【書評】水島治郎『ポピュリズムとは何か――民主主義の敵か、改革の希望か』(中公新書、2016)

藤山 一樹(大阪大学大学院言語文化研究科講師)

 

本書は、これまで主にオランダ政治の分析を通じ、福祉国家やネオ・コーポラティズム、キリスト教民主主義といった戦後ヨーロッパ政治の中心的テーマに取り組んできた著者が、理論・歴史・比較のアプローチを組み合わせて、ポピュリズムという「現代世界で最も顕著な政治現象」(p. iii)を総合的に論じた一冊である。以下、各章の主な議論を概観した後、本書の読みどころや特色を紹介したい。

主な章立ては、次の通りである。「第1章 ポピュリズムとは何か」、「第2章 解放の論理——南北アメリカにおける誕生と発展」、「第3章 抑圧の論理——ヨーロッパ極右政党の変貌」、「第4章 リベラルゆえの『反イスラム』——環境・福祉先進国の葛藤」、「第5章 国民投票のパラドクス——スイスは『理想の国』か」、「第6章 イギリスのEU離脱——『置き去りにされた』人々の逆転劇」、「第7章 グローバル化するポピュリズム」。

政治運動としてのポピュリズム
解放と抑圧のダイナミズム
リベラル・デモクラシーの表と裏
落伍者たちの叫び
多面性に光を当てる
小国への視線の先にあるもの

政治運動としてのポピュリズム

第1章では、事例分析に入る前の準備として、ポピュリズム概念の定義とともに、先進国共通の政治体制であるデモクラシーとポピュリズムの連関が論じられる。

著者はポピュリズムを、人民の立場から既成政治を批判し、その変革を実現しようとする「下からの」政治運動と定義する。先行研究にはもう一つ、指導者が国民に直接かつ幅広く訴える「上からの」政治手法とする見方もあるが、現実を把握する枠組みとしては前者がより適切と考えられる。いずれにせよポピュリズムの根底には、健全な人民と腐敗したエリートの対立として社会を捉える二元論的世界観がある(pp. 8-11)。

現代のポピュリズムの多くは、デモクラシーという政治体制を必ずしも否定はせず、その中の代表という側面を集中的に批判する。人民の代理人たるエリートが人民の利益を蔑ろにして本来の役割を果たしていないという不満から、人民主権や多数決を擁護し、有権者の声をより直接的に政治に反映せよと主張するのである(pp. 15-18)。 

解放と抑圧のダイナミズム

第2章は、ポピュリズムの源流を西半球に求め、19世紀末から第二次世界大戦後の南北アメリカに生じた、政治・経済・社会をめぐる解放のダイナミズムを浮き彫りにする。

政治運動としてのポピュリズムの歴史は、19世紀末のアメリカ合衆国でエリートの既得権益に挑戦した人民党に始まるが、ポピュリズムが変革の実績を残した最初の例は、1930年代以降のラテンアメリカ諸国である。たとえば、植民地時代からの構造的格差が大恐慌でさらに拡大したアルゼンチンには、人民の政治参加と再配分の強化を掲げたポピュリズムが登場し、第二次世界大戦後における同国の発展の原動力となった(pp. 30-39)。

軍人政治家のペロンは大統領として戦後の約10年間に、労働者の雇用条件の改善から輸入代替工業化による国内産業の発展、さらには市場介入を通じた大衆消費社会の創出を成し遂げた。主たるターゲットの都市労働者だけでなく、中間層や女性、子供までが豊かさを享受した結果、ペロンは妻エビータの人気も相まって国民から広い支持を集めたものの、やがて軍のクーデタにより失脚する(pp. 41-56)。

第3章では、デモクラシーが定着したはずの現代ヨーロッパでポピュリズムが隆盛した政治および社会的文脈に迫る。

現代ヨーロッパにおけるポピュリズム政党の叢生は、過去30年間に進んだ既成政党の同質化、中間団体の衰退、そしてグローバル化による格差拡大を背景とする。冷戦終結と欧州統合の進展を受けて、主要政党は右も左も規制緩和や統合推進を目標とし、それらに反発する人々の政治的受け皿は減少した。また経済発展に伴い人々の生活様式も変化したことで、労働組合や各種職能団体の組織力が低下し、彼らを支持母体とする既成政党の集票力も弱体化した。

ヨーロッパで既存の社会集団が人民の代表としての性質を大きく失う中、脱工業化や経済のサービス化を支える不安定雇用は増大するばかりだった。資本も労働も国境を軽々と超える時代に、非熟練労働者の社会経済的な不満をすくい取る必要性はますます高まっていったのである(pp. 61-68)。 

