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米中対立の新たな論点としての北極

 同志社大学法科大学院嘱託講師

村上政俊

ワシントンで北極への関心が高まりつつある。2017年12月、トランプ政権が初めて公表した国家安全保障戦略(NSS)[1]に、北極が盛り込まれた。昨年8月に成立した国防授権法(NDAA)[2]は、国防長官に対して本年6月までに新たな北極戦略を提出するよう求めている。現在、国防総省とNSCが策定にあたっているという[3]

具体的な行動も伴う。昨年10月、「トルーマン」が米空母としては27年ぶりに北極圏を航行し、NATO軍事演習に参加した。いまなぜ北極で、とりわけ中国の進出を見据えて、米国が動かなければならないのだろうか。

北極の重要性と中国の進出

冷たい北極での各国の競争が熱くなっている。気候変動によって融氷が進み、艦船の航行などもより容易になってきた北極海では、これまでは考えられていなかった形で可能性が大きく拓けようとしているからだ。

昨年10月、米国、日本、中国など10か国が、中央北極海無規制公海漁業防止協定に署名したものの、北極には南極条約のような個別の法的枠組みが基本的には存在しない。海に囲まれた陸である南極と、陸に囲まれた海である北極は本質的に異なり、南極での法的な整理を北極に単純に当てはめることはできないからだ。しかし、それ故に各国は自国の権益を少しでも拡大しようと必死であり、進出競争は熱を帯びている。

そもそも北極が注目される理由は何だろうか。まず挙げられるのが資源だ。米国地質調査所(USGS)によれば、北極圏には地球上の未発見天然ガスの30%、石油の13%が眠っているという。ほとんどのガス、石油資源が水深500メートル以浅にあり、採掘が比較的容易な点も魅力的だろう。加えてこの海域では、金、銀、銅、ダイヤモンド、亜鉛、ウラン、レアアース、ニッケル等の鉱物資源も確認されており、水産資源も豊富だ。

もう一つの大きな理由が新航路の可能性だ。例えば、日本から欧州に向かう際に北極海航路を利用すれば、マラッカ海峡からスエズ運河を経由する南回りの航路に比べて、距離行程を約3~4割も短縮することができる。航海可能な年間日数も10年前は約50日だったのが、依然として夏季に限定されているものの、現在では約5か月間と飛躍的に増えている。また海賊の懸念がないため、保険料も割安という点も指摘できる。

中国は最近になって北極への関心を急速に強めている。昨年1月に初の北極政策白書を公表して、北極海航路を氷上のシルクロードと位置付け、一帯一路との連結を打ち出したのだ。この中で中国は、自国を北極近隣国(英:Near-Arctic State、中:近北極国家)と定義しており、北極圏に位置していないにもかかわらず積極的に北極海に進出していることを正当化しようとしている。 

苛立ちを深める米国

中国は、北極圏の国々への浸透にも熱心だ。自らを取り囲む環の中で、弱いところを見定めて崩しにかかるというのが中国の常套手段だが、この問題でターゲットになっているのが、グリーンランドとアイスランドだ。

(1)グリーンランド 

世界最大の島であるグリーンランドは、デンマークの自治領として自治政府が置かれ、デンマーク本国と異なりEUにも加わっていない。完全な独立も視野に入れていることから、海外からの投資を必要としており、そこに巧みに付け入っているのが中国だ。財政基盤が脆弱な政府に対してインフラ整備への資金提供を持ち掛け、返済が滞れば引き替えに中国が権利を得るという得意の「債務の罠外交(debt-trap diplomacy)」である。

こうした中国の動きに米国は強い警戒感を持っている。グリーンランド自治政府は島内での3つの空港建設計画に対して、中国企業の参入を容認していた。これに対して、マティス米国防長官はデンマークを訪問し(2017年5月)、翌年には訪米したデンマーク国防大臣に対して懸念を伝達したところ(昨年5月) [4]、デンマーク政府は一転して空港建設への資金拠出を決め、中国企業の参入阻止に動いた。参入しようとしていたのは中国交通建設(China Communications Construction Company, CCCC)だったとされる。同社はこれまでのアフリカや中東だけでなく、一帯一路の覚書に署名したイタリアでもトリエステやジェノバでプロジェクトに参加予定だ。

米国が懸念したのは、自治政府の債務返済が滞ったのちに中国が空港滑走路を軍事転用することだった。米国がグリーンランドでの中国の動きを押しとどめることができたのは、グリーンランドの軍事外交権がいまだデンマーク本国の掌中にあることに加えて、デンマークがNATO加盟国であり米国の同盟国だったことが大きいだろう。

なぜグリーンランドでの中国のプレゼンス拡大を米国が懸念したのかといえば、北西部のチューレ(Thule)空軍基地の存在を挙げることができるだろう。チューレは米国のミサイル防衛にとって重要な拠点であると同時に、カナダから目と鼻の先である点も見逃せない。また香港を拠点とする鉱山会社の俊安集団(General Nice Group)が、グリーンランド・グロネッダール(Grønnedal)の旧米海軍基地を買収しようとしたが、こちらもデンマーク政府が許可しなかったという事案も発生しており[5]、米国の懸念は杞憂とはいえないだろう。

(2)アイスランド 

グリーンランドと同じく欧州大陸から遠く離れたアイスランドは、漁業以外に産業が乏しかったことから金融立国を志向していたが、リーマン・ブラザーズの破綻に端を発する世界金融危機の影響をまともに蒙った。

