タイプ
レポート
日付
2013/12/24

米英「特別な関係」の行方――シリア危機と欧州(2)

鶴岡路人 研究員

シリアでの内戦は依然として継続し、犠牲者数も増え続けている。他方で、化学兵器に関しては、2013年9月の米露合意、及びそれを受けての国連安保理決議をもとに、2014年前半中での廃棄へのプロセスが進行している。他方で、武力行使が回避されたことから、シリア危機に関しては、マスコミの関心も、また、米欧諸国の政治アジェンダとしての位置づけも、ともに大きく低下している。

化学兵器廃棄のプロセスが今後どのように進展するかという問題からも目が離せないが、米欧による介入主義の行方を検討した前回 に続き、ここでは、2013年8月から9月にかけての米欧によるシリア危機への対応において注目された米英の「特別な関係」の行方について考えてみたい。米英関係の行方は、特に国際的な軍事作戦の実施に対して大きな影響を及ぼし続けることが予想される他、おそらく今後はフランスを含めた、米・英・仏関係への注目がより必要になるものと思われる。以下、これらの視点から検討してみたい。

英国はどこに向かうのか?

シリアの化学兵器廃棄に関する9月の米露合意、さらには国連安保理決議の成立を受け、米国自身がシリアに対する武力行使の選択肢を放棄することになった。そのため、2013年8月29日に英議会が英国による武力行使参加を否決したことの軍事作戦上の帰結は、明らかにならないままになった。つまり、米国主導の作戦に英国が――英政府は希望したにもかかわらず――参加しなかったという、事実上初めての前例はつくられなかったのである。

しかし、英議会での議決の直後の段階では、まだ「英国抜き」で米国主導の軍事作戦が行われる現実的可能性が存在した。そのため、特に武力の行使を伴う問題に関して米国と歩調を合わせることによって体現されると思われてきた米英間の「特別な関係(special relationship)」の将来が、特に英国において真剣に問われることになったのである。それは、「英国はどこに向かうのか?」という、まさに英国の対外的アイデンティティに直結する議論であった。

もちろん、米英間の「特別な関係」は、英国において常に重要な問題であり、これまでにも繰り返し問われてきた。しかし、今回の自問にあたって、英国における意識の上での深刻度は、おそらくこれまで以上であった。それは第一に、例えば1960年代のベトナム戦争への不参加とは異なり、今回の武力行使への不参加は、政府の自発的な決定ではなく、国内事情の帰結――しかも与党内の結束の乱れ――であったことに起因する。それだけ、政府、及び政府の方針の支持者にとっての挫折感や焦燥感が大きくなったのである。政府方針に反対した者によって「特別な関係」が現に損なわれたとの議論である。

第二に、今日の英国が、将来的な脱退も視野にEUとの関係を見直そうとしている最中だとの背景がある。英国のEU脱退可能性について、国外ではあまり真剣に捉えられていないが、当の英国においては、実に真剣な議論である。そして、EUを脱退した英国が最も頼りにするパートナーは当然のことながら米国だと想定されている。しかし今回、武力行使という、国家の対外関係における究極の選択にあたり、米国と同調することができなかったわけである。そのため、米国では、今回の英国議会の決定を受けて、「EUからも米国からも離れて英国はどうするのか」との声が上がった(Richard Haass, “Britain Drifts Towards Isolation,” Financial Times , 30 August 2013; Roger Cohen, “A Much Less Special Relationship,” New York Times , 30 August 2013 )。これらの議論の妥当性は別途検証される必要があるが、いずれにしても、英国としてはまさに一番痛いところである。だからこそ英国内でも、今回の一件によって英国が国際的孤立に向かうことへの危惧が多数表明されたのである。

第三に、米国主導の武力行使への参加を英国が断念する(せざるを得ない)一方で、フランスが参加しそうな情勢だったことがある。外交・安全保障における英仏は、強固なパートナーであると同時に、永遠のライバルだが、米国との関係については、疑念の余地なく英国が優位にあった。今回もし、英国が武力行使に参加しない一方でフランスが参加すれば、米国の第一のパートナーとしての英国の地位すら、自明ではなくなってしまうことへの危惧があった。この点については後に詳しく触れたい。

英国議会が発揮した影響力

英国にとっての英米関係の主たる目的の一つは、米国への影響力の行使である。米国と距離を置くことによる影響力の行使を狙うのがフランスのアプローチだとすれば、英国のそれは、内からの影響力行使である。ジャーナリストのリデル(Peter Riddell)は、それを「抱きしめる(hug them close)」戦略と表現している(Riddell, Hug Them Close , Politico’s, 2003)。しかし、英国において国論を二分した2003年のイラク戦争にあたって、英国がどこまで米国に影響力を行使できたかには疑問がある。米国内で存在感のあった当時のブレア(Tony Blair)首相ですらそうだったのである。しかし今回、皮肉な結果だが、8月29日の英下院の議決は、オバマ(Barack Obama)大統領の方針に決定的な影響を与えたようにみえる。

