2019年6月、コロラド州でのイベントに登壇したコーク兄弟の兄、チャールズ・コーク(左)(写真提供 Getty Images)

非介入派を支えるコーク財団―クインジー研究所の誕生―

帝京大学法学部准教授
宮田智之

チャールズ・コークとデイヴィッド・コークのコーク兄弟と言えば、その豊富な資金力を武器に共和党内で多大な影響力を行使するとともに、自ら所有する財団は、スケイフ財団やブラッドレー財団などと並んで、保守派の政治インフラのための中核的資金源として機能してきた。また、オバマ政権初期にティーパーティ運動が発生した際には、この運動を背後から操る「黒幕」などとも呼ばれ、民主党やリベラル派からの集中砲火を浴びた。以来、コーク兄弟の名は広く知れ渡るようになり、ジェイン・メイヤーの『ダーク・マネー』をはじめ二人を題材とした本も出版されるようになった[1]

このように、今日のアメリカ政治で圧倒的な存在感を有するコーク兄弟であるが、その最近の動向に関して軽視できないのは、チャールズ・コークが外交や安全保障への関心を強めていることであり、その成果の一つとして、本年秋にクインジー研究所(Quincy Institute for Responsible Statecraft)が本格的に始動する[2]。同研究所は、軍事力の抑制的行使を提唱するなど非介入主義を掲げるシンクタンクである。

定期的に噴出するトランプ大統領の孤立主義的な言動は、国際主義的で介入主義を肯定する外交エスタブリッシュメントを揺さぶり続けている。こうした中で、コーク財団の資金はトランプ大統領の主張と共鳴し合いながら、リバタリアン、リアリスト、左派、そして孤立主義的なトランプ派からなる非介入派の拡大に貢献するかもしれない[3]

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コーク兄弟は、リバタリアニズム(自由至上主義)を強く支持している。そのため、長年にわたりコーク財団は、「個人の自由」、「自由市場」、「限定的政府」を唱える様々な団体に対して、莫大な資金を集中的に投下する戦略的フィランソロピーに従事してきた。リバタリアニズムの拠点の一つであるケイトー研究所は、その恩恵を最も受けてきた筆頭である。ケイトー研究所以外では、ジョージ・メイソン大学のマルカタス・センターと人文学研究所(IHS)、インスティテュート・フォー・ジャスティス、競争的企業研究所(CEI)、リーズン財団なども、コーク財団の手厚い支援を受けている。また、リバタリアニズムを標榜しているわけではないものの、経済政策をめぐる共通の立場から、ヘリテージ財団、アメリカン・エンタープライズ公共政策研究所(AEI)、フェデラリスト協会といった保守派を代表するシンクタンクやその他の団体も、コーク財団から多額の資金を受けている[4]

これまでコーク兄弟の関心は専ら国内政策や経済政策に向けられ、上記の資金提供を通して規制緩和や減税を推進してきた。二人が経営するコーク・インダストリーズは石油・天然ガス事業などに従事しており、コーク財団が環境規制に反対する団体に多くの資金を提供していることは周知の事実である[5]。ただし、国内政策や経済政策に対する関心に比べると、外交安全保障へのそれは高いとは言えなかった。若い頃、ベトナム反戦を強く主張したが、財団の主要な目的としてリバタリアンが重視する「海外不関与論」を積極的に推進したことはほとんどない。それが変わりつつある。チャールズ・コーク主導のもと、コーク財団は外交専門家の実態に対する危機感から非介入派の育成を目的とした資金提供に力を入れるようになっている。

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今日のアメリカ政治の特徴の一つとして、しばしば分極化が指摘される。しかし、外交安全保障の分野を見ると、個々の問題において主張の違いは見られるものの、国際主義を支持する声は党派を超えて広範に存在している。すなわち、アメリカの世界的関与の重要性を説くとともに、軍事力の行使を肯定する声は、共和党保守強硬派、共和党新保守主義者、民主党穏健派、リベラル・ホークによって共有されている[6]

リアリストのスティーブン・ウォルトによると、このような介入主義を肯定する人材は政府機関、研究機関、メディア、大学などに無数に散らばり、シンクタンクでは、ブルッキングス研究所、カーネギー国際平和財団、AEI、ヘリテージ財団、アトランティック・カウンシル、戦略予算評価センター(CSBA)、戦略国際問題研究所(CSIS)、新アメリカ安全保障センター(CNAS)、アメリカ進歩センター(CAP)、ニューアメリカなどで以上の立場が提唱されている。これに対して、軍事力の抑制的行使を求める声は少数派である。シンクタンクでは、ケイトー研究所以外に、リアリスト系のセンター・フォー・ザ・ナショナル・インタレスト、左派の国際政策センターなどが挙げられるに過ぎない。ウォルトは、近著(The Hell of Good Intentions)の中で、このような現実こそがアメリカが「終わりのない戦争」を戦っている最大の原因であるとし、対抗勢力の育成が急務であると訴えている[7]。コーク財団は、正にこのウォルトの主張を具体化しようとしているのである。

