タイプ
論考
プロジェクト
日付
2018/8/6

「負動産」にどう対処するか――フランス、アメリカ、ドイツの事例から

 

吉田美智子 朝日新聞東京本社編集局記者

大津智義     朝日新聞特別報道部記者        

1. はじめに

土地の所有者がわからなくなったり、資産価値が下がったりして処分に困る「負動産」問題に、海外ではどのように対処しているのだろうか。有識者による所有者不明土地問題研究会(座長・増田寛也元総務相)の推計では、国内の所有者不明になった土地の総面積はすでに九州より広い約410万ヘクタールに達している。こうした事態を受けて政府の対策もようやく始まった。しかし、課題はまだまだ山積している。フランス、ドイツ、米国の事例から、「負動産」の解決に向けたヒントを探る。

 

仏南部コルシカ島では長年にわたる相続未登記によって多くの土地が所有者不明になる日本と同じような問題が起きている。本稿では、フランス政府をあげた解消に向けた取り組みを報告する。土地の所有権放棄とその引受先について日本政府は検討を始めたが、すでに土地の放棄が認められているドイツと、見捨てられた土地の「受け皿」であるランドバンクを持つ米国が、どのように制度を運用しているのかを紹介する。最後に、所有者の同意が得られずマンションの老朽化対策が難航するケースが日本の都市郊外で広がりつつあるが、仏パリ郊外では行政の介入によって建て替えを進めている事例を取り上げる。

2. 国あげて所有者不明地の解消めざす/仏コルシカ島

皇帝ナポレオン1世の生まれ故郷として知られる仏コルシカ島。所有者不明土地問題の起源は、はるか200年以上前にさかのぼる。いまでこそ、世界各地からの観光客でにぎわうが、かつては農業以外の産業もない貧しい島だった。フランス革命から間もない1801年、当時の島の総督が、法定期限の6カ月以内に相続税の申告をしなくても、罰金などの制裁を科さないとする特例を認めた。

 

その後、多くの島民が職を求めて島外に出たことも災いし、所有者が死亡しても、相続登記されない土地が続出。所有者不明地は、広島県とほぼ同じ面積の島の半分を占めるまでに広がった。所有者が子や孫の代になってもねずみ算式に増えたことで、所有者が100人を超える区画もできた。

 

21世紀に入ってから、仏政府もこの問題に本腰を入れざるをえなくなった。島の相続税に関する特例が、国民議会で問題視され、国全体の「公平性の原則」に反するとして、2002年に廃止されたためだ。

 

国は2006年、コルシカ島の所有者不明地の解消をめざす10年間の時限立法を制定。登記手続きを促すために、相続税を5割減免することなどを認める特例を定めた。また、所有者不明地の実態を把握しようと、アジャクシオに専門機関「ジルテク」を設立した。公証人経験者や情報システムの専門家ら職員8人が、ナポレオン時代からの地籍図や登記情報を整理し、データーベース化。登記手続きを代行する公証人の問い合わせに応じて、相続人全員の名前や現住所などを無償で情報提供する態勢を整えた。

 

昨年3月には、議員立法による改正法が成立し、適用期限は2027年に延長された。これに伴い、複数の人が持っている共有地の処分について、従来は、所有者全員の同意が必要だったが、改正法では、3分の2の同意ですむようになった。相続税だけでなく、贈与税も5割減免を認めた。

 

土地の取得時効の要件も緩和された。土地の所有者は、関係者の証言や地籍に関する情報を添え、その土地を所有していることを示す「公証人作成公知証書」を役所などに張り出した後、5年間、第三者からの返還請求がなければ、ほかの相続人と共有地の管理や処分の話し合いに入ることができるようになった。

 

法案を提出した元国民議会議員のカミーユ・ドロッカセーラさんは「コルシカ島では、道路をつくるにも、農地を整備するにも、所有者不明地が大きな障害だった。住民に登記手続きをしてもらうには、インセンティブ(動機付け)が必要で、新しい法律は民法と税法の両面からアプローチした画期的なものだ」と話す。

 

長年、コルシカ島の所有者不明地の解消を政府に働きかけてきた地域の公証人評議会のアラン・スパドーニ会長も「私たちは所有者不明地とたたかうあらゆる『武器』を手に入れた」と胸を張る。以前は何十年もかかっていた所有者不明地の相続手続きが、最短で数カ月と短い期間でできるようになったという。

