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第27回参議院議員通常選挙が2025年7月に行われます。今回の選挙の注目ポイントはどこにあるのでしょうか。東京財団の研究員とシニア政策オフィサーが、各専門分野における争点について論じます。
事実上の〝政権選択選挙〟 |
事実上の〝政権選択選挙〟
昨年(2024年)10月の衆院選、テレビ局の報道局員だった私は、自由民主党(自民党)本部の中継統括を担当した。結果は与党にとって予想以上に厳しいものとなり、現在まで続く少数与党による政権運営の淵源となっている。
今年は、3年ごとに実施される参院選と、4年ごとに実施される都議選が重なる12年に1度の年だ。衆議院で少数となった自民、公明両党にとって、参院選の勝敗は今後の政権運営に大きな影響を与える。そして6月、参院選の前哨戦とも言える都議選では、「政治とカネ」の問題や物価高騰への有権者の強い不満が浮き彫りとなった。この結果は、そのまま参院選に影響を与える可能性が高い。与党がこの逆風を追い風へと転じ、国民の信頼を回復することができるのかという点、そして、無党派層の票の行方が参院選の結果を左右する鍵となるだろう。
言うまでもなく、今回の参院選は政権選択の意味合いが強い。内閣支持率が低迷するなか、その結果によっては石破政権に大きな影響を与える可能性も否定できない。過去の参院選でも、勝敗により政局が大きく動いた前例があり、今回の選挙結果がどう動くのか注目される。
国民生活に直結する中東のエネルギー政策
今回の参院選では、経済、社会保障、教育、憲法問題といった国内の課題が主要な争点となるだろうが、昨今の中東問題を無視することはできない。
これまでも外交政策の一環として、エネルギー安全保障の観点から注目されてきたが、直接的な内政問題のように関心を集めることは少なかった。中東のエネルギー問題は、政府として当然対処すべき課題と認識されており、新たな公約として打ち出すインセンティブが低かったのだろう。
だが今、混迷の中東情勢を受け国民の関心は高まっている。共同通信社が6月に実施した全国緊急電話世論調査では、イスラエルとイランの戦闘激化で悪化する中東情勢が生活に与える影響について「懸念している」「ある程度懸念している」と回答した人が、計83.7%にも達している。日本のエネルギー供給の約9割を中東に依存している現状を踏まえれば、地政学的リスクの高まりは日本の経済・国民生活に直接影響を及ぼすことは明らかだ。今やエネルギー安全保障の強化と安定供給の確保は、無視することはできない重要なテーマなのだ。
具体的な対策として、まずはサプライチェーンの多様化と強靭化が急務だ。中東以外の地域からのエネルギー調達源を探りつつ、輸入先の多角化を進めるのはもちろん、新たな採掘プロジェクトへの投資や長期契約締結も推進すべきだ。また、戦略備蓄を増強し、緊急時や供給途絶時のショックを緩和する能力を高めることも必要だ。政府は十分な備蓄があるとしているが、万が一の供給途絶に備えて国家備蓄・民間備蓄の適切な水準を見直すほか、国際エネルギー機関(IEA)などと連携し、緊急時の供給体制を強化すべきだ。
日本の強み「中立的外交」
中東情勢の不安定化はエネルギー供給の問題だけでなく、国際社会全体の平和と安全にも重大な影響を与えている。イランの核問題など、地域紛争の解決に向けた国際社会の努力に積極的に参加し、日本の強みである非軍事的な立場を活かした中立的外交が重要な役割を果たすべき時を迎えている。
日本は憲法上の制約から、海外での軍事的関与をほとんど行っておらず、その姿勢が紛争当事国や競合国から「中立的な第三者」としての信頼へとつながっている。日本と中東諸国との安定的かつ友好的な関係の維持こそが国益にかなっており、相互依存の関係を築いているのだ。
このような状況下で勃発したイランとイスラエルの紛争は、日本の国益に直結する重大な問題であり、放置するという選択肢はない。日本は、独自の強みである非軍事外交と経済力を活用し、事態の沈静化と地域の安定化に積極貢献することが求められる。