ここに隙を見出したのが中国だった。アイスランドと通貨スワップ協定を締結して支援し(2010年)、温家宝が中国首相として同国を初めて訪問した(2012年)。アイスランドは欧州で最初にFTAを結んだ国となった(2013年締結)。政府機関である中国極地研究センターがオーロラ観測所も建設している。

首都レイキャビクには、中国のアイスランド重視を表すかのように、大規模な大使館が建設されている。レイキャビク港の開発にも関心を示しており、2万トン級で世界最大の砕氷船「雪龍」が寄港している。

こうした中国の動きを睨みながら、米国はアイスランドと軍事、経済で関係強化に乗り出している。2006年に閉鎖されたケプラヴィーク海軍航空基地(Naval Air Station Keflavík)は、その重要性が見直され[6]、NATOによる軍事演習トライデント・ジャンクチャー(Trident Juncture)の一環で対潜哨戒機P-8(愛称ポセイドン)が派遣されている。アイスランドはNATO加盟国ではあるが自前の軍隊を保持していないので、米軍のプレゼンスは重要な意味を持つ。

本年2月にはポンペオ国務長官がアイスランドを訪問して経済対話の立ち上げを発表した。またアイスランドは「世界における戦略的な地(strategic place in the world)[7]」だと述べ、「米国が後退すれば中国やロシアがその空白を埋めるだろう(When America retreats, nations like China and Russia will fill the vacuum.)[8]」として、中国そしてロシアによる北極圏での影響力拡大への警戒感を顕わにした。

米国務長官の同国訪問は2008年以来だったが、本年5月にアイスランドが北極評議会(Arctic Council)の議長国となることも見据えてのことだった。政府間協議体である北極評議会は、固定されたメンバー国である米国、カナダ、ロシア、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、アイスランドの8か国で構成されているが、中国が2013年に日本、インド、韓国などとともにオブザーバー入りしており、米国としてもアイスランドとの連携強化の必要性を感じている。

 北極海の軍事的な位置付け

軍事的にみれば、冷戦期、北極海上空は大陸間弾道弾の飛翔路であり、かつ米ソの戦略爆撃機が飛行する空域であり、海中は潜水艦が行き交っていた。冷戦崩壊後にロシアは北極圏の基地の一部を閉鎖し、西側の協力を得て退役原子力潜水艦の解体を進め、北極海の軍事的な位置付けは急速に低下していたが、いま再び重要性が増しているといえよう。

2015年には、当時のオバマ大統領のアラスカ訪問のタイミングで中国海軍の艦艇5隻がベーリング海峡で初めて確認されているし、アリューシャン列島では米国領海も航行したとされている。中国が公表した北極白書では触れられていないが、潜水艦が容易に探知されない北極海については、核ミサイル搭載の原子力潜水艦の潜在的な展開場所としておそらく考えられているのだろう。そうなれば米国の核戦略にも影響が及ぶこととなる。

もちろん中国の北極海への軍事的進出はそれほど簡単なことではない。北極海と太平洋の間に位置するベーリング海峡というチョークポイントを突破しなければならないからだ。いずれにしても米中関係において将来的に争点となり得る北極について、今後も注視する必要がありそうだ。

 


[1] https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2017/12/NSS-Final-12-18-2017-0905.pdf

[2] https://www.congress.gov/115/bills/hr5515/BILLS-115hr5515enr.pdf

[3] Dan Lamothe, “Trump administration’s new Arctic defense strategy expected to zero in on concerns about China: Beijing’s recent behavior in the Arctic has triggered some alarms in the Pentagon”, The Washington Post, March 15, 2019,

<https://www.washingtonpost.com/national-security/2019/03/15/trump-administrations-new-arctic-defense-strategy-expected-zero-concerns-about-china/?utm_term=.b3edb9b6c646>

[4] Drew Hinshaw and Jeremy Page, “How the Pentagon Countered China’s Designs on Greenland: Washington urged Denmark to finance airports that Chinese aimed to build on North America’s doorstep”, The Wall Street Journal, February 10, 2019 <https://www.wsj.com/articles/how-the-pentagon-countered-chinas-designs-on-greenland-11549812296>

[5] Erik Matzen, “Denmark spurned Chinese offer for Greenland base over security: sources”, Reuters, April 7, 2017, <https://www.reuters.com/article/us-denmark-china-greenland-base/denmark-spurned-chinese-offer-for-greenland-base-over-security-sources-idUSKBN1782EE>

[6] Gregory Winger and Gustav Petursson, “Return to Keflavik Station: Iceland's Cold War Legacy Reappraised”, Foreign Affairs, February 24, 2016, <https://www.foreignaffairs.com/articles/united-states/2016-02-24/return-keflavik-station>

[7] Lesley Wroughton, “U.S. and Iceland boost trade ties, discuss Arctic security”, Reuters, February 15, 2019, <https://www.reuters.com/article/us-usa-iceland-pompeo/u-s-and-iceland-boost-trade-ties-discuss-arctic-security-idUSKCN1Q41RT>

[8] Department of State, “Press Availability With Icelandic Foreign Minister Gudlaugur Thor Thordarson”, February 15, 2019, <https://www.state.gov/secretary/remarks/2019/02/289512.htm>

村上 政俊

  • 同志社大学法科大学院嘱託講師