英議会での議決から2日後の8月31日、オバマ大統領は、シリア危機への米国の対応に関して、(1)武力による制裁を決定した、と述べつつ、(2)連邦議会の承認を求める、と発表した。この(2)は内外で意外感をもって受け止められた。米国において、大統領と議会との間の戦争権限を巡る綱引きは、歴史的にも根が深いが、今回想定された対シリアの武力行使は、巡航ミサイルを中心とした限定的なものであり、通常であれば議会に承認を求めなければならない性質のものではなかった。しかし、英国での事態の展開を受けて、連邦議会の側から、米国においても議会の声が尊重されるべきだとの議論が高まったのである。

そしてそれは、武力行使に踏み切ることへの躊躇のあったオバマにとって、いわば渡りに船であった。大統領側からすれば、議会を巻き込むことで責任を共有させることができるとみえたのである。そこでは、米国の内政上の考慮が大きく働いていたものの、もし英国での出来事がなければ、オバマ政権としても議会に判断を委ねるような方針を打ち出すことはなかっただろうし、議会の側からの要求も高まらなかったものと思われる。その意味では、米英の「特別な関係」は、通常想定されるのとは別の形態で、決定的な影響力を及ぼしたのである。実際、仮にフランスが武力行使への不参加を決めた場合に、米大統領が今回のような方針転換に至るであろうかと考えれば、米国との関係における英国の特別さが浮かび上がる。

英国の悪夢と安堵

ただし、それは結果論であり、8月29日の議会の決定、及びそれを受け入れるとのキャメロン(David Cameron)首相の意思を受け、米英協力を基調とする英国の外交・安保コミュニティは、まさに非常事態に陥ることになった。実際、米国主導の武力行使の計画に関する会合から英軍関係者が排除されることになったとの報道もあった。また、オズボーン(George Osborne)財務相は、英国の「世界における役割に関する国民的自己省察(national soul searching)」が必要になったと述べていた。

国際社会でこれだけ注目度の高い危機に際して、米国主導の軍事作戦に英国が参加せず(できず)、まさに場外で「指をくわえてみている」との状況は、一般国民はともあれ、英国の外交・安保関係者にとっては悪夢であっただろう。そのため、9月の米露合意、さらには常任理事国として英国も加わった国連安保理決議によってシリアの化学兵器廃棄へのプロセスが開始され、武力行使が回避されたことに、英国は文字通り安堵したのである。

もちろん、英米の「特別な関係」を支えるのは、米国の戦争、武力行使への英国の参加のみではない。関係を「特別」なものにしている最大の柱は、むしろ、インテリジェンスと核兵器に関する協力である。そのため、一つの作戦に英国が参加しなかったからといって、「特別な関係」が終わるわけではない。ベトナム戦争への英国の不参加はそのことを示している。また、シリア危機への英国の対応によって、インテリジェンスや核兵器に関する協力が影響を受けるとも考えにくい。

それでも、すでに20年以上が経つ冷戦後の時期において、主なものだけでも、旧ユーゴスラヴィア、アフガニスタン、イラク、リビアと国際的な軍事作戦が相次ぎ、その過程で、「戦場でともに戦う」ことの比重が米英関係において高まると同時に、英国がそれらに参加することが当たり前の光景になった。米国にとっても英国は、当然視されるパートナーであり、だからこそ、今回の英国の決定は、インパクトが大きかったのである。ただし、武力行使自体が回避されたため、「ともに戦わなかった」事例が実際に生じることはなかった。そして、オズボーンの述べた自己省察も流れ、米英の「特別な関係」に関する議論も急速に終息していったのである。

フランスの行動主義

しかし、米英の「特別な関係」の将来を、特に国際的な軍事作戦実施の観点から考えるのであれば、フランスを考慮に入れないわけにはいかない。その必要性は今後さらに高まりそうである。

軍事・安全保障面における英国のフランスへの意識は複雑である。今回の一連の出来事のなかでは、米国と最も緊密な同盟国の地位がフランスに置き換わってしまうことへの懸念が大きかったが、それはいまに始まったことではない。例えば独自の核兵器にしても、それを保有し続ける理由の一つとして、少なくとも本能の部分では、「フランスを欧州唯一の核保有国にしてよいのか」との議論が持ち上がる土壌がある。端的にいって、米英の「特別な関係」を誇示する主要な対象の一つはフランスである。しかし、シリアでもリビアでも、あるいはアフガニスタンでも、国際的な枠組みでの武力行使にフランスが積極的に参加することは、バードン・シェアリングの観点から、米英にとっても歓迎すべきことである。

