CSR経営元年とこれから | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

東京財団政策研究所

詳細検索

東京財団政策研究所

CSR経営元年とこれから

C-2023-007

  •  CSR委員会委員
    有馬利男

私が委員を務める東京財団政策研究所「CSR委員会」は、会の名称として「CSR」を名乗っているが、私は昨今「CSR」という言葉がややアヤフヤになっていることに懸念を抱いている。CSRやサステナビリティに詳しい企業人の間でも、例えば「CSRではなく、サステナビリティとして」とか「社会貢献のCSRではなくCSV(共通価値の創造)を」などの発言を耳にするからである。どうやらCSRは「古い、昔のもの」あるいは、寄付やボランティアなどの、いわゆる「社会貢献」という認識が広がり始めているらしい。私のこれまでの理解では、CSRCorporate Social Responsibilityは「企業の社会的責任」と訳されており「企業の社会貢献」ではなかった筈であるが、いつの間にか隅に追いやられているように見える。「言葉は生き物」と言われるが、このまま放置しておいてよいものだろうか?確かに「CSR」や「社会的責任」は長年使ってきたが、私にとってはキチンとした意味を持つ、使い勝手の良い言葉である。今回、東京財団政策研究所からCSRについて私論を書いて欲しいとの呼びかけがあったので、私は「CSR経営元年とこれから」をテーマに書いてみたい。但し、これはCSRの歴史や定義を厳密に記述するものではなく、国連グローバル・コンパクトやSDGsなどに日々関わる中で思考するものであることを予めお断りしておきたい。

CSR」は、1920年代のアメリカでキリスト教の教会資金の運用において、ギャンブル、タバコ、アルコールなどに関わる企業には投資しないことを打ち出した「SRI(社会的責任投資)」に源流があると言われている。1970年代には、ミルトン・フリードマンの「企業は株主のために存在する、企業は株主のために仕事をすれば良い」との趣旨の投稿があり、この概念は、投資する側/投資される側の両方に広く受け入れられてきた。1980年代になると「ステークホルダーに対する企業の責任」という企業経営の考え方が生まれ、1994年にはジョン・エルキントンが「経済的側面・社会的側面・環境的側面」のトリプルボトムラインを打ち出したことを踏まえ、2000年に「GRIスタンダード」が社会的責任の具体的な基準を設定した、という経緯がある。

私は国連グローバル・コンパクトに関わっているが、その視点からは二つの大きな流れが見える。一つは「国連憲章」や「世界人権宣言」を源流とする人権や開発を重視する流れであり、もう一つは、1992年にブラジルのリオデジャネイロで開催された国連主催の「地球サミット」が大きな節目となった「地球温暖化」と「生物多様性」を重視する潮流である。1999年には、当時の国連事務総長コフィ・アナン氏がスイスのダボス会議に乗り込み、世界のビジネスリーダーに対して「人間の顔を持った、グローバル市場を一緒に創りましょう」と提案した。そして翌2000年に、この二つの流れを統合する形で、企業が遵守すべき「人権・労働・環境・腐敗防止」の4分野10原則を掲げる「国連グローバル・コンパクト」が編成されたのである。コフィ・アナン氏は、退任する2006年までに、現在世界で広く受け入れられている4つのイニシアティブ、即ち企業連携のプラットフォームである国連グローバル・コンパクトを手始めに、ビジネスの底流としての「ビジネスと人権に関する指導原則」、投資家と経営者が協業するためのメカニズムである「PRI(責任投資原則)のESG投資」を創出した。そしてMDGs(ミレニアム開発目標)という「人類共通のゴール」のコンセプトまでも生み出したのであるが、それは今SDGsに引き継がれている。現在[1]、国連グローバル・コンパクトには世界の23,000を超える企業と組織が加盟し「世界最大のCSR推進組織」と言われているが、CSRとはこのように幅広い視点や実践的な活動を包含するものであり、決して「社会貢献」に特化したものではない。

よく「2003年が日本のCSR元年」であると言われるが、私にはその根拠ははっきりしていなかった。しかし最近、友人が送ってくれた20037月発行のニッセイ基礎研究所・川村雅彦氏による『2003年は「日本のCSR経営元年」-CSR(企業の社会的責任)は認識から実践へ-』というレポートを読んで疑問が一気に解消した。このレポートを見ると「CSR元年」とされる理由は、2003年に入りCSRに関する動きが急展開し始めたからであることがよく分かる。具体的には、トップ直結のCSR専門組織を設置し、担当役員を任命して「CSR経営」に転換する企業が相次いでいること、また、CSRをテーマとする研究会やセミナーやシンポジウムが目白押しであること、CSRに関する研究会の立ち上げや「環境経営格付け」などが挙げられており、金融機関・投資機関や行政もCSRに積極的に関与し始めていることなどが示されている。

