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アメリカ大統領選挙UPDATE 4:2016年共和党予備選挙の「例外性」:政党支持パターンの再編?

July 13, 2016

西川 賢 津田塾大学学芸学部准教授

はじめに

ドナルド・トランプが予備選挙で善戦し、共和党の大統領候補の座を確実なものにすることを正確に予測できなかったものは少なくない。

2008年の大統領選挙で50州中49州、2012年の大統領選挙では全州の選挙結果を正確に予測したことで知られるネイト・シルバーも、昨年8月の段階ではトランプが共和党大統領候補の座を獲得する可能性を2%とし、トランプはいずれ失速するのではないかとの予測を提示していた。

筆者自身も、予備選挙のどこかの段階でトランプは失速するのではないかという疑念を払拭できずにいた。筆者の予備選挙の趨勢の予測は単純な事実観察に基づくものであったが、その中には以下に示すような幾つかの例外が含まれていた。

「影の予備選」での例外

一つ目の例外的事象は、「影の予備選」から予備選挙終盤に至るまでのインサイダーからのドナルド・トランプに対するエンドースメント量の伸びである。

以前のコラムでも指摘したとおり、「影の予備選」とは、大統領選挙年の最初に行なわれる予備選挙やコーカス(すなわちアイオワ州)以前の時期に候補者がインサイダーからの支持を(多くの場合は水面下で)固めていくプロセスを指す。「影の予備選」とは、いわば「フロント・ランナーの地位をめぐって、予備選挙開始の一年以上前から行なわれる非公式の前哨戦」ともいうべきものである。

この過程において、インサイダーがどの候補者を支援(endorsement)しているかが分かれば、どの候補者が(水面下での)優位を固めつつあるのかを窺い知ることができる。政治学者であるマーティン・コーエンらの分析によれば、「影の予備選」で早期に支持を固めた候補者が予備選挙やコーカスに突入した段階でも優位に立ちやすいことが指摘されている。

ところが、FiveThirtyEightが提供する選挙のエンドースメントのパターンと今回の共和党のパターンを比較してみると、今回の共和党予備選挙の例外性が浮き彫りになる。

第一に、「影の予備選」の段階で他候補に先行していたジェブ・ブッシュが予備選挙本番で優位に立つことがなかった。

第二に、エンドースメント量については、これまでのパターンとして、概ねアイオワ州の党員集会の結果を受けて特定の候補にエンドースメントが集中しはじめ、フロント・ランナーとなる候補者を中心に党内が結束に向かっていく傾向が観察されてきた。例えば、アイオワ州の党員集会から44日間が経過した時点で比較してみると、ジョージ・W・ブッシュ(2000年)は611ポイント、ボブ・ドール(1996年)は534ポイントを獲得し、党内からの支持を盤石のものとしていた。これには及ばなかったものの、ジョン・マケイン(2008年)は238ポイント、ジョージ・H・W・ブッシュは227ポイント、ミット・ロムニーも223ポイントを獲得することに成功している。

今回の予備選挙でこのパターンに合致していたのはマルコ・ルビオであり、彼はアイオワ州以降、順調にエンドースメントを伸ばしていった。だが、エンドースメントの伸びと反比例するかのようにルビオは伸び悩み、トランプ優位で突入した予備選挙序盤の山場、スーパー・チューズデイ(3月1日)においてトランプが11州中7州で勝利を収める。その後、スーパー・サタデイ(3月5日)でもトランプはルイジアナ州とケンタッキー州、ミニ・スーパー・チューズデイ(3月15日)でルビオの地元フロリダ州でも圧勝をおさめ、ルビオは結局撤退に追い込まれた。

アイオワ州の党員集会後44日間が経過した時点でのトランプの46ポイントという数値は、歴代の共和党大統領候補でも著しく低い。2017年6月27日現在においてもドナルド・トランプのエンドースメントは46ポイントにとどまったままで、このようなパターンが観察されることはきわめて例外的といえる。

5月5日には共和党の著名な選挙ストラテジストとして知られるメアリー・マタリンが共和党を離党してリバタリアン党に移籍することを表明。この後、リチャード・アーミテージ元国務副長官、ブレント・スコウクロフト元国家安全保障問題担当補佐官、ヘンリー・ポールソン元財務長官など、共和党の重鎮が相次いでヒラリー・クリントンに投票すると発言し、6月24日には40年間共和党に所属してきた保守の論客、ジョージ・ウィルがトランプ不支持を表明して共和党離党を宣言した。今後もトランプのエンドースメントが急速に伸びることはなさそうである。

予備選挙での例外

政治学者ヘンリ-・オルセンとダンテ・スキャラは、現在の共和党は以下に示す四つの分派に内部分裂していると指摘している。

1:共和党穏健派。社会的争点では穏健だが、経済争点では保守的傾向を持つ。政治的妥協を厭わない。共和党全体の25~30%を構成しており、全州に万遍なく存在する。

2:共和党保守本流。社会的争点・経済争点ともに保守的だが、場合によっては取引や妥協を厭わない。いわゆる「エスタブリッシュメント」の基盤である。共和党全体の35~40%を構成しており、全州に万遍なく存在する。

3:宗教右翼。社会的争点において非常に強硬で非妥協的傾向を持つ。共和党全体の20%弱を構成し、南部諸州に集中する。

4:保守強硬派。社会的争点・経済争点ともに非妥協的な強硬姿勢をとる。いわゆるティー・パーティ運動の基盤である。共和党全体の5~10%程度を構成しており、全州に万遍なく存在する。

