2050年温室効果ガス実質ゼロへ向けたエネルギー政策の選択肢

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2050年温室効果ガス実質ゼロへ向けたエネルギー政策の選択肢

はじめに
共通の選択肢
原発依存度低下の実現可能性
注意点
おわりに

はじめに

世界の平均気温上昇を2℃より十分低く抑えるため、日本政府は2050年までに温室効果ガス(GHG)を8割削減するという目標を掲げていた[A]。しかし2020年10月26日、菅義偉首相は2050年までにGHGを実質ゼロとするという目標を、所信表明演説において宣言した。これは従来困難とみられていた8割削減をも超える目標である。GHGの大半を占める二酸化炭素(CO2)の2013年度の排出量はおよそ13億トンであったことから、8割を削減するということは、排出量を10.4億トン近く減らすことを意味する[B]。図1に示すように、CO2排出量は2013年をピークに減少傾向にあるが、8割ないし実質10割削減のためには今まで以上のペースで削減していく必要がある。一見途方もない量の削減は、どうすれば実現できるのか。

図1 日本のCO2排出量の推移(出典 国立環境研究所, 2020

 

この問いに答えるため、エネルギー技術・経済モデルを用いて、実現可能性を定量的に推計した複数の研究が存在する。一連の研究は、エネルギー・電力の需給構成を主に分析しているものと、国内総生産(GDP)への影響も推計しているものに分けられる。以下では、近年行われた研究のいくつかに触れながら、これまでに学術的に明らかにされている選択肢について述べる。

共通の選択肢

東京大学の杉山氏らは、6つの異なるエネルギー技術・経済モデルを用いて行った分析の結果をまとめている[C]。図2が示すように、8割削減のためには、モデルごとのばらつきはあるが、およそ電源構成の5割程度は再生可能エネルギー(以下「再エネ」)、3割程度はゼロエミッション火力、残りが原子力となる必要があることが示されている。ゼロエミッション火力とは、火力発電が排出するCO2を回収して地中深くに貯留・圧入する(Carbon Capture and Storage: CCS)か、再エネで発電した電気を使って水を電気分解することで水素ガスをつくるといった方法で、化石燃料の代わりに燃料のガスをつくり、火力発電が排出するCO2を実質的にゼロにすることである。自国で生産するより安い場合、オーストラリアのような近隣国から水素を船で輸入するシナリオも想定されている。図2の濃い青色の「Other」は、主に輸入水素発電を指す。

図2 20508割削減時における電源構成の推計結果(出典 Sugiyama, et al. 2019

※縦軸のPWhとは、ペタ・ワット・アワーのこと。1PWh/yrとは、年間に1兆kWh(キロ・ワット・アワー)の発電電力量を生産すること。横軸は、分析に使用されたモデルの名前。各モデルの特徴は Sugiyama, et al. 2019を参照。

杉山氏らによれば、8割削減に必要な炭素価格の推計値は、CO21トン当たりの最小値が273ドル、中央値は 2818ドル、最大値は 7730 ドルであった。一方で、名城大学の李氏らの研究では、必要な炭素税はおよそ385ドル(2010年基準)/tCO2と推計されている[D]。他方で、日本経済研究センターは、現状で想定できるデジタル経済へ全面的に移行すれば、1万円/tCO2の炭素税を課税すれば8割削減が可能と推計している[E]。このように、研究ごとに炭素価格のばらつきはあるが、低価格で導入し、段階的に数万円以上にまで上げていくことが必要だという点は共通している。ノーベル経済学賞受賞者であり、自身もモデルを用いた研究を多数行っているイェール大学のノードハウス氏が強調するように、CCSのような低炭素技術に民間企業が投資する誘因を引き出し、イノベーションを促進するためにも、炭素価格の設定は重要である[F]

電気自動車または燃料電池自動車の大規模な普及も、多くの分析に共通している。輸送部門以外の幅広い電化も多くのシナリオ分析に共通した選択肢である。すなわち鉄鋼・セメントや肥料の生産などに使っている化石燃料を、再エネ、ゼロエミッション火力または原子力で置き換える必要がある。

