財政運営は厚生労働省の所管

財政収支の動向は社会保障でほぼ決まる

日本の財政収支の動向は、財務省ではなく厚生労働省がほぼ決めている。財政収支の水準や変化の方向は、社会保障の負担と給付のバランスでほぼ決定される。その点を図で確認しておこう。ここでは、政府を中央政府(国)、地方政府(地方自治体)、そして社会保障に関するお金の出入りを示す社会保障基金という三つの部門を合わせた、一般政府という広い概念で捉えている。その一般政府の収支尻(国民経済計算では、「純貸出/純借入」という項目で計上される)を財政収支と定義し、その名目GDP(国民総生産)に対する比率の推移を見てみよう。

図 財政収支の動きを規定する社会保障収支

図 財政収支の動きを規定する社会保障収支

(出所)内閣府「国民経済計算」より筆者作成。

 

この図から明らかなように、青い曲線で示した財政収支は循環的な動きを見せる。1980年代後半の黒字化は、バブル景気による増収を反映している。さらに、ここ数年の動きを見ると、赤字が大きく減少している。消費税率の引き上げや、アベノミクスによる景気回復がもたらした税収増がその背景にある。財政赤字の縮小自体はもちろん歓迎すべきだが、それはあくまでも循環的な動きであり、赤字が縮小傾向に転じたわけではない。赤字基調が長期化する可能性のほうが、やはり高そうである。(なお、1990年代後半以降、収支の振幅がかなり大きくなっている時期があるが、これは景気変動だけでなく、一般政府に含まれない公的金融機関と一般政府との間で行われた会計上の調整を反映したものであり、経済の実勢と直接的な関係は弱い。)

この図には、赤色で示したもう一本の曲線がある。それは、年金や医療、介護などの社会保険料収入から、同じく社会保障の給付を差し引いたものである。ただし、給付は社会保険制度から給付されるものに限り、全額が税で賄われる生活保護など社会扶助金は含まない。一方、基礎年金給付の国庫負担など、社会保障に財源として国や地方から提供される分は含む。それを含んだ額が国民に社会保障給付として支給されるからである。つまり、この曲線は、現行の社会保険を運営するために、政府がどれだけのお金を国民に給付し、どれだけのお金を保険料という形で受け取っているかを調べ、両者の差のGDPに対する比率をグラフに示したものである。

財政収支悪化の原因は?

図に示された2本の曲線を見ると、日本の財政収支をめぐる問題が理解しやすくなる。つまり、一般政府の財政収支について、景気動向を反映した循環的な動きや公会計上の調整の影響をならして長期的な変化を見ると、それは社会保障収支によってかなり左右されていることが分かる。社会保障の収支も、保険料収入が景気循環の影響を受けるので、循環的な変化を見せないわけではない。しかし、動きはかなり滑らかである。その背後に、人口高齢化という、緩やかながら着実に進む人口構成の変化があることは言うまでもない。社会保障収支は、財政収支の長期的な変化の方向や水準をほぼ規定している。最近の赤字縮小も、社会保障収支の赤字基調からの一時的な乖離という色彩が強く、いずれは元のトレンドに戻るだろう。

ついでに、高度成長期の状況も振り返っておこう。この時期の財政収支は均衡あるいは若干の黒字を計上し続けていた。その背景として、いわゆる「ドッジ・ライン」で設定された均衡予算原則に基づく財政運営があったというのが、日本経済史・財政史における通常の説明だと思う。その説明が間違っているわけではないが、社会保障の収支が黒字基調だったことも重要である。当時は、高齢化の度合いが低く、社会保障の収支構造には十分な余裕があった。日本が世界に誇る「国民皆保険」の仕組みも、人口構成が若い時期だったからこそ確立できたのである。

財政運営は厚生労働省の所管

日本の財政収支の基調は社会保障によってほとんど規定されてきたし、これからもその構図は基本的に続くだろう。消費税率の引き上げが無意味だとはけっして言わないが、消費増税を進めても財政収支が改善傾向に転じるとは考えにくい。財政健全化を本気で進めるのであれば、財政収支の動向をほとんど決めている厚生労働省にお願いするしかない。

これは、社会保障の負担や給付の在り方を根本的に見直すことを意味する。社会保障給付に必要な財源のうち保険料は厚生労働省が徴収するが、それで足りない分は財務省に任せる、というのが現行制度の構図である。この構図が変わらない限り、財務省がいくら頑張っても財政健全化は無理だ。財務省の政策面の自由度は、私たちが想定しているほど高くない。

日本の財政運営は、実質的に厚生労働省の所管事項になっている。現在では、財政問題は、そのほとんどすべてが社会保障の収支尻をどう合わせるかという問題に置き換えてもよくなっている。財政健全化という政策課題も、本来は財務省ではなく厚生労働省が解決すべき課題なのである。社会保障の給付削減が無理なら、保険料率の引き上げや社会保険の適用範囲拡大など、社会保険の枠組みの中での解決策を考える。社会保険の仕組みでは解決がどうしても難しいのなら、増税までしっかりコミットする。社会保障だけでなく財政運営の所管官庁でもある厚生労働省は、責任をもって財政健全化を進めていただきたい。

小塩隆士

小塩 隆士

  • 一橋大学経済研究所教授