これらを推進しているのが経済団体であるが、20033月に発行された経済同友会の第15回企業白書「『市場の進化』と社会的責任経営―企業の信頼構築と持続的な価値創造に向けて―」では、現状評価と目標設定のための経営指標110項目に言及している。確かに、これは極めて重要であるが、私が注目するのは、第一部「問題意識」で「ステークホルダーに対する責任」を明確に指摘していることである。これこそが「CSR経営元年」に相応しい画期的な問題提起であり、それに応じて、日本を代表する企業の経営者が続々とCSR経営に舵を切ったと言える。また、経団連の「企業行動憲章」2004年改訂版にCSR条項が盛り込まれたことに繋がっていったのではないか、と考えられる。

----------------------------------------------------------------------------------------
公益社団法人 経済同友会・第15回企業白書
「『市場の進化』と社会的責任経営」(20033月)第1部より一部抜粋

あらためて企業の「社会的責任を問う」

『企業を社会の公器として、その「社会的責任」を広い「社会に対する責任」として捉える立場をとれば、企業経営に関わるすべてのステークホルダーを視野に入れ、その時代の社会のニーズを踏まえて優先順位やバランスを決めるのが経営者の仕事である』
----------------------------------------------------------------------------------------

この「問題提起」は、経済同友会代表幹事(当時)の小林陽太郎氏によるものと言われているが、小林氏はCSRを「企業の社会的責任」とすると「寄付などの社会貢献」を指すのか「ステークホルダーに対する責任」まで含めて意味するのかが曖昧になるので、「企業の社会に対する責任」とする方が良いことを示唆していると読める。確かに「企業の社会に対する責任」とする方が「責任の主体者」がより明瞭であり、また、社会全体に対する責任という意図が明確に感じられる。しかし、すでに「社会的責任」という表現が広く流布していたので、企業白書においては「社会的責任」で通した、と当時の関係者から聞いたことがある。このように見てくると、2003年が「日本のCSR元年」であり、その象徴的な出来事が経済同友会の「企業白書」であることに納得がいく。この企業白書に触発され、多くの日本企業がCSR推進に取り組んだのであろう。CSRとは「企業の社会的責任」というよりも「企業の社会に対する責任」の方が良かったと思うが、今となっては遅い。

CSR」とは、人権・労働・環境・腐敗防止など、社会的責任を侵さないという「守り」の要素と、省エネ商品やリサイクルなどの「守り」から「攻め」に転じて収益に繋げる要素も持っている。そして「CSR経営」とはその責任を主体的に幅広く認識し、サプライチェーンとバリューチェーン全体に亘って実践する「経営」である。それは「誰ひとり取り残さない」のビジョンのもと、国連グローバル・コンパクト10原則を遵守しながら、SDGs17のゴールの実現に努めるなど多岐に亘る具体的な活動である。2019年には、ミルトン・フリードマンのお膝元のアメリカ経済界でも、ビジネス・ラウンドテーブルが「ステークホルダー資本主義の経営」を提唱した。「どこまで本気か?」と疑う向きもあるが、CSR元年から20年が経った今、日本でも「SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)」が声高に叫ばれ、いよいよCSR経営の主流化が始まったように見える。このような中でCSR経営に位置づくものが企業の「SX」への参画であり実践である。しかし「SX」は「人権デューデリジェンス」や「地球温暖化」などの知識やスキルを身につければ良いというものではない。そこでは、経済活動のあり方や経営の価値観の根源的な変革が求められる。経営者はその先頭に立たなければならない。国連グローバル・コンパクトのローカルネットワークであるグローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン(GCNJ)では、15年前から加盟企業の経営者候補を対象に「明日の経営を考える会(AKK)」で1年間のプログラムを提供してきており、修了者はすでに300人になる。修了者仲間によるネットワーク活動も活発である。

CSR経営」とは「社会に対する責任を果たす経営」である。それは「人間」と「環境・社会」「経済」に関わる全てのステークホルダーの期待と要求に統合的に応えることを通じてイノベーションを生み出し、企業として質量ともに成長することを目指す「経営哲学」である。全ての企業経営者が、自らの経営哲学に基づいて「企業の社会に対する責任」を果たせば、地球も人類社会もサステナブルになる、と言える。

2003年の「CSR元年」の先にあるものは、「CSR経営」に基づく「SX」(サステナビリティ・トランスフォーメーション)であろう。 

 執筆者:有馬 利男(ありま・としお)
CSR委員会委員/一般社団法人グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン代表理事/
元富士ゼロックス(現富士フイルムビジネスイノベーション)代表取締役社長

CSR研究プロジェクト10周年記念特設ページはこちら


[1] 国連グローバル・コンパクトウェブサイト

https://unglobalcompact.org/what-is-gc/participants(2023年7月時点)

    • CSR 研究プロジェクト
    • CSR 研究プロジェクト

注目コンテンツ

BY THIS AUTHOR

この研究員のコンテンツ

0%

INQUIRIES

お問合せ

取材のお申込みやお問合せは
こちらのフォームより送信してください。

お問合せフォーム