たとえば、コーク財団はリアリストが運営する大学院プログラムや大学付属の研究機関への資金提供を活発化させている。昨年から始まったバリー・ポーゼンとウォルトが指揮するマサチューセッツ工科大学とハーヴァード大学の共同プログラム(Grand Strategy, Security, and Statecraft Fellows Program)はその一つであり、コーク財団から300万ドルもの資金を受けている。同じく、リアリストのマイケル・デッシュが指揮するノートルダム大学国際安全保障センターもコーク財団から350万ドルを受けている。その他では、タフツ大学フレッチャースクール戦略研究センター、カリフォルニア州立大学サンディエゴ校の平和・安全保障研究センター、カトリック大学の研究センターなどもコーク財団の支援を受けている[8]

また、コーク財団は外交シンクタンクの創設にも乗り出しており、2015年末にはディフェンス・プライオリティーズ(Defense Priorities)というシンクタンクがコーク財団関係者の協力を得て誕生している。所長を務めるのは、2016年大統領選挙でランド・ポール共和党候補支持のスーパーPACを率いたエドワード・キングである。ディフェンス・プライオリティーズはケイトー研究所との繋がりが深く、クリス・プリーブルやダグ・バンドウが関わっているとされ、同研究所の防衛研究部長であったチャールズ・ペーニヤは上級研究員として在籍している[9]

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そして、コーク財団の支援を受けて冒頭のクインジー研究所が本年秋に始動する。研究所の名は、ジョン・クインジー・アダムズ(John Quincy Adams)第六代大統領からとっている。ジョン・クインジー・アダムズは、モンロー宣言(1823年)の事実上の起草者であり、「アメリカは怪物を、退治すべく、海外に出ていくことはない」という有名な言葉を残しているが、クインジー研究所はこの外交思想を踏襲するかのような設立声明を発表している。すなわち、「軍隊は、世界の警察官として行動するためではなく、アメリカ国民と領土を守るために存在しているのである」と訴えている。

クインジー研究所は、短期的にはアフガニスタン及びシリアからの米軍撤退、イラン核合意への復帰、強硬な対露・対中政策からの転換、国防費の大幅削減などを訴えていくと見られている。そして、中長期的には、ブルッキングス研究所やヘリテージ財団などの大手シンクタンクが行なっているように、政府や議会への人材供給源となることを目標としている[10]

このクインジー研究所に関して注目されるのは、関係者の顔ぶれである。創設メンバーには、元全米イラン系アメリカ人評議会会長のトリタ・パルシ、カーネギー国際平和財団上級研究員のスザンヌ・ディマジオとともに、左派のエリ・クリフトンやスティーブン・ワーサイムが名を連ねている。また、創設メンバーではないものの、バーニー・サンダース陣営の外交顧問を務めるマット・ダスも非公式に関与し助言を提供している。要するに、クインジー研究所は左派と連携することにも積極的である。事実、ベイセヴィッチは「より軍事色の乏しい政策を考案するためにプログレッシブ(左派)と非介入主義保守派の双方を招いていく」と語っている。

コーク財団と並んで、ジョージ・ソロスのオープン・ソサイエティ財団が大口支援者である事実もクインジー研究所が左派に浸透しつつある証しである。ソロスは、リベラル派を代表する大物フィランソロピストであり、コーク兄弟らに対抗して1990年代後半以降リベラル派の政治インフラの整備に資金を投じてきた。政治的に長年敵対関係にあったコークとソロスの二人が手を組んだのであるから、当然「奇妙な組み合わせ」として、クインジー研究所の立ち上げには多くの関心が集まっている。とはいえ、コーク兄弟同様、ソロスも海外における軍事力の行使に批判的であり、したがってソロスの財団がクインジー研究所に資金提供を行うことは不自然ではない[11]

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コーク財団の支援を受けて、非介入主義を掲げるリバタリアン、リアリスト、左派の勢いが生じつつある。そこで注目されるのは、こうした動きに孤立主義的なトランプ派がいかに反応するかであろう。今のところ繋がりは薄いようだが、既存の外交政策に根本的な批判を繰り返し、外交エスタブリッシュメントに挑戦する姿勢は本質的に同じである。そのため、FOXニュースのタッカー・カールソンらトランプ派の人材がクインジー研究所などと足並みを揃える可能性は否定できない[12]

