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就労調整を招かない被用者保険適用拡大を

年金制度改正の柱の1つとなっている被用者保険(年金・医療)適用拡大の議論が大詰めを迎えている。被用者保険適用拡大は、非正規雇用者が社会保険制度において不利な状況に置かれがちである現状の是正を目指すものであり、重要なテーマである。非正規雇用者は、雇用者(役員を除く)5,596万人のうち2,120万人と4割弱を占めている(2018年平均。総務省統計局「労働力調査(詳細集計)」)。

もっとも、現在の政府案では、所期の目的実現に十分ではなく、かつ、パート主婦の就労調整を深刻化させるなど懸念もある。本稿では、現状、および、政府案とその課題を整理した。なお、公的年金と健康保険のうち公的年金に焦点を絞って話を進めるが、健康保険にも概ねあてはまる。

第1号、第2号、第3号被保険者それぞれの負担と給付

そもそもわが国の公的年金制度の加入者は、第1号、第2号、第3号被保険者の3つに分類され、それぞれ負担と給付が異なっている。

第1号被保険者は、月々定額16,410円の国民年金保険料を支払い、老後には満額で月65,000円の基礎年金を受け取る。基礎年金の将来の給付水準は、今後良好な経済状況が実現したとしても、3割程度引き下げなければ年金財政は安定しないとの見通しが厚生労働省から示されている(2019年の財政検証)。

第2号被保険者は、公的年金の加入者のうち、厚生年金保険、共済組合の加入者であり、厚生年金保険の場合、保険料18.3%を労使折半で負担し、老後には基礎年金と厚生年金を受け取る。厚生年金の給付額は、平均賃金の男性が40年加入した場合、月90,000円程度であり、今後わずかな水準低下にとどまるとの見通しが示されている。厚生年金保険の被保険者となるためには、就労時間などで一定の要件を満たさなければならない。

要件は、従業員規模501人以上と500人以下とで異なる。500人以下の場合、労働時間が正社員の4分の3以上であることが要件となり、年収130万円相当とされている。501人以上の場合、20時間以上、月額賃金88,000円以上(年収106万円以上)、勤務期間1年以上見込み、学生ではないことの4つが要件となる。

第3号被保険者は、第2号被保険者の夫(妻)を持つ、収入が一定以下の妻(夫)である。第3号被保険者は、直接的な保険料負担なく、老後に基礎年金を受け取る。第3号被保険者は、完全な専業主婦ではなくとも、パートなどの収入が「閾値」未満の金額であればよく、その閾値がパート先の従業員規模が500人以下、501人以上それぞれ130万円、106万円となる。

第1号被保険者は、第2号被保険者と異なり、保険料に事業主負担がなく、かつ、所得に関わらず定額すなわち逆進的である。給付も基礎年金しかない。こうした差異は、第1号被保険者が、自営業者や農林漁業者(自営業者と総称)である限りにおいては合理的である。自営業者は、被用者と異なり定年がなく長期就労が可能であることから手厚い年金の必要性は相対的に低く、クロヨンと言われるように正確な所得捕捉の難しさがあることから、保険料を所得比例とした場合、所得捕捉の不備が保険料負担に反映され、不公平が生じかねないためである。

ところが、就業形態別の公的年金加入状況をみると(図表1)、第1号被保険者1,572万人のうち最大のウェイトを占めるのは今や「会社員」536万人となっている。「その他の働き方」181万人も含めれば717万人である。自営業は362万人に過ぎない。第1号被保険者となっている「会社員」と「その他の働き方」とは、ごく大まかには「非正規雇用者」と言い換えることができよう。こうした非正規雇用者は、第2号被保険者に移行すべき、というのが被用者保険適用拡大の趣旨である。

財政検証で示された2つの方法

被用者保険適用拡大のための方法として、2019年の財政検証のなかで2つの方法が提案された。

1つは、賃金要件の緩和である。下限を現在の月額88,000円からさらに引き下げれば、より多くの人が第2号被保険者になれるとの考え方だ。実際、財政検証では、下限を58,000円に引き下げた場合の適用拡大効果が試算されている。それによれば、第2号被保険者は1,050万人増加、内訳は、第1号から第2号への移行400万人、同様に第3号から350万人、非加入から300万人となっている。

もっとも、この方法は早々に選択肢から外されている。第1号被保険者との公平性が損なわれるためである。下限88,000円は保険料率18.3%を掛けると16,104円となり、第1号被保険者の保険料負担16,410円とギリギリ公平性が保てる水準に設定されている。仮に、下限を58,000円に引き下げると、保険料は10,614円にしかならず、それでも基礎年金に加え厚生年金を受け取ることが出来る。これでは、第1号被保険者との公平性が保てない。

もう1つの方法は、従業員規模要件501人以上の引き下げである。財政検証によれば、従業員規模要件を廃止した場合、第2号被保険者は125万人増加すると試算されている。内訳は、第1号、第3号、非加入からの移行がそれぞれ45万人、40万人、40万人となっている。現在、この従業員規模要件の引き下げが有力である。もっとも、実際には廃止ではなく、101人、51人といった規模への引き下げになり、よって得られる効果もその分125万人よりも小幅になると考えられる。加えて、引き下げによって第1号と第3号が受ける影響を明確に峻別しておく必要がある。