 

実態の把握と法律の効果で、所有者不明地は2017年までに2割解消した。コルシカ経済発展機構のダニエル・ポルブレリ事務局長は「コルシカ島は近年、リゾート地や農地の開発が急速に進んでいる。新法ができたことで、解消の動きはさらに進むだろう」とみている。

3. 放棄地の活用は?/米ランドバンクと土地放棄認めるドイツ

見捨てられた土地をどう有効利用に結びつけていくのかで参考になるのが米国の取り組みだ。「負動産」を公的機関である「ランドバンク」がいったん引き取り、行政のまちづくりビジョンに基づいて近隣住民に安く払い下げをしたり、あえて開発を抑制したりする動きが始まっている。

 

ランドバンクの仕組みはこうだ。税滞納で行政が差し押さえた物件を、裁判所を通して権利関係を整理したうえで無償で取得でき、ランドバンクが保有しても資産税の支払いは免除される。こうして手に入れた空き家を改修して売りに出したり、複数の空き地を一団の土地にまとめたりして再利用できる状態にすることをめざしている。利用価値のない場所は、緑地として自然に戻すことも視野に入れる。

 

全米にランドバンクが広がったきっかけは、2007年ごろに深刻化したサブプライム(低所得者向け)ローン問題だ。この問題で、放置空き家が大量に発生、2008年のリーマン・ショックの引き金になった。

 

市北西部のブライトムア地区は、住民の流出と街の荒廃が進む。その一画で、長年放置された空き家を解体し、都市農業などとして再活用する動きが広がりつつある。

 

ブリタニー・ブラッドさん(26)は4年前、デトロイト・ランドバンクから、長く放置されていた9区画の荒れ地を購入した。不法投棄されていた車の部品やマットレスなどを2年がかりで撤去し、仲間とともに野菜などを栽培する農園に再生させた。

 

ランドバンクには放置空き家などと隣接する土地の所有者であれば1区画100ドル(約1万円)と格安で払い下げる仕組みがあり、ブラッドさんのケースも9区画まとめて払い下げた。ブラッドさんが土地を所有したことで、資産税(1区画につき年15ドル)が納められるようになった。ランドバンクが介在することで、脱「負動産」が実現したケースだ。

 

全米の空き家問題に取り組む非営利団体「地域発展センター」のダニエル・ルインスキー副代表は「ランドバンクは地元行政が定める目標に合わせて、物件を安く売ることができる」と話す。行政より第三者機関であるランドバンクの方が、土地の管理や取引が柔軟にできるメリットがあると強調する。

 

現在、ランドバンクは約10万件もの空き家や空き地を保有。これまでに連邦政府からの助成金150億円ほどを投じ、約1万戸の空き家を解体した。日本との大きな違いは、空き家対策について、政府による強力な財政的後押しがあることだ。

 

土地を放棄したくてもできない日本と違って、ドイツでは法律で土地の放棄が認められている。ドイツ民法には「所有者が放棄の意思を土地登記所に表示し、土地登記簿に登記されることによって、放棄することができる」(928条1項)と明記されている。税金や公共料金の負担が重すぎるなどの理由でも、土地の放棄は可能だ。また、放棄された土地は州が帰属手続きをとらない限り、原則、無主地となる。

 

独東部ザクセン州では、放棄地の情報は登記所から財務省に提供され、州財務省系の公的団体「州中央土地管理ザクセン」が安全管理や売買を担う。団体は需要がありそうな物件については、その情報をホームページで公開し、希望者に売却している。立地の良い物件を州から市に無償譲渡したり、農地の隣地の所有者が農地拡大のために購入を申し出たりしたケースがあるという。

 

ただ、1990年の東西ドイツ統一後、東側だったザクセン州からは、経済的に豊かな西側への人口流出が続き、山あいを中心に放棄地が急増した。今年3月末時点で、東京ドーム29個分の約135ヘクタールにのぼるという。

 

州中央土地管理ザクセンのステファン・ワグナー代表は「ドイツでは、土地は『放置』されるよりも、『放棄』された方が、有効利用されると考えられてきた。だが、利用価値のない放棄地が増えて、安全や環境の管理に多大なコストがかかるようになれば、そこに税金を投入して良いのかという議論は出てくる」と指摘する。 

