タイプ
論考
日付
2018/5/21

トランプ大統領はどこまでできるか――『アメリカ大統領の権限とその限界』刊行に寄せて

久保文明

東京財団政策研究所 上席研究員

 

    アメリカ大統領の権限とはどのようなものか。これが本書全体の問いである。

   本書は、東京財団政策研究所「アメリカ大統領権限分析プロジェクト」(2016年4月~2018年3月)の研究成果をまとめたものである。

 

   ドナルド・トランプ大統領が2017年に就任して以来、この問いは切迫性を帯びるようになった。トランプ大統領は選挙中、メキシコとの国境に「壁」を建設すること、オバマケアを廃止すること、TPP(環太平洋経済連携協定)や地球温暖化防止のためのパリ協定から離脱することなど、政策の刷新を掲げた。就任直後には、特定の国からの一時的入国禁止措置を打ち出したことをはじめとして、夥しい数の「大統領令」を発した。はたして、大統領にはこれらを実施する権限が備わっているのだろうか。

   トランプ政権については、大統領の個性(かなり特徴的である)、政権の陣容(頻繁に変わる)、支持基盤(ラストベルトの「忘れられた人々」)、政策の方針(保守主義、保護主義、孤立主義)から論じられることが多い。いずれも重要な論点であり、トランプ大統領が打ち出す政策の内容を説明するためには欠かせない。

   それに対して、トランプ大統領がどのように政策を実現しようとするのかという視点も重要である。特定国家からの入国禁止をトランプ大統領が打ち出した際、その政策の内容も重要ではあるものの、そもそも大統領にそのような決定ができるのか、そのような権限が大統領に備わっているのか、という点も問題であった。日米で、「大統領令」の効力と限界についての報道が相次いだことは記憶に新しい。

   さて、大統領権限に焦点を当てることが重要だとしても、権限の内容は既に明らかなのではないだろうか。アメリカには合衆国憲法があり、大統領の権限はそこに書き込まれているとおりのものに過ぎないのではないか。さらに、個々の法律では憲法に根拠を置く大統領権限が詳細に規定されているのではないか。公職者の1人である大統領の権限の内容など、今さら分析しなくともわかりきっているのではないか。このような反論もありえよう。

   しかし、大統領の権限とは何かという問いは、アメリカ合衆国建国以来、繰り返し問われてきた、実は厄介にして困難な問題である。そして、合衆国憲法の定める大統領権限について、その解釈をめぐる争い、あるいは特定の権限に基づいてどのような行動が可能なのかをめぐる争いが、今日まで続いている。すなわち、アメリカの歴史を通して、そしてやや大げさに言えば今この瞬間においても、大統領権限は変遷を遂げているのであり、トランプ大統領もまた、その歴史的文脈に位置づけることができる。大統領権限とは何かを問うことは、今のアメリカ政治を理解するための長期的な視座の獲得にもつながると思われる。

 研究プロジェクトを立ち上げ、本書の着想を得たのは、オバマ政権の末期であった。今でこそ忘れ去られているかもしれないが、オバマケアの実施に当たって、あるいは不法移民問題や地球温暖化問題などへの対応において、議会と対立する中で大統領権限を大胆に行使したのは、実はバラク・オバマ大統領であった。トランプ大統領の権限行使は、政策の方向性こそ異なるものの、そのような意味でオバマ大統領の延長線上に位置する。このことを想起することも重要であろう。大統領権限に依拠した統治を試みているのは、何もトランプ大統領だけではない。

 

   本書は3部構成となっている。第一部では、アメリカ大統領制の基本的な構造と特徴を明らかにする。

   第1章の久保文明論文「アメリカの大統領制:比較論的考察」は、アメリカの大統領制と日本の議院内閣制を比較した場合、アメリカ大統領は議会と裁判所の抑制を強く受けていること、アメリカと他の大統領制国家を比べた場合、アメリカ大統領の権限は限定的であることを明らかにしている。

