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<新政権と税・社会保障の課題>その2 積み残された4つの課題の解決を
画像提供:Getty images 2020年9月16日に発足した菅内閣

<新政権と税・社会保障の課題>その2:積み残された4つの課題の解決を

September 29, 2020

家計の体力回復には力不足だったアベノミクス
全世代型社会保障に見られる工夫
コロナで中途半端に終わった改革
菅政権が取り組むべき課題

家計の体力回復には力不足だったアベノミクス

戦後最長の7年あまり続いた安倍前政権は、発足当初は社会保障改革にほとんど興味がなかったように見受けられる。「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」という、アベノミクスの「三本の矢」は社会保障改革とは無関係である。どうしても痛みを伴う社会保障改革に取り組むのは、景気が上向いてからだという政策判断もあったと思われる。

しかし、アベノミクスは、社会保障改革を受け入れるだけの「体力」を人々に回復させるには至らなかった。その点は、図からも明らかである。この図では、総務省「家計調査」が示している18の所得階級を8つに集約したうえで、その階級に含まれる世帯数の比率が、アベノミクス期以前の10年間、アベノミクス期の7年間にどのように変化したかをまとめている。

図 アベノミクス前後における所得分布の変化

(出所)総務省統計局「家計調査」より筆者作成

アベノミクス以前においては、年収500万円以上の所得階級の世帯比率が軒並み低下し、その一方で、それ以下の所得の世帯の比率が上昇していた。要するに、日本経済の長期低迷の下で人々の所得水準が全体的に低下し、所得分布の重心が低い水準に移行していたわけである。

アベノミクス期に入ると、状況が少し変化してくる。年収400700万円の層の厚みが幾分薄くなり、右脇の層が厚みを増している。それ自体は明るい材料だが、図からも分かるように、アベノミクス以前の落ち込みは半分も埋まっていない。さらに、年収300万円以下の低所得層の比率は、アベノミクス期にやや上昇している。赤い折れ線グラフは2002年以降における所得分布の長期的変化をまとめたものだが、アベノミクス以前から進んでいる、日本社会全体の貧困化傾向は解消されていない。

アベノミクスが奏功して、経済が順調な拡大経路に乗っていれば、安倍政権は余裕をもって社会保障改革に乗り出すこともできた。確かに、株価や企業収益は順調に回復し、雇用も増加を続けるようになった。しかし、雇用増の中心は非正規雇用であり、賃金も思ったほど伸びず、アベノミクスの成果は消費者に十分及んでいない。そうした状況下では、社会保障改革はなかなか持ち出せなかったということだろう。

さらに、社会保障改革を遅らせる大きな要因になったのが、消費税の引き上げである。安倍政権の下では、20144月に5%から8%へ、そして、201910月には10%へと2回に及ぶ引き上げが行われた。消費税の引き上げにはこれまで同様、極めて大きな政治的エネルギーを必要とする。そのため、安倍政権が社会保障改革に本格的に着手したのは、20199月の「全世代型社会保障検討会議」の発足までずれ込んでいる。

全世代型社会保障に見られる工夫

昨年12月に同「検討会議」が発表した「中間報告」には、改革の二本柱が打ち出されている。第1は、「人生100年時代」を視野に置いて、高齢者の就労促進などによって社会保障の「支え手を増やす」ことである。第2は、経済力があれば年齢を問わず相応の負担をしてもらう「応能負担」を強めることだ。「支え手を増やす」方策としては、定年など雇用制度の見直しや年金制度改革を通じて、70歳までの就業機会を高めることが目指された。また、「応能負担」を強めるためには、現行では原則1割、現役並み所得のある人のみが3割となっている高齢者医療費の窓口負担に、2割負担区分を設けるというのが中間報告に盛り込まれた内容になっている。

中間報告の考え方自体は、プラスに評価できる。社会保障の持続可能性を高めるためには、給付の削減を方針として打ち出すのが普通である。例えば、高齢者向けの医療給付を削減すれば、医療財政は改善するだろう。しかし、ケアが必要な高齢者はいるわけだから、誰かがケアしなければならない。年金も同じだ。年金給付を削れば年金財政は改善するが、その分、子供に世話になるか、自分で老後の面倒を見なければならない。給付を削っても、高齢化の圧力そのものは消えないのである。

高齢化が進む中で社会保障を持続可能にするためには、その支え手を増やすことが最も有効だ。それと同時に、支え手が少なくなっているのだから、支える必要がない人には、これまで以上に負担をお願いするしかない。全世代型社会保障が打ち出したのは小学生でも分かる単純な理屈だが、だからこそ骨太でもある。

全世代型社会保障という打ち出し方は、無用な世代間対立につながらないという面でも評価できる。現行制度は、高齢者に有利、若者に不利な形になっている。それを改めるためには、高齢者向けの給付を減らし、若者の負担を減らすべきだというのが、よくある改革論だ。まったく正論なのだが、そのように方針を打ち立てると高齢者の反発を招き、改革はそこで頓挫する。「支え手を増やす」「応能負担」という方針は、この深刻な問題を回避している。マクロ的には、高齢者にネットでみて給付減あるいは負担増をお願いすることになるのだが、全世代型社会保障はその方針をできるだけ受け入れられやすくする工夫をしている。