 


[1] ジェイン・メイヤー著、伏見威蕃訳『ダーク・マネー-巧妙に洗脳される米国民』(東洋経済新報社、2017年)。

[2] 現在、コーク財団の活動を指揮しているのは兄のチャールズ・コーク(83歳)である。弟のデイヴィッド・コーク(79歳)は体調不安を理由に事実上引退していたが、823日に死去した。

[3] これらグループが連携するのは珍しくなく、たとえば、2003年のイラク戦争の際、リバタリアン、リアリスト、左派、孤立主義者は連合を組んで反対を唱えている。久保文明「外交論の諸潮流とイデオロギー」久保文明編『アメリカ外交の諸潮流—リベラルから保守までー』(日本国際問題研究所、2007年)、36-37頁。

[4] 渡辺靖『リバタリアニズムーアメリカを揺るがす自由至上主義』(中公新書、2019年)、129-134頁。宮田智之「ティーパーティ運動の一つの背景—コーク(Koch)兄弟についての考察」久保文明+東京財団「現代アメリカ」プロジェクト編『ティーパーティ運動の研究—アメリカ保守主義の変容』(NTT出版、2012年)、75-79頁。

[5] Greenpeace, “Koch Industries: Secretly Funding the Climate Denial Machine,” <https://www.greenpeace.org/usa/global-warming/climate-deniers/koch-industries/>

[6] 外交政策の専門家は、①民主党左派・反戦派、②民主党穏健派、③リベラル・ホーク、④共和党リアリスト、⑤共和党保守強硬派、⑥共和党新保守主義者、⑦共和党孤立主義者、⑧共和党宗教保守派に分類できる。それぞれの特徴については、久保編『アメリカ外交の諸潮流』を参照。

[7] Stephen M. Walt, The Hell of Good Intentions: America’s Foreign Policy Elite and the Decline of U.S. Primacy (New York: Farrar, Straus and Giroux, 2018).

[8] Greg Jaffe, “Libertarian billionaire Charles Koch is making a big bet on foreign policy,” The Washington Post, November 11, 2017, < https://www.washingtonpost.com/world/national-security/libertarian-billionaire-charles-koch-is-making-a-big-bet-on-foreign-policy/2017/11/10/f537b700-c639-11e7-84bc-5e285c7f4512_story.html?utm_term=.efcfbbdbaa53 >; Armin Rosen, “Koch Dark Money Funds Anti-Israel Darlings,” Tablet, April 22, 2018<https://www.tabletmag.com/jewish-news-and-politics/260210/koch-anti-israel-walt >

[9] Bryan Bender, “Allies of Rand Paul, Koch take aims at hawks,” Politico, June 9, 2016< https://www.politico.com/story/2016/06/rand-paul-charles-koch-think-tank-224099 >

[10] Stephen Kinzer, “In an astonishing turn, George Soros and Charles Koch team up to end US ‘forever war’ policy,” The Boston Globe, June 30, 2019< https://www.bostonglobe.com/opinion/2019/06/30/soros-and-koch-brothers-team-end-forever-war-policy/WhyENwjhG0vfo9Um6Zl0JO/story.html>

[11] Ibid.; David Kilon, “Can a New Think Tank Put a Stop to Endless War?”, The Nation, July 29, 2019< https://www.thenation.com/article/quincy-institute-responsible-statecraft-think-tank/>; Daniel W. Drezner, “Charles Koch and George Soros teamed up on a new foreign-policy think tank. I have questions,” The Washington Post, July 11, 2019< https://www.washingtonpost.com/outlook/2019/07/11/some-questions-about-quincy-institute/>;

[12] もっとも、カールソンは国内政策をめぐりコーク兄弟を激しく攻撃している。最近も、カールソンはFOXニュースの番組の中で、アメリカ・ファーストへの反対、国境の取締り強化反対、公的年金・メディケア削減支持、刑事司法制度改革の推進といったコーク兄弟の主張が、保守派の立場と相入れないといった批判を展開したばかりである。Tucker Carlson, “Tucker Carlson: The Truth About The Koch Brothers and The Republican Party,” RealClearPolitics, June 20, 2019<https://www.realclearpolitics.com/video/2019/06/20/tucker_carlson_the_truth_about_the_koch_brothers_and_the_republican_party.html>

宮田 智之

  • 帝京大学法学部准教授