   第2章の阿川尚之論文「憲法からみたアメリカ大統領」は、合衆国憲法に焦点を当て、条文が規定する大統領権限について論じる。ここでは、憲法制定者たちが大統領権限をゆるやかに規定し、必要に応じて大統領が大きな力を行使することを可能にするとともに、歯止めをかける仕組みを設計したことも指摘される。

   第3章の梅川健論文「大統領権限の変遷」では、建国期から革新主義の時代にかけての大統領権限の拡大が大統領選出方法と結びついていたことを明らかにする。時代が下るにつれて、大統領選出に関わる政治エリートの力が減退するとともに一般有権者の重要性が増大し、大統領は議会の抑制から逃れるようになったことが示される。

 

   第二部では、近年の大統領権限の拡大を示す論文を所収している。

   第4章の梅川健論文「協調的大統領制からユニラテラルな大統領制へ」では、1930年代に大統領と議会が協力関係にある協調的大統領制が成立したものの、1970年代には大統領が独力で政策を実現しようとするユニラテラルな大統領制へと移行したと指摘する。

   第5章の梅川健論文「乱発される「大統領令」」では、トランプ政権において耳目を集めた「大統領令」を、行政命令、大統領覚書、大統領布告に分類し、それぞれの特徴と差異を明らかにする。

   第6章の菅原和行論文「官僚機構の政治化とその帰結」は、トランプ大統領が官僚機構の掌握を目指し、その政治化を試みたことにより、政治任用過程、大統領とホワイトハウス・スタッフとの関係、大統領と職業公務員との関係などにおいて、さまざまな弊害が生じていることを指摘する。

   第7章の松岡泰論文「大統領の側近と大統領権限」では、民主党と共和党がイデオロギー的に分極化する以前、大統領を支える議会対策専門の側近は交渉力に秀でた人物であったが、分極化後は大統領選挙と連邦議員選挙を同時に請け負う選挙戦略家へと類型が移行していったことを明らかにしている。

   第8章の梅川葉菜論文「大統領権限の拡大と州政府の対抗」は、従来は連邦政府内の力関係の変化として論じられてきた大統領権限の拡大に対して、州政府、特に州司法長官がその抑制に重要な役割を果たすようになってきたことの要因とその意味を論じている。

 

   第三部では、大統領権限が近年具体的にどのように行使されているのかを論じる。

   第9章の杉野綾子論文「パリ協定からの離脱」では、大統領の外交権限について論じるとともに、トランプ大統領によるパリ協定離脱は国際社会では非難を浴びたものの、憲法解釈上、外交に関する大統領権限の正統な行使に該当することを示す。

   第10章の梅川葉菜論文「州司法長官たちによる訴訟戦略と大統領」では、G.W.ブッシュ政権期からトランプ政権1年目までの、大統領と州司法長官たちの政治的対立を取り上げ、現代アメリカの大統領が直面するようになった新たな困難が明らかにされる。

   第11章の村上政俊論文「大統領権限と制裁」では、トランプ大統領による北朝鮮制裁、中国とロシアを対象とした二次制裁が、大統領権限に基づいて行われていることを明らかにしている。

   第12章の梅川健論文「大統領の戦争権限」では、アメリカでは戦争に関する権限は大統領と議会とで分有されているものの、近年の大統領は単独で軍事行動が可能であると主張し、実際にそのように行動してきたことを明らかにしている。

 

   既述したように、トランプ政権の誕生前、大統領権限はアメリカ政治を理解するための鍵の1つであることを共通認識として、このプロジェクトは発足した。そして、自ら取り上げたテーマの重要性と切迫性に半ば圧倒されながら、本プロジェクトはとりあえず終了した。

   このような中、短期間で執筆された研究成果ではあるが、多くの方に読んでいただければまこと幸甚である。

 

(本コラムは、編者3人で執筆された本書「はしがき」をもとにしつつ、プロジェクト・リーダーである久保が本サイト用に若干の加筆修正を施したものである。)


 

アメリカ大統領の権限とその限界――トランプ大統領はどこまでできるか

東京財団政策研究所 監修、  久保文明・阿川尚之・梅川健 編

判  型  A5判

ページ  192ページ

定  価  ¥2,800+税

発行所  日本評論社

発  売  2018.5

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