リベラル・デモクラシーの表と裏

第4章は、リベラルな価値を重んじるがゆえに国民の一部を排除しようとするポピュリズムを俎上に載せる。事例となるのは、福祉や環境をめぐって先駆的政策を実現する傍ら、移民・難民の規制は厳格化の一途をたどるデンマークとオランダである。

オランダ政府は戦後長らく貴重な労働力として移民の受入れに寛容であり、多文化主義に根差した教育政策や福祉サービスへのアクセス拡大にも前向きだった。ところが21世紀に入ると、イスラーム移民の排斥を掲げるウィルデルスが国民の支持を集め、政府の移民政策は厳格化した。

ウィルデルスは自由や人権、福祉といったリベラルな価値を全面的に承認している。だからこそ彼は、宗教上の理由から言論を制約したり女性を差別したりする不寛容な存在としてイスラーム移民を非難するのである(pp. 118-129)。

第5章は、デモクラシー、とりわけ直接民主主義が排外的なポピュリズムに貢献しうることを、国民投票が政治生活に他国より深く埋め込まれているスイスを手がかりに論証する。

元々カントンという高度な自治権を持った行政単位(州に相当)の連合体から統一国家へと発展したスイスには、中央政府に対する州の自律を保証するものとして、複数の国民投票が制度化されている。第二次大戦後のスイスにはプロテスタントの自由主義派を中心に、カトリックや農村、労組などを政治過程に取り込んだ「協調民主主義」が根付いていた。

しかし既存政党の求心力が低下する中で経済が停滞し始めると、格差の顕在化と併せて都市部における移民の存在が問題視される。すると、それまで政界で目立つことのなかった国民党がブロッハー率いる党内右派に導かれる形で、国内では移民排斥、対外的には孤立主義のポピュリズムを展開し、1990年代から無党派層を中心に支持を拡大していった。そして同党は国民投票制度を活用し、EUや国連平和維持活動への参加反対、移民の割当制導入、ミナレット建設禁止などを次々と実現させていく(pp. 140-155)。 

落伍者たちの叫び

第6章では、ブレグジットが現実化する契機となった2016年イギリス国民投票に際し、EU離脱キャンペーンの台風の目となったイギリス独立党(UKIP)とその支持者に焦点を当てる。

UKIP人気の高揚、そして2016年イギリス国民投票におけるEU離脱派の勝利には、グローバル化からも二大政党からも「置き去りにされた」人々の貢献が大きい。その中核を占めるのは、イングランドの中部・北部で石炭や鉄鋼、繊維産業に従事する、白人・低学歴・低賃金の中高年労働者だ。彼らは重工業からサービス・金融業へ、白人中心から多民族共存へという第二次大戦後の趨勢にうまく適応できず、相対的に悪化した雇用や生活環境だけでなく、東欧諸国からの移民やイスラーム教徒、LGBTといった異質な他者の存在にも不満を募らせていた。

ところが、既成政党は追い詰められた労働者の苦境を直視しなかった。とりわけブレア率いる労働党は、大都市の中間層を取り込むために政策の中道化を志向し、むしろグローバル化の流れに棹差す構えを見せたのである。ファラージ率いるUKIPが狙いを定めたのは、信頼の置ける代表者を失ったこのような人々であった(pp. 173-178)。

第7章はアメリカや日本など、ヨーロッパを越えた世界のポピュリズムの動向を概観した後、締めくくりにポピュリズムの理論的な把握を試みる。

これまでの事例分析を踏まえると、ポピュリズムには大きく二つの類型を見出すことができる。一つは、ラテンアメリカに見られる「解放」志向のポピュリズムだ。富の再分配が十分に制度化されていない国のポピュリズムは、圧倒的な経済格差を背景に資本家と政治エリートを批判し、産業の国有化をはじめとする公共部門の拡大や、拡張財政を通じて労働者の福利を向上させる社会政策が目指される。

もう一つは、ヨーロッパに見られる「抑圧」志向のポピュリズムである。深刻な格差が存在する一方で福祉国家がすでに発達し、再分配がともかくも制度化されている国のポピュリズムは、政治エリートに加えて生活保護受給者や移民・難民など、国家の諸制度から利益を不当に貪っていると見られる既得権益層に批判の矛先が向けられる(pp. 215-218)。

最後に現代ポピュリズムをめぐる論点として、リベラル・デモクラシーとの論理的な親和性、政治運動としての持続性、そして既成政治への積極的貢献の可能性が提示される(pp. 221-230)。 

多面性に光を当てる

本書を手にした読者は、まずもってポピュリズムという政治現象の多面性に目を奪われるだろう。現代のポピュリストは、西洋が長い時間をかけて育んできたリベラルな価値やデモクラシーの原理を否定するどころか、それらをむしろ積極的な根拠として現状に挑む。