スキャラとオルセンによれば、共和党予備選挙での「序盤四州(Carved-Out Four States)」はリトマス試験紙のような役割を果たしていると指摘している。

すなわち、アイオワ州、ニューハンプシャー州、サウスカロライナ州、ネバダ州である。アイオワ州の共和党有権者には宗教右翼が多く、ニューハンプシャー州は共和党穏健派、サウスカロライナ州は共和党保守本流、ネバダ州は保守強硬派が多数を占めている。序盤四州でどの候補者がどの州で勝利を収めるのかは、どの候補者がどの分派の支持を得ているのかの目印になる。

これら四つの州で勝利収めた候補者は3月以降の中盤戦を戦う過程でライバルを蹴落とし、各分派は意中の候補者が敗退した場合、生き残った候補者の中から最も自派に合致しそうな候補者に支持を結束させていく。

今年の共和党予備選挙では、宗教右翼の多いアイオワ州の党員集会で宗教右翼に受けが良いテッド・クルーズが勝利を収めた。これは順当な結果といえる。

だが、続くニューハンプシャー州の予備選挙は共和党員でなくとも投票可能なオープン・プライマリー方式だったため、無党派層にも支持のあるトランプが勝利する。ここで穏健派は善戦したが、ケーシックは2位、ブッシュは4位に終わった。サウスカロライナ州の予備選挙、ネバダ州の党員集会でもトランプが比較的大差で勝利を収め、結果的にクルーズが宗教保守、トランプは穏健派・共和党保守本流・保守強硬派が多数を占める州で勝利を収めた。

ここで例外的だったのは、トランプがニューハンプシャー州、サウスカロライナ州、ネバダ州という三州すべてを制したことであろう。ニューハンプシャー州ではジェブ・ブッシュのような穏健派、サウスカロライナ州はルビオのような共和党保守本流、ネバダ州ではクルーズのような保守強硬派に分類される候補者が別個に勝利を収め、混戦になるのではないかとの観測も多かった。だが、この観測は外れた。

共和党が四つの分派に分裂している状況は、共和党の候補者にとってはジレンマそのものである。ある立場に依って立とうとすれば、それを嫌う他の党内分派の支持を失うリスクが増大するからである。このようなリスクを避けるためには、政策争点について全分派を横断可能な両義的なスタンスをとり、政策方針にできる限りの「幅」を持たせることが望ましい。

トランプの大衆迎合性と脱イデオロギー的なポピュリスト・アプローチは、まさに共和党内の全分派に受容可能な絶妙の政治スタンスであったがゆえに、序盤戦で性質の異なる三州を制し、最終的には幅広い支持を獲得することが可能であったと考えられる。だが、それを事前に見通せていた有識者はそれほど多くなかったのではないか。

おわりに

筆者の予備選挙の趨勢の分析はエンドースメント量の伸びや予備選挙の序盤四州での勝敗など、比較的単純な観察に基づくものであった。エンドースメント量の伸びはこれまでのパターンと合致せず、ニューハンプシャー州、サウスカロライナ州、ネバダ州という三州全てでトランプが勝利を収めたことも予想外であった。

今回の選挙では、これ以外にも様々な変化が起きつつあることが指摘されている。

例えば、南部諸州における政党支持パターンの変化である。政治学者マイケル・ヘンダーソンとウェイン・ペアレントの分析によれば、2000年大統領選挙・2004年大統領選挙と比較すると、2008年大統領選挙・2012年大統領選挙では全米で共和党の得票が2.85%低下している。共和党の支持基盤と考えられてきた南部諸州でも、サウスカロライナ州(-3.19%)、ジョージア州(-3.57%)、テキサス州(-3.88%)、ノースカロライナ州(-6.14%)、バージニア州(-6.27%)ではいずれも全米平均を上回る程度で民主党化が進んでおり、ミシシッピ州(-2.8%)、フロリダ州(-1.8%)がこれに続いている(Henderson & Parent 2016: 208)。

他方、政治分析サイト538によれば、激戦州の一つに数えられているペンシルベニア州では民主党の有権者登録率が14.2%(2008年)から11.1%(2016年)まで減り、州内の67郡中60郡で共和党支持が強まるという変化が起きているという。選挙戦を左右する可能性がある州の一つで白人の労働階層が民主党支持から共和党支持に移り、共和党支持州に転じつつあるという重要な変化が生じているというのが538の指摘である(詳しくは細野豊樹コラムも参照)。

2016年の選挙に例外性が多く、予測不可能性が高まっているということは、まさに従来までの政党支持のパターンが徐々に崩れつつあり、政党支持パターンが再編に向かいつつある兆候ではないかとの見方も成り立つかもしれない。

 

【参考文献】

Michael Henderson, Wayne Parent, “The Changing South.” PS: Political Science & Politics , Volume 49, Number 2, pp.207-209.

西川賢「2016年米選挙で何が起きているのか-二大政党の分析と展望」『アジア時報』515号(2016年4月)

西川賢「ポピュリズムによるアメリカ政治の分断-トランプ現象と『不自由な民主主義』」『国際問題』656号(2016年7・8月)

西川賢「米大統領選を追う:予備選と本選挙のあいだ、全国党大会の分析から見えるもの」『アジア時報』518号(2016年7・8月合併号)

Olsen, Henry, Dante J. Scala (2016) The Four Faces of the Republican Party: the Fight for the 2016 Presidential Nomination, UK: Pa

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