4. 荒廃マンション群の再建のヒント/パリ郊外サンドニ

本格的な人口減時代に突入した日本では、高度成長期以降に建てられたマンションの老朽化が今後、深刻な社会問題になるとみられている。国土交通省の推計では、築30年超の分譲マンションは2016年地点の172万戸が、2036年には約3倍の528万戸に増える。どんなに老朽化が進んでも、所有者たちの同意を得られず、修繕も、取り壊しもままならない――。荒廃マンションが、都市部にも林立する光景はもう目の前だ。

 

仏パリ郊外サンドニは高度成長期、パリに通勤する中産階級の労働者が多く住んだ。その後、住民が郊外の戸建てに転居したり、工場が閉鎖したりして、マンションに空室ができ、そこに外国人労働者や低所得者が移ってきた。近年では、荒廃したマンションに不法移民らを住まわせ、多額の賃料をとる「貧困ビジネス」も横行。防火施設の不備などで火災が起き、多数の死者も出るなど社会問題化していた。

 

フランスでは、住民の安全確保や公衆衛生のために、マンションの修繕や建て替えに介入することは、行政の義務だとされる。サンドニは2010年、中心市街地の一帯を国の「住居改善、市街地再開発プログラム」などの対象区域に指定。公衆衛生法などに基づいて、2017年までの7年間で荒廃マンション34棟を収用した。「貧困ビジネス」を営む一部の所有者は訴追され、建物は低所得者向けの公営住宅や商店などに生まれ変わっている。

 

警備員のマルコさん(26)は昨年11月、自治体のあっせんで、荒廃マンションから新しくできた公営住宅に移った。部屋は以前より広くなり、家賃は月額900ユーロ(約11万円)から半分以下に下がったという。「以前は覚醒剤の取引が行われるなど、街のイメージも悪かったけど、いまはすっかり変わった」と話す。

 

自治体と連携して、マンションの収用や改築を担っているのが、パリ市と周辺自治体が出資して設立した公的機関「老朽化地区再生会社」だ。建物の収用、補償だけでなく、住む家を失う住民の生活にも目配りしているのが特徴といえる。同程度の家賃の物件を紹介したり、不法移民は支援団体につないだりもする。

 

シルビー・フロワサート副代表は「人は誰も文化的、衛生的な環境で暮らす権利があります。そのために、私たちは時間やお金がかかっても、自治体だけでなく、建築士や弁護士ら専門家、民間団体などと協力しながら街を再生させ、住民の生活再建を支援するのです」と語る。 

5. あとがき

フランス、アメリカ、ドイツの事例を通じて、海外では、政府や自治体、住民がかかわり、「脱・負動産」を模索している様子が浮き彫りになった。一方、日本では、コルシカ島のように増えた所有者を整理し、解消に向かわせる対策は手つかずのまま。米独のように土地を放棄したり、放棄された土地を再利用したりする仕組みもない。マンションの建て替えは、区分所有するオーナーたちの同意のもとに行われるため、行政が介入することは不可能だ。

 

欧米と日本では法制度も違うため、各国の制度を日本と単純に比較したり、導入したりすることは難しいかもしれない。ただ、日本の「負動産」の問題は、人口減少と高齢化に伴って、諸外国と比べても、急速に深刻化している。国をあげて「脱・負動産」に取り組み、省庁横断的な抜本的対策を打たなければ、数十年後には、荒れはてた山野、マンション群が国土に広がることになりかねない。

 

 

(本稿は2018年5月27、29日付「朝日新聞」朝刊掲載記事に加筆し、再構成したものです。)

 

 

吉田美智子(よしだ  みちこ)

朝日新聞東京本社編集局記者(企画報道チーム)。1974年生まれ。鳥取総局、神戸総局、大阪本社社会部検察担当、ブリュッセル支局などを経て、2017年5月から2018年3月まで特別報道部。学生時代にフランス、入社後、ドイツに各1年間、留学した。共著書に『プーチンの実像 証言で暴く「皇帝」の素顔』(朝日新聞出版、2015年)、『ルポ タックスヘイブン 秘密文書が暴く、税逃れのリアル』(朝日新書、2018年)。

 

大津智義 (おおつ  ともよし)

朝日新聞特別報道部記者。1975年生まれ。山形総局、宇都宮総局、名古屋報道センター、経済部、政治部などを経て現職。2017年から「負動産時代」シリーズを担当。

 

 

 

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