原発依存度低下の実現可能性

ここまで見てきたとおり、CO28割削減かつ総発電コストを最小化するという制約を満たす電源構成を推計した研究では、2050年に原発は13割弱を占めるという結果になる。しかしゼロエミッション火力が大規模に利用可能であり、炭素税の導入などにより適切な炭素価格が付けられれば、原発の比率をゼロにすることも可能であることも明らかになっている。その場合に生じるコストの大きさも合わせて推計されている。

日本エネルギー経済研究所の松尾氏らは、原発を使わない場合、洋上風力発電や蓄電池が追加的に必要になる結果、電力システム単価がどの程度増加するか推計している[G]。図3、図4の右半分の棒グラフは、原発が一切発電しない場合に、火力発電の発電電力量を変化させた際の全体の電源構成と電力システム単価をそれぞれ示している。本研究では、原発がゼロであっても、水素ガス火力発電が一定量以上利用可能であれば、電力システム単価は低くできる可能性も示されている。

3,4 水素ガス火力発電の変化に応じた電源構成と電力システム単価(出典:松尾, et al. 2018

※縦軸のTWhとは、テラ・ワット・アワーのこと。1TWh/yrとは、年間に10億kWhの発電電力量を生産すること。1000TWh=1PWh。

京都大学の藤森氏らは、2050年までにCO21トン当たり1000ドル程度の炭素価格が導入されても、消費額の低下で測られるGDPロスは、従来想定されていた2~8%より低く、0.8%程度であることを示した[H]。このロスの大きさは、原発をゼロにした場合でもほぼ同水準になることが再分析により示されている。

5 マクロ経済への影響(出典 藤森研究室 主要論文内容解説プレスリリース

 

名城大学の李氏らは、原発依存度を段階的に低下させ、最終的にゼロにすると同時に、炭素税(385ドル/tCO2)を課し、その税収の96%を消費税、所得税の減税、または企業の年金保険料のような雇用関連社会保障費用の軽減に用いるというグリーン税制改革を実施したケースについて推計している。本研究でのゼロエミッション火力は、水素火力ではなくCCSを想定している。分析の結果、減税により消費支出・投資支出が増加するため、ベースラインのシナリオと比べてGDPは増加すると推計している。炭素税の税収を所得税の減税の財源に充てるというグリーン税制改革は、「We should tax what we burn, not what we earn(我々の稼ぎに対してではなく、燃やしたものに課税するべきだ)」というアル・ゴア氏の言葉を具現化したシナリオともいえる。

表1 シナリオ別日本の経済への影響(出典 李, et al.2019))

原発という選択肢に関して留意するべきは、国際大学の橘川氏が指摘しているように、既存の33基が仮にすべて原則40年の運転期間を超えて、20年間の稼働延長を行ったとしても、2050年末に稼働しているのは18基、2060年に稼働しているのは5基であり、リプレース(既設原発の廃炉と新規原発の新設)をしなければ8割削減のための役割は限られたものにならざるを得ないという点だ[I]

注意点

モデルを用いたこれらの研究では、エネルギーと電力の需要、各電源ごとの発電費用、日本の2050年までの経済成長率や人口などの社会経済変数、50年時点での再エネの総発電容量、原発の稼働年数(40or 60年)、化石燃料の輸入価格などに関して、モデルごとに異なる仮定を置いていることに注意する必要がある。例えば、2050年の人口は、国立社会保障・人口問題研究所の2017年度の「日本の将来推計人口」に基づいて、研究ごとに約9800万人~11400万人の幅広い数値で仮定されている。このような設定上の違いがいくつもの仮定にあるため、モデル間の分析結果の違いが、どの仮定の違いによってどの程度生じているのか特定することを困難にしている。

