核兵器に対する日印の認識ギャップを前提とした政策を

防衛大学准教授 伊藤融

2016年11月、ついに日印原子力協力協定が締結された。2008年に原子力供給国グループ(NSG)が、核不拡散条約未加盟のインドについて、「特例」として民生用原子力協力を認めると決定したのを機に、インドは米国やロシア、フランスをはじめとして、次々と二国間協定を結んできた。高度な技術を有し、メーカーが米仏などと提携関係にある日本に対しても、インドは協定締結を強く望んでいた。しかし「唯一の被爆国」として、核問題にきわめてセンシティヴな日本では、NPTにも入らない核保有国との原子力協力に反対、もしくは慎重な主張が強く、2010年に始まった交渉は難航を極めた。NPT加盟、あるいは少なくとも核実験停止を協力の必要条件とするよう求めた日本側の要求を、インド側は頑として拒否した。最終的には、協定に付属する別文書で、婉曲な表現で日本側の主張を「記録」するかたちで交渉は妥結した。

日印の協定交渉にみられるインドの核政策の背景には、まずもって、「国家主権」への強い拘りがあることはいうまでもない。NPTに入るかどうか、核実験をするかしないかは、他国からとやかく言われる問題ではないという意識である。しかし単なる自尊心の問題だけではなく、インドの安全保障環境がその核政策に対する拘束を許さない状況にあると、インド側が考えている点を理解する必要があろう。

インドが1947年の独立以来、戦火を交えたことのある2つの隣国はいずれも核兵器を保有し、依然としてインドに脅威を突きつけている。かつてインドが敗北し、通常戦力でインドを上回る中国は、NPT上の合法的な核兵器国として、弾頭数と運搬能力のいずれにおいてもインドを圧倒する。たしかにモディ政権下で、経済面では協力の拡大・深化の動きが見られる。しかし、安全保障面では中国は、近年、未画定の国境で攻勢を強めるだけでなく、インド周辺国・海域への影響力拡大も顕著であり、インドは警戒感を募らせている。

分離独立以来の「宿命の対立関係」にあるパキスタンは、その戦略的縦深性と通常戦力の不足を補うため、中国の支援を受けて核戦力の増強に力を注いできた。そのため、核戦力ではインドと遜色ない能力を誇る。さらにインドにとって気がかりなのは、インドに比べ、「より力の弱い」パキスタンが、核の先制使用のオプションも否定していない点である。インドからみると、パキスタン側から仕掛けられてくる「越境テロ」などの事案に対し、どの程度の反撃をした場合に核戦争にエスカレートするかが定かではない。不安定なパキスタンの内政状況がこの懸念に拍車をかける。

こうした厳しく、不透明な安全保障環境を考えれば、インドがその核政策の拘束を拒否するのも頷けよう。米国との安保条約と「核の傘」で守られている日本とは異なり、インドはいかなる国とも正式な「同盟」関係にはなく、有事の際には独力で対処しなければならないという現実があるからである。このインドの置かれた立場を理解することなしに、その核政策の変更を求めるのは功を奏さないばかりか、反発を招くだけで有害であろう。

したがって、もし日本がインドに対し、不拡散体制へのコミット、核軍縮、核実験の停止継続を訴えるというのであれば、インドの抱える安全保障上の懸念を和らげるための貢献が求められよう。国力の増強とともに、自己主張の度合いを強める中国と、過激主義の高まりのなか、混迷の度を深めるパキスタンに対し、関係国とともに外交的・軍事的にどう向き合うかが問われている。

伊藤 融

  • 防衛大学准教授