実際、オランド(Franç ois Hollande)政権下のフランス外交・安保政策の展開は活発である。2013年1月にはマリへの介入を敢行し、春から夏にかけてはシリアへの軍事介入の議論を主導し、さらに12月には中央アフリカ共和国への介入にも踏み切っている。マリと中央アフリカは、ともに国連安保理決議に基づき、関係諸国の支援は受けているものの、実態としては単独介入に近い仏主導作戦である。

必要と判断した際には行動する。そのための政治的意思に加えて、近年の緊縮財政下の国防予算削減においても、不可欠な部分は確保することで、この種の介入に必要な最小限の能力は維持するというのが、フランスの基本的な方針である(Frédéric Charillon, “France’s New Military Budget,” Newsbrief , RUSI, November 2013)。マリでの作戦においては、仏軍の空中給油、空輸、ISR(情報・監視・偵察)能力の不足が明らかになり、米英を含む各国からの支援に依存せざるを得ない部分があった。それでも、この種の作戦を主導する意思と能力、なかでも特に意思を有する点で、フランスは特殊な存在なのであろう。このことは、シリア危機への英国の対応の過程で、さらに浮き彫りにされた。英国議会の議決の後も、オランド仏大統領は、フランスとしては(米国主導の)武力行使に参加する用意ができていることを繰り返し強調したのである。

軍事作戦実施への意思も能力も低下しているといわれる欧州において、英国とフランスは長年、例外的存在とみられてきた。両国は、特に米国に対して、欧州が軍事的に信頼に足るパートナーであることを証明し続ける、最後の砦であったといってもよい。フランスにとって英国は、米国寄り過ぎるのは事実だが、それでも、戦略的アクターとしての欧州の実動部分を支えるほぼ唯一の同志であった。この観点から考えると、シリア危機への英国の対応に関する事態の推移を、フランスが懸念を持ってみていたことが理解されるだろう。同志を失う懸念である。

もし英国が対外的な関与や介入に今後より慎重になるとした場合、フランスが一国のみで欧州全体の(特に軍事面の)対外関与の役割を背負うのは、荷が重すぎる。ドイツを含めた他国に多くを期待できないとすれば、少なくとも英国だけには従来どおりの積極的な役割を果たしてもらわないと困るのである。今回のシリア危機への対応において、政治レベルでは、武力行使への英国の参加が頓挫するなかで、フランスが自らの役割をアピールした側面があったかもしれない。しかし、英仏がいかにライバル関係にあったとしても、英国の役割(つまり負担)の低下はフランスの利益には直結しないのである。結局のところ、フランスは、英国を押しのけて「米国の副官」になることを目指しているわけではない(Camille Grand, “Count on France,” World Today , Oct/Nov, 2013)。

英仏が欧州における数少ない同志であることについては、英国も認識を共有しており、その目に見える成果の一つが2010年11月の英仏防衛協力条約(ランカスター・ハウス条約)である。核兵器や空母に関する協力を含め、その後の実際の英仏協力の進捗状況については評価が分かれるものの、遠征部隊に関する協力は、両国の優先課題を反映するものだった。

米・英・仏の三角形へ?

シリアへの武力行使を巡る2013年の一連の議論の前も後も、結局のところ、国際的な安全保障問題、特に最終的に武力行使が必要になる可能性のある問題への対応の最前線に立つのが、意思と能力を有する米・英・仏の3か国であることに変わりはない。そして、この3か国が一致すれば、その影響力、実行力は極めて大きくなる(Bruno Tertrais, “Leading on the Cheap?” Washington Quarterly , Summer 2013)。

そこに至らない場合でも、今回のケースのように米英協力が頓挫した際に、そのいわばバックアップとして米仏協力の可能性があり得たことは、西側諸国にとっても国際社会全般にとっても有益だった。また、2011年のリビアに対する作戦にあたって英仏は、アフガニスタンとイラクを受けて新たな対外介入に慎重になった米国の関与を引き出したのみならず、実際の作戦においても主要な役割を果たした。この実戦での協力の経験は、英仏協力の今後にとっても貴重であった。ここから浮かび上がるのは、米英、米仏、英仏の関係が相互に支え合うとの現実である。そして、逆説的ではあるが、このことが米英の「特別な関係」の維持にも役立つとの構造が生まれているといえそうである。