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就職氷河期世代は健康面でも不利

就職氷河期支援が政府の重点政策に

政府の2020年度予算案では、全世代型社会保障の構築が最重点項目の一つとして位置づけられ、バブル崩壊後の不況期に就職難だった就職氷河期世代への支援が目指されている。予算規模は約600億円。氷河期世代への対策を集中的に推進するため、全国のハローワークに専門の窓口を設置する。専門の担当者がチームを組み、就職相談から職業紹介、職場に定着するまで一貫して支援することにより、安定した就労につなげる。さらに、氷河期世代の失業者を正社員として雇用した企業への助成金も拡充する。

就職氷河期世代とは、日本経済がバブル崩壊後、長期不況に陥っている時代、具体的には1993年春から2004年春に大学や高校を卒業し、就職活動を行った世代である。197085年頃に生まれ、現在では30歳台半ばから50歳近くになっている。人口規模としては1600万人を超え、現時点の生産年齢人口(生産活動に従事しうる年齢である1564歳人口)の約22%を占める。この世代の収入が不安定なまま高齢化すると、生活保護受給世帯の増加など社会保障費の膨張を招きかねない。就職氷河期に対する就業支援は、その意味でも重要な政策である。

この小論で問題にしたいのは、就職氷河期世代の健康が、他の世代に比べて、全体(マス)としてどこまで悪くなっているかという点だ。就職に苦労し、その後も就労・所得などの面で不利な立場に立たされているとすれば、健康状態にも悪い影響が出ることは容易に想像されることである。上述のように、就職氷河期世代は層としても無視できない厚みを持っている。したがって、この世代の健康問題は、日本の社会政策や公衆衛生にとって重要なテーマとなる。

人生を左右する就活期の経済状況

日本ではいまでも新卒一括採用が中心である。そのため、大学や高校を卒業して最初に就く仕事、すなわち「初職」がその後の職業人生を大きく左右することが知られている。就職氷河期は、卒業後も就職がなかなか決まらず、無業状態になったり、就職できても非正規にとどまったりするケースがかなりあった。職業人生のスタート時点がこのような状況だとその後の挽回が難しく、就労や賃金の面で不利な状態が続く。このことは、東京大学の玄田有史教授らによる精力的な研究(Genda et al., 2010)で既に広く知られている。

筆者も国際医療福祉大学の稲垣誠一教授と一緒に、初職の重要性を独自調査で確認したことがある(Oshio and Inagaki, 2015)。初職が正規雇用以外だとその後も正規雇用になる可能性が低く、賃金も低めで、結婚する確率も低下する。生活満足度も低くなる。健康面への影響はどうか。国外の研究を見ると、2000年代末の世界金融危機が、国民全体の健康状態に及ぼす影響を分析した例は多数ある。しかし、日本の就職氷河期世代のような特定の世代の健康に、マクロ経済の状況や経済政策がどのように影響したかを調べた研究はあまり多くない。日本では、初職がその後の人生を決める度合いが結構強いので、世代への影響が明確に出る可能性がある。

しかし、健康状態を異なる世代間で比較することはそれほど容易ではない。現時点では、就職氷河期世代は30歳台半ばから50歳近くの年齢層だが、他の世代はそれより年下または年上である。年齢が違うのだから、健康も単純に比較できない。また、過去の時点の同じ年齢層と比べようとしても、経済状況が異なるのでその影響が混じってしまう。

就職氷河期世代は健康面でも不利に

そこで筆者は、厚生労働省が公表している「国民生活基礎調査」1986年から2016年調査(3年毎に実施した大調査。計11回)から得られる約300万人のデータに基づき、年齢や時点の影響を統計的に調整したうえで、就職氷河期世代の健康がそれ以外の世代とどこまで異なるかを調べてみた。「基礎調査」では、健康についてさまざまな項目を調べている。ここでは、そのうち、①入院中か②何らかの自覚症状があるか③自分の健康状態をどう評価するか④健康上の問題で日常生活に影響があるか、という4項目について調べる。ただし、③については、「よい」「まあよい」「ふつう」「あまりよくない」「よくない」という5段階で評価させており、ここでは、「よくない」と答えた場合と、「あまりよくない」または「よくない」と答えた場合の合計とに注目する。また、④は1989年以降の調査に限定される。

分析対象とするのは、毎年調査において3059歳の年齢層である。30歳になれば就職活動も終わり、ほとんどの人が何らかの形で就職しているだろうし、60歳になると年金生活に入り、現役時代とは生活環境が大きく異なってくるからである。就職氷河期世代は、2001年調査あたりからこの年齢層に徐々に入ってくる。比較した結果は、「オッズ比」で示す。これは、大まかに言えば、就職氷河期世代であれば、それ以外の世代に比べて、健康状態が悪くなるリスクが何倍になるかを示したものである。

男女計及び男女別に計算した結果をまとめたのが、図である。例えば、男女計で見た場合、入院しなければならなくなるリスクは、就職氷河期世代はそれ以外の世代に比べて1.24倍になっている。また、自分の健康状態を5段階で最も悪い、「よくない」と評価するリスクは1.28倍となっている。もちろん、入院したり、健康状態を「よくない」と評価したりする人はかなりの少数派で、サンプル全体でも1%程度にとどまる。つまり、それだけ深刻な状態なのだが、それでここまで差があることはやはり注目してよい。一方、「自覚症状あり」など、その他の項目になると、該当する人もやや増えてくる。しかし、そこでも、就職氷河期世代の健康状態が相対的に悪いことが、項目によって程度の差こそあれ明確になっている。

 

図 就職氷河期世代の健康リスク

―他の世代と比べて何倍か(オッズ比)―

(注)分析対象は3059歳。すべて統計的に有意(p < 0.001
(出所)厚生労働省「国民生活基礎調査」(19862016年調査)より筆者計算

必要な公衆衛生の観点

総人口のうち1,600万人もの人たちが、たまたま就活期に深刻な経済状況に出くわしたという、自分の責任とは無関係な原因で、経済面だけでなく健康面も不利な立場に立たされている。この状況は看過できない。初職でつまずくとその後の取返しが難しい日本社会では、こうしたタイプの問題は、他の先進国より深刻になっているはずである。 

政府が、就職氷河期世代が抱える問題を強く意識し、予算面でも力を入れていることは高く評価できる。「就職氷河期世代支援プログラム」では、今後3年間の集中支援策として、就職氷河期世代に対する就職支援や能力開発、採用企業への情報提供等に力を入れるとしている。そうした支援策を立案し、政策の効果を評価する場合にも、公衆衛生の観点からの検討が必要になっている。



参考文献

Yuji Genda, Ayako Kondo, and Souichi Ohta, “Long-term effects of a recession at labor market entry in Japan and the United States,” Journal of Human Resources, 2010;45(1):157­-196.

Takashi Oshio and Seiichi Inagaki, “The direct and indirect effects of initial job status on midlife psychological distress in Japan: Evidence from a mediation analysis,” Industrial Health, 2015;53(4):311-321.

小塩隆士

小塩 隆士

  • 一橋大学経済研究所教授