たとえば第3章で紹介されるベルギーのポピュリズム政党・VB(フラームス・ベラング)は、北部オランダ語圏フランデレンの独立とともに排外主義や反イスラームを唱えるが、彼らはあからさまな人種的偏見よりも、男女平等や政教分離といった普遍的価値に重きを置いて移民流入に反対するのである。

さらに著者が論じるように、VBの攻撃的な言動は言論の自由を委縮させたとの指摘がある一方、同党の躍進を恐れた主要政党が改革に努めた事実から、VBはベルギーのデモクラシー活性化に間接的ながら寄与したとの評価もある。

市民の参加するデモクラシーは良いもので、大衆に迎合するポピュリズムは悪いもの、といった単純な構図を当てはめるには、現実はあまりに錯綜している。

ポピュリズムの多面性は、国民投票という制度をめぐっても浮かび上がる。議会政治や代表制といった従来の政治のあり方に否定的なポピュリズムは、人民の意思を政治に反映させる手段として国民投票を好む傾向にある。

なるほど主要政党が人々の要求の受け皿として機能しない状況では、ポピュリズムが国民投票という議会政治の迂回路を通じて人民全体の福利を増進することはありうる。しかし、排外的なポピュリズムが幅広い支持を獲得した状況では、いくら政治家がブレーキをかけようとしても、国民投票で示された民意を政府が無視することはできず、人民の権利や自由を奪うかもしれない。

自由、人権、平等、人民主権——。現代の先進国を支えている基本概念には、異なる属性の人々を包摂する可能性と同じように、異なる属性に応じて社会を切断する可能性も含まれることを、本書はヨーロッパからラテンアメリカに至る豊富な事例を通じて鮮やかに論じている。

小国への視線の先にあるもの

豊富な事例といえば、西欧の小国に向けられた視線の熱さが、本書のもう一つの特色である。ポピュリズムという言葉を聞くと、アメリカのトランプ旋風やイギリスのEU離脱を思い出す向きは少なくないはずだ。

ところが本書は、国際ニュースでさほど多く報じられることがないベルギーやオランダ、オーストリア、デンマーク、スイスといった国々について、ポピュリズムの動向はもちろん、それぞれの歴史や固有の社会問題までを見据え、一つ一つ丁寧に描いている。

こうしたアプローチによって、細かく見れば少しずつ異なる現代のポピュリズムに、実は共通した中長期的背景のあることが明らかとなる。

そもそも第二次大戦後の西欧諸国は、圧倒的なパワーを持つアメリカの作り上げた国際秩序の中で、経済成長と福祉国家を両立させるという目標を共有していた。国内に目を向ければ、左右の二大政党が政権の担い手になるとともに、政府は先に挙げた目標の範囲内で労使と適宜協調しながら経済政策を遂行した。本書で分析される西欧諸国の政治は、およそ1960年代まで、以上のような枠組みをおおむね維持してきたといえる(たとえば、中山洋平・水島治郎(2020)『ヨーロッパ政治史』放送大学教育振興会を参照)。

ところが、1973年の第一次石油危機によって西欧諸国は軒並み深刻な不況に見舞われた。他方、同じ頃より本格化する金融中心のグローバル化は、1980年代に生じた規制緩和の波に乗って文字通り地球規模で拡大し続ける。ベルリンの壁崩壊やソ連解体を経て冷戦が終結した後も、グローバル経済はヨーロッパの一握りの富裕層をさらに豊かにする半面、多くの国で経済格差と社会的不平等がますます深刻化した(たとえば、松尾秀哉(2019)『ヨーロッパ現代史』ちくま新書を参照)。

こうした国際政治経済上の変容が20世紀の終盤に生じたからこそ、第二次大戦後の西欧諸国が長らく依拠してきた枠組みは形骸化し、既成政党と有権者の認識が望ましい社会のあり方をめぐって大きく乖離したのであろう。

福祉国家から恩恵を受けてきた人々は、崩れゆく戦後の枠組みを追い求めては裏切られる一方、エリートは地球大の市場競争という新たな奔流を乗りこなし、豊かさの階梯を駆け上がっていく。本書で分析されるヨーロッパのポピュリズム政党のほとんどが、1980年代から90年代にかけて頭角を現したのは、決して偶然ではないように思われる。

いずれにせよ、本書はポピュリズムに関する絶好の入門書であるとともに、現代の主要国を基礎づけている概念や、ポピュリズムが台頭した歴史的背景についても学ぶことのできる点で、政治学や政治史の導入としても好適である。今後も長く読み継がれる一冊であろう。

 

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  • ポピュリズム国際歴史比較研究会メンバー/大阪大学大学院言語文化研究科講師