しかし、イランに対する国際的な制裁、特に米国の強力な二次制裁が継続していることが、日本とイランの良好な関係を維持する上で大きな課題となっていることも否めない。2018年の米国によるイラン核合意(JCPOA:イランの核問題に関する包括的共同作業計画 )からの離脱と、それに伴う対イラン制裁の再開・強化は、日本とイランの関係にも大きな影響を与えた。米国は「二次制裁(Secondary Sanctions)」を適用し、イランと取引を行う第三国の企業や個人も制裁対象とする措置をとったからだ。これにより、日本の企業がイランとの取引を継続することが困難になり、結果としてエネルギー輸入の停止やビジネスの縮小を余儀なくされた。それでも日本とイランとの関係は、単なる経済的な利害関係を超え、歴史に裏打ちされた深い相互理解と多様な交流の上に成り立っている。
その歴史は、奈良時代にまで遡ると言われている。正倉院宝物の中にはササン朝ペルシア(現在のイラン)由来の文様や工芸品が見られ、シルクロードを通じた文化交流の名残を示している。近代では、1929年の外交関係樹立以来、両国は友好関係を維持。特に戦後の高度経済成長期にはイランは重要な原油供給国だった。イランの豊富な石油・天然ガス資源は、日本のエネルギー安全保障に大きく寄与してきた。一方でイランも、日本を重要な顧客と位置付け、エネルギー輸出における安定したパートナーとして認識してきた。
経済協力においても、日本企業はイランのインフラ整備、石油化学産業、自動車産業など、多岐にわたる分野で投資や技術協力を行い、イランは日本の高い技術力や品質を高く評価している。こうした協力関係の裏打ちがあり、両国は経済的な結びつきを深めてきた。日本はアメリカンスタンダードの政策に従うだけでなく、独自の外交スタイルを活かし、国際社会の連携を強調しながらも、対話を通じた解決を模索していってほしい。
エネルギー安全保障の原点~田中角栄政権の決断
日本の中東外交を語る上で忘れ得ないのが、第一次オイルショックにおける田中角栄政権での歴史的な決断と行動だった。
1973年の第四次中東戦争と、それに伴う原油価格引き上げと石油禁輸措置は、日本に国家存亡の危機をもたらした。この第一次オイルショックは、田中角栄政権にとって最も重大な試練であり、同時に日米関係にも深刻な影響を及ぼすこととなった。
中東戦争の際、米国は日本に対し、イスラエル支援を要請した。しかし、石油禁輸措置によって石油供給が途絶える危機に直面していた日本は、米国の要請を受け入れず、それまでの親イスラエル的な外交姿勢から、アラブ諸国重視の外交へと大きく舵を切った。日本は「イスラエル占領地の即時撤退」と「パレスチナ人の民族自決権尊重」を明確に支持する「二階堂官房長官談話」を発表。それまでの日米同盟を基軸とした外交方針から一転し、アラブ諸国に明確に寄り添う姿勢を示した。この外交努力が実り、日本は他国に先駆けて石油禁輸措置を解除され、石油供給を確保することができたのだった。
この田中政権の対応は、その後の日本の外交政策に大きな影響を与え、中東諸国との二国間関係の強化や、エネルギー資源確保のための多角的な外交戦略を推進するきっかけとなった。また、国際社会における日本の立ち位置である「中立的外交」を再認識させる出来事でもあった。
危機の時代に問われる日本の中東戦略
今後、エネルギー安全保障と中東情勢への対策は、日本の外交戦略や政治の主要なテーマとなるだろう。中東問題への関心度は各政党や候補者の戦略、そしてその時の国際情勢によるものだが、エネルギー安全保障を切り口にすれば、国民にとって身近な「エネルギー問題」や「経済」という文脈で、中東政策を公約に盛り込むこともできるはずだ。選挙戦では国内政治に焦点を当てた議論だけでなく、日本のエネルギー安全保障の重要性を訴える必要がある。
エネルギー安全保障の強化や中東情勢の不安定化リスクを常に念頭に置き、原油備蓄の適切な管理、輸入先の多様化推進、再生可能エネルギーへの転換の加速など、具体的な対策が議論されるべきだ。与党・野党問わず、エネルギー政策の強化、多様化、持続可能性への方向性を明確に示し、現実的かつ具体的な政策を国民に提示することが求められる。