また、モデル内で想定されていない新しい技術や制度が利用可能になった場合、結果も変化する。今回紹介した上記の研究では、CCSは明示的に考慮されているが、二酸化炭素の回収・活用(Carbon Capture and Utilization: CCU)と呼ばれるCO2を資源として再利用する諸技術(カーボンリサイクル、ネガティブエミッション・テクノロジーなどとも言う)は明示的にモデルに反映されていない。また、電力価格のダイナミック・プライシング(変動料金制)の導入も想定されていない。京都大学の依田氏らが日本の需要家を対象に実施したフィールド実験では、リアルタイムの需給を反映して価格を変化させる(特に需給ひっ迫時に価格を上昇させる)ことで、ピーク時の電力消費をある程度抑制できることが明らかになった[J]。情報通信技術や蓄電池、電気自動車などの普及とも相まって、デマンドレスポンス(需要応答)は今後役割を増していくと予測される。エネルギー・モデル分析は絶えず改善され続けているため、将来的にはこれらの技術や制度を明示的に考慮した研究が現れるだろう。

おわりに

本論考では、日本で8割削減を実現するためのシナリオ分析を行った近年の研究を概観した。その結果明らかになったのは、8割削減の達成においては、再エネの大量導入、ゼロエミッション火力発電技術の実用化、適切な炭素価格の設定が必要であることや、これまで推計されていたほど経済への負の影響は大きくならないこと、そして8割削減と原発比率の低下を両立させることも可能だが、付随するトレードオフを定量的に評価する必要があるということだ。 

 

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引用文献

[A] 環境省(2016)「地球温暖化対策計画」平成28513日閣議決定

[B] 国立環境研究所(2020)日本国温室効果ガスインベントリ報告書」温室効果ガスインベントリオフィス(GIO)編 、環境省地球環境局総務課脱炭素社会移行推進室 監修、地球環境研究センター

[C] Sugiyama, Masahiro, Shinichiro Fujimori, Kenichi Wada, Seiya Endo, Yasumasa Fujii, Ryoichi Komiyama, Etsushi Kato, Atsushi Kurosawa, Yuhji Matsuo, Ken Oshiro, Fuminori Sano, and Hiroto Shiraki. 2019. “Japan’s Long-Term Climate Mitigation Policy: Multi-Model Assessment and Sectoral Challenges.” Energy 167:1120–31. (https://doi.org/10.1016/j.energy.2018.10.091, オープンアクセス)

[D],秀澈; Chewpreecha, Unnada; , 勝俊(2019)日本の2050年温室効果ガス80%削減に向けた炭素税・グリーン税制改革の経済影響評価 : E3MEマクロ計量経済モデルを用いた評価財政と公共政策 65: 84-94https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/243142/1/pfpp_065_84.pdf

[E] 日本経済研究センター(2017)環境税導入でCO2、2050年7割削減は可能」、日本経済研究センター(2019)2050 年8割削減には1万円の環境税

[F] ウィリアム・ノードハウス(著)、藤崎香里(訳)『気候カジノ 経済学から見た地球温暖化問題の最適解』日経BP社、2015

[G] Matsuo, Yuhji, Seiya Endo, Yu Nagatomi, Yoshiaki Shibata, Ryoichi Komiyama, and Yasumasa Fujii. 2018. “A Quantitative Analysis of Japan’s Optimal Power Generation Mix in 2050 and the Role of CO2-Free Hydrogen.” Energy 165:1200–1219. (https://doi.org/10.1016/j.energy.2018.09.187.) 論文中では、輸入水素ガス価格は、低・中・高ケース(10/Nm3, 20/ Nm3, 30/ Nm3)の3通りを、輸入水素火力発電の発電単価は、2.8/kWh, 5.6/kWh, 8.4/kWhになるとそれぞれ仮定している。

[H] Fujimori, Shinichiro, Ken Oshiro, Hiroto Shiraki, and Tomoko Hasegawa. 2019. “Energy Transformation Cost for the Japanese Mid-Century Strategy.” Nature Communications 10(1):1–11. (https://doi.org/10.1038/s41467-019-12730-4, オープンアクセス。日本語での概要.)

[I] 橘川武郎(2020)『エネルギー・シフト 再生可能エネルギー主力電源化への道』白桃書房

[J] 依田高典, 田中誠, 伊藤公一朗(2017)『スマートグリッド・エコノミクス』有斐閣

杉本 康太/Kota Sugimoto

杉本 康太

  • 博士研究員

研究分野・主な関心領域

  • 資源エネルギー経済学
  • 再生可能エネルギー政策
  • 計量経済学

研究ユニット

資源・エネルギーユニット