1号にとって、第2号に移行できる可能性が広がることは好ましいことである。メリットは、公的年金における負担と給付の改善だけではない。第1号は、健康保険については、市町村の国民健康保険(国保)に加入している。第2号となることで、企業の健康保険組合か協会けんぽ(被用者健保と総称)に加入することとなり、被用者健保の保険料には事業主負担があることなどから、労働者にとって負担軽減となるはずである。

第3号被保険者の就労調整が強まる恐れ

他方、第3号被保険者に関しては、従業員規模要件引き下げによって「130万円のかべ」として知られる就労調整が強まる恐れがある。

現在、従業員規模500人以下の企業で働くいわゆるパート主婦は、年収130万円未満であれば、社会保険制度上、夫の被扶養者すなわち第3号被保険者として年金と健康保険料を負担せずとも済む。ところが、年収130万円以上になると、第2号被保険者として自ら社会保険料を負担する必要が生じ、可処分所得は125万円から109万円へと一挙に16万円落ち込む(図表2)。可処分所得125万円を再び得るには、年収151万円まで働かなければならない。そこで、年収が130万円を超えないよう就労調整が行われる。これが130万円のかべである。

 

かべはもう一種類ある。それは、従業員規模501人以上の企業で勤務するパート主婦の106万円のかべである。パート主婦の年収が106万円以上になると、可処分所得が104万円から90万円へと一挙に14万円落ち込む(図表3)。そこで、年収が106万円を超えないようやはり就労調整が行われる。社会保険制度は、本来、労働供給に中立的でなければならないにもかかわらず、このように労働供給を歪めている。年収は暦年で測られるので、就労調整は年末に起こりやすくなり、人手不足が集中するといった問題もある。

財政検証で提案されているように従業員規模要件を仮に廃止すると、全ての第3号被保険者が106万円のかべに直面するようになる。すると、それまで年収130万円までは働いていた人であっても、それより24万円少ない年収106万円までの就労でとどめるケースが少なからず出てくるものと考えられる。24万円は、1か月半から2か月程度の就労期間に相当するだろう。このように、従業員規模要件の引き下げは、第1号にとっては好ましくとも、第3号に関しては就労調整を強める恐れがある。

そこで、かべがパート主婦にとって意識されなくなるほど賃金要件を引き下げればよいとの考え方も出てくる。しかし、月額賃金要件を88,000円から下に引き下げるほど、第1号被保険者との公平性の低下という弊害が大きくなる。

 

運営面の改善への着目

つまるところ、わが国の公的年金制度体系、すなわち、基礎年金という全国民共通の給付を持ちつつ、加入者を第1号、第2号、第3号に分類し、それぞれ費用負担方法が異なるという構造を改めない限り、問題は根本的には解決しない。現行制度のどこかをいじっても、得られる効果は小さく、他のどこかでひずみも生じる。制度は複雑化し国民の理解も遠のく。それが現在の政府案といえる。もっとも、根本的な解決に向けた熱気のようなものもほとんどみられない。

そこで、着目すべきが、制度をいじるのではなく、日本年金機構による運営の改善である。西沢(2019a[1]で紹介したように、厚生年金保険への加入を届け出ている事業所(適用事業所)の数は、2010年の日本年金機構発足当初2年間、前年度比減少していたが、2015年から国税庁の源泉徴収義務者の情報を用いて適用業務を進めたことが効果を発揮し、同年度以降は前年度比平均約12万事業所ずつ増加している。

さらに、西沢(2019b[2][3]で提案したように、厚生年金保険適用・資格取得・保険料納付方法の見直しが効果的である。ポイントは、厚生年金保険料の源泉徴収とマイナンバーあるいは基礎年金番号を用いた名寄せにある。それにより、複数事業所勤務の雇用者が捕捉もれにより第2号被保険者となりにくい現状も大きく是正される。

今後政府内の議論は、従業員規模要件引き下げのレベルとスケジュールに絞り込まれていくものと思われるが[4]、それにとどまることなく、運営改善への着目、さらには、現行制度の根本的な見直しへと踏み込むべきであろう。



[1]西沢和彦(2019a「発足10年を迎える日本年金機構」東京財団政策研究所

[2]西沢和彦(2019b「第2章 働き方の多様化と厚生年金保険適用・資格取得・保険料納付の見直し」東京財団政策研究所「『働き方改革』と税・社会保障のあり方」所収 

[3]東京財団政策研究所 税・社会保障改革ユニット(2019政策提言「『働き方改革』と税・社会保障のあり方」

[4]自民党から次のような従業員要件規模とスケジュールが提言されている。
「(前略)今回の改正では、50人超規模の企業まで適用するスケジュールを明記する。具体的には、202410月に50人超規模の企業まで適用することとし、その施行までの間にも、できるだけ多くの労働者の保障を充実させるため、202210月に100人超規模の企業までは適用することを基本とする。50人以下の企業についても、今回の改正が与える影響に配慮しつつ、引き続き検討を進めるべきである(後略)」(自由民主党社会保障制度調査会・年金委員会・医療委員会「年金制度改革等に向けた提言」(2019125日))

西沢 和彦

  • 日本総合研究所調査部主席研究員