書店といった右翼ジャーナリズムであった。だがAfDの結党後は、その評価をめぐって路線対立が顕在化し、『若き自由』と『独立』は決裂に至る(第3章)。 

アイデンティティ・夕べの国・空間

 続いてヴァイスは、新右翼の「挑発」行動に照準を合わせる。まず取り上げられるのは、反移民・反難民を掲げ、2016年に「ブランデンブルク門占拠事件」を引き起こした「アイデンティティ運動」である。ドイツのアイデンティティ運動は、フランスやオーストリアの活動家と連携しつつ、デジタルメディアやポップカルチャーを駆使して「民族文化」の保持を訴える。だがヴァイスに言わせれば、この運動に見られる「英雄的民族主義」は、どれほどハイデガー哲学の専門用語で粉飾されようと、旧来の右翼思想の焼き直しに過ぎない(第4章)。

加えてこのような挑発行動それ自体が、新右翼のそれ以前の運動と大差ないものである。例えば、クビチェクらが2008年から行った挑発的パフォーマンスであり、68年運動を真似た「保守‐破壊的行動」も、同種の宣伝活動であった。さらに遡れば、左翼からの転向組であり、カール・シュミットの論文集を編纂したことでも知られるギュンター・マシュケの存在が浮かび上がる。このようなスキャンダル路線は実のところ、新右翼に連綿と受け継がれているのである(第5章)。

それでは、これら新右翼の運動を理解する上で鍵となるのは何か。ヴァイスは、2014年にドレスデンでデモを起こして注目を集めたPegidaの成功を振り返った後(第6章)、この名称にも含まれている「夕べの国(Abendland)」なる概念の解明に向かう。この概念は、元来ローマ・カトリック的な含意を有するが、第一次世界大戦後に反ボルシェヴィズム的用法のもとで復活し、冷戦下でも盛んに用いられた。そして今日では、キリスト教的性格を完全に失い、移民の脅威を喧伝する「闘争概念」となっている、というのである(第7章)。

このような新右翼の発想の根底には、独特の「空間(Raum)」概念がある。新右翼は、普遍主義的な干渉から「民族」を守ろうとするカール・シュミットの地政学(「大圏域」論)を継承した。そして彼らは、同じくシュミットの継承者であるロシアの右翼思想家アレクサンドル・ドゥーギンの「ユーラシア主義」にも共鳴しつつ、権威主義的なロシアとの連帯を志向する。その際、新右翼にとっての「絶対的な敵」となるのが、リベラリズムとも同一視される普遍主義的な「アメリカニズム」である。これに対してイスラームは「現実の敵」ではあるが、新右翼と権威主義的な世界観を共有する。このような新右翼の行き着く果ては、アメリカの一部の右翼に見られるような「野蛮主義」に他ならない(第8章)。

最後に問われるのは、新右翼の躍進に対する左翼の責任である。ヴァイスによれば、今日のリベラルは、「イスラーム嫌悪」に陥っているとみなされることを恐れるあまり、イスラーム原理主義に対する批判を差し控えてしまう。だがこのような姿勢は、移民排斥を唱える新右翼の人気を高めるだけである。かくしてヴァイスは、左翼は啓蒙の遺産を継承し、権威主義と粘り強く戦うべきだと訴えるのである(第9章)。 

「権威主義的ポピュリズム」の可能性

 以上のヴァイスの議論は、ドイツの新右翼におけるエリート主義とポピュリズムの両立を指摘する点できわめて興味深い。『エリートたちの反撃』では、自らのエリート主義を隠さないザラツィンがメディアを通じて大衆に積極的に語りかけ、下層階級の熱狂的な支持を受ける様子が描き出される。このような下層階級は、潜在的にはザラツィンの攻撃対象に過ぎない。にもかかわらず彼らは、移民を排撃してくれるエリートに期待をかける。そこに見られるのは、『ドイツの新右翼』に登場する言葉を用いるならば、一種の「権威主義的ポピュリズム」に他ならない。

ポピュリストは通常、反エリート主義的な言説に訴える。自らが「汚れなき人民」の代表者を演じるためである。だが見落とされるべきでないのは、大衆が熱狂的に支持するのは必ずしも反エリート主義に限られない、ということではないか。主張の内容(例えば移民排撃)次第では、あからさまなエリート主義に喝采が送られることもありうる。「新たなエリート」を求める新右翼たちの言説を粘り強く分析し続けるヴァイスの研究が、ポピュリズム研究にとっても無視しえない所以である。

 

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  • ポピュリズム国際歴史比較研究会メンバー/慶應義塾大学法学部非常勤講師