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Brexitカウントダウン (1) 混迷するBrexit―なぜこんなことになってしまったのか…

鶴岡路人

研究員

2016年6月23日の国民投票で英国民がEU離脱(Brexit)を選択してから、すでに3年近くが経とうとしている。国民投票直後に発足したメイ政権は、2017年3月29日にEUの基本条約であるリスボン条約第50条の規定に基づきEUに対して離脱意思を通知し、2年間の離脱交渉が正式に開始された。その期日が2019年3月29日に迫っている。

EUと英国との間の離脱交渉は、紆余曲折があったものの2018年11月に妥結し、「離脱協定」が署名された。しかし、英国議会下院は2019年1月に歴史的大差で同協定を否決したのである。これによりBrexitプロセスは振り出しに戻り、先の全く見通せない状況に突入してしまった。協定が承認されないままに離脱期日を迎えてしまえば、「合意なき離脱」という結果になる。その場合には、EUと英国の間の物流が停滞し、特に英国側において国民生活にも大きな影響が及ぶとみられている。懸念される混乱に対応するために、軍の待機を含めた非常事態対処計画の準備が進められ、食料や医薬品の備蓄が呼びかけられるなど、21世紀の欧州とは思えない事態になっている。

多くの人にとっては、「なぜこんなことになってしまったのか」と思わざるをえない展開である。英国人にとってもそうであるし、EUの側にとってもそうである。国民投票後のプロセスに限定しても、これほどまでの混迷は不可避だったのだろうか。そしてこの事態はいかなる方向に向かっているのか。

そこで、「Brexitカウントダウン」と題した連載により、英国国内およびEU側の最新の状況を踏まえ、さまざまな争点を掘り下げることで、大詰めを迎えるBrexitの本質に迫りつつ、今後を展望することにしたい。初回となる今回は、離脱交渉における英国側とEU側の事情と思惑を改めて振り返ることにする。 

迷走を続ける英国

今日の事態を招いた最大の原因は、離脱交渉において英国の求めるものが不明確であり、さらに、それに関する英国(特に英議会)内のコンセンサスが決定的に欠如していたことである。そのために、各段階において英国側の準備不足が露呈することになった。その意味では、まさに英国が自ら作り出した危機という他ない。重要な点に絞って以下3点を検討する。

混迷の原因の第1は、離脱交渉の困難さが英国ではそもそも十分に理解されていなかったことだった。国民投票後しばらく、EUからの離脱など「簡単」であるとの発言が、EU離脱担当相などからも頻繁に聞かれた。その背景には、EU加盟国としての英国の位置付けに関する誤解が存在していたのではないか。というのも、英国はEU単一通貨ユーロを採用していない他、出入国管理を原則として撤廃したシェンゲンにも参加してないなど、EU統合においていくつかの重要な「オプト・アウト(適用除外)」を獲得していた。その結果、英国はEUに完全には参加していなかったような錯覚が広く持たれていた。片足、ないし半身のみEUに入っていたと考えていたために、それから抜けることも簡単だと思われていたのだろう。

しかし現実の英国は、EUの完全な加盟国であり、特に単一市場に関しては、制度の構築に中心的な役割を果たし、その恩恵を最大限に受けてきた国の1つであった。国境なき経済活動は、EUにおける単一市場の誕生後、当たり前のものとして認識されてきたが、EUの制度に支えられてはじめて成立するものであり、EUからの離脱はそれを全て失うことを意味した。半世紀近くにおよぶEU加盟の結果、多くの英国人――特にEU離脱派の多く――が考えていた以上に英国はEUにどっぷりと浸かっていた。製品の基準認証や各種規制を含め、英国の国内に浸透しているEUの諸制度を一つ一つ取り除き、EUと英国とを切り離す作業は膨大なものである。これを甘くみたことの代償は大きかった。結局、EUがどのように機能しているかについても、多くの政治家は理解していなかったということなのだろう。

混迷を招いた要因の第2は、離脱交渉における最も重要な目標が、経済的利益なのか、「主権を取り戻す」というスローガンに象徴される政治的なものなのかについての国内のコンセンサスが欠けていたことである。国民投票キャンペーン中は、前者の立場を残留派が、後者の立場を離脱派が主張していた。離脱派は離脱の経済的影響を低く見積もる傾向にあったが、マイナスの影響の全てを否定していたわけではない。経済的損得よりも、主権やアイデンティティの問題をより重視したのである。そのため、離脱による経済的損失を強調することで残留支持を呼びかけるという政府の戦略は成功しなかったのだといえる。議論がすれ違っていたのである。