コロナで中途半端に終わった改革

安倍政権は2020年に入り、この「中間報告」をベースにして、全世代型社会保障改革を政権の総仕上げとして進めるつもりだったようである。実際、「支え手を増やす」方策については、一応の前進が見られた。まず、定年延長など70歳までの就業機会の確保のための措置を講じることを企業の努力義務とする、高年齢者雇用安定法の一部改正が3月に成立した。また、年金制度改革関連法案も6月に国会を通過し、パートなど短時間労働者への厚生年金適用拡大や年金の繰下受給の年齢上限の引き上げ、在職老齢年金制度の見直しなどが認められた。公的年金の支給開始年齢の引き上げなしの改革ははなはだ迫力に欠けるが、「支え手を増やす」方向への舵が切られたこと自体は評価すべきである。

しかし、「応能負担」のほうは進捗状況が思わしくない。高齢者医療費の窓口負担については、政府内でまだ調整がついていない。6月に予定されていた全世代型社会保障検討会議の「最終報告」も「第2次中間報告」とされ、最終報告の発表は年末に持ち越されている。その第2次中間報告の中では、医療改革については、「中間報告で示された方向性や進め方に沿って、更に検討を進め、本年末の最終報告において取りまとめる」としか記述されていない。介護保険改革のほうも、医療負担の議論の遅れを横目で見ている。利用者負担の原則2割や、要介護12の訪問介護、通所介護の地域支援事業への移行などは見送られ、全体として小幅な見直しにとどまった。

このように、安倍政権の社会保障改革は肝心のところで幕を下ろしてしまった。改革の頓挫を決定的にしたのは、言うまでもなく新型コロナウイルスの感染拡大である。医療現場は診療や検査などの対応に追われ、事務局の厚生労働省もコロナ対応にいまでも忙殺されている。

菅政権が取り組むべき課題

安倍政権が最終段階になって打ち出した全世代型社会保障の考え方は、「支え手を増やす」、「応能負担」という、基本的に誰もが納得のいく、理に適った改革の打ち出し方だったと思う。しかし、アベノミクスは景気回復には一定の成果を収めたものの、人々の実質所得の目立った向上にはつながらず、痛みを伴う改革を思い切って進められる条件はそろっていなかった。そこに新型コロナウイルスの感染拡大という、予期せざるショックが到来し、全世代型社会保障に向けた改革は頓挫している。しかも、医療を中心として社会保障は引き続き緊急対応を求められている。

菅政権は、最悪の状態で政策運営のスタートを切らざるを得なくなっている。しかし、改革には一刻の猶予も許されない。「団塊の世代」(194749年生まれ)が2022年から75歳の誕生日を迎え始め、後期高齢者の仲間入りをする状況が間近に迫っているからだ。菅政権がどこまで長期政権になるかは未知数だが、新政権が取り組む課題としては次の4つが挙げられる。

第1に、年末に向けての喫緊の課題として、安倍政権が中途半端なままにしている高齢者医療費の窓口負担問題に決着をつけることが挙げられる。公的年金の支給開始年齢の引き上げは、「団塊の世代」が年金受給を始めるまでに決められなかった。年金の場合は年金積立金を食い潰していくという奥の手があったものの、医療にはそうした切り札がない。このままでは、高齢者医療の負担が現役層や将来世代に重くのしかかるだけだ。新政権がまず着手するべき課題と言えよう。

2に、来年以降になると、新型コロナウイルス関連の緊急措置の正常化をどう進めるかという問題が出てくる。ウイルス感染は、いずれ収束に向かっていく。その場合、診療報酬などコロナ対応のために現在講じられている緊急措置をどのように調整していくかという問題が発生する。厚生労働省が慎重な姿勢を示してきた、オンライン診療の解禁についても、政府サービスのデジタル化に積極的な政権の対応が注目される。

第3に、コロナ下でも顕著になっている、個人事業主やフリーランスの増大など、働き方の多様化への対応である。その場合、雇用や賃金に連動した仕組みになっている、現行の社会保険や税制の在り方、さらにはセーフティ・ネットの整備の仕方をそれに合わせて大きく修正する必要がある。支え手が増えること自体は経済の供給能力を高めるという点でプラスだが、社会保障をより強靭なものにするためには、その成果が社会保障財源にうまく反映する仕組みを構築していかなければならない。

そして、第4に必要な取り組みは、今は顕在化していない「貧困の高齢化」への対応である。197084年頃に生まれた「就職氷河期世代」がそう遠くない時点から高齢者の仲間入りをする。この世代は、就職期以来、不安定な就業・所得環境に置かれ、社会保険の拠出実績も乏しい人たちが無視できない層を形成している。現在は、貧困問題は家庭内で処理されており、表に出てこない。しかし、彼らが高齢になると低年金・無年金で生活苦に直面する危険性が高い。現在の年金・生活保護制度はこうした貧困の高齢化を想定していない。問題が顕在化する前に、対策を講じておく必要がある。

    • 小塩隆士
    • 一橋大学経済研究所教授
    • 小塩 隆士
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