離脱交渉における「ハード離脱(ハードBrexit)」と「ソフト離脱(ソフトBrexit)」の間の論争も、基本的には同じ構図であった。前者は、経済的損失を甘受してでも「主権を取り戻す」ことが重要だと考え、後者は、経済的損失の最小化を目指したのである。両者のギャップが埋まることはついになかったが、離脱期日が迫るなかで、究極の「ハード離脱」である(EUとの)「合意なき離脱」を懸念する主として経済界の声もあり、メイ政権としてはより現実的なラインに引き寄せられていくことになった。しかし、どのような選択をしても、経済的損失を完全に回避できないのも大きなジレンマである。しかも、経済的損失を回避したいのであればEUに残留すればよいのである。しかし、その選択肢は予め自ら封印しているという、極めて不自然な状況での議論だったのである。

第3に、メイ政権の打ち出した譲歩できない重要問題、すなわち「レッドライン」に無理があったことも、後にEUに対する譲歩を迫られたり、袋小路に陥ったりした大きな要因であった。当初強調されたのは、人の移動の完全な管理、欧州司法裁判所(ECJ)の管轄権の廃止、EU予算への多額の支出の終了などであり、さらには、世界中とFTA(自由貿易協定)を締結する自律的な貿易政策の遂行を謳った。しかし、これを貫徹しようとすれば、不可避的にかなりの「ハード離脱」になってしまう。さまざまに言及されたレッドラインが、どこまで全体として調整され、それぞれの意味するものが吟味されたうえで示されたのか疑問であった。

加えて、北アイルランド問題でもデッドロック状態に陥った。というのも、メイ政権は2017年末の段階で、英国の一部である北アイルランドとアイルランド共和国との間の国境管理を復活させない、すなわち「国境検査のない国境(frictionless border)」を維持することでEUと合意した。これは、北アイルランド和平を維持する観点でも不可欠のものだったが、英国自身が全体として単一市場・関税同盟から離脱するとした場合に、北アイルランド国境の自由な往来をいかに確保できるかが難題になってしまったのである。これについては、別の回で詳しく触れることにする。 

維持されたEUの結束

BrexitをEU側からみる場合に重要なのは、EU――英国が離脱した後は27カ国となるため、「EU27」と呼ばれることが多い――にとっては、英国の将来よりも自分たちの将来の方が重要であるとの現実である。当然のことであろう。EU27にとっても、自らの利益を守るための交渉なのである。 

具体的には、EUの基礎である単一市場の一体性を維持することが何よりの課題であり、そのためにも、英国との離脱交渉においては、27カ国が結束を維持することが求められたのである。そして、それは概ね達成された。当初は各国が「抜け駆け」で英国との二国間ディールの締結に走ることで、EUの足並みが乱れることが懸念されていた。それに比べれば、実際の結束の維持は想定以上の結果だったといえる。

単一市場の一体性とは、モノ、サービス、カネ、ヒトという「4つの自由移動」に関わる問題であり、これらが不可分であることが全ての前提となる。つまり、自国にとって都合のよいものだけの「いいとこどり(cherry-picking)」は許されないのである。具体的には、ヒトの移動に制限を付けるのであれば、他の3つの自由移動も認めないという点が最も重要な部分だった。この背景には、英国に対して例外を認めてしまっては、他にもヒトの自由移動のみの制限を求める加盟国が出てくるかもしれず、それを避けるためにも厳しい姿勢をとる必要があったという事情もある。

また、上述の英国のレッドラインの観点でいえば、ECJの管轄権を認めないのであれば、単一市場に残留することもできない。単一市場における諸規則はEU内で一律に適用される必要があり、法的な紛争が発生した場合にはECJに委ねることが不可欠になるからである。また、もし単一市場に参加するのであれば、いわば「参加費」としてEU予算への相応の拠出も求められることになる。

ただし、英国に続いてEU離脱を希望する加盟国が続出するとの「離脱ドミノ」の懸念は杞憂に終わった。英国における欧州懐疑主義と他国におけるそれとの間に質的な違いがあったことも大きいが、それとともに、離脱決定を受けての英国における混乱をみせつけられ、離脱の魅力が大きく減退したことも大きかったと思われる。実際、英国の国民投票後のEU27における世論調査では、EU加盟への支持が軒並み上昇し、一部の国では史上最高を記録している[1]。英国の二の舞にはなりたくないとの感情が存在していそうである。

同時に、英国の交渉方針が揺れ動く状況が続くなかで、EU側にはフラストレーションが溜まることになった。「Brexit疲れ」である。他に緊急課題のない、いわば平穏な時代であればBrexitに多大な時間とエネルギーを費やしてもよかったかもしれないが、今日のEUは、長引く移民問題、解決からは程遠いユーロ危機、ユーロ圏改革、さらにはテロ対策など、実務レベルから首脳レベルまで、取り組まなければならない問題が山積しているのである。その結果、これ以上Brexitに関わり続けたくない、「もういい加減にして欲しい」というのがEU側の本音になっている。

ただしこれは、「早く出て行って欲しい」というメッセージではない。その証拠に、この段階になっても――あるいはこの段階になったからこそ――EUのさまざまな指導者からは、英国が離脱を翻意しEUに留まることを期待するような発言が聞かれるのである。EU側も実にアンビバレントである。

想定される今後のスケジュール――「合意なき離脱」は避けられるか?

Brexitは、文字通り混迷を深めているが、メイ首相は2月26日の議会での声明で、政府として想定する今後の流れについて説明した。それにEU側の日程を加えると以下のようになる。 

  • 312日まで:現在行われているEUと英国との間の交渉を妥結させ、英政府がEUとの新たな合意を議会に提出し、その承認を求める。――これが可決されれば、3月29日に、EU・英国間の離脱協定に基づき離脱が実現する(しかし、離脱協定承認後に必要となる英国内の立法措置も多数あるとされ、日程的にそれらが間に合わないとの指摘もある。その場合に、緊急避難的な措置として短期間の技術的・暫定的な延期措置が必要であるとの声もあるが、離脱延期が政治的にセンシティブなものになっている以上、これに合意することも容易ではないだろう。3月29日が動かないとすれば、3月12日から29日までの間に、立法措置を含め、まさに突貫作業になる)
  • 313:3月12日に離脱協定が否決された場合に、「合意なき離脱」を認めるか否かの採決を実施――これが可決されれば3月29日の「合意なき離脱」が確定
  • 314:前日の「合意なき離脱」が否決された場合に、EUに対して離脱期日延期の要請を行う案を採決――これが可決され、EU側がこれに応じた場合(下記)、新たな離脱期日に向けて、EUとの間でさらなる交渉が行われる。重要な点は、議会の多数による承認がなければ「合意なき離脱」にはならないこと。ただし、可能性は低いと思われるが、「合意なき離脱」が否決された後に離脱期日の延期も否決された場合に何が起きるのかは必ずしも明確ではない(論理的には、時間切れで「合意なき離脱」になる)
  • 321-22:欧州理事会(EU首脳会合)――前週の英議会での一連の議決結果を受け、EU側の必要な対応を協議・決定。英国が離脱期日の延期を要請している場合は、その諾否を決定。これを承認した場合、延長された離脱期間にいかなる交渉を行うかについての方針も議論。(可能性は高くないとみられるが、期日の延期を認めないとの決定が行われた場合、3月29日の「合意なき離脱」が確定する)
  • 329:英国のEU離脱が実現?――「合意なき離脱」、ないし離脱協定に基づく離脱(後者の場合は2020年12月末までの移行期間に)
  • 523-26:欧州議会選挙――離脱期日が延期される場合の最大の焦点。大幅な延期になる場合は、英国でも欧州議会選挙を実施する必要があるといわれる(しかし、これに関しては英国側でハードルが高い)
  • 5月末:離脱期日が2ヶ月延期になった場合の離脱期日――3月末以降の新たな合意事項を基にした離脱か、新たな交渉ないし国内での承認に失敗し「合意なき離脱」
  • 6月末:離脱期日が3ヶ月の延期になった場合の離脱期日――3月末以降の新たな合意事項を基にした離脱か、新たな交渉ないし国内での承認に失敗し「合意なき離脱」。7月には選挙後の新たな欧州議会が招集され、欧州委員長を含め、欧州委員会の新たな顔ぶれが決まる
  • 202012月末:離脱協定に基づく離脱の場合の移行期間が終了――「バックストップ」に入る?ないし移行期間の延長?

上記はいずれも現時点(2019年3月4日)での想定であり、今後さらに変更が生じる可能性がある。ただし、もし英国議会が離脱協定の承認も離脱期日延期の要請も決定できないとすれば、自動的に「合意なき離脱」になってしまう。たとえそれを望む英国民が少数派だったとしてもである。この現実は変わらないのであり、「合意なき離脱」になる可能性はまだ排除できない状態が続いている。次回以降は、個別の論点を1つずつ取り上げていきたい。

 
   

[1] "Eurobarometer survey shows highest support for the EU in 35 years," European Parliament News, 2018年5月23日http://www.europarl.europa.eu/news/en/headlines/eu-affairs/20180522STO04020/eurobarometer-survey-highest-support-for-the-eu-in-35-years.

 
  


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鶴岡路人

鶴岡 路人

  • 研究員

研究分野・主な関心領域

  • 欧州政治
  • 国際安全保障
  • 米欧関係
  • 日欧関係

研究